『偽物』と追放された真の聖女ですが、辺境の冷徹公爵に拾われて溺愛されています。ちなみに私を捨てた国は禁術の呪いで滅びかけているようです。

ささい

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第六話:神の去った都

ミューレンベルクの空が抜けるように青く澄み渡っていたその頃、王都はこの世の終わりを凝縮したような絶望に包まれていた。
かつて白亜の美しさを誇った王城は、今や赤黒い蔦のような呪いに覆い尽くされている。城下町からは人影が消え、代わりに聞こえてくるのは、建物の内側から漏れ出す獣のような呻き声と、絶え間なく続く弔いの鐘の音だけだった。

真の聖女エミリシアを失ったこの国は、単に癒し手を失ったのではない。大地そのものとの契約を破棄され、神の加護という名の防波堤を自ら壊したのだ。

城の最深部、かつてエミリシアが十年間、冷たい石の床に膝をついて祈り続けていた「聖域」。そこは今、皮肉にも呪いの発信源へと変貌していた。

「あ……が、あああああ!」

地下の寝所では、王太子ユーベルトがのたうち回っていた。彼の肌には、無数の小さな「口」のような穴が開き、そこから絶え間なくどす黒い霧が噴き出している。それは彼がエミリシアを追い出した後に、リディエッタと共に貪った禁術の代償だった。かつてエミリシアが、自身の魔力を削ってまで抑え込んでいた王都の「澱み」。彼女がいなくなったことで、その澱みは濁流となってユーベルトたちを飲み込んだ。

「リディエッタ……。リディエッタはどこだ! 私を治せ、今すぐ!」

ユーベルトが血の混じった泥を吐きながら叫ぶ。
だが、それに応えるリディエッタの声は、もはや人のそれではなくなっていた。

「ア……ウ……ウゥ……。ユ、ユーベルト……サマ……魔力が……タリナイ……。アナタノ、命……チョウダイ……」

リディエッタだった肉の塊が、壁一面に広がる巨大な腫瘍のように脈動しながら、ユーベルトに這い寄る。彼女の自我は禁術の魔道具に食い尽くされ、今はただ飢えた魔物のように、かつての恋人の生命力を啜ろうと牙を剥いていた。二人は互いに縋り合い、愛を誓ったはずのその手で、今は互いの肉を抉り、魔力を奪い合う醜い獣へと成り果てていた。

「嘘だ! こんなはずはない! 私は次期国王だぞ! 聖女が王を救わないなど、そんなことが許されるか!」

ユーベルトは、既に感覚を失いかけた手で、虚空を必死に掻きむしった。脳裏を過るのは、あの日、冷たい雨の中で自分が切り捨てた少女の、静かな横顔だ。無能と嘲笑い、石を投げて追い出した、あの細い背中。もし、あの時、彼女の言葉に一度でも耳を傾けていれば。彼女が捧げていた祈りの重さに、一瞬でも気づいていれば。

「殿下……。もう、使者は戻りませぬ」

部屋の隅で、呪いに侵され、余命幾ばくもない老いた侍医が力なく首を振った。

「公爵領へ向かった騎士たちは、一人として帰還しておりません。……いえ、たとえ戻ったとしても、あの方の慈悲は、既にこの国には一滴も残されてはいないのです。……我々は、神を追い出したのですから」

ユーベルトは激しく吐血し、床に這いつくばる。その時、彼の耳に幻聴のようにエミリシアの清らかな鈴の音が聞こえた気がした。遠く、北の空から届く、穏やかで幸せそうな笑い声。

(返せ……。それは、私のものだったはずだ……。私のために祈り、私を癒す、私の人形だったはずだ!)

ユーベルトの瞳に、絶望に満ちた涙が滲む。だが、その涙さえも呪いの毒に触れて、どす黒く変色し、彼の頬を焼いていく。彼は死ぬことすら許されない。全身を内側から焼き尽くすような激痛の中で、自分が捨てたものの大きさを、永遠に噛みしめ続けなければならないのだ。



同じ時刻、ミューレンベルクの丘の上。エミリシアは、自分を抱きしめるレオフィリスの腕の中で、ふと南の空を見上げた。

「……?どうかしたか、エミリシア。風が冷えるか?」

レオフィリスが、自身の厚手の外套をエミリシアの肩にかけ直し、より一層強く抱き寄せる。

「いえ……。なんだか、とても重い鎖が、ようやく完全に消えていった気がして。……もう、あの方たちの声さえ聞こえなくなりました」

エミリシアが穏やかに微笑むと、レオフィリスはその愛おしい顔を覗き込み、独占欲を隠そうともせずに囁いた。彼にとって、エミリシアが王都で受けていた仕打ちは、万死に値する侮辱だった。だからこそ、彼は誓っている。王都が地獄に沈む一方で、この地を、彼女を、世界で最も甘い楽園で包み込むのだと。

「当たり前だ。これからは、俺とこの地の光だけを見ていろ。……君を泣かせるものは、この世界に二度と現れさせない」

レオフィリスはエミリシアの手を取り、その薬指に、王都の至宝さえ霞むほどの眩い輝きを放つ、精霊銀の指輪を嵌めた。

「これは……」

「俺の生涯を君に捧げる、という誓いだ。エミリシア、君が笑うだけで、俺の呪われていた軍人としての半生も救われる。……愛している。これからは君を、甘やかしすぎて困らせるつもりだ」

エミリシアは、安らぎに満ちた表情で目を閉じ、愛する人の胸に顔を埋めた。
彼女の背後で、教会の庭に咲き誇る黄金の花々が、一斉に風に揺れて祝福の音を奏でていた。
王都を包む永劫の夜とは対照的に、ミューレンベルクには、二人の幸せを祝う輝かしい朝日がどこまでも優しく降り注いでいた。


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