1 / 5
【真白視点】それ“見守り”じゃなくて“見張り”じゃね?
しおりを挟む
春のキャンパスは、桜より先に人が咲く。
新歓のビラが風に舞い、先輩たちの笑い声が階段を転げ落ち、購買の前で誰かが「友だちできるかな」と小さく呟いている。
真白蓮(ましろ れん)は、その全部を横目に見ながら、ただ一人を追っていた。
大学三年の日向恒一(ひなた・こういち)。
背が飛び抜けて高いわけじゃない。けれど歩き方がまっすぐで、混雑の中でも迷いがない。
少し淡い髪色は生まれつきで、瞳は榛色。派手さはないのに、真面目な女子にやたらとモテる。
肩にかけたトートの角度。昼に選ぶパンの種類。よく飲むカフェラテの銘柄。講義が終わったあとの、ため息の長さ。
真白は日向をよく知っている。
いや、一方的に知りすぎている。
でも真白の中ではそれは「守っている」に分類されていた。
「今日もいる?」
友人の柊(ひいらぎ)が、学食の端の席でストローをくわえたまま聞いてくる。
柊は一年のくせに妙に悟っていて、いちごミルクを吸い込みながら世界の仕組みみたいなことを言う。
「いるよ。ほら、あそこ」
真白は指を差さない。
視線だけで示す。
日向が売店の列に並び、迷った末にいつものカフェラテを取る。
無糖のカフェラテ。ブラックではあまり飲まない。ミルク感があるものが好きらしい。
それが見えるだけで、真白の胸は静かに満たされる。
「……レンさ、それ“見守り”じゃなくて“見張り”じゃね?」
「違う」
「どっちにしても怖い単語なのよ」
「先輩が困らないようにしてる」
「困ってないのに?」
「困ったらすぐ動く。そのために見てるだけ」
全く迷いのない真白の言葉に、柊は「なるほど」とだけ言った。
肯定でも否定でもない、ちょうど真ん中の匙加減。
柊のスタンスは一貫している。共に居るけど、引きずり込まれない。
相手をよく見ているけど、深く踏み込まない。
「レンの基準は分かんねーな。ま、一線死守すればいいか」
「うん。越えない。迷惑かけない」
真白ははっきり言い切る。一線死守。
第三者である柊がそう言ってくれた。
それだけで真白は大丈夫だと思えた。
真白が日向を知ったのは、受験の日だった。
冬の大学。
真白は会場の建物を間違えて、キャンパスの端で立ち尽くしていた。
手はかじかみ、試験票が震える。時計の針だけが残酷に進む。
「受験生、だよな? 大丈夫か」
声をかけてきたのが日向だった。
真白より高い背丈。黒いコートにグレーのマフラー。手には温かそうな缶コーヒー。
「……違う建物で」
「こっち。走れば間に合う」
日向は迷いなく最短の道を選んで走った。
途中、真白の靴紐がほどけたのを見て、しゃがんで結び直してくれた。
「ほら。吸え。焦ると足がもつれる。吐いて、もう一回」
その指示で、真白はようやく肺が働いた気がした。
試験は間に合った。結果も受かった。
でも真白の中で一番大きく残ったのは、合格通知ではなく、あの「大丈夫か」だった。
だから今度は自分が。
先輩が困らないように、困る前に助ける。それが真白の理屈だった。
新歓のビラが風に舞い、先輩たちの笑い声が階段を転げ落ち、購買の前で誰かが「友だちできるかな」と小さく呟いている。
真白蓮(ましろ れん)は、その全部を横目に見ながら、ただ一人を追っていた。
大学三年の日向恒一(ひなた・こういち)。
背が飛び抜けて高いわけじゃない。けれど歩き方がまっすぐで、混雑の中でも迷いがない。
少し淡い髪色は生まれつきで、瞳は榛色。派手さはないのに、真面目な女子にやたらとモテる。
肩にかけたトートの角度。昼に選ぶパンの種類。よく飲むカフェラテの銘柄。講義が終わったあとの、ため息の長さ。
真白は日向をよく知っている。
いや、一方的に知りすぎている。
でも真白の中ではそれは「守っている」に分類されていた。
「今日もいる?」
友人の柊(ひいらぎ)が、学食の端の席でストローをくわえたまま聞いてくる。
柊は一年のくせに妙に悟っていて、いちごミルクを吸い込みながら世界の仕組みみたいなことを言う。
「いるよ。ほら、あそこ」
真白は指を差さない。
視線だけで示す。
日向が売店の列に並び、迷った末にいつものカフェラテを取る。
無糖のカフェラテ。ブラックではあまり飲まない。ミルク感があるものが好きらしい。
それが見えるだけで、真白の胸は静かに満たされる。
「……レンさ、それ“見守り”じゃなくて“見張り”じゃね?」
「違う」
「どっちにしても怖い単語なのよ」
「先輩が困らないようにしてる」
「困ってないのに?」
「困ったらすぐ動く。そのために見てるだけ」
全く迷いのない真白の言葉に、柊は「なるほど」とだけ言った。
肯定でも否定でもない、ちょうど真ん中の匙加減。
柊のスタンスは一貫している。共に居るけど、引きずり込まれない。
相手をよく見ているけど、深く踏み込まない。
「レンの基準は分かんねーな。ま、一線死守すればいいか」
「うん。越えない。迷惑かけない」
真白ははっきり言い切る。一線死守。
第三者である柊がそう言ってくれた。
それだけで真白は大丈夫だと思えた。
真白が日向を知ったのは、受験の日だった。
冬の大学。
真白は会場の建物を間違えて、キャンパスの端で立ち尽くしていた。
手はかじかみ、試験票が震える。時計の針だけが残酷に進む。
「受験生、だよな? 大丈夫か」
声をかけてきたのが日向だった。
真白より高い背丈。黒いコートにグレーのマフラー。手には温かそうな缶コーヒー。
「……違う建物で」
「こっち。走れば間に合う」
日向は迷いなく最短の道を選んで走った。
途中、真白の靴紐がほどけたのを見て、しゃがんで結び直してくれた。
「ほら。吸え。焦ると足がもつれる。吐いて、もう一回」
その指示で、真白はようやく肺が働いた気がした。
試験は間に合った。結果も受かった。
でも真白の中で一番大きく残ったのは、合格通知ではなく、あの「大丈夫か」だった。
だから今度は自分が。
先輩が困らないように、困る前に助ける。それが真白の理屈だった。
10
あなたにおすすめの小説
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
「これからも応援してます」と言おう思ったら誘拐された
あまさき
BL
国民的アイドル×リアコファン社会人
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
学生時代からずっと大好きな国民的アイドルのシャロンくん。デビューから一度たりともファンと直接交流してこなかった彼が、初めて握手会を開くことになったらしい。一名様限定の激レアチケットを手に入れてしまった僕は、感動の対面に胸を躍らせていると…
「あぁ、ずっと会いたかった俺の天使」
気付けば、僕の世界は180°変わってしまっていた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
初めましてです。お手柔らかにお願いします。
お兄ちゃんができた!!
くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。
お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。
「悠くんはえらい子だね。」
「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」
「ふふ、かわいいね。」
律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡
「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」
ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。
ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる
cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。
「付き合おうって言ったのは凪だよね」
あの流れで本気だとは思わないだろおおお。
凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?
臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話
八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。
古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる