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第2話 結婚初夜1

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「へぇ、立派な家に住んでるんだな」

 僕の家を見上げ、理久は感心したように言う。
 橙色の外壁の三階建てのタウンハウス。一人で住んでいたにしては、確かに広い家だよね。でも、僕も別にこんな大きな家に住みたくて住んでいたわけじゃないよ。ただ、魔王の側近という立場上、ある程度の体裁があるというか、みすぼらしい家には住めなかったんだ。
 でもまぁ、これから理久とユズル君と一緒に暮らすことを考えたら、これくらい広い家でよかったと思うよ。

「大した家じゃないよ。さっ、入って」

 玄関を抜けると、一階には広間とか食堂とか浴室があって、二階は僕の自室や書斎がある。三階は使い切れなくて客室という名の空室だけだ。だから、理久とユズル君には、三階を使ってもらおうかな。

「君たちは三階の好きな部屋を使って。荷物を置いてきたら、家の中を案内するから」
「おう。サンキュー」

 今日からここに住むんだぞユズ、なんて口数少ないユズル君に声をかけながら、理久は軽い足取りで階段を上がっていく。
 どうでもいいけど、理久って昔と変わらずフランクだなぁ。リリムとしてはほとんど初対面なのに、気兼ねしている様子がない。
 そういえば……前世で保育園時代、友達がいなくて一人ぽつんと教室の隅にいた僕に、初めて声をかけてくれたのが理久だったっけ。それをきっかけに、僕たちは仲良くなってよく一緒に行動するようになったんだよね。
 当時から理久には友達が多かったから、きっとこの十年でもっと人脈が広がっていたんだろうに……元の世界での生活を手放しちゃって、本当によかったのかな。
 なんて物思いにふけっていると、ほどなくして理久たちが一階に戻ってきた。

「荷物、置いてきた。さぁユズ、探検だ!」

 ちょっ、こら。案内するって言ったのに、自分からひとさまの家を覗いて回るなよ。気兼ねしないにもほどがある。いやまぁ、理久は今日から僕の夫なんだから、ひとさまの家じゃなく我が家なわけだけども。
 そんなわけなので僕がいちいち案内しなくても、理久たちは家の造りを把握したみたいだ。

「住み心地よさそうな家だな」
「それならよかった。僕は夕食の準備をするから、君は先にユズル君とシャワーでも浴びるといいよ」
「分かった。じゃ、夕飯よろしく。……ユズ、シャワー浴びるぞ」
「うん」

 おとなしいユズル君を連れて、理久は浴室へ行く。
 うーん、子供連れと結婚するとこんな感じなのか。新婚っていう感じが全然しない。新婚なら、理久と一緒にお風呂に入るのは僕のはずなのに。
 ……って、何を破廉恥なことを考えているんだ、僕。これは政略結婚のようなものなんだから、たとえユズル君がいなくたって、そんな甘々な新婚生活にならないよ。
 台所に立って夕食を作りながら、僕はぼんやりと考えた。
 でも……僕、もうすぐ死ぬんだよね。それならなるべく心残りなく死にたいなぁ。それにせっかく、理久と結婚できたんだから、夫夫らしいことをしたいよ。
 そうだ、そうだよ。最期に夫夫らしいことをするんだ。




「ん、うまい!」

 僕が作った夕食を食べた理久の第一声がそれだった。
 本当においしそうに食べてくれて、あっという間に平らげてしまった。結構多めに作ったのに、「おかわりないのか?」なんて聞いてくる始末。明日からはもっとたくさん作らなきゃ。
 一方のユズル君は、お腹いっぱいみたいだ。「りく、ねむい……」と目を擦りながら、ぐいぐいと理久の服の袖を引っ張ってる。

「リリム、悪い。ユズのこと、寝かしつけてくる」

 うとうとしているユズル君を腕に抱え、食堂を出て行こうとするその背中を、僕は慌てて呼び止めた。

「あ、待って!」

 理久は不思議そうな顔で振り向いた。

「ん? なに?」
「ええとあの……ユズル君を寝かしつけたら、僕の部屋にきてくれない、かな?」

 わっ、言っちゃった。

「別にいいよ。じゃ、また後で」

 理久はあっさりと了承し、今度こそ食堂を出て行った。
 ……ふぅ。とりあえず、自室に招くことには成功してよかった。理久はなんの用で呼ばれたのか、さっぱり分かっていなさそうだったけど。
 きっと、びっくりするだろうな。もしかしたら、断られるかも。その時は仕方ない。
 当たって砕けろ、だ。
 というわけで食器をぱぱっと片付けた後、僕はシャワーを浴びてから二階の自室に行った。ふかふかの寝台の端に端座位し、どきどきしながら理久を待つ。
 き、緊張するなぁ。口から心臓が飛び出てきそうだ。
 こんなんじゃ、夫夫らしいことができるとは思えないよ。いっそのこと、断られた方がまだ気は楽かも。いやでも、夫夫らしいことをしたい。
 矛盾する思いを抱えながら、待つこと数十分。
 コンコンとドアノックされて、僕の体はビクッと震えた。

「ど、どうぞ」

 上擦った声で言うと、扉が開いて理久が顔を出す。「悪い、待たせた」と詫びながら、僕の自室に足を踏み入れてきた。

「広い部屋だな。本ばっかりだけど。……で、俺に何か用か?」
「と、とにかく、僕の隣に座って」

 隣のスペースを手で叩いて促すと、理久は僕の言葉に従う。すぐ隣に座った。
 わっ、近い。肩と肩が触れてしまいそうだ。
 接触したら、僕のこの胸の鼓動が理久に伝わってしまいそうな気がして、ちょっとだけ体を離した。

「あ、あの、話が、あるんだ」

 言え、言うんだ。抱いてほしいって。
 もしかしたら、今夜中に死んじゃうかもしれないんだから!

「ぼ、僕たち、結婚したんだよね」
「そうだな」
「つまり、夫夫になったわけだから」
「うん」
「えーっと……その、だ、だ、だだ」
「?」

 いてほしい、とは言葉が続かなかった。断られるのが怖いとかじゃなくて、ただただ恥ずかしかった。ううっ、僕のバカ。どうして無駄に純情なんだ。

「……ごめん。やっぱりなんでもないよ」

 笑って、誤魔化す。
 あーあ……せっかく、勇気を出して自室に呼んだのに。意味なかった。
 心はしくしくと泣いていると、

「そういや、俺からも話があるんだ」

 と、理久が言うので、僕は小首を傾げた。

「なに?」
「ほら、俺たち結婚しただろ」
「うん」
「だから、今日から夫夫なわけだ」
「そうだね」
「じゃ、初夜をどうするべきかなーって」

 初夜。僕が望んでいた、夫夫らしいことだ。
 ついさっき諦めたばかりのことだったので驚いたけど、僕はこの機を逃すまいと反射的に「し、したい!」と声を大にして答えていた。抱いてほしい、とストレートに言うよりは、恥らいの気持ちは薄かった。
 理久はちょっと驚いた顔をしていた。政略結婚みたいなものだから、まさか初夜を迎えたいと言うとは思わなかったんだろう。

「そう、か。分かった」

 体をこっちに向けた理久の端正な顔が、迫ってくる。ぎゅっと目をつぶると、優しい口付けが僕の唇に触れた。

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