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第5話 里帰りに行く2
しおりを挟む「あー、疲れた」
宿屋の客室のふかふかの寝台へ、理久は倒れ込んだ。
ユズル君もそれを真似して理久の隣に寝転がる。前世の自分の姿をしているとはいえ、微笑ましくて心がほっこりするなぁ。
つい頬を緩ませる僕に対し、理久は口を尖らせた。
「ここ、魔族の国だろ? ぱぱっと移動する魔法とかないのかよ」
「そんな便利な魔法はないよ。空を飛ぶ魔法ならあるけど、使える魔術師はごく一部だから移動手段は馬車か馬が当たり前。だいたい、そんな魔法があったら人間の国を攻め放題になっちゃうじゃん」
「あー、それもそうか……」
そもそも魔族といっても、一人が使える魔法は基本的に一属性だけなんだ。それも大半は攻撃魔法で戦いにしか使えない。だから、生活レベルは人間の国と大差ない。
ちなみに僕が使える魔法は夢魔法だけだ。まるで役に立たない能力だよ。
「あと六日間は馬車に揺られる旅だよ。耐えられないのなら、家に帰ったら?」
「い、行くよ! 行く! 慣れない乗り物だから、ちょっと愚痴っただけだ。悪かったよ」
「別に謝らなくてもいいけど……」
元いた世界を考えたら、不便だと感じるのも無理もない。馬車も乗り慣れていないと、お尻が痛くなるし。愚痴の一つくらいこぼしたくなるだろう。
「明日に備えて、今夜は早く寝るといいよ。……って、ユズル君も疲れてるみたいだね」
寝台に寝転がっているユズル君は、すやすやと穏やかな寝息を立てている。子供の寝顔ってやっぱり微笑ましいよねぇ。
「あ、本当だ。よし、と」
言われて気付いた理久が、ユズル君をきちんと枕の上に移動させて、その小さな体にそっと布団をかけた。うーん、前世の僕を大きくなった理久が面倒見ているって、改めて思うと変な感じ。
「子供は寝たところで、大人の時間だな」
もう一つの寝台に端座位している僕の隣に、理久は腰を下ろした。
この一日でようやく理久の顔を見られるようになっていた僕も、この至近距離にはまた心臓がどきどきしてきて、頬が赤らむ。
「な、なに?」
「続きは夜に、って言っただろ」
「つ、疲れてるんだろ。無理しなくていいよ」
「リリムはしたいんだろ?」
……リリム『は』?
そりゃあ、余命僅かな僕としては少しでも多く理久に抱かれたいよ。でも、なんだろう。その言い回しだと、理久の気持ちがどこにあるのか見えない。
「僕はって、そういう理久はどうなの」
昨晩はとにかく理久に抱かれたくて気にしていなかったけど……理久は僕のことを抱きたいって思っているのかな。
もちろん、僕のことを恋愛感情で好きだとは思っていないと思う。だけど、性欲はあるはずだから、性欲から抱きたいっていう気持ちくらいはあるのかなーって。
僕の問いかけに、理久は困ったような顔をした。
「俺? 俺は……ええと」
「即答できないんなら、無理に抱かなくてもいいよ」
「いやでも、リリムは俺に抱かれたいんだろ? だったら」
「どうしてそんなに僕に合わせようとするの?」
相手に合わせることが悪いことだとは思わないよ。時には必要なことだとも思う。でも、何事も限度があるっていうか、相手に合わせてばかりいたら苦痛じゃない?
「自分の心の声を無視するのはよくないよ。ちゃんと自分の心を大切にして。僕たちは対等な夫夫なんだから」
「……うん」
「僕たちも寝よう。明日の朝も早いんだし」
「そう、だな」
そうして、それぞれの寝台に入った僕たち。僕は仰向けに寝転がって、薄暗い室内の天井を見上げた。考えるのは理久のことだ。
理久……『藤崎譲』以外には、自分の気持ちより他人の気持ちをいつも優先させているの? 『藤崎譲』は唯一心を許せる存在っていうのはそういう意味?
なんか……他人の顔色を伺う理由が気になるし、純粋に心配だなぁ。
つらつらとそんなことを考えていたら、移動の疲れかな。ほどなくして睡魔が襲ってきて、僕は深い眠りについた。
それから故郷につくまでの六日間、理久は手を出してこなかった。
寂しい気持ちはあったけど、理久がしたいと思わないのなら仕方のないことだ。それに無理に抱いてもらっても、虚しいだけだし。
「まさか、リリムが結婚するだなんてねぇ。結婚おめでとう、リリム」
「そうだな。番が見つかってよかったじゃないか」
朗らかに笑うのは、僕を育ててくれた養父たち。
ついさっき僕の故郷に到着して、僕たちは宿屋に荷物を置いてすぐ、二人の下へ顔を出したんだ。急な訪問だったけど、二人は快く迎え入れてくれた。
広間に通されて、紅茶を飲みながら談笑しているところだ。
「リクさん、でしたか。リリムのことをよろしくお願いしますね」
「はい。必ず幸せにします」
「あっはっは、そう気負わずに。結婚とは二人で幸せになるものだよ」
子連れとはいえ、理久は僕の結婚相手として二人に認められたみたいだ。終始和やかな雰囲気で結婚の挨拶は終わった。
「二人……いえ、三人とも、顔を見せてくれてありがとう。大したおもてなしはできないけど、またいらっしゃい」
「そうだな。ユズル君を見ていると、なんだか可愛い子孫ができた気分だし」
お開きの空気になったので、僕たちはソファーから立ち上がる。広間を出て玄関までの道のりで、養父が声をかけてきた。
「リリム。しばらく、この街に滞在するのか?」
「うん。あいつとも会いたいし」
「おお、そうか。あの子も元気にしているよ。リリムの顔を見たら喜ぶだろう」
「だと、いいんだけど」
勇者と結婚した、なんて報告したらびっくりしそうだ。でも、驚く顔を想像するとちょっぴり楽しい。
「じゃあ、行くよ。その、ええと……また会いにくるから」
多分、無理だと分かっているけど、僕は努めて笑顔でそう付け加えた。
理久も丁寧にお辞儀をした。
「失礼しました。これからよろしくお願いします」
「おねがいしまーす」
理久の真似をするユズル君。
養父たちは頬を緩ませた。微笑ましく思っているんだろう。その気持ちはよく分かる。
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