偽装結婚の行く先は

深凪雪花

文字の大きさ
上 下
2 / 22

偽装結婚(後編)

しおりを挟む


「おい、セーレ。あの噂ってマジ?」

 魔王城へ出勤したセーレの下へ、四天王兼武官のマルバスがやってきた。実年齢二十五歳のセーレより年下のマルバスは、そのきりりとした精悍な顔に、けれど戸惑ったような表情を浮かべている。
 セーレは小首を傾げた。

「噂、とはなんのことです」
「セーレとフォカロルが結婚するって噂だよ」
「……は?」

 一瞬何を言われたのか分からなかった。……フォカロルと結婚?
 なんだ、そのバカげた噂は。

「そんなわけないでしょう。どうしてそんな発想になるんですか」
「だよなぁ……いや実はさ、今朝からすごい勢いでセーレとフォカロルが婚約してるっつー噂が広まってるんだよ、魔王軍で」
「はぁ!?」

 なんだそれは。全く身に覚えがない……と思いかけて、けれどセーレははっとする。

(そういえば昨日、ラミアさんを諦めさせるためにあいつの婚約者だって名乗った!)

 もしかして、それがどこかから漏洩してしまったのだろうか。現場を目撃した武官がたまたまいたとか。
 まだ始業時間前だ。どうなっているのか、セーレはマルバスととともに噂の出所を探っているという四天王兼武官のラウムの下へ赴いた。

「ラウム! どういうことですか!?」
「あ、セーレ。今、ちょうど噂の理由が判明したところだよ」

 まだ幼さの残る可愛らしい顔をしたラウムは、林の木に寝そべっており、セーレたちに気付くと木から下りた。その肩には黒鳥が留まっている。ラウムの使い魔だ。ラウムは情報部に所属する情報収集のエキスパートなのである。

「よく分からないけど、君、フォカロルのことが好きな女の子に、フォカロルの婚約者だと名乗って諦めさせたでしょ?」
「う……はい」
「その女の子の父親がキマリス少尉なんだよ。娘から話を聞いて、四天王同士で婚約かって驚いたんだろうね。ここだけの話……って同僚に話したら、その同僚も同じように別の同僚に話していって、次々と噂が広まって今の状態」
「キ、キマリス少尉の娘さんだったんですか……」

 予想していたものとは違うが、それでも昨日の一件が原因であることに変わりはない。律儀に名乗ったり、勤め先を教えたりしたことが仇となってしまった。
 傍らに立つマルバスは怪訝な顔をした。

「なんでそんなことをしたんだよ」
「フォカロルから頼まれたんですよ。自分に想いを寄せてくれている女の子の告白を断りたいから、私に婚約者を演じてくれないかと」
「へぇ、あいつでも断ることあるんだ。まぁ、それなら話は簡単じゃん。キマリス少尉に嘘だったって言って謝れば? キマリス少尉だって娘がフォカロルに弄ばれるくらいなら、諦めさせてくれてありがたいって思うだろ」

 あんまりな言いようだが、セーレは訂正せずにぽつりと呟いた。

「……ダメです」
「なんで?」
「四天王二人が若い女の子に嘘をついたなんて悪評が広まったら、四天王のイメージダウンになります」
「じゃあ、フォカロルが浮気したから婚約破棄しちゃったことにすれば? あのキャラだし、信憑性はあるでしょ」

 ラウムからの提案もセーレは却下した。

「それもダメです。フォカロルが婚約者がいながら浮気した男……となって、四天王のイメージダウンになります」

 マルバスは呆れた顔だ。

「さっきから、イメージダウン、イメージダウンって……そんなに気にすることか?」
「気にしますよ! 四天王は魔王の顔なんですよ!? その四天王に悪評がついたら、ゼカライア陛下の評価まで下がってしまいます!」
「じゃあ、どうするんだよ?」

 そんなやりとりをする三人の下へ、

「やっほ~、三人とも。こんな所に集まってどうしたの?」

 フォカロルが能天気な様子でやってきた。へらへらとしたその顔に鉄拳をぶち込みたい衝動に駆られつつも、セーレは必死で堪える。

「フォカロル! お前、大変なことになってんぞ!」
「へ?」

 きょとんとするフォカロルにマルバスが事情を説明すると、フォカロルは「ええ!?」と仰天した声を上げた。焦った顔でセーレを見下ろす。

「セ、セーちゃん、どうにかならないの?」
「今、考えています」
「っつーか、お前がどうにかしろよ! お前のせいだろ!」
「そうだよ! セーレがいい迷惑じゃん!」

 眦を吊り上げて詰め寄る二人に、フォカロルは困ったような顔をして。

「どうにかしろって……え、責任とってセーちゃんと結婚しろってこと?」
「「アホか!」」

 突っ込みを入れる二人に対して、セーレは「結婚……?」と呟き、はっとした。

「そうか! 一度、結婚すればいいんです!」

 それには三人は顔を見合わせて、フォカロルが代表して言う。

「セーちゃん……悩みすぎて頭おかしくなっちゃった?」
「失礼なことを言わないで下さい。私は冷静です。いいですか、一度結婚してから離婚すればいいんですよ。半年後くらいがいいでしょうか。価値観が合わなかったとでも言って離婚すれば、そんな理由で離婚する夫婦なんていくらでもいるんですから、お互いにイメージダウンを避けられます。まぁ、お互いにバツイチになってしまいますが……私に結婚願望はありませんし、あなただってどうせ身を固める気なんてなさそうですから、別に構わないでしょう」
「おお! さっすが、セーちゃん!」
「マ、マジ? お前ら、そんな大事にすんの……?」

 嘘だったと釈明すればいいだけなのに……とマルバスの顔は言いたげだ。けれど、それをセーレは黙殺した。


 ◇◇◇


 ――というわけで。今、セーレはフォカロルの両親へ結婚の挨拶に伺っているところなのであった。
 結婚の了承はあっさりもらえた。フォカロルは散々遊び歩いていた男なので、ようやく身を固める気になったのかと義両親は大層喜び、さらに男性とはいえ結婚してくれる人――つまりセーレが現れたことに深く感謝された。
 そしてその後、セーレとフォカロルは本当に婚姻届を提出した。すぐに王都で同居するアパートも探し、そうして始まった、フォカロルとの偽装結婚生活。
 半年の我慢だ、半年経ったら離婚できる、と意気込んでいたセーレだったが、数日経ったある日、リビングのテーブルにフォカロルの書き置きがあって、愕然とした。
 曰く。

『リゼラントの復興支援に戻りまーす!』

 ……そうだ。そうだった。フォカロルは半年前に大津波に襲われた人間の国リゼラントへ、復興支援に行っているのだった。ここ一週間はたまたま一時帰国していただけで。
 それはつまり――半年後に価値観の相違で離婚、というセーレの計画が無に帰したことを意味していた。

(う、そだろ……?)

 どうするんだ、この偽装結婚を解消する方法は。
 セーレは呆然と立ち尽くすしかなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完結 裏切られて可哀そう?いいえ、違いますよ。

音爽(ネソウ)
恋愛
プロポーズを受けて有頂天だったが 恋人の裏切りを知る、「アイツとは別れるよ」と聞こえて来たのは彼の声だった

婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

俺の密かな楽しみ…

暁庵
現代文学
父親の隠れた性癖…

愛のない結婚だと知ってしまった僕は、

ぽんちゃん
BL
 ラヴィーン伯爵家出身のフレイは、密かに想いを寄せていた相手に婚約を申し込まれた。  ヴァレリオ・グランディエ公爵閣下だ。  整った容姿と優しい人柄、近衛騎士団の団長も務めており、皆の憧れの的だった。  そして、フレイの両親の命の恩人でもあった。  そんなヴァレリオとは、二回り年が離れており、絶対に手の届かないはずの人だった。  だが、フレイはヴァレリオの婚約者に迎えられ、たくさんの贈り物をもらい、デートもした。  義父やグランディエ家に仕える誰しもに歓迎され、フレイは幸せの絶頂にいた。  しかし、初夜を放置されてしまったフレイ。  翌日にフレイが馬乗りになって誘惑し、ようやく身も心もひとつになった。  順調に愛を育んでいた。  そう思っていたのだが、半年後。  義父のとある発言により、ふたりは愛のない典型的な政略結婚だったことを知ってしまう。  ショックを受けるフレイ。  そこにヴァレリオの元婚約者も現れて――!?  ヴァレリオには好きな人と結ばれてほしいと願うフレイは、身を引くことにしたのだが……。  美形のレジェンド(42) × 一途な可愛い系美青年(18)  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。  ※ R-18  ※はイチャイチャ回なので、苦手な方は飛ばしてくださって大丈夫です(`・ω・´)ゞ

【R18】睡姦から始まる恋。僕の性癖と可愛い彼女の楽しい(?)日々

たたら
恋愛
長らく更新が止まっておりましたが、 のんびり再開致しますm(--)m R-18 男女の恋愛(いちゃらぶ)です。 ……きっとf^^; 一応、ストーリーも重視(?)してます。 他の作品よりもR-18 シーンは多めですが、 まったくない話もあります。 ただ、特殊な趣味(?)の描写もあり、 エロいことの凝縮なので、 愛し合っていれば何でもオッケーの方だけご覧ください。 *** 【R18】女なのでBとLのみの世界は勘弁してください!「いらない子」が溺愛に堕ちる! で外伝として公開していた話(男×女)のその後、です。 こじらせ青年(柊真翔)×元いらない子だった幸薄女性(元男の子・森悠子)のらぶらぶ日常の話です。 恋人が可愛くて抱きたいけど、臆病で手が出せず。 彼女が寝ているときには大胆に触り、 起きている時には、男のロマン(?)と称していろんなシチュエーションを試してみようと画策する。 でも、彼女の拒絶が怖くて、やっぱり、最後まで抱くことはできない(涙) というようなお話。 始終、こじらせた性癖がでてくるような話しです。 可愛い青年、と見るのか、ヤバイ男だとみるのかは読者次第…。 始終、イチャイチャ、ラブラブ。 ハッピーエンドです。 ※ゆるゆる更新 ※R18は予告なく入ります。

【本編完結】【R18】体から始まる恋、始めました

四葉るり猫
恋愛
離婚した母親に育児放棄され、胸が大きいせいで痴漢や変質者に遭いやすく、男性不信で人付き合いが苦手だった花耶。 会社でも高卒のせいで会社も居心地が悪く、極力目立たないように過ごしていた。 ある時花耶は、社内のプロジェクトのメンバーに選ばれる。だが、そのリーダーの奥野はイケメンではあるが目つきが鋭く威圧感満載で、花耶は苦手意識から引き気味だった。 ある日電車の運休で帰宅難民になった。途方に暮れる花耶に声をかけたのは、苦手意識が抜けない奥野で… 仕事が出来るのに自己評価が低く恋愛偏差値ゼロの花耶と、そんな彼女に惚れて可愛がりたくて仕方がない奥野。 無理やりから始まったせいで拗らせまくった二人の、グダグダしまくりの恋愛話。 主人公は後ろ向きです、ご注意ください。 アルファポリス初投稿です。どうぞよろしくお願いします。 他サイトにも投稿しています。 かなり目が悪いので、誤字脱字が多数あると思われます。予めご了承ください。 展開はありがちな上、遅めです。タグ追加可能性あります。 7/8、第一章を終えました。 7/15、第二章開始しました。 10/2 第二章完結しました。残り番外編?を書いて終わる予定です。

贖罪の鎖

まめ
恋愛
歪んだ愛情及び愛の形の続編です。 そちらを読んでいただかなくても なるべく分かるようにしますが 読んでいただいた方がより楽しんでいただけると思います。 歪んだ愛情よりも愛の形の終わり方の方が 気に入ってくださってる方はスルーで お願いします

この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。

天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」 目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。 「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」 そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――? そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た! っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!! っていうか、ここどこ?! ※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました ※他サイトにも掲載中

処理中です...