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第13話 クリフの恋人?1

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 それからレジーナは、チェルシーとよく行動をともにするようになった。三食の食事と入浴は毎日一緒に行き、二週間ほど経った頃だろうか。

「あれ? 知らない人達がきた……」

 今日も食堂でチェルシーとともに朝食を食べていると、襟高の深緑色の騎士服を着た男性や女性がわらわらとやって来た。
 今まで食堂では八虹隊の隊員しか見かけたことがなかったので、目を瞬かせるレジーナにチェルシーは言う。

「碧風隊が帰って来たのよ。騎士服が緑色でしょう? 彩七隊はそれぞれの色の騎士服だから、色で判別するといいわ」
「へえ……そうなんだ」

 ちなみに八虹隊の隊員は、淡い空色の騎士服だ。虹がかかる空の色に寄せたのだと、以前クリフが雑談がてら教えてくれた。ちなみに同系色の蒼水隊の騎士服は濃紺らしい。
 そんなわけで、碧風隊の精霊騎士達の中にはアルヴィンの姿もあった。若い女性の精霊騎士と話していて、朝食を受け取った後は同じテーブル席に座って朝食を食べ始める。
 その光景を、チェルシーは憎々しげに睨んでいた。

「あの女……! お兄様に馴れ馴れしくして!」
「えー……ただお喋りしてるだけじゃない。別に馴れ馴れしいとは思わないけど」
「あんたは鈍いわね。あの女、絶対お兄様に気があるわ。お兄様に見初められようとしているのよ」
「そうかなあ?」

 レジーナには、同じ隊の仲間として打ち解けているようにしか見えない。それに若い女性といっても二十代半ば頃に見えるので、アルヴィンのことは弟のようにしか見えていないのではなかろうか。

「チェルシーちゃんって、そんなにアルヴィン君に恋人ができるのが嫌なの?」

 チェルシーはようやくアルヴィンからレジーナに視線を戻して、鼻を鳴らした。

「当然でしょう。私のお兄様なんだから」
「そういうもの?」
「あんただって、クリフ副隊長に恋人ができたら嫌だって思うわよ」
「うーん……どうだろ」

 ――もし、クリフに恋人がいたら。
 そうしたら、チェルシーの言う通りレジーナも嫌がるのだろうか。レジーナとしては、クリフの幸せを願いたいと思うけれど。
 そんなことがありつつ、朝食を食べ終えた後は、いつものようにチェルシーとともに精霊騎士団本部の八虹隊事務室へと直行した。そこで出勤簿をつけて、今日も仕事がないのだろうかと思いながらも、一応ダグラスに訊ねる。

「ダグラスさん。今日のお仕事はありますか?」
「あ、じゃあ俺の精霊のシャンプーをお願いしようかな。グラシャは綺麗好きだから、そろそろシャンプーしてほしいんだ」

 ダグラスの返答にレジーナはぱっと顔を輝かせた。ようやく仕事ができるのか。クリフの精霊をシャンプーして以来だ。

「分かりました! 気合を入れてシャンプーさせていただきます!」
「あっはっは、真面目だねえ。よろしく頼むよ。じゃあ、トリミング室に行こうか」
「――ちょっと待って下さい」

 ダグラスが席を立ったところで、口を挟んだのはクリフだ。クリフは事務作業をする手を止め、クリフもまた椅子から立ち上がる。

「私も行きます」
「え? なんでお兄ちゃんまで?」

 首を傾げるレジーナに、クリフは曖昧に笑った。

「ええと……ちょっと、仕事の息抜きに」
「息抜きって……今日のお仕事は始めたばっかりじゃ……」

 ますます首を傾げるレジーナに対して、ダグラスは何故か楽しげに笑って、「え~?」と声を上げる。

「クーちゃん、その書類の山、今日までの仕事でしょ? 間に合うの?」
「……その時は残業しますよ」
「え! お兄ちゃん、残業なんてよくないよ! 体に悪いし、何より私達のお給料は税金なんだよ? 息抜きの時間がそれこそ『給料泥棒』になっちゃうよ」

 レジーナの正論にクリフは「う……」と言葉に詰まらせる。それはその通りだ。
 可愛い妹からの心象を下げたくはない。クリフは「そうですね……」と渋々と同意し、その代わりにつかつかとダグラスの下に近寄った。
 そして、地を這うような低い声でダグラスに耳打ちする。

「私の妹に手を出したら……分かっているでしょうね」
「もー、だから俺はクーちゃん一筋だってえ♪」
「私は真面目に言っています」
「じゃあ俺も真面目に返すよ。この妹バカ。年の差というものを考えようね?」

 ダグラスはにこりと笑って返し、「じゃあ、レジーナちゃん、行こうか」とレジーナに声をかけてさっさと歩き出す。その後ろを、レジーナは小走りで追った。
 事務室を出て行く二人を見送ったクリフは、ダグラスに心の中で毒づく。

(あんたの女癖の悪さじゃ、信用ならないんだよ……!)

 とはいえ、何事もなく戻って来るのを信じて待つしかない。クリフは再び席について書類作業を再開しながら、大きくため息をついた。




 レジーナがダグラスとともにトリミング室に着くと、

「じゃあ、グラシャを出すね~」

 と、ダグラスはペンダントの宝石から精霊を呼び出した。緑の光に包まれて現れたのは黒い毛並みの大きな犬で、背中には翼が生えており、レジーナは目を輝かせた。

「わあ! 翼があるんですね!」
「うん。だから空を飛べるよ~。定員は二人までだけど」
「そうなんですか。翼が生えた精霊なんて初めて見ましたよ」

 クリフの精霊は灰狼、ニールの精霊は白狼、ノアの精霊は黒豹、そしてチェルシーの精霊は赤獅子だった。正直、毛色の珍しい動物という印象が拭えなかったので、いかにもファンタジーらしい容貌の黒犬には心が弾む。

「グラシャって名前なんですか?」
「正式にはグラシャラボラス。略してグラシャ。でも、翼が生えた精霊なら他にもう一体いるよ。カイムっていう黒鳥なんだけど、こっちは小さいから乗れないな~」
「え? もう一体?」

 どういうことだ、とレジーナは首を捻った。精霊とは一人につき一体しか契約できないのではないのか。少なくとも、レジーナは勝手にそう思い込んでいた。

「グラシャの他にも契約している精霊がいるんですか?」
「あれ、お兄さんから聞いてない? 俺、七体の精霊と契約を結んでいるんだけど」
「な、七体!?」

 目を丸くするレジーナに、ダグラスはあっさりと言う。

「うん。ちなみに属性もみんな違うよ。精霊の七属性を制覇しちゃったんだ、俺。すごいっしょ~?」

 精霊の七属性とは、火、水、風、土、雷、光、闇、のことである、と以前クリフからやはり雑談がてら聞いた。精霊七体と契約を交わしている上に、七属性を制覇したというのは……チート過ぎやしないだろうか。
 レジーナは素直に賛辞を送った。

「すごいです! さすが、八虹隊の隊長です!」
「あっはっは、ありがと♪ 素直だねえ、レジーナちゃんは。いや、お兄さんもある意味素直っていえば素直かな? 兄妹って似るものだねえ」

 兄妹。その言葉にレジーナは、ダグラスが次男であることを思い出して、今朝からずっと気になっていたことを訊ねてみた。

「あの、ダグラスさん。ダグラスさんはご兄弟に恋人ができたとして、嫌だと思います?」
「へ? どうしたの、急に」
「えーっと、実は――」

 レジーナは、今朝のチェルシーの言動について話した。話を聞いたダグラスは、「チェルシーはやっぱりブラコンだねえ」と苦笑していた。

「俺には兄貴と妹がいるけど、別に恋人ができても嫌だなんて思わないよ。っていうか、どっちももう結婚してるし。兄妹の恋人にヤキモチを焼くなんて、その方が珍しいと思う」
「そう、ですよね……」
「レジーナちゃんは、お兄さんに恋人ができたら嫌なの?」
「それがよく分からなくて。兄に女性の陰なんて見たことないし……」

 レジーナが知っている限りでは、クリフに恋人ができたことはない。子供時代は勉強に専念していて恋愛事には興味なさそうだったし、今もきっとそうだろう。
 そう思っていた、のだが。

「あれ、知らない? クーちゃん、恋人いるよ?」
「え?」

 思わぬ言葉を、レジーナは一瞬理解ができなかった。けれど、ダグラスの言葉に理解が追いつくと、自分でも驚くほどに動揺していた。

「え? え? い、いるんですか!?」
「うん」
「嘘!? どなたです!?」
「みんなには内緒だよ?」

 そう前置いて、ダグラスはレジーナに耳打ちした。告げられた言葉に、レジーナはまたもすぐには理解できず。

「え……?」

 にこにこと笑っているダグラスを、レジーナは信じられないといった顔で見上げる。そしてつい大きな声を上げてしまった。

「えぇええええ!?」

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