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第12話 レジーナとチェルシー4

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 アルヴィンは、そういえば、と口を開いた。

「レジーナ、ダグラス隊長から聞いたが、チェルシーに麦粥を作ってくれたそうだな。気を遣ってくれてありがとう」
「お礼を言われるほどのことじゃないよ。私だってチェルシーさんのことは心配だもん」
「それでも、だ。俺には食事を作ってやるという発想がなかったからな」
「直接様子を見てないんだから無理もないよ。チェルシーさん、なんだか起き上がれそうになかったから、食堂に朝ご飯を食べに行けないだろうなあって思って作っただけ」
「わざわざ作らなくても、朝食を運ぶだけで済ませることだってできただろう。素直にお礼を受け取っておけ。曲がりなりにも王子からの感謝だ、貴重だろう」
「あはは、確かにそうだね」

 言われてみると、アルヴィンから感謝されるというのは珍しいことだ。なにせ、いつも面倒を見てもらう側だったので。
 誰かに感謝されるのってやっぱりいいなあと思いつつ、営所の部屋に向かうとちょうど軍医であるセレスト――四十路前後の女性だった――が到着したところで、レジーナは軍医とともに部屋に入った。もちろん、アルヴィンは廊下で待機だ。
 チェルシーを診察した軍医は、

「うーん、症状からしても事情を聞いた限りでも、おそらく風邪ね。五日分の薬を処方するから、食事の後に飲みなさい。お大事にね」

 と、薬を置いて部屋を出て行った。チェルシーは再び寝台に横になって、レジーナに「あんたもさっさと仕事に戻りなさいよ」とつんとした態度だ。
 ……けれど。

(あ。麦粥を食べてくれてる)

 レジーナが作った麦粥を完食だ。それは思いのほか嬉しく、レジーナは内心くすりと笑って「じゃあ、仕事に戻りますね」と空っぽになった器を持って部屋を出て行く。
 そこにはアルヴィンが待っており、チェルシーはおそらく風邪だと診断されたことと、作った麦粥を完食してくれたことを報告する。すると、思った以上に嬉しそうな顔をしていたらしい。アルヴィンは優しげに笑って「よかったな」と返してくれた。
 それから三日間、レジーナはチェルシーに三食麦粥を作り、氷枕と氷嚢も温くなったら取り替えて、出来得る限り看病した。すると、謹慎が開ける四日目の朝にはチェルシーは全快しており、ばっちりと化粧を施した姿でレジーナが身支度を整えるのを待っていて。

「朝食の時間よ。行きましょう」
「え? あ、はい」

 一緒に行動しようなんてどんな風の吹き回しだろうと思いつつ、レジーナはチェルシーとともに部屋を出る。

「もうお体は大丈夫なんですか?」
「ええ。熱も下がったし、いつも通りよ。これも薬のおかげね。……まあ? あんたが作った麦粥の力も少しはあるかもしれないけれど」

 レジーナは目を瞬かせた。さもついでのように言っているが、これは。

(私が麦粥を作ったことにお礼を言ってる……?)

 かなり遠回しな言い方だが、間違いないだろう。
 素直じゃないなあとレジーナは内心苦笑しつつ、「あはは、ありがとうございます」と返しておいた。すると、チェルシーはつんとした顔をしつつも。

「それ。私に敬語を使うのをやめてちょうだい」
「え?」
「私と仲良くなりたいんでしょう? だったら、普通に話しなさいよ。だいたい、そうじゃなくてもあんたの方が年上なんだし」

 レジーナは目をぱちくりとさせる。……なんだろう。随分とチェルシーの中でのレジーナの好感度が上がったような。

(看病したのがよかったのかなあ?)

 よく分からないが、心境の変化があったのは確かだろう。そしてそれは、レジーナにとって悪くない変化なわけで。

「じゃあ、チェルシーちゃん? 改めてよろしくね」

 にこりと笑いかけると、チェルシーはまんざらでもない顔をするのだった。




「よお、チェルシー。レジーナ。これから朝食か?」

 食堂へ向かっていると、アルヴィンとばったり遭遇した。アルヴィンの方は食堂から出てきたことから、朝食を食べ終えた後だと察せられる。

「おはよう、アルヴィン君。うん、そうだよ」
「おはようございます、お兄様。あの、ご心配をおかけしました」

 しおらしく言うチェルシーの頭に、アルヴィンはぽんと手を置いた。

「それよりも体はもう大丈夫か?」
「すっかりよくなりました」
「よかった。ただし、今後は仕事を抜け出すなんてやめろよ。お前ももう社会人なんだから自覚を持て。いいな?」
「……はい。ごめんなさい」
「よし。じゃあ、俺は部屋に戻るから。レジーナ、妹の看病をしてくれて助かった。チェルシー、お前もお礼を言っておけよ」

 そう言って、アルヴィンは立ち去って行く。
 レジーナとチェルシーが再び歩き出して食堂に行くと、

「おや。レジーナ、チェルシー、おはようございます」

 と、ちょうど受け取り口で朝食を受け取ったクリフがレジーナ達に気付いて、にこやかに挨拶をしてきた。その後ろにはダグラスも並んでおり、「二人とも、おはよう」と挨拶してきてから、チェルシーに声をかける。

「チェルシー、体はもう大丈夫なのか?」
「はい。ご心配をおかけしました」
「元気になったのならよかったです。安心しました。ですが、病み上がりなんですから、無理はしないように」

 クリフはそう優しく声をかけ、ここで立ち話をしていると後が詰まると判断したのだろう。テーブル席へと移動していった。
 ダグラス、レジーナ、チェルシー、と順に朝食を受け取って、自然とクリフが座っているテーブル席へと行く。レジーナはクリフの隣に座り、その向かい側にチェルシー、斜め向かいにダグラスが腰を下ろす。

「チェルシー、今日は謹慎処分の始末書を提出してもらうから。クーちゃんに教わりながら書いて。いい?」
「分かりました」
「おはよう、みんな。チェルシー、体の具合はよくなったのか?」

 そう口を挟んだのは、朝食を持ったニールだった。ニールはレジーナ側の隣のテーブル席に座る。ニールにも声をかけられたチェルシーは、「ええ、大丈夫よ」と応じた。

「そっか。レジーナには礼を言ったか? お前の看病してくれてたんだろ?」
「べ、別に頼んでないわよ」
「はあ? なんだその言い草。ったく、今年卒業した精霊騎士はどっちも可愛げがねえな」

 どっちも、というとノアのことも言っているのだろう。そういえば、二人は同期なんだよなあ、とレジーナは改めて思う。
 チェルシーは「ふん、余計なお世話よ」と鼻を鳴らしていた。
 それからほどなくして、ノアも「おはよー、みんな」とやって来てニールの向かい側の席に座る。そして、気遣わしげな顔をしてチェルシーを見た。

「チェルシー、体調はもう大丈夫なの?」
「ええ。それよりもノア、さっきニールが私達の悪口を言っていたわよ」
「なんて?」
「可愛げがないですって」
「ふーん。別にニールに可愛いなんて思われたくないよ。ねえ?」
「ね、そうよね」

 顔を見合わせて互いに頷くチェルシーとノアに、ニールは「お前らなあ……!」と口端をひくつかせた。これまでチェルシーとノアが会話をしているところをあまり見たことのないレジーナだったが、仲は悪くないようだ。
 と、それまで黙っていたクリフが口を挟む。

「可愛げうんぬんはともかく。ニールの言うことは間違っていませんよ。何かをしてもらったら、感謝の言葉を口にするのが人としての礼儀です」
「クーちゃんの言う通りだよ。チェルシー、後ででもいいから、ちゃんとレジーナちゃんにお礼を言うこと。分かった?」

 上官二人に窘められたチェルシーは「う……」と言葉を詰まらせ、縋るようにノアを見たが、ノアもそれには目を丸くして「え、お礼を言ってないの? ダメだよ、言わなきゃ」と指摘したため、チェルシーは孤立無援状態になった。
 レジーナはそれがなんだか可哀想に思えてきて。

「あ、私は別にお礼なんて……」
「レジーナ。甘やかすものではありません」

 ぴしゃりとクリフに言われて、レジーナも「……はい」と引き下がる。とはいえ、チェルシーがレジーナに素直にお礼を言うなんてハードルが高過ぎだろう。後でお礼を言われたということにしようかな、と考えていたら、チェルシーは腕組みをして口を開いた。

「か、感謝していないわけじゃないわよ。その、レジーナ」

 こう伝えるのが今は精一杯。チェルシーの顔はそんな様子だった。
 レジーナはくすりと笑い、「そっか」と相槌を打つ。ノアを除く他の三人はやれやれと言いたげだったが、チェルシーの性格を理解しているのだろう。もっときちんとお礼を言えと小言を言うことはなかった。

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