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第18話 七つの大罪『傲慢』3
しおりを挟むレジーナとチェルシーは首を傾げるしかなかった。
というのも、王城から精霊騎士団本部に戻ってきて、チェルシーが精霊と契約を結んだことを報告するべく、八虹隊事務室を訪れたところなのだが――。
「あの、ダグラスさん。どうして、そんなにボロボロなんですか……?」
まるで魔物と戦ってきたかのようだ。制服には血の跡らしきものも付着している。ダグラス自身には怪我をしている様子はないが。
ダグラスは「……ちょっと事情があってね」と曖昧に笑う。
「それで、どうしたの? 二人とも、今日は休みを取ってたよね?」
「あ、はい。ちょっとチェルシーちゃんとお茶会に参加してきたんですけど……」
レジーナはそこで言葉を区切り、隣に立っているチェルシーを見やる。ここから先は、チェルシー自身が報告した方がいいだろう、と意味を込めて目配せした。
チェルシーはレジーナの気遣いを正確に受け取ったらしい。前に進み出て口を開いた。
「ダグラス隊長。それからクリフ副隊長も。私、精霊との契約に成功しました」
きっと、クリフもダグラスもさぞ驚くだろう。レジーナはそう思っていたが、ダグラスの反応は思っていたよりもあっさりとしたものだった。
「お、そうか。よかったな。属性は?」
「雷です」
「そうですか。おめでとうございます。これで晴れて正式な精霊騎士になりましたね」
穏やかに笑いながら声をかけたのはクリフだ。クリフも思っていたよりは驚いている様子がない。もっとこう、すごい! みたいな雰囲気になるのかと思っていたが、すでに契約をしている者の反応はこんなものなのだろうか。
……二人が事前に知っていたとは、微塵も思わないレジーナだった。
「じゃあ、チェルシーには精霊術の使い方についての指導に入らなきゃな~。明日からは稽古場で待機してて」
「はい。分かりました。ご指導よろしくお願いします」
では失礼します、とチェルシーは頭を下げて事務室を出て行く。その後を、レジーナも同じように頭を下げてから追いかけた。
そうして営所へ戻ろうと一階に下りた時だった。トリミング室の隣にある待合室からアルヴィンが出てきて、レジーナとチェルシーに気付くと「よお」と声をかけてきた。
「私服……ということは、二人とも休みか? それがどうして本部にいる」
よくぞ訊いてくれた、とレジーナは嬉々として返した。
「すっごくいいことがあったから、お兄ちゃん達に報告しに来たんだよ。ね、チェルシーちゃん」
「ええ。――お兄様、私、精霊と契約を結べました」
「本当か!?」
アルヴィンは珍しく……と言っては失礼かもしれないが、表情豊かに嬉しそうな顔をしてチェルシーの頭をわしゃわしゃと撫で回した。
「きゃっ」
「よかったな! よく頑張った!」
「あ、ありがとうございます。……あの、お兄様」
何か言いたげなチェルシーの様子に、アルヴィンは妹の頭を撫で回す手を離す。
「ん? なんだ?」
「その……私はお兄様にとって誇らしく思えるような妹でしょうか」
チェルシーはそっと俯く。……アルヴィンから愛されているという自負を抱いてはいるが、誇らしく思われているかどうかは別の話だ。
おずおずと訊ねるチェルシーに、アルヴィンは目を瞬かせた後、
「愚問だな」
と、ふっと柔らかく笑った。
「自慢の妹に決まっているだろう。精霊騎士であることをひっくるめて、お前という存在が俺にとっては愛すべき誇りだ」
「……!」
アルヴィンの言葉にチェルシーは今にも泣きそうな顔になった。けれど、きつく唇を噛み締めて涙を堪えてから、努めてにこりと笑った。
「私にとってもお兄様は自慢の兄です、――アルヴィンお兄ちゃん」
あえて昔の呼び方で呼ぶチェルシーを、アルヴィンは不思議そうに見下ろしたが、特に追及することはなく、「そうか」と笑って応えた。
(やっぱり、兄妹っていいなあ)
微笑み合うチェルシーとアルヴィンを、レジーナは温かく見守った。
「チェルシー、精霊と契約を結べたんだって? よかったじゃん」
「おめでとー、チェルシー」
その日の夜、レジーナとチェルシーが食堂で夕食を食べていると、ニールとノアがやって来て隣のテーブル席に座りながら、そう声をかけてきた。どうやら、クリフかダグラスから話を聞いたらしい。
チェルシーは夕食を食べる手を止め、腕を組んだ。
「まっ、当然のことよ。あんた達もせいぜい頑張ることね」
「相変わらず、可愛げがねえな……」
やれやれと言いたげなニールに対し、ノアは「うん、さすが、チェルシーだよ」と素直にチェルシーのことを褒めた。つんつんしているのは、どうやらニールに対してだけのようだ。
(でも、よく一緒にいるんだから、やっぱり仲はいいんだろうな)
……まあ、よく一緒にいるといったらクリフとダグラスもだけれど。しかし、あの二人は仕事上仕方なく――少なくともクリフにとっては――一緒にいるのだろうから、ニール達の関係とは比較できないとも思う。
そんなことを考えるレジーナを、ノアはふと見た。
「そういえばレジーナ、なんだか今日はいつもより装いに気合入ってるね」
「え? あ、はい。ちょっとチェルシーちゃんとお茶会に参加してきたので」
「そうなんだ。よく似合ってる。可愛いよ」
はにかむノアの可愛らしさに、レジーナは「ありがとうございます」と応えつつ胸がきゅんとした。可愛いのはノアさんの方です、とも言いたい。
(この顔で男の子なんだから、信じられない……)
どう考えても、女性であるレジーナよりノアの方が可愛い。自分の顔について悩んだことはないといっても、容姿がよければ得することがあるのだろうな、と思う。それは美人なチェルシーにも言えることだけれど。
(……っていうか、八虹隊ってみんな容姿が整ってるよね)
クリフは身内贔屓を含めても美人だった亡き母親似で綺麗な顔立ちだし、ダグラスも女性受けしそうな精悍な顔立ちをしている。ニールも目鼻立ちがくっきりとしており、チェルシーは美人系、ノアは可愛い系、と美男美女ばかりだ。
(顔面偏差値高い隊とか呼ばれてたりして)
ふと思ったレジーナの推測は実は当たっているのだが、八虹隊の誰も言わないため知るよしもなかった。
ともかく、レジーナが普段より着飾っていることに気付いたノアに対し、ニールはきょとんとしている。
「え? いつもとなんか違うか?」
「はあ? 全然違うよ。まず薄化粧だけど化粧をしてるし、服も最近流行ってる紫色のワンピースを着てる。この違いが分からないとか……そんなんだからニールはモテないんだよ」
「う……よ、余計なお世話だ」
痛いところを突かれたという顔をするニールへ、
「確かにあんたはモテなさそうね」
と、チェルシーがとどめを刺す。今年卒業した精霊騎士コンビのタッグに、ニールは「ほっとけよ!?」と声を荒げるのだった。
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