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お料理の時間です
しおりを挟む市場での買い物を終えてミザリア治療院へと帰ってきた。見たことのない食材に途中からなんだか楽しくなってしまい、気が付いたらとんでもない量になってしまった。
食材を沢山買ってくれたからとオマケで貰えた大きな麻袋に入れてみたものの、パンパンになった麻袋はかなりの大きさだ。
あまりの重さにふらふらとしていた私を見かねたエリアスさんが代わりに持ってくれた。私が買ったんだから自分で持ちますと伝えても、女性に重いものを持たせられませんと笑顔を浮かべるエリアスさんは心まで綺麗である。
キッチンまで運んでくれたエリアスさんに丁寧にお礼を言って、料理ができるまでソファで寛いでいてもらう。ここからは自分の仕事だと気合を入れた私は腕まくりをしてキッチンに立った。
地球に比べて不便だろうと思ったミザリア治療院のキッチン。しかしそんなことは全くなくコンロは三口あるし流しだってちゃんと備わっている。
「下手すればうちのキッチンより便利かも。それにさすがは異世界、火や水を出すのに魔石を使うなんて」
そう。コンロには赤、蛇口には青の魔石が取り付けられていた。ガスや水道といったインフラ設備がない代わりに魔石で火や水を生み出しているみたいだ。
異世界って案外ハイテクじゃんと思ったけど、このように魔石を使う道具を魔具といってかなりの高級品だそうだ。
ミザリア治療院は相場よりかなり安いといっても高級な設備を揃えるくらいには儲けているみたい。普通は薪で火を起こして水は井戸で汲んできたものを使っているそうだ。
私としても快適に料理ができるんだし文句はない。こんなにも良いキッチンで作られていたのが薄味のスープだったのは宝の持ち腐れ感があるけれど、これからは私がしっかり使わせてもらおう。
収納を開けると包丁だけではなく様々な調理器具が眠っていた。もしかしたら以前は料理をする人がいたのかもしれない。キッチンの充実ぶりに私はそんなことを思った。
「さて。まずは豚肉を切らないとね」
地球ならスーパーに行けばちょうどいいお肉があるけど、市場で買ったのは私の顔よりも大きな塊肉だから切らなくてはいけない。
こんなにも大きいと固いかもと恐る恐る包丁を入れると、肉の弾力はありつつも拍子抜けするほど簡単に切れてしまった。
「すごい。切った断面がキラキラ光ってる」
豚に比べて赤みの強い塊肉の断面は色鮮やかなルビーのように輝いていた。切った時に溢れた肉汁がより一層お肉を光らせて、想像以上の脂の乗りに思わず見惚れてしまう。
「これから寒い季節に向かうのでオークは脂肪を蓄えるようになるんです。だからこの時期のオークは脂が乗って美味しいんですよ」
「うわっ! びっくりした!」
耳元で聞こえた声に私は飛び上がってしまった。慌てて振り返るとすぐ後ろにイタズラな笑みを浮かべたエリアスさんがいる。
「包丁を持ってる時に驚かせないでください!」
「あはは。ごめんなさい。少しお腹が空いてきたので様子を見にきちゃいました」
期待してますね。そう言い残して戻っていくエリアスさん。そんな彼が先程耳元で囁いた優しい声が、まだ私の中に残っているようでゾクリとした甘い痺れを感じた。
もしあの声で愛を囁かれたらどうなるんだろう。料理に集中しなきゃいけないのに、頭の中ではそんなことを考えてしまう。
全部エリアスさんのせいだ。あんなカッコよくて甘い声で私の耳元で囁くから。話してる内容はお肉の美味しさについてなのに、どうしてこんなにドキドキさせられなきゃいけないのか。
一度大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせよう。エリアスさんはお腹が空いたみたいだし急いで生姜焼きを作らないと。
私は頭の片隅にあるレシピを思い出しながら作業を開始した。まずある程度の厚みに切り分けた豚肉をすりおろした生姜の汁に漬ける。
こうすることでお肉の臭みが取れて柔らかくなるのだ。お肉を漬け込んでいる間に魚醤と生姜を加えたタレを用意してキャベツの千切りを作っておいた。
十分ほど生姜汁に漬けた豚肉を熱したフライパンに乗せる。するとじゅうううと焼ける音と共に、脂が焼ける甘くて食欲をそそる匂いが辺りに香った。
「この匂いだけでご飯が食べれそうな気がする。でもお米がないんだよね。次は絶対に熱々のご飯に乗せて食べてやる」
そんな決意と共に豚肉の両面に焼き色が付いたのを確認した私はタレをフライパンに注ぎ込んだ。今度はじゅわわわとタレが跳ねる音と暴力的なまでの生姜焼きの香りに思わずゴクリと喉が鳴る。
そのまま何度か豚肉をひっくり返しながらタレを煮詰めれば生姜焼きの完成だ。久々の料理にしては上手くできたんじゃないかな。
お皿に生姜焼きを乗せて、その上に旨味の詰まったタレをかけたら隣にキャベツを添える。よし! 市場ではどうなるかと思ったけど無事に完成した。
「できましたか?」
別の皿に乗せたパンと共に生姜焼きを持って行くと、既にテーブルにいたエリアスさんがそわそわとしながらそんなことを口にした。
くんくんと鼻を動かしつつキラキラとした目で私の持つ皿を見るエリアスさんは、食べ盛りの少年のようでなんだか可愛い。
「お待たせしました。おかわりもあるので沢山食べてくださいね」
「ずっと良い匂いがしていて限界でした。作ってくれてありがとうございますハルカ」
ありがとう。そう笑顔を見せてくれたエリアスさんに、私は改めて自分の趣味が料理だったことを再確認した。
そうだった。こうやって喜んでくれる顔が好きで私は料理が好きだったんだ。小学生の時に作った不恰好なオムライスを美味しいと食べてくれたお母さんを思い出す。
やっぱり料理っていいな。そんなことを再確認した私の前でエリアスさんはフォークを手にした。
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