冒険者なら一度は行きたい月光苑〜美味しい料理と最高のお風呂でお待ちしております〜

刻芦葉

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間話3

アイザック、サウナと出会う

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「ごめんザック!先に出てるね!」

「ああ」

 足早に浴場内を後にするウェンを風呂の中から見送った。相変わらずウェンは風呂から出るのが早い。こんなにも気持ちのいいものなのだから、長く入らなければ勿体ないとアイザックは思うのだが。

 アイザックは風呂が好きだ。正確にいえば熱い風呂が好きだった。思えば昔から自分は熱さが好きだったように思う。一度火山に溶岩結晶を取りに行ったことがあったが、他の三人がひいひい言う中でアイザックは少しの心地よさを感じていた。

 火山の空気は確かに熱い。だがそのおかげで滲み出る汗と共に、なにか体の悪いものが抜けるような感じが心地良い。それと同じ感覚をアイザックは熱い風呂から感じていた。

「連れてきてくれたデュオールさんに感謝だ」

 こないだのお裾分けのお返しにと今回はデュオールがアイザック達を月光苑へ連れてきてくれた。今頃ミューラとイリヤも風呂を楽しんでいる頃だろう。

 すると入口から服を着たままの男が入ってきた。服は月光苑の制服だったので、きっと従業員なのだろう。ただ浴場に従業員がいる所を見たのは今回が初めてだ。

 何かあったのかと見ていると男はある扉の前に立ち止まった。

「お待たせしました。これよりロウリュを始めます!参加のお客様はサウナまでお越しください!」

 その言葉に裸の男達がワラワラと扉へと向かい始める。そういえばあそこに入ったことがアイザックには無かった。気にも止めなかったが、あれだけ人気なら試すべきだろう。ロウリュが何か分からないけど流れに乗って向かうことにした。

「お客さんもロウリュですね?ありがとうございます。そのままお進みください」

 促されて扉を開けたアイザックに熱波が襲いかかった。

「うおっ」

 火山に生息するヒートイーグルの羽ばたきのような熱風にアイザックは思わず立ち止まる。室内は席が五段になっていて、男達は思い思いのポーズで座っていた。

 腕を組んで目をつむる者。うなだれるようにして頭からタオルをかぶる者。両腕を後ろについて天井を仰ぐ者。

 この場はなんなのだろうか?そしてなんでここにいる男は皆ガタイが良いのだろうか?アイザックには何も分からなかった。

「おい。入らないならどいてくれ」

「すまない。今入る」

 気づけば後ろに人がいたのでアイザックはそそくさと部屋に入る。そして空いていた下段の一番隅っこへと座ると辺りを伺ってみる。すると先ほど注意をしてきた男がアイザックの隣に座った。

「入る前に戸惑ってたな。サウナは初めてか?」

「この部屋はサウナというのか。それなら初めてだ。どんな場所なんだ?」

「ここはな、仲間同士の社交場だ。あそこを見てみろ」

 目線の先をアイザックも見ると新たに入ってきた男が、周りに会釈していた。それに対して周りの男達も会釈を返して、どこか仲間意識のような雰囲気を感じる。

「あいつらは互いの名前すら知らない。ただこのサウナでたまに会うだけの関係だ。それなのに会えば必ず会釈をする。隣に座れば世間話をして笑い合う。それはなぜか?ここにいるのは皆、サウナ好きの仲間だからだ」

「仲間……か」

「あぁ。俺はお前に見所があると思ってこうして話しかけた。サウナは軟弱なやつなら即出て行っちまうが、お前は平然としてるからな。ただこれからロウリュが始まる。それも乗り越えたなら、お前もここの仲間入りだ」

「なぁ。ロウリュってなんなんだ?」

「説明するには時間が足りないな。ほら、始まるぞ」

 先程の従業員が入ってきて扉を閉める。そしてこちらを向いて深々とお辞儀をした。それに周りの男達全員がお辞儀を返している。なのでアイザックもそれに習うようにお辞儀をした。

「本日のロウリュを担当させて頂くヒューリと申します。本日は宝仙極ほうせんぎょくの花を使った水を使わせて頂きます。それではロウリュ、始めます」

 ヒューリは桶から柄杓で水を掬うと、大きな鉄の塊の上に乗せられた石に水をかけた。

 ジュワアアア。

 そんな音と共に爽やかな花の香りが部屋に広がっていく。その匂いを楽しんでいると今度はヒューリが大きなタオルを取り出すと、振りかぶって大きく扇いだ。

「ぐっ!」

 熱さに強いと思っていたアイザックでさえ、そんな声が漏れるほどの熱風が襲ってきた。たった一度で毛穴が開いて玉のような汗が滲み出してくる。その後も二度三度と扇がれる度に滝のような汗が噴き出して、アイザックの体を伝っていった。

 隣を見ると先程まで楽しそうにサウナを語っていた男も、苦しそうに目を閉じて歯を食いしばっていた。その姿に慣れていても熱いんだと分かったアイザックはロウリュを最後まで受けてやろうと決めた。

 そしてどれだけ時間が経っただろうか。何度も熱風を浴びたアイザックは限界だった。何度も途中退室しようか考えたが、やっぱり終わりまで粘りたいと踏みとどまってきた。

「これにてロウリュを終わらせて頂きます。ありがとうございました」

 どうやら自分はロウリュに打ち勝ったらしい。霞む頭でフラフラと立ち上がると、覚束ない足取りだったがなんとか扉から出た。アイザックは一刻も早く涼しい場所へ行きたかった。

「おい!何やってる!急げ!次に向かうぞ!」

 そんなアイザックを止めたのは隣に座っていた男だ。訳も分からないままアイザックが連れて行かれたのは、先程までサウナでロウリュを受けていた男たちで溢れかえっている風呂だった。

「汗を流してから入れよ?」

 ぼーっとする頭で桶で水を掬って体にかける。そして被ったお湯のあまりの冷たさに、叫ばないようにするので精一杯だった。この風呂には水が溜められていた。なんのためにと思うアイザックだったが、水に浸かる男達はどこか幸せそうな顔をしている。

 意を決して入るがあまりの冷たさにアイザックの体は力が入ってガチガチに固まった。これはダメだと思うアイザックだが、徐々に体が慣れてきたようで、少しずつ力が抜けていく感覚が心地いい。

「これはいいな」

 普段冷たい水は得意でないアイザックだったが、サウナ後は素直に気持ちいいと思えた。熱さでのぼせていた頭もすっきりとクリアになって、今なら苦手な計算だって出来そうだ。

「よし。最後の仕上げだ。外に行くぞ」

 そんなアイザックをまたしても男が連れ出した。なんで外にと思うが今の所男の言うことは正しいので、アイザックは大人しく着いて行くことにする。

「ここに座って頭を空っぽにしてみろ」

 ロテン風呂に置かれたベンチに座ったアイザックは、言われた通り何も考えずに体を撫でる風を楽しむ。

 ふわっ。

 するとアイザックは飛んでいるような感覚と共に多幸感が押し寄せてきた。酒に酔っている時の楽しさとも違う、体全体がリラックスしているような感覚にアイザックは夢中になる。

「感じれたようだな。それが『整う』だ」

「整う……。凄まじい感覚だ。これを味わうために生きていると思えるほどに」

「はははっ!さすが分かってるじゃねえか。それが言えたならお前も立派な『サウナー』だ。ようこそこちらの世界へ」

 アイザックと男は握手をして笑い合った。そして六の刻となりアイザックは他の三人とメインホールに食事をしに来ていた。

「それにしてもザック遅かったね。あんなに浴場にいて疲れない?」

「疲れないな。むしろ最高のリラックス効果があった。む?」

 ウェンと皿を持って歩くアイザックは、先程のサウナを説明してくれた男の姿を見つけた。そして男もアイザックに気づいたようで、二人の目が合った。

 ぺこり。

 お互い会釈すると何事もなかったように二人は歩き出す。

「え?誰?知り合い?」

「そうだな。俺のサウナー仲間だ」

 さうなー?そう言って首を傾げるウェンを見てアイザックは笑う。こうして月光苑にまた新しいサウナーが誕生したのだった。
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