冒険者なら一度は行きたい月光苑〜美味しい料理と最高のお風呂でお待ちしております〜

刻芦葉

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フルーツタルトとエルフの仕立て屋姉妹

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「ありがとうございました」

 出て行ったお客さんをリラは笑顔で見送った。ここはユルールヴェルン。世界樹のお膝元にあるエルフの国だ。リラはこの国で妹と二人、仕立て屋として生活をしている。両親は既に他界していて残されたのが少しの貯蓄と、この仕立て屋だった。

 こうして十四歳にして仕立て屋の主となったリラだったが、幸いにも裁縫の才能があったようで、五年経った今でも食べるのに困ることはなかった。とはいっても贅沢ができるような収入もないため、妹と二人で慎ましい生活をしている。姉として情けない限りだが、妹は弱音も吐かずに笑顔で接客を担当してくれていた。

「お姉ちゃん!新しいお客さん連れてきたよ!」

 噂をすれば妹のルルが帰ってきた。ルルはどこか興奮したように白い頬を上気させてリラへと詰め寄ってくる。

「どうしたの?そんなに慌てて」

「なんかね!凄いお客さんだったの!いつものように生地買いに行った帰り道に、その人が急に現れて仕立て屋さんを知りませんかって!だからうちを紹介したんだ!」

 急に現れたと言うがお化けでもあるまい。そそっかしいルルのことだし勘違いでもしたのだろう。

「紹介って言っても誰も着いてきてないじゃない。大体うちみたいな何の変哲もない小さな仕立て屋さんに、わざわざ新しい人は来ないわよ」

「いえいえ。そんなことはありませんよ?拝見させて頂きましたが、仕事は丁寧ですし値段も良心的だ」

「ひゃあ!」

 突然聞こえてきた第三者の声にリラは悲鳴をあげる。見るといつの間にか柔和な笑みを浮かべる金髪の燕尾服姿の男が店内にいた。

「あ!さっきのお客さん!」

「先程はどうも。お嬢さんの呼び込みが上手かったので、こうして足を運ばせていただきました。ですが来て良かった!見てきたユルールヴェルンのお店の中で一番いい出来をしていますね。あ、申し遅れました。私グリムと申します。こういう者です」

 グリムと名乗った男は小さな紙片を取り出すとリラへと渡した。

「月光苑ってなんですか?」

 紙には月光苑とグリムという名前だけが書いてあった。口頭で済むことを、なぜ貴重な紙に書いて渡すのかがリラには分からなかった。

「簡単にいえば宿ですね。お陰様で多くの冒険者の皆様にご愛顧頂いております。今回は月光苑の新しい館内着を作ってくれる仕立て屋を探しに来たのですが、お嬢さんの腕は実に素晴らしい。ぜひ頼みたいと思うのですがいかがでしょう?」

「え。でもそんな急に」

「いいじゃん!やろうよお姉ちゃん!どうせうちには常連さんしか来ないんだしさ!館内着なら沢山作ることになるだろうし、大口の取引先ゲットのチャンスだよ!ねぇグリムさん!もちろんお代の方は期待していいですよね!?」

「ふふふ。お嬢さんは手厳しいですね。契約頂けるならこの額を用意するつもりですがいかがでしょう?」

「えっ!?こんなに!?」

 グリムが提示した紙に書かれていたのは、リラが五年間で頑張って稼いだ金額の十倍以上の値段だった。

「そちらはあくまで貴女の腕に支払う額です。素材の費用も別途こちらで用意します。まずは百着仕立てて頂きたいのですがいかがでしょう?受けていただけませんか?」

「とは言われても、館内着はどんな風に作れば良いか分かりませんし」

「おっと。申し訳ございません。貴女の言う通りですね。それではこちらをお渡し致します」

 リラは一枚の紙を渡される。表には銀色の文字が書かれているが、リラには読むことが出来なかった。

「なんですかこれは?上質な紙を使っているようですが」

「こちらは月光苑からの招待状でございます。これがあれば宿泊できて、豪華な食事と最高のお風呂も無料で楽しめます。冒険者ギルドで見せればいつでも来ることが出来ますので、時間がある時にお越しください。そこで館内着を見てもらえればと思います。そうそう。契約していただいたら、こちらの招待状は月に一度お送りいたしますので」

 まずはお試しにお越しください。そう言い残してグリムは去っていった。

「なんか凄かったね!招待状だっけ?いつ行こっか?」

「うーん。行ってみたいけどお客さんが来るしお店を休むわけにはいかないもの」

 月光苑は気になるが、仕立て屋は二人だけで経営している手前簡単には休めない。これでは契約も取れないだろうなと残念がる二人だったが、月光苑へ向かう機会はすぐにやって来るのだった。

「あ!お姉ちゃん雨だよ!」

 グリムが来た翌日、ユルールヴェルンでは雨が降っていた。この国での雨は世界樹への恵みだ。何よりも世界樹を大切にして寄り添って生きるエルフ達にとって、雨の日は大切な日となる。それゆえに雨が降るとその日は一日休むのがエルフの暮らしだ。ともなればお店を開けても客は来ないので意味がない。

「ねぇ!今日はお店お休みだよね?なら月光苑行ってみようよ!」

「そうね。こんなチャンスは滅多にないし、行きましょうか」

 こうして月光苑行きが決まった。出かける準備を済ませると二人は冒険者ギルドへと向かう。雨の日でもギルドは閉めないようだが、冒険者の数はかなり少なかった。

「冒険者ギルドへようこそ!本日はどのようなご用件でしょうか?」

「これを見せるように言われたんですが」

「わっ!それは月光苑の招待状じゃないですか!いいなぁ」

 羨ましそうな受付嬢に連れられてギルドの地下へと向かう。そして今度お裾分けしてくださいとお願いされながら、二人は月光苑へと向かった。

「凄い!あれが月光苑かな?すごく大きい!」

 到着すると姉妹揃って月光苑を見上げていた。ルルは単純に月光苑の凄さに目を輝かせて。リラはこんな高そうな宿に泊まれるのか心配になりながら。月光苑の入り口では見知った顔が出迎えていた。

「あ!グリムさんだ!」

「ようこそリラ様。ルル様。月光苑はお二方をお待ちしておりました」

「あれ?この間名乗らなかったのにどうして?」

「招待状で来館されるお客様の名前は、全てこちらで分かるようになっているんです」

 どうやらリラには理解できない凄い技術が月光苑では使われているようだ。その技術が仕立て屋でも使えれば、作った服を受け取りに来るお客さんの名前を、覚えてなくても大丈夫なのにと羨ましくなった。

「本日は『紅葉』のフロアをご用意しております。美しく色付いた草花達をお楽しみください。それと館内着はお部屋にございます」

 そう言ってグリムは去って行った。どう見ても高そうな部屋に恐る恐る入る二人だったが、すぐに目を輝かせる。入った部屋には仕立て屋として宝の山だったからだ。

「この布団凄い。細部までしっかりと刺繍がされているわ。これ一枚作るのにどれくらいの時間がかかるのかしら?」

「テーブルクロスも凄いよ!刺繍で木が作られてるんだけど、葉っぱが一枚一枚微妙に違う色合いになってる!だから遠目で見た時に立体感があるんだね!」

 その後も仕立て屋として勉強になるものを見つけては、仲良く品評を繰り返す。そしてとうとう二人はクローゼットを開けると、ハンガーに掛けられた二着の館内着を見つけたのだった。




リラのイメージ
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