冒険者なら一度は行きたい月光苑〜美味しい料理と最高のお風呂でお待ちしております〜

刻芦葉

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四季の恵み天ぷらと建築家

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 約束の日にヒューリは鉱山都市グララガリアの冒険者ギルドへと向かった。どうやらエヴィは建築素材となる良質な鉱物を求めてここに移住してきたらしい。二人がばったりと遭遇した街からは馬車で一週間はかかる距離だが、あの日はたまたま依頼のために来ていたようだ。

 ギルドに入ると依頼掲示板の前は沢山の人でごった返していた。やけにむさ苦しく感じるがそれもそのはず、ここに所属している冒険者の半数はドワーフだ。樽のような体に立派な髭が特徴の彼らは鍛冶を愛する種族であり、グララガリアはドワーフの街とも言えるだろう。

「わー!待ってください!私は冒険者ではないのですー!」

 知っているギルドとの違いに面白さを感じていると耳馴染みのある声が聞こえてくる。声のした方向を見てみれば、そこにはなぜか掲示板前の人込みを流されているエヴィの姿があった。

 なんでそんな所にいるのか疑問ではあるが、このまま放置すればエヴィの細い体はポッキリと折れてしまうかもしれない。ヒューリもそこに飛び込んで助けを求めるように上げられている手を掴むと、どうにかエヴィを救出することに成功した。

「ぺちゃんこになるかと思いました。ヒューにまた助けられてしまったのです」

 相当もみくちゃにされたのだろう。嵐に合ったかのようなボサボサの髪を手櫛で直しつつエヴィは安堵のため息を吐いていた。目にうっすらと滲んだ涙が華奢な肩と相まって酷く哀愁を誘っている。

「なんであんな所にいたんだよ」

「人込みの中にヒューがいるかと思ったのです。お母さんが待ち合わせには目立つ場所が良いって言ってました」

 確かにその通りだがいくら目立つとはいえギルドの掲示板前で待とうなんて思わない。しかしそれを言っても不思議そうな顔で首をかしげられる未来が見えるのでヒューリは言わないことにした。

「まあ無事だったしいいか。それじゃ向かうけど特に忘れ物はないよな?」

「ないのです!ああ、これから月光苑に行けるのですね!楽しみで昨日は全然寝れませんでした!」

 ヒューリにとって今では慣れてきた職場だったが、その反応に改めて月光苑の特別さを認識させられる。嬉しさのあまりスキップでもはじめそうなエヴィを連れて地下へと向かうと、転移門に銅の招待状を使った。一人の時なら渡されている社員カードで自由に転移門を使用できるが、エヴィもいるので招待状を使うのだ。

「わー!あれが月光苑ですか!凄いのです!あんなにも大きな建物なのに使われているのは主に木材なのですね!」

 目の前に現れた月光苑にエヴィは瞳をキラキラとさせながら感嘆の声を上げた。ここは山の近くだからか霧が発生することがある。まさに今日もそんな日だったようで霧の中に浮かび上がった月光苑は、ヒューリでさえも幻想的に見えていた。

「ふむふむ。あの白くて沢山ぶら下げられているものには意味があるのですか?」

「あれは提灯ちょうちんっていって紙で出来た灯りなんだよ。夜になると中にある蝋燭に火が焚かれて、闇夜に月光苑がぼんやりと浮かび上がるんだ」

 ヒューリも初めて見た時はその美しさに感動したものだ。その光景は月光苑の隠れた名物となっていて、お客さんの中で好きな人と見ると恋が叶うなんてロマンチックな噂まで囁かれている。実際にそれを意中の相手と見て恋仲になれたとお礼の手紙が届くこともあるので、もしかしたら効果があるのかもしれない。

「そちらが話を伺ったエヴィさんですね?ようこそ月光苑へ。うちのヒューリがお世話になっております」

「わあ!びっくりしたのです!」

 外観を余すことなく見ようとあっちにフラフラこっちにフラフラしていたエヴィに後ろから声がかけられた。飛び上がったエヴィの後ろにはグリムが楽しそうな表情でこちらを見ている。その様子に自分とエヴィの関係を勘違いしていると察したヒューリは訂正しようと口を開いた。

「グリムさん、言っておきますけど俺とエヴィはそんな関係じゃないですよ。同じ村で育った幼馴染みってやつです」

「まあまあ。そう否定するものじゃないですよ。将来の話は誰にも分りませんから。そんなことより中へどうぞ。エヴィさんもヒューリに案内してもらって月光苑を楽しんでくださいね」

 グリムはいつものように驚かしに来ただけだったのか満足そうに去っていった。

「今の人は誰なのですか?」

「グリムさんっていって月光苑の従業員をまとめてるリーダーみたいな人だな。オーナーが一番上だけど滅多に出てこないから仕切ってるのはグリムさんだ。その下に各部門のトップ、例えば料理長みたいな感じに分かれて月光苑は運営されてる」

「ヒューはどこで働いているのです?」

「風呂部門だ。俺はその中でもサウナを担当することが多いかな。その他にも色んな場所に出向いて新しい源泉探しなんてこともしてる。だから風呂部門には腕っぷしが強い奴多いんだぜ。特に部門長なんてミスリルランクの冒険者だしな。ほとんど源泉探しに行ってるから会うのは稀だけど、帰ってきたらお土産くれる良い人だよ」

 ヒューリは倒したからと大きなドラゴンの頭骨を渡してきた部門長を思い出して苦笑いを浮かべた。一度武術訓練に来てくれた際に手合わせして貰ったが、つるはしを使った豪快な一撃は地面に巨大なクレーターを作る。これが巨人族の中でも歴代最強と言われる男の力かと肝を冷やしたものだ。

「ヒューも立派にお仕事してるのですね。あっ!あれって全部ガラスなのですか!?こんなに透明度の高いガラスは初めて見ました!それに一面を埋められるくらい大きなものなんてどうやって作るのですか!」

 駆け出したエヴィはガラスにペタッと張りついて中を見つめる。

「近くで見ても色や気泡の混じりがない……!それにこんなに厚いのに透明なのです。これが使えれば建築業界に革命が起きます!」

 エヴィは建築の未来を見ているようだが、ヒューリは受付の同僚が中から見ていることが恥ずかしくて仕方ない。クスクスと笑いながら手を振ってくる同僚に笑顔で振り返すエヴィに子供かと言いたくなる。

「ほら。早く中に入ろうぜ。外ばっかり見て中を見る時間なくなるのは勿体ないだろ?」

「確かに!それじゃヒュー。案内よろしくお願いするのです!」

 こうして月光苑へと足を踏み入れた二人だったがキラキラと目を輝かせるエヴィによって、この先何度も恥ずかしい思いをすることをヒューリはまだ知らなかった。
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