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四季の恵み天ぷらと建築家
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しおりを挟む「ヒュー!あの天井近くのつなぎ梁を見てください!あんな場所まで絵が彫られているなんて!これを芸術と言わずしてなにが芸術でしょうか!ああ!この月光苑にいるだけでインスピレーションが泉のように湧いて来ます!」
月光苑の廊下にある梁を見て興奮する幼馴染みにヒューリは苦笑いを浮かべる。そんなものにまで注目していたら日が暮れる、そう何度も急かしているのに気になる所を見つけては鼻息荒く説明しだすのだ。そんな所は昔から変わっていない。
「あの禍々しい巨大な蛇は一体……?その前に立つのは二人の男。はっ!これは邪神討伐を現した絵になっているのですね!それならあっちに彫られている花はなんでしょう!」
ただ梁に彫られた絵について考察するのは止めてほしい。しかも癖なのか考えていることを一々声に出すのだ。怪訝な顔をしている他のお客さんに頭を下げながら、早くもお裾分けしたことを後悔していた。
なんであの時誘ってしまったのだろう。ヒューリは誘ってしまった日のことを思い出す。
その日は休みだったのでヒューリは街へと繰り出した。その目的は好きな作家の新刊を買うことだ。
月光苑で働き始めて字が読めないことに困っていたヒューリに本を貸してくれた同僚がいる。それを使って字を教えてもらったのだが、こんなに面白い物があったのかとヒューリは読書にドはまりした。
今では自室にある本棚も少しずつ埋まってきて、その背表紙を見ながら酒を飲むのがマイブームとなっている。本は高いものではあるが月光苑で働くヒューリにとって手が出ない額ではない。
しっかりと貯金はしつつも余ったお金で月に一冊これだという本を買うのが最近の楽しみだ。
転移門を潜ったヒューリはお目当ての書店へと向かう。月光苑の従業員は福利厚生の一つとして転移門を自由に使えた。
無駄遣いすれば怒られるが買い物などには使ってもいい。転移に使用する魔石は冒険者達が差し入れてくれた魔物の中にあるものを使っている。
こうして新刊を手に入れてご満悦なヒューリが街を歩いていると、いかにも素行が悪そうな小太りとノッポの二人組の男に絡まれている女性を見つけた。
「なあ姉ちゃん。これから俺らといいことしようぜ」
「困るのです。私は今から行かなくてはいけない場所があるのです」
「ひひっ!大丈夫。すぐ済むからよぉ」
困りながらも逃げない様子に押しに弱いと判断したのか、ノッポの男が腕を掴んで路地に引きずり込もうとする。
女性は助けを求めるようにきょろきょろとしているが、周囲の人間は面倒ごとはごめんだと目を逸らしていた。
「昔の自分を見てるみたいで気分が悪いな」
女子供には手を出さなかったヒューリだが素行が悪いという意味ではあれと同じだ。過去を後悔する身として見過ごすことはできない。
「困ってるだろ。やめてやれよ」
「あ?なんだお前。正義の味方気取りかぁ?」
「俺が正義なんて言えた義理はないけどよ。困った女の人を無視はできねえ」
「めんどくせえ奴だな。やっちまうか」
小太りの方がナイフを突き付けた。そっちがその気ならと構えたヒューリに女性が叫んだ。
「私は大丈夫なのです!だから貴方は逃げてください!」
「そういうわけにはいかないな。ここで逃げたら教官たちに顔向けできないし」
月光苑には週に一度武術の訓練がある。任意なので出なくても問題はないのだが、ヒューリは欠かさずに参加していた。
教官となるのはエドワードとリョウマの二人だが、時にはアークライトが務めることもある。そんな地獄のような訓練に参加しているヒューリにとって、目の前のチンピラ程度なら怖がるような相手じゃない。
「エドワードさんの意識が吹っ飛ぶくらい重い一撃や、リョウマさんの震えるような太刀筋に比べればどうってことないな」
そう評価して小太りが振り回すナイフを冷静に見切ると隙だらけの鼻っ面に拳を叩き込む。そして吹き飛んだ小太りに気を取られているノッポの裏に回り込んで腕を捻り上げ地面に押し付けた。
「まだやるか?」
「いででででで!腕が外れちまう!分かった!その女に手を出すのはやめる!だから見逃してくれぇ!」
「これに懲りたら二度と人に迷惑かけるなよ。次はないからな。分かったらそこで伸びてる奴も連れていけ」
小太りを重そうに担いだノッポは足早に逃げて行く。それを見送って女性に目を向けると、その顔になんとなく見覚えがあった。
美人ではあるが少し眠たそうな目にほんの少し開いたアホっぽい口に記憶を辿っていると、そんなヒューリに対して女性の方がハッとした顔で指を差してきた。
「まさかヒューなのですか!?」
「その呼び方……。お前まさかエヴィか!」
ヒューリがそう呼ばれていたのは村に住んでいた時の話だ。その呼び方を聞いて村にいた時によく後ろを着いてきた幼馴染みの少女を思い出した。あの変わり者がこんなにも綺麗になったらそりゃパッとは出てこない。
「そうなのです!ヒューは随分見ない間に大きくなりましたね!」
「いやなんで年上みたいな言い方なんだ。同い年だったよな」
相変わらず少し天然が入っている幼馴染みにため息を吐く。一方エヴィの方は久しぶりに会えたことが嬉しいのかニコニコと笑っている。そういえば後ろを着いてくる時もこんな顔だったとヒューリはその笑顔に懐かしさを感じた。
「というかさっき聞いてたけどお前行かなきゃいけない場所があるんだろ?急がなくていいのか?」
「あれは嘘なのです!変な人に話しかけられたらそう言えば大丈夫だってお母さんから聞いたのです」
「そんなガバガバな対処法でよく今まで無事だったな……。エヴィは今なにをしてるんだ?」
「お散歩なのです!」
「ああいや。そういうことじゃなくて。仕事はなにをしてるんだ?」
久しぶりに会ったら天然がより酷くなっている気がする。昔はもう少しちゃんとしていた気がするのだが。
「私は建築家をしているのです!」
「そりゃ随分立派な仕事をしてるな。でもそういえば昔からお前はそういうのが得意だったか」
思いの外凄い仕事をしているのに驚いたがエヴィは村にいた頃から造形が上手かったことを思い出した。砂遊びで立派な城を作った子供を見たのは後にも先にもエヴィだけだ。
彼女がそんな才能を生かせる職業に就けていることに心の底から安堵した。
「そういうヒューは今なにをしてるのですか?」
「俺か?俺は今月光苑で働いているよ」
「むむっ!今月光苑って言いましたか!?それってリョカンなのです!?」
「よく知ってるな」
冒険者でもない彼女では知る由もないと思ったが、予想に反してエヴィは月光苑が旅館であることも分かっている。しかもなぜか興奮しているようで、急にずいっと顔を近づけてくる彼女にヒューリは大きくのけ反った。
「当然なのです!建築関係の仕事をしていれば噂は自然と耳にするのです!かの天才アレクディオスをして建築の最高峰とまで言わしめた月光苑は建築家の憧れ!エヴィの一度は行きたい場所ナンバーワンです!」
エヴィは興奮すると一人称が自分の名前になる所も昔から変わっていない。そんなセンチメンタルな気分がそうさせたのか、ヒューリは後日後悔することになる元凶の言葉を放ってしまった。
「それなら今度招待しようか?月光苑にはお裾分けって仕様があるんだ。それを使えばエヴィのことを月光苑に連れていけるぞ」
「いいのですか!?ありがとうヒュー!」
こうしてお裾分けをすることになったヒューリは予定を決めて、後日エヴィの住む街にある冒険者ギルドへと迎えに行く約束をする。
その日の夜にはテンションの高いエヴィの相手は疲れそうだと思いつつ、なんだかんだで嬉しそうなヒューリの姿が目撃されるのだった。
エヴィのイメージ
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