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四季の恵み天ぷらと建築家
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しおりを挟む「今月の招待状を配ります。もし誰かにお裾分けしたい人がいれば利用する前日までに教えてください」
月光苑では月初めに従業員に対して招待状が配られる。今日はちょうどその日だったので朝のミーティングの後にグリムから銅の招待状が配られた。
今日が休みの従業員には部屋へと届けられていて、その中にはすぐに招待状を使って月光苑を楽しんでいる者もいるのだろう。
「ヒューリは誰か誘うのか?」
「いや。俺は特にいないから今回も一人で使おうかな」
「そうかぁ。俺も調理に気になってる子がいるから誘いたいけど、従業員同士のお裾分けは禁止されてるからなぁ」
ヒューリに話しかけてきた同僚の言うように月光苑では従業員同士のお裾分けは禁止されている。改めて誘えそうな人はいないかと考えてみたが、やっぱり思い当たらない。
両親や兄弟が住んでいる村は冒険者ギルドから遠いし友人は皆従業員だ。
昔はそれ以外にも知り合いと呼べる人間はいたが忘れたい記憶だ。苦々しい顔を浮かべながらヒューリは屑だった頃の自分を思い出した。
ヒューリはアルベール王国の外れに存在する小さな村の出身だ。農家の三男として生まれたが農地を継げるのは長男だけなので、成人すると仕事を求めてアルベール王国へと出てきた。
ただやりたい仕事も見つけられずに時間を過ごす内に、ヒューリは次第に良くない者たちと関係を持つようになっていった。
恐喝やひったくりなどで生計を立てていたある日人生の転機が訪れる。いつものように標的を物色していると、不用心にも荷物を近くに置いたまま露天商を覗いている金髪の男を見つけた。
着ている服の上等さに最初は貴族かと思ったが周りに護衛はいない。裕福な商家の跡取りと判断してその男に近づく。そして仲間二人が喧嘩をするフリで騒ぎを起こし、周りがそっちに気を取られた所でヒューリは男の荷物に手を伸ばした。
「ダメですね。その程度の早さでは私から奪えませんよ。とりあえず少し寝ていてください」
しかしそんな声が聞こえたと思ったら腹に強い衝撃を受けてヒューリは意識を失った。次に目を覚ました時には見知らぬベッドに寝かされていて、枕元のベッドサイドテーブルにはご丁寧に水まで置かれている。
ここがどこだか分からないがこうしてはいられない。早く逃げなくてはと立ち上がると、タイミング悪く扉がノックされる。部屋に入って来たのは茶髪の体格のいい男だった。
「なんだ起きてたのか。俺はバードル、この月光苑の従業員だ。あんたの話は聞いてるよ。まさかグリムさんに手を出そうなんて見る目のない奴だな。それより腹減ってないか?飯出してやるから一緒に食おうぜ」
「飯だと?そんな物どうでもいい!さっさと俺をここから出せ!」
いきなり飯の話なんて馬鹿にしてるのかと殴りかかったヒューリだったが、すぐに腕をひねられ地面に組み伏せられる。そして抜け出そうともがくヒューリに対してバードルは怒ったような口調で語りかけた。
「知らない場所で不安なのは分かるが飯をどうでもいいなんてことは絶対に言うな。ここに拾われるまでそんな飯すら満足に食えなかったやつだっている。それに月光苑で飯を悪く言えば目の色変えた冒険者達から袋叩きに合うぞ」
「くそっ!離しやがれ!」
それでもなお暴れようとするヒューリのお腹が鳴った。そういえば今日はまだなにも食ってなかったと思ったヒューリの耳にクツクツと笑い声が聞こえてくる。
「やっぱり腹減ってるじゃねえか。そんなんだからカリカリするんだよ。素人料理だがなにか食わせてやるから着いて来い」
ヒューリが連れて行かれたのは広いキッチンだった。ここからなら逃げられるかと辺りを見回す。しかしバードルはそれを全く気にせずに大きな箱を開けている。
警戒すらされていないのかと途端に馬鹿らしくなったヒューリは、飯くらいは食ってやろうと大人しく待つことにした。
「冷蔵庫になにかあるかなっと。お!昨日エドワードさんが作ったチャーシューがまだ残ってるじゃねえか!こりゃついてるぜ!しかもネギに卵にご飯があるってことは作るのは決まりだな」
どうやらレシピが決まったようだ。手慣れた様子で食材を切る姿をぼんやりと眺めていると、バードルが背を向けたまま話しかけてくる。
「なあ。なんでお前はスリなんてしたんだ?」
「別に理由なんてねえよ。楽に金が手に入るからやってるだけだ」
「まあそうだよな。俺はスラム育ちでよ。クソガキだったから色んな悪さをして、最後はスリの相手を間違えて捕まっちまった。おっとグリムさんじゃないぜ。それよりもっとやばいうちのオーナー相手さ。大人しそうな獲物だと思って手を出したら、気づいたらベッドの上だった。誰かさんと似てるだろ?」
「……ふん」
切り終わった食材を冷や飯と合わせて鍋を振るバードルは後ろを向いて笑顔を見せる。その笑顔からはお前のことだよと言われている気がして、バツが悪そうにヒューリは鼻を鳴らした。
「よし!完成だ!名付けてバードル特製チャーシューごろごろ炒飯ちゃーはんってとこか。きっと美味いぜ。食ってみろよ」
テーブルに置かれたのは黄金色の焼いた飯だった。きっとこの肉がチャーシューなのだろう。名前の通り大量に入っていて食べ応えがありそうだ。
香ってくるチャーシューの甘辛さと焦がしたネギの匂いに思わず喉が鳴る。スプーンを持って掻き込もうとしたヒューリだったが、バードルから待ったがかかった。
「ここで飯を食うなら守らなきゃならないことが二つある。一つは飯を残さないこと。もう一つは食う前にはいただきます、食った後にはごちそうさまと言うことだ」
「なんだそりゃ?」
「オーナーの故郷に伝わる飯の時の挨拶だ。食材や生産者、作ってくれた人に感謝を伝える言葉だよ」
「……いただきます」
「おう!召し上がれってな!」
少し気恥ずかしい気持ちを吹き飛ばすように炒飯を食べた。すると口の中に広がるチャーシューの濃い味付けにヒューリの脳がガツンと揺らされる。
その後に感じるのは鼻を抜けていく焦がしネギの香りや卵の優しい甘さだ。それら全てを米が吸ってくれてヒューリのスプーンを持つ手が全く止まらない。
「どうだ?美味いだろ」
こちらを見るバードルのしてやったりという顔が気に食わないが、それを指摘する時間が惜しいとばかりに勢いよく掻き込んでいった。
「ごちそうさまでした」
「どうだった?」
「まあまあだったな」
鍋に余った炒飯まで一粒残らず完食しているのにとバードルはゲラゲラと笑う。
「口の端に米粒つけといて随分な評価じゃねえか」
「なっ!」
慌てて口を拭くヒューリに笑い声はますます大きくなる。それをジトッとした目で見ていると、ようやく笑いが収まったバードルがひいひい言いながらある提案をしてきた。
「あー笑った。なあ悪いことなんて止めてここで働かないか?賄いではこんな炒飯とは比べ物にならないくらい美味い飯がでるぜ。お前だって好きで悪いことしてる訳じゃないんだろ?」
「それは……」
「ここで働いてる中には俺やお前みたいに綺麗じゃない過去を持つ奴も沢山いる。それでもオーナーは雇ってくれるんだ。それに真面目に働くってのは案外楽しいもんだぜ。だからお前も来いよ」
「炒飯は」
「ん?」
「ここで働けば炒飯は作れるようになるか?」
「ぷっ!あはははは!なるさ!俺だってここに来るまでは料理なんてやったことがなかったんだ」
「そうか。それなら働いてみる」
「お、歓迎するぜ!でも面接するのはグリムさんだからまずは謝れよ?」
あの怖い金髪かと顔を青ざめたヒューリだったが、結果としてはあっさりと許されて月光苑で働くことになった。そこからサウナ好きが高じてロウリュを任されるまでになる。
そして昔の行いを心から反省したヒューリは、グリムの手を借りてなんとか被害者達に謝罪とお金を返すことができた。
「――い。おいヒューリ」
そんな昔のことを思い出していると隣にいる同僚のバードルに肩を叩かれた。
「どうしたんだ?話しかけても全然反応しないしよ」
「ああすまない。昔のことを思い出して少しボーっとしていた」
あの時捕まったヒューリを助けに来る仲間は一人もいなかった。だけど今はこうして心配してくれる友人ができた。
あの頃の自分には戻りたくない。そう思うヒューリは今日も一日真面目に仕事をこなすのだった。
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