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四季の恵み天ぷらと建築家
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しおりを挟む夜も更けて二人は今、宴の間に来ていた。案の定というべきかここでもエヴィは暴走しており、白を基調にした宴の間に色とりどりの料理が並ぶ色彩の美しさを見て、料理を並べることでこの部屋は完成するんだと大興奮している。
そんな一幕がありつつも料理を取って席に着いたヒューリは、一日何事もなく終わったことに胸を撫で下ろしていた。
それと同時に一人で利用した時の、風呂づくしな一日とは全然違った行程で進んだことに面白さを感じる。
「沢山凄いものが見れてとっても勉強になったのです!ヒュー、連れてきてくれてありがとう!」
お礼を言うエヴィの輝くような笑顔には本当に心の底から楽しかったと書いてあって、ヒューリは連れてきて良かったと素直に思えた。
「喜んでもらえてなによりだ。なんか参考になったか?」
「はい!グララガリアは採掘の際に出る泥を使ったレンガで家を建てるので、木材を使うことは滅多にありません。でも月光苑で見て木材を使った建築もやっぱり良いなって思いました。木が持つ暖かさといえばいいのでしょうか?とっても安らぎを感じられたのですよ」
「確かにそれは分かる気がするな」
ヒューリも風呂部門として木のありがたさはよく知っていた。ヒノキ風呂に入ればその匂いに心からリラックスできるし、サウナの座席にだって木が使われている。
エヴィの話を聞いて木というのは優秀な建築素材であると同時に、人の心に寄り添う効果があると実感する。
そんな少し真面目なことを考えているとファンファーレが鳴り響いた。
「お待たせ致しました。タイムサービスのお時間です。本日の太鼓判は『森人の導き手』の皆様より頂いた四季の迷宮の素材を使った料理となります。その名も『四季の恵み天ぷら』です。春夏秋冬の素材を贅沢に使った一年の喜びをお楽しみください」
「今日のタイムサービスは天ぷらか。エヴィもまだ食べれそうなら取りに行こう。これを逃したら後悔するからな」
「分かったのです!」
エヴィを連れて取りに行くと、天ぷらを揚げていたのはリョウマだった。相変わらずの鋭い目つきに訓練を思い出したヒューリの背筋は自然と伸びる。
「誰かと思ったらヒューリか。今日は珍しく一人じゃないんだな」
「お疲れ様ですリョウマさん。この間街でばったりと幼馴染みと会いまして。エヴィ。こちらは料理長の一人のリョウマさんだ。俺の戦いの教官でもある」
「初めましてエヴィといいます。いつもヒューがお世話になってるようでありがとうございます。そのおかげでこの間私は助けられたのです」
「ほう。ヒューリなにがあったんだ?」
聞かれたヒューリがこの間の出来事を手短に話すと、リョウマは感心したように片眉を上げた。
「女子を助けるために立ち向かうなんてやるじゃねえか。戦いを教えた甲斐があるな。お嬢さんも今日は楽しんでいってください。さて、四季の恵み天ぷらの出来上がりです」
リョウマに渡されたのは天ぷらと天つゆ、そして天ぷらの説明が書かれたお品書きだった。礼を言って席に戻った二人はまず最初にお品書きを読むことにする。
「へえ。迷宮の中が春夏秋冬分かれているのか。だから四季の迷宮っていうんだな。そこで採れた素材で作られたのが四季の恵み天ぷらですだって」
「それならまずは春から食べてみるのです」
「そうだな。それなら最初は春告の萌芽から食べよう」
ヒューリが箸で、エヴィがフォークで取ったのは黄緑色が鮮やかな新芽の天ぷらだった。
「なになに。この春告の萌芽は春の丘に生えている雨傘蕗の新芽です。ほろ苦い春の訪れを感じさせる味をお楽しみください、か」
ほろ苦いと聞いたヒューリは恐る恐る食べてみる。
サクリ。サクサク。
そんな音が耳に聞こえるほどに口当たりが軽い衣の食感を楽しんだ後には、書かれる通り僅かな苦味を感じさせる。
「なんかホッとする味だな。苦いんだけどそれがいいっていうか。自然を食ってる!って感じがする」
「きっと子どもの頃なら好きになれなかったでしょうね。大人の味って感じなのです」
春告の萌芽の苦味で口の中がリセットされた二人は、次に夏の天ぷらを食べることにする。
「夏の海には産卵シーズンを控えて栄養を蓄えた舞袖イカが生息しています。そんな旬である舞袖イカの天ぷらです。肉厚なのに歯切れの良い身をお楽しみくださいだってさ」
サクリ。クニクニ。
先程の春の天ぷらと違って舞袖イカの天ぷらは食感が非常に面白い。簡単に噛み切れるほど歯切れが良いのに、もちもちクニクニとした食感はイカにしか出せないものだった。
「ははっ。面白い食感だな。でも噛めば噛むほど旨味が出る。次も食べたいって思えるような天ぷらだ」
エヴィも食感が気に入ったのか楽しそうに噛んでいる。そこそこ大きな天ぷらなのに衣が余分についてないのがきっとリョウマの腕なのだろう。
「次は秋なのです。緋蜜の黄金芋の天ぷら。あむっ。甘いのです!それにねっとりとした食感が癖になりますね!」
「読みながら食うなよ。なになに。広大な秋の森の中にひっそりと埋まった緋蜜の黄金芋は、読んで字の如く鮮やかな緋色の蜜が特徴です。濃厚な甘さと他の芋とは違ったねっとりとした食感をお楽しみください。って食ってないで聞け!」
「このお芋は大変ですよ!甘くて止まらないのです!食べないならヒューの分も貰いますよ!」
「おいフォークを刺そうとしてくるな!分かった!半分やるから!」
頬を撫でながらご満悦といった様子で食べているエヴィをヒューリはジトっとした目で見た。
「まぁいいか。最後は冬の天ぷらだな。冬に旬を迎える王冠エビは頭にある小さな冠のような殻が特徴です。その身は寒くなるにつれて引き締まって甘くなります。綺麗な冬の川で育った王冠エビをお楽しみください、か」
サクッ。プリンッ!
「うおっ!凄い食感だ!弾けるって言っても過言じゃないエビの身はぷりぷりで口の中で踊ってるぞ!」
「んーっ!ぷりぷりで美味しいのです!しかも本当に甘い!こんなの食べたら他のエビが食べられなくなりそう!」
噛むたびにプリッ!プリッ!っと舌を楽しませる王冠エビの天ぷらに二人は夢中になって食べた。
「美味かった。天ぷらって凄いな。衣が旨味を逃がさないようにしてくれてる。それに焼きと違って食材がホクホクとしてるんだ」
「美味しかったです。月光苑恐るべしなのです」
こうして大満足のまま宴の間を後にした。
そして二人は夜になり暗くなった外を歩いている。どちらが行こうと誘った訳でもない、なんとなく二人の足は外を目指して歩いていた。
「ふぁぁ!これは綺麗なのです!」
「だろ?月光苑が照らし出されて綺麗だよな」
二人が見つめているのは夜の月光苑だった。辺りには月の光しか差さない中で、提灯によって薄ぼんやりと照らされた月光苑は見惚れるほどに美しい。
優しい夜風が髪を揺らす中でヒューリは口を開いた。
「俺は冒険者としても活動しようと思ってるんだ。今日は銅の招待状だったから月光苑に泊まれなかっただろ?だから俺が銀以上の招待状を手に入れられたら、その時はまたエヴィを誘わせてくれ」
「それはただの幼馴染みとしてですか?」
「いや。エヴィ。俺と付き合ってほしい」
「良かった。好きなのは私だけかと思ってたのです」
そうぽつりと呟いたエヴィの目からぽろぽろと涙が溢れていく。あたふたとするヒューリの前でエヴィは自分の想いを口にした。
「私は小さい頃からヒューが好きでしたよ。でも成人してヒューが出て行った時に諦めました。でも再会したら物語の王子様みたいに助けてくれて。本当に嬉しかったのです」
「何も言わないで出て行って悪かったよ」
「本当なのです。これからはどこにも行かないでくださいね」
「あぁ。約束する」
ヒューリの言葉にエヴィは涙を拭いてにっこりと笑顔を見せる。月明かりに照らされた二人の影の手は繋がれて、しばらくの間その場から動かなかった。
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