恵麗奈お嬢様のあやかし退治

刻芦葉

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群馬は草津の垢嘗退治

招待という名の拉致

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「あの、やっぱり私着替えた方が良くないですか?」

「亜澄様はそれが正装だとお嬢様より伺っております。此度は無理を言って来ていただいたのですし、そのままでよろしいかと思いますよ」

 車の後部座席に座った美憂は、今から向かう場所にウサ耳パーカーで行くのはどうかと思い尋ねたが、運転手を務めるロマンスグレーな老紳士はそう答えた。

 先程城にあるような巨大な門を過ぎたはずなのに、未だに目的地である家が見えてこない。テーマパークのような敷地の広さに、改めて自分のパートナーは住んでる世界が違うのだと美憂は思い知らされた。

 なぜ美憂がここにいるのか。それを話すには少し前までさかのぼる必要があるだろう。

 河童を倒してから数日経ったある日、美憂は自宅で昼食を作ろうとしていた。スーパーを使えと恵麗奈が口を酸っぱくして言った成果か、冷蔵庫の中には少ないながらも食材といえるものがしっかりと入っている。

 本当はお金稼ぎのために仕事をしたかった美憂ではあったが、退魔衆の依頼はそう毎日あるものではない。仕方なく料理でもするかと腰を上げたその時、美憂のスマホが着信音を鳴らした。

「あ、恵麗奈からだ」

 メッセージアプリを開くと恵麗奈から連絡が来ていた。見てみると簡潔に『今日お時間はございますか?』と送られてきている。

「なんだろ? 今日はやることもないから時間はあるけど」

 とりあえず『空いてるよ。暇でお昼でも作ろうかとしてたところ』と返すと、開いたままだったのか既読が付き、すぐに『そちらに迎えを送りますわ』と返ってきた。

「迎え?」

 首を傾げているとインターホンが鳴った。まさかと思った美憂が玄関を開けると、そこには絵に描いたような執事が綺麗なお辞儀をしている。

「え、え、あの」

「亜澄様でいらっしゃいますね。お迎えにあがりました」

 玄関開けたら即執事という破壊力に混乱している美憂に迎えにきたという執事の男性。閑静な住宅街に似つかわしくない光景に気まずい沈黙が流れる中、美憂がやっとの思いで口にしたのが「ガスの元栓だけ確認させてください」だった。

 家の鍵を閉めて乗せられたのはいかにもといった黒塗りの高級車で、十中八九恵麗奈絡みなのは間違いないのだが、肝心の向かう先が聞けていない。

 行き先を聞こうとルームミラーに映る顔を見ると、執事の男性は岩手に行く際に駅へと連れて行ってくれた人ということに気づいた。

「あ、こないだ東京駅に連れて行ってくださりありがとうございました。ところでどこに向かってるんですか?」

「いえいえ。こちらこそ恵麗奈お嬢様と仲良くしてくださりありがとうございます。本日は恵麗奈お嬢様のご自宅へとお連れするように伺っております」

「え!? 恵麗奈の家にですか!?」

 ということは今から向かうのは天下の鳳凰院家なのかと美憂は目を白黒させる。慌ててスマホを取り出しドッキリの首謀者にどういうことかと尋ねたが、返事どころか既読すらつかない。

 こうして突如美憂は日本でも屈指の上流階級の家へと招かれたのだった。招かれたといえば聞こえはいいが、これは一種の誘拐なのではないかと思いながら。

 目的地に到着したようで車を降りた美憂は目の前の建物を唖然といった様子で見上げていた。それは家と呼んでいいものではない、十人に聞けば十人が屋敷と答えるほどに大きく立派な建物だった。

「ここから先はこちらの綾瀬あやせがご案内いたします。それでは亜澄様、ごゆっくりとおくつろぎくださいませ」

 運転してくれていた執事の男性が紹介したのは、クラシカルなメイド服を着た若くて綺麗な女性だった。

 鴉の濡れ羽色という表現がぴったりな艶やかな長い黒髪をポニーテールにして、お手本のようなお辞儀をしてくれる。

「お待ちしておりました亜澄様。本日案内させていただく綾瀬路葉みちはと申します。お嬢様がお待ちですので早速ご案内させていただきます」

「よ、よろしくお願いします」

 今まで鳳凰院家に連れていかけるという混乱に気にしていなかったが、家に執事やメイドがいるということ自体凄い話だ。

 お給料はどれくらいなんだろうという下世話な考えを持ちながら美憂は路葉の後を着いて歩く。屋敷の中には当たり前のように使用人がいて、すれ違う時に必ずお辞儀をしてくれる。

 それに律儀にお辞儀をしていた美憂を見て路葉は少しおかしそうな、それでいて親しみを感じていそうな優しげな笑みを浮かべた。

「なにか変でしたか?」

「いえ、失礼致しました。亜澄様のように使用人に挨拶を返してくださる方は珍しかったので。ただ私も同じ使用人として、そのように返して頂けるのがとても嬉しかったのです。ご気分を害されたのなら申し訳ございません」

「気分を害したなんてそんな。でもやっぱりここに来るのはセレブな人なんですよね? それなら挨拶を返さないのが当たり前なのかな」

「亜澄様のおっしゃる通りです。ここだけの話ですが、粗相をしたらクビになるかとビクビクしながら仕事をしております。鳳凰院家の方は皆お優しいのであり得ない話なんですがね」

 絶対に内緒にしてくださいね? そう言った路葉は親しみを感じるイタズラな笑みを浮かべている。
 
 その姿は彼女をメイドである以前に、美憂よりほんの少し年上なだけの女性だということを思い出させてくれた。

 緊張しなくていい。そんな気遣いを自然に行う辺り、路葉もまた天下の鳳凰院のメイドという訳なのだが、そのおかげで美憂も肩の力がだいぶ抜けたように思える。

「それを恵麗奈に伝えたら路葉さんは怒られちゃいますかね?」

「あ、ダメですよ。そんな意地悪なことをおっしゃるなら、このまま鳳凰院家で迷子になってもらいます」

「うわ。本当にありえるくらい広いのが怖いですね。絶対恵麗奈には言わないんで案内お願いします」

「ふふ。それならお連れ致しますね」

 なんかこういうの良いなと美憂は心の中でホッコリとしていた。高校を辞めて退魔衆という人に話せない仕事を始めた手前、友人達とは疎遠となっている。そんな中で久々のふざけ合いが美憂はなんだかとても嬉しかった。

 廊下も様々な調度品が並び、会話を楽しみつつ、これ全部でいくらになるんだろうなんて考えていたら、いつの間にか恵麗奈の部屋に着いたようだ。

「こちらが恵麗奈お嬢様のお部屋となります」

 路葉は軽くノックをして声をかけると、入ってもらいなさいという声が聞こえてきた。

「それでは失礼致します。亜澄様、楽しいお時間をありがとうございました」

「こちらこそ案内してもらってありがとうございます」

 路葉が去ったのを確認し美憂はドアを開けた。

「いらっしゃい美憂。突然呼び出してごめんなさいね」

 そこにはパートナーである恵麗奈が花の咲くような笑顔で待っていて、改めて彼女はお嬢様なんだなと美憂は再確認することになった。
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