バーンアウト・ウイッチ

波丘

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とある魔女のはなし③

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すると、そこにはコミュニティのリーダーである老人が、何やら大きなバスケットを抱えて立っていた。
 ドアの開いた音にも気づかぬほど上の空だったのだ。少女は咄嗟に、しまった、と後悔した。
 「やあ、ヒイラギ。待たせてしまったかな」
 老人は朗らかな笑顔をこちらに向けている。
 年齢は60歳を超え、短く刈っているその髪色こそ白っぽいが、イキイキとした表情と少し小柄だがその引き締まった体で年齢よりも若く見えた。

 「ははーっ、そんなことはー」
 ヒイラギは慌てて耳につけているイヤホンを外して、音楽プレーヤーを背中の後ろに隠す。
 「そんな、隠す事はないのに」
 焦る様子のヒイラギを他所に、老人は変わらずニコニコと笑みを見せている。
 「ですが、ミズタさん」
 一般的には、魔法使いが電子機器を個人で所有、使用する事はあまり推奨されていなかった。
 魔法を使うのに体の感覚、五感を研ぎ澄ます事が重要とされており、電子機器の使用はその感覚を衰えさせる、と言われているためだ。
 「もう昔の風習だよ。若い魔法使いである君が気にする事はない」
 ミズタはこのコミュニティのリーダーであり、魔法使いでもあるが、この年代にありがちな過去の風習に縛られると言う事はなく自主性を重んじる考え方から、一部の高齢の魔法使いからは疎まれていた。
 しかし、一方では若い魔法使いからはその人柄もあり皆から慕われている。
 「確かに使い過ぎは害になる、しかしそれは何事にも言える。大切なのは、このコミニティの様に共存する事だ」
 そうなのだ、ここは純粋な魔法使いだけのコミュニティではない。
 魔法使いとノーマル、いわゆる一般人が一緒に暮らす今ではかなり珍しいコミュニティだった。
 あの大昔の忌まわしき事件以来、魔法使いとノーマルが一緒に暮らす事は一般的にはタブーとされていた。
 その為、このコミュニティの人間は、人目を避ける様に森の中で身を寄せ合うように暮らしている。
 「カァッ」
 窓辺でくつろいでいたジジは、飛び立つと、ミズタの肩に降り立ち挨拶をする。
 「こらっ、ジジ」
 さすがに失礼かと思ったのか、ヒイラギは注意する。
 「はっはっはっ、別にかまわないよ。元気かい、ジジくん」
 ミズタは持ち前の人の良さで、ジジのほほを人差し指で撫でている。
 元々カラスは人に慣れる生きものではないので、ジジもヒイラギ以外の人間には全く懐かないのだが、このミズタだけは例外だった。

 「そうだ、今日は君の誕生日だろう。ご馳走をたくさん持ってきたから一緒に食べよう。もちろん、ジジ君もね」
 ミズタは、持っている大きなバスケットを掲げて見せる。
 「その前に、素敵なプレゼントをあげよう」
 バスケットの蓋を開けると、中から真っ赤なオシャレなデザインのブルゾンが出てきた。
 「わぁっ、嬉しい」
 ヒイラギは差し出されたプレゼントを受け取ると、胸が熱くなってそのままブルゾンを抱きしめる。
 「さあ、せっかくだから着て見せておくれ、お嬢様」
 普段は、あまり冗談など言わない性格のミズタだが、誕生日を盛り上げようとしてくれているのだろう。まるで執事みたいに、胸に右手の手のひらを当ててポーズを取っている。
 ヒイラギはさっと赤いブルゾンを羽織ると、くるっくるっと回転してみせる。
 「どうでしょうか、爺や」
 「お似合いですよ」
 両親が亡くなっている今、周りで少女を気にかけてくれるのは、この老人ただ一人だった。
 ヒイラギが今でもこのコミュニティに居られるのも、ミズタがかなり骨を折ってくれたからなので、本当に感謝してもしきれない人物であった。
 
 食卓のテーブルの真ん中にはランプが置かれて、珍しい生クリームでコーティングした手作りと思われるケーキ、鳥の丸焼き、新鮮な野菜でつくられたサラダなどが並べられ、豪華に彩られた食卓を照らし出していた。
 そして小さな小皿には、ジジ用の小さな粒のカリカリのフードまで用意されていた。
 ヒイラギと、その少女の肩に乗っているカラスは目の前のご馳走に目を輝かせていた。プレゼントの真っ赤なブルゾンは気に入ったらしく、そのまま着ている。
 「さあっ、作りたての内に食べようか」
 二人と一匹は食卓に座ると手を合わせて、「いただきます」をして食事を始める。
 ヒイラギは、ナイフで鳥の丸焼きを切り分けてかぶりつく。
 「うっ、うっまーい」 
 一口食べてあまりの美味しさに感動したのか、そのままの勢いであっという間に完食する。ジジもクチバシをせわしなく動かしながら、夢中で皿の中のカリカリのフードを食べていた。

 その様子を横目に、満足そうな表情で食事を進めるミズタであったが、ふと真顔になり口を開く。
 「ところで、君の決心は変わらないのかな」
 その、今までにも何度も繰り返された言葉に少女も真剣な表情になる。
 「はい・・・明日にはこのコミュニティから旅立ちます。ミズタさんには、本当に感謝しきれないくらいお世話になりました」
 その変わらぬ返答にミズタは落胆したのか、軽く息を吐くと目の前のサラダをフォークでかきまわす。
 「このコミュニティの中で、一生平穏に暮らす人生もあるんだ。今は多少の居づらさを感じているのかもしれないが、それは時間が解決してくれるだろう」
 「もちろん、それも考えました・・・しかし、お母さんがまだ生きていた頃に語っていた夢を実現するために、どうしても行かなきゃならないんです」
 今は亡き憧れの母親の夢を叶えるために、ヒイラギはこれまで魔女として血のにじむ様な努力を重ねてきていた。
 「ノーマルと魔法使いの争いを無くして、共存できる世界にする・・・だったか」
 「だが、それを目指すと言う事はノーマルはもちろんだが、多くの魔法使いすらも敵に回すことになるかもしれない。間違いなく、この先の人生は険しいものになる、どうして君がそこまでしなければいけないんだ」
「誰かが、やらないといけないんです」
 ヒイラギは絞り出すような声で、真っすぐにミズタの目を見て話す。
 その瞳には、少女の意志の強さが表れていた。
 「そうか、やはり考えは変わらないか。その頑固さは母親ゆずりだな」
 「それで、このコミュニティを出てどうするつもりだ、なにか当てでもあるのかね」
 「それは・・・」 
 ヒイラギは席を立つと、戸棚から何か取り出して戻って来る。
 「トウキョウに行って、この人に会おうと思っています」
 持っている。スマートフォンの画面をミズタに見せる。画面には黒髪ですらっとした人の良さそうな、まだ20代くらいと思われる青年の姿が映っていた。
 「彼はいったい誰なんだ?」
 ミズタは、いきなり見知らぬ男の写真を見せられて、怪訝な表情を浮かべている。
 「ノーマル達の中で魔法使いとの共存を訴えている、ある組織の方です。母が生前に持っていた、このスマートフォンを見ていたら、この組織の人間とかなり頻繁に連絡を取り合っている様でした」
 「私から半年ほど前に、この男性にダメ元でメールを送ってみたところ返信があり、トウキョウで会ってもらえる事になりました」
 「そのメールには、ノーマルと魔法使いの平和の実現のために協力して欲しいと」
 ここで今まで黙って話を聞いていたミズタが、過去の記憶を思い出したのか口を開く。
 「確かに、カガリは生前にこのコミュニティを留守にする事が多かった。いつか本人に聞いてみたら、トウキョウに行っていると言ってたな」
 ヒイラギの記憶でも、母親のカガリは急に旅に出ると言って数週間帰ってこない事がよくあった。その時は、このミズタが代わりに魔法の稽古を付けてくれていたのだ。
 「それにしても・・・」
 ミズタは気持ちを落ち着ける様に、ふーっと深くため息をついた。
 「危ないじゃないか。そんな面識もない人間を頼って、ノーマルの総本山であるトウキョウに行くなんて」
「これしか、ツテが無いので。それに大丈夫ですよ、危険を感じたらさーっと逃げちゃうんで」
 ヒイラギが最後の方はおどけた感じで話したので、思わずミズタも頬を緩めた。

 ヒイラギの母親カガリは、生前にこれでもかと言うほど娘にスパルタな魔法の修行を課していた。よっぽどキツかったのか、時たま小さな少女は、ミズタの家にさーっと逃げてきて匿ってもらう事がよくあったのだ。
 その時はまだミズタの奥さんも生きていて、ヒイラギにお菓子を与えて3人でよくお茶をしたものだ。最終的にカガリに見つかり、ヒイラギは猫の子のように首根っこ捕まれ引きづられながら修行に戻っていくのが毎回の事であった。
 そんな出来事がありながらも、カガリにとってヒイラギは自慢の娘だったらしく、 「あの子は、365日欠かさず私のハードな魔法の修行に喰らいついてくる根性のある子で才能にも溢れている」と、ミズタに自慢話しをしてくる事が多々あった。
 当の本人のヒイラギには口が裂けてもそんな甘い言葉は言わなかったが、娘の事を誇りに思って認めているのは間違いなかった。
 ミズタは、そんな過去の幸せだった日常を思い返していた。

 ヒイラギはしたたか所もありながら、あのカガリの修行にも耐えた本当に強い子なのだ。
 「まあ、これ以上は何も言わん。とにかく旅立つとしても、必ずもう一度無事な顔を私に見せに来ること」
 「これだけは約束してくれ」
 ミズタはニコッと笑うと、右手の小指を立てて前に差し出す。
 「それだけは任せてください」
 ヒイラギはテーブルに覆いかぶさるように、前のめりになり小指を差し出す。
(この人のこう言う所が大好きだ。いつも最後には、わたしを信頼して温かく見守ってくれる)
     ヒイラギはそんな事を考えながら、心がじんわりと暖かくなるのを感じていた。
 テーブルのランプの上で、お互いの小指同士がしっかりと結ばれる。それは、血こそ繋がっていないが二人の絆の固さの現れだった。
 「必ずまた帰ってきますから」

 そして食事が終わると、ミズタはまた明日の朝見送りに来ると言って、少女の家を後にした。
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