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イバラキ超え④
しおりを挟むしばらくホウキに揺られて飛び続けていると、やがて砂漠が途切れて、徐々に周囲の土地にまばらに植物が生えているのが見て取れた。
どうやら、イバラキを越えてトウホク地方に入ったようだ。
地上には、たまにコミニティがあったが、ノーマルとの国境に近い為か、どこも見張り塔と高い柵で集落を囲み襲撃を警戒している様だった。
そこから、さらに進むとやがて木々が密集して生えている森が見えて来る。
ここで上空を飛んでいるホウキは急降下して、木の間を巧みに通って森の中に着陸する。
木が密集して生えているので、森の中は光が差し込まず薄暗らかった。
ふわふわと宙を浮いて追従していた、リッカとハクも、近くのふかふかした雑草の上にそっと着地した。
着地した瞬間に、体を包んでいた巨大なシャボン玉は弾けて消失する。
二人は相変わらず気を失っているようで、目を閉じたまま地面に横たわっていた。
レズリーは、ホウキを逆さまに立てて持ち、ヒイラギの方をじっと見つめた。
「私が助けるのはここまで。あとは自分の力で頑張って」
静かな口調で、激励と別れの言葉を口にする。
「なんと言ったら良いのか・・・ありがとうございました」
ヒイラギは両手で、冷たくなったジジを大事そうに抱えたまま、ペコリと頭を下げる。
「私たち超越者はあなたを見ている」
最後にそれだけ言い残してホウキにまたがると、上空に急上昇して、とんがり帽子の魔女はあっという間に見えなくなってしまった。
「ううっ」
レズリーが立ち去り、少し間を置いて、地面に横たわっていたリッカとハクは、うめき声をあげて目を覚ました。
「良かった、二人とも目が覚めたんだ」
「もう、イバラキは超えました。ここは、・・・多分トウホク地方です」
ヒイラギは、無事に目を覚ましたリッカとハクを見て、ほっと胸を撫で下ろす。
「むっ、体が何ともない」
青年は驚いた表情で、自分の体を見渡して腕をぐるぐる回して見せる。
セイラムの幹部であるテツロウの戦鎚が直撃して、負傷していたはずの肩と脇腹がいつの間にか完治していた。
リッカの頭部の傷も治っているようで、本人は攻撃された直後に気絶したので自分が負傷したのかどうかも曖昧らしかった。
どうやら、レズリーが生み出した、あの巨大なシャボン玉のような物体には治癒魔法の効果もあったらしい。
「ねぇ、それって」
ヒイラギの近くに駆け寄ってきたリッカは、戸惑った様子で少女が両手に抱いている黒い物体を見ている。
「ジジは、あの戦いに巻き込まれてしまって・・・」
もう散々泣いてしまって、涙が枯れてしまったのだろう。ただ悲しげな、困ったような表情で、ヒイラギはその場に立ち尽くしていた。
「ヒイラギ・・・」
リッカは、少女の体をギュッと固く抱きしめて、その茶色いくせっ毛の髪を優しく撫でる。
抱きしめたヒイラギの体は、あまりに弱々しく、気力を振り絞ってやっとその場に立っているのが分かった。
青年は気の毒そうな表情で、少し離れた所から、ただ二人が抱き合う様子を見ていた。
「少しだけ時間をくれますか。この子を送り出してあげたいので」
ヒイラギは、とある一本の大樹の前まで歩いてその場にしゃがみ込む。
そのまま、力が抜けたかの様に、大樹の固い幹にコツンと自分の頭を付ける。
「私があの時、魔法を撃てなかったから・・・これは私の弱さが招いたんだ」
まだ気持ちが消化しきれていないのか、そう呟くヒイラギは、地面に落ちていた尖った石を拾う。
そして、手が土だらけになるのも構わず、一心不乱に地面に穴を掘り始めた。
「甘かった、覚悟が足りなかった」
少女は震える声で後悔の念を吐き出す。 掘った穴の中に、ぽつりぽつりと大粒の涙が落ちて地面に染み込んでいく。
もう、とっくに枯れてしまったと思っていた涙が、また瞳から溢れ出ていた。
少女にとって、唯一の残された家族のような存在が、自分のせいで亡くなってしまったのだ。その喪失感は計り知れない事だろう。
大きな穴が掘れた所で、ジジの首に巻かれている青いリボンを外して、丁寧にその体を埋葬していく。
土を被せ終わった所で、少女は両手を合わせて目を閉じる。
「絶対に君の事は忘れない」
ヒイラギは、ジジが首に巻いていた青いリボンを胸に抱いて、しばらく祈りを捧げた。
長い一日の終わりを告げるように、陽も落ちかけ、東の空が茜色に染まっていた。
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