悪役令嬢はやめて、侯爵子息になります

立風花

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二章

花火 キャロル13歳 <2章最終話>

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 ディエリの突きは鋭い。母上よりも威力もスピードも上。受けた手には痺れるような衝撃が残っている。半分になった利き手の剣を床に捨てて、左手の剣を右手に持ち変える。残された剣は一本。
 あれだけ早くて鋭い突きがある以上、簡単に踏み込めないし、一本で受け止めることは難しい。

「突きがお上手ですね。驚きました」

「貴様程度に、見せる予定はなかったから残念だ」

 顔を顰めて踏み込むと、再び突きを入れてくる。間合いがあるので、転がる様に横に飛びのいて躱す。

「私は負けません。取り巻きを使ったり、人を見下したりする貴方には勝ちます」

「その状態でどこまで持つ? 取り巻きは自分勝手にやってるだけだ。見下されるのは実力がない方が悪い」

 そう言い捨ててからの、全力の切り込みを何とか一本の剣で受け止める。続けて出される突きはぎりぎりで躱していくしかできない、大きく躱せば隙になる。ディエリの手数か私の手数を圧倒し始めて、私の劣勢は周囲にも明らかだ。

「アングラードじゃなったら、跪けば手元に置いて可愛がってやったのに」

「断固お断りです!」

 躱したはずの剣が私の頬を薄くかすめて傷つけた。楽しそうにいたぶるように、連続して繰り出される突きが私を追い詰めていく。執拗な猛攻に、会場は息を飲むように静まり返えった。
 多分、もう正攻法では勝てない。一か八か、機会は一回だけ。失敗したら絶対負ける局面。 
 一本の剣で受け流す事と、体の全神経を使って躱す事に集中する。皮膚をかすめる傷を増やしながら勝機を待つ。
 私にとって絶好の位置でディエリの手に力が籠ったのが映った。躱さずに一歩踏み込むと、残った剣の刃で突きを受ける。
 まともに受けた剣は私の手を離れて宙を舞う。踏み込んだ体は勢いをそらさず斜めになったままディエリに向かう。

「剣がなくなったぞ、ノエル・アングラード!」

 ディエルが笑う。でも、これでいい。
 突きを出しきって伸びた腕の間合い。その足元に転がったままの半身の剣。勢いのまま体を反転して最初に折れた剣を拾う。
 私が剣に手を伸ばした事で思ったより早くディエリが私の企みに気づく。私が懐から薙ぎ払うようにディエリの腰を一閃する。ディエリが突き出した刃を内に払う。僅かな間のほぼ同時の勝負。

「勝利を大切な人に!」

「ふざけるな!」

 頭上のディエリの瞳と私の瞳が交差して、一瞬苦し気にディエリが瞳を閉じる。生まれた僅かな遅れ。止まることのない一閃。

「両者止まれ!! 勝負あり!」

 動きを止めたディエリの剣は私の首筋より拳一つ手前だ。一方の私の折れた刃はディエリの横腹にぴたりと添えられている。

「勝者 ノエル・アングラード!!! 両名、剣を下ろせ」

 湧き上がる歓声に力が抜けそうになる。さすが狸の子ー、って叫ぶテンションが高い人たちは国政管理室だ。顔を上げた遠く一般席の端にジルとマリーゼが顔を覗かせる。ジルはほっとした表情で笑ってて、マリーゼが泣いている。
 横を向いたら、クロードが腕を上げていて、ユーグが面白そうに頬杖をついている。
 振り返ると、父上が母上と私を交互に見ながらが手を叩いてて、母上が両手を頬に当てて蕩けるような顔をしている。カミュ様は立ち上がって一生懸命拍手をしてくれていた。アレックス王子がまっすぐ誇る様に笑っていて、目が合うと真剣な目になってから口元がバカと動く。

 勝った! ようやく確信になって、こみ上げてくる感情を吐き出すように腕を上げる。一段と大きくなった歓声に応えるように手を振ると、歓声が拍手になって返ってくる。

「両者、礼!!」

 立会人の言葉で、ディエリに向き直る。私と目を合わすことなく、表情のない顔で唇を噛む。怒りのせいなのかその肩が小さく震えていた。

 続く試合はクロードが勝ちをおさめる。三歳上の剣技と対等に張り合って、向こうの上手い策にも堂々と渡り合う。冷やりとする瞬間もあったけど、真正面からの撃破は爽快だった。
 次々と展開される御前試合は参加者のレベルの高さを見せつける。最終戦の騎士団長とヴァセラン侯爵の勝負は瞬きができない程白熱して、会場から拍手の音が鳴りやまない。私も興奮して手の平が赤くなるまで、夢中で手を叩き続けた。大盛況のままに終わった御前試合は国王の労いの言葉で幕がおりる。
 帰る人々が口々に出場者を称賛し、彼らの関係者の今後の活躍に期待を寄せる言葉に繋がる。慰撫する余興は新体制への求心力を高める裏の目的をしっかりと達成した。

 全ての試合が終わって控室に戻る前に私はディエリを探す。最後にディエリが一瞬だけ瞳を閉じなければ、勝負は引き分けか、負けの可能性もあったと思う。何故という思いが、もう一度手合わせしてみたいに繋がりそうになるのは、母上の影響かもしれない。
 だからという訳ではないが、目を合わせることもなく、怒りを抱えたまま別れるのは惜しい。腹立たしい人物だけど、強い。
 拒否される気が大いにするが、一言だけその強さは称えたくて姿を探した。控室のある二階で見つからず、練習場の方へ戻っていく。何かが壁にぶつかる音がして、音のした練習場の洗面室を覗く。
 壁に背中をあずけるディエリがいた。疲れた顔をして、肩で息をする姿に不安がよぎる。体調が悪かったのだろうか。

「ちっ、何のようだ? 貴様の顔は不快だ」

 舌打ちすると、少し顎を上げて相変わらず見下すように人を見る。その態度に拒否を確信したが、一応手を差し出す。健闘を称え合うは騎士の基本だ。予想通り、その手をディエリが弾く。手の平が痛い。

「勝ったと思うな……。負ける勝負じゃなかった。貴様の運がよかっただけだ」

 吐き捨てるように言って、足を引きずる様にドアに向かうその背に一言だけ伝える。

「貴方はとても強いです。また、次も負けません」

「いつか跪かせる」

 またと自然に滑り出た言葉に、いつかと振り返らずに返される。分かり合えることはなさそうな様子に、性格が違ったらいい人材といったアレックス王子の言葉を思い出した。
 洗面室の床に小さな白い錠剤が散らばるのが目に入った。誰のものだか分からない小さな白い錠剤はどこかで見た覚えがあった。誰のものだか、何の錠剤なのか思い出せないその白い粒が、私に中で小さな傷のように引っかかる。

「ノエル、いるか?」

 クロードが呼ぶ声がして慌てて洗面室を飛び出す。すでに支度を終えたクロードが私を探してくれていた。私を見て、ほっとした顔になる。

「やっと見つかった。殿下が王族の住まいに来いと言ってる」

 約束通りユーグとシュレッサーが花火を用意してくれたらしい。特製の花火を王族の住まいのバルコニーからみんなで見ようと誘ってくれたそうだ。すぐに追いつくから先に行くようにクロードに伝える。
 慌てて控室に戻るって支度を整えると、騎士団の練習場をでる。まだ多くの人が残る中庭に一人の少女の後ろ姿が目に入る。心臓が一度大きな音を立てた。優しくしてあげてね、子供の声が私の中に響く。僅かな緊張を感じながら、私はピンクの髪の背を追い抜く。一瞬、背後に呟かれた言葉は誰が誰に告げた言葉か分からない。でも、鈴のなるような愛らしい声は彼女だと私はなぜか確信する。

「儚いなんてもったいないわ。死なないでね。私のモノになってよ」

 振り返ると。柔らかいピンクの瞳と目が合う。穏やかに愛らしく微笑んで彼女が貴族の娘の美しい礼をとる。可愛らしい少女の姿から自分に向けられたように感じた不吉な言葉に戸惑って、礼を返すこともできず逃げるように走り去る。
 孤児院で聞いた彼女とたった今礼をした彼女の雰囲気は重なるのに、鈴のような声が呟いた言葉が重ならない。あの言葉は本当に彼女の言葉なのか? 彼女の言葉は誰に投げかけたものなのか?
 冷たいものが背中を滑り落ちていく。振り切る様に中庭を抜けて、城内の階段を駆け上がる。

「ノエル。遅いぞ」

「早くしないと、始まってしまうよ」

 王族の住まいの入り口で、クロードとユーグが笑いながら私を呼ぶ。伸ばされた手をしっかりと捕まえると、不安定になりかけた私の世界に日常に戻ってきた。二人に遅いと叱られる。王族の住まいへの扉を開けてもらうと、大きな打ち上げ花火の音が響いた。走るわけにはいかないので急ぎ足で廊下をいく。

「遅いぞ! 走れ!」

「二発目が上がってしまいますよ! 三人とも、急いでください!」

 廊下の向こうの階段の下で、カミュ様とアレックス王子が私たちを大声で呼んで手招きする。
 二発目の花火の音がして、あと八発とユーグが呟く。私たちは王族の住まいであることも忘れて、駆け出す。アレックス王子とカミュ様も合流して、五人になった私たちは急げと笑いながらバルコニーを目指して走る。
 外から見えない花火の音が聞こえる度に、悲鳴を上げて笑いながら速度を上げる。
 誰かが転びそうになると、誰かが誰かの手を掴んで引く。転びかけた私の手はアレックス王子が引いてくれた。気付いたら皆が手をつなでいて、それが可笑しくてまた笑う。
 ようやく、バルコニーに出るとと五発目の花火が大きく花開いた。大輪の花が光り輝いて夜空に溶けて星になって消えていく。照らされる顔は皆楽しげだ。
 ノエルの私はキャロルとは違う未来を歩く。シナリオにないはずの、出会いが過ちなんて絶対に思わない。今、ここで確かに繋いだ手は私たちの絆だ。確かに触れあって、しっかり繋がっている。
 花火が弾ける度に歓声を上げて、笑いあう。この笑顔は、本物で今ここにある。
 ここが私の居場所。ノエルである自分が楽しいし、好きだと思える場所。

 最後の一番大きな花火の、遥か向こうの夜空に願いを込める。

 大切な人たちと笑いあえる日々がずっと続きますように。
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