必殺・始末屋稼業

板倉恭司

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黒い商売(三)

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「さあ隼人どの、それに沙羅さん。遠慮せずに上がってくれ」

 渋沢に言われて、隼人と沙羅は目の前にある建物に入った。どうやら、渋沢の所有する道場らしい。
 道場は、外見は古びた雰囲気の平屋だ。しかし、中は意外と広く、一度に十人以上が稽古できそうだ。建物自体もしっかりしており、少々のことにはびくともしないだろう。
 渋沢の傍らには、ひとりの若者が控えていた。背はさほど高くないが、肩幅は広くがっちりした体格である。坊主のように髪を剃り落とし、鋭い目付きで渋沢をじっと見つめて指示を待っている。

 そんなふたりの案内で、隼人と沙羅は道場の客間へと通された。

「お二方、まずは座ってくれ」

 そう言うと、渋沢は傍らに控えている若者の方を向いた。

げん、この隼人どのは手裏剣の達人だ。俺はな、これほどの見事な腕前を見たのは初めてだ。さあ、茶をお出しするのだ」

「はい、先生。すぐに湯を沸かしますので、少しお待ち下さい」

 玄と呼ばれた青年は、奥へとさがって行く。その背中を見ながら、渋沢は苦笑した。

「気の利かない弟子でな。だが、あやつも筋は悪くないのだ。ところで隼人どの、貴殿に折り入って相談したいことがある」

 そう言うと、渋沢は真剣な表情で隼人を見つめる。

「俺は、自分の技をもっと磨いていきたいのだ。ゆくゆくは、伝統や流派に捉われることのない、本当の武術を完成させたい。ところが、だ。今の世の中、どいつもこいつも伝統だの流派だのにこだわり、肝心のことを忘れている」

 渋沢の表情が変わってきた。目付きは鋭くなり、手は拳の形になっている。まるで、憎い何かをその拳で叩き潰そうとしているかのようだった。

「隼人どの、今の武術家はどいつもこいつも腰抜けばかりだ。俺と一緒に、新しい武術を作らないか?」

「えっ?」

 戸惑う隼人だが、渋沢はお構い無しだ。隼人の手をがっちりと握る。

「貴殿ほどの男が、顔を白く塗り大道芸人に身をやつしている……これは、武術界にとって大きな損失だ。貴殿の持つ技と、俺の技。そのふたつが合わされば、新しいものが生まれるはず。俺の道場に来ないか?」

「あ、いや……」

 隼人は口ごもる。彼は、渋沢の勢いに押されていた。渋沢の目からは、狂気にも似た情熱が感じられる。それは、あまりにも純粋なものであった。

「大した額は出せんが、それでも今よりは安定した生活が出来るはずだ。俺は、今の形骸化した武術界に風穴を空けてやりたいのだよ。隼人どの、今すぐに答えてくれとは言わん。じっくり考えてみてくれ」



 帰り道、隼人と沙羅は並んで歩いていた。既に陽は沈みかけており、空からは鴉の鳴く声が聞こえる。

「隼人、どう思う?」

 不意に、沙羅が話しかけてきた。

「どう思うって、何がだよ?」

「あの渋沢さんの話だよ」

「武術の指導か? 悪いが無理だよ」

「どうして?」

「俺は追われる身だ。あんなところで武術の指導なんかしてたら、すぐに見つかる。第一、白塗りで指導する訳にもいかないだろう」

 冷めた口調で隼人は言った。

「でも──」

「その件は、後で話し合おう。早く帰らないと、白助の奴が何をしでかすか分からないぞ」

 そう言って、隼人は笑みを浮かべる。だが、その笑みは強ばっていた。

 ・・・


 その頃、市はひとりで江戸の町を歩いていた。
 この男は、徹底した一匹狼である。一応は始末屋の一員ではあるが、他の者たちには何の感情も抱いていない。したがって、用も無いのに他の者とつるんだりはしないのだ。



 やがて、市は立ち止まった。目の前には、一軒の店がある。『大滝屋』という古びた看板を掲げていた。ぱっと見た感じは質屋のようであるが、店の前では人相の悪い若者が立っている。ふてぶてしい面構えで、店番というよりは泥棒の方が似合っていた。
 だが市の姿を見るなり、若者は態度を変える。

「これは市兄さん、お久しぶりです」

 若者は市に対し、愛想笑いを浮かべながら頭を下げる。

「ああ、久しぶりだな。叔父貴はいるかい?」

「ええ、いますよ」

 若者は愛想笑いを浮かべながら、店の奥へと市を案内した。



「おう、市か。久しぶりだなあ。元気でやってたか」

 店の奥にいたのは、背が低く恰幅のいい中年男だ。肌は白く、丸い下膨れの顔は見る者に柔和そうな印象を与える。 だが、この男の正体は裏の世界の大物なのだ。質屋の秀次ひでじの名前は、裏の世界で知らぬ者はいない。

「叔父貴、ちょっと聞きたいことがあるんだよ。夜魔の一族ってのは、今どうしてるんだ?」

「夜魔? あいつらなら、今もあちこちで悪さしてるよ。困ったもんだ」

「へえ、そうかい」

 冷めた態度で、言葉を返す。すると、秀次は不審そうに目を細めた。

「なあ市、久しぶりに顔を出したと思ったら、夜魔がどうしたこうしたと……いったい何があったんだ?」

「いや、別に何もねえよ。ただ、夜魔の殺し屋はえらく腕がいい、と聞いたからな。江戸に来られたら面倒だ、と思っただけさ」

「ああ、そこんところは抜かりねえよ。龍牙会のお勢が、きっちり話をつけてるからな。いくら夜魔一族でも、龍牙会を敵に回したくはねえだろうさ」

 そう言って、くすくす笑う。その表情には、どこか狂気めいたものが感じられ、市は思わず目を逸らした。

 この秀次は、市の叔父であると同時に育ての親でもある。幼くして両親を亡くした市に、裏の世界のいろはを教えたのも秀次だ。市は、秀次の下で修行を積み……今では、江戸でも少しは知られた存在となっている。
 市がひとり立ちしてからは、秀次と顔を合わせる機会も少なくなってきた。そんな今でも、市は秀次を信頼している。もっとも、他の者よりは……という程度のものだ。秀次の冷酷さは、昔からよく知っている。いざとなれば秀次は、何のためらいもなく市を消すだろう。

「実はな、俺もお前に聞きたいことがあったんだよ。現物の鉄を知ってるな?」

 不意に、案ずるような顔で尋ねる。

「ああ、知ってるに決まってるだろ。三日くらい前にも会ったぜ。奴がどうかしたのか?」

「鉄は、もう長いことないらしいぜ」

 そう言って、秀次はにたりと笑った。

「どういう意味だよ?」

「鉄の奴は、龍牙会の獲物に手を出しやがった。しかも、龍牙会の獲物と知りつつ横取りしたんだよ。これはもう終わりだろうな」

 いかにも楽しそうに言った。対照的に、市の表情は曇っていった。そんなことは有り得ない。

「叔父貴、そいつは何かの間違いじゃねえのか? 鉄はそこまで馬鹿じゃねえ。あいつは、龍牙会の恐ろしさを知り尽くしてる。その鉄が、獲物を横取りするとは思えねえ」

「んなこと、俺に言われても知らねえよ。とにかく、龍牙会の仕留めるはずだった獲物が、首をへし折られて死んでたのは間違いないぜ」

「首? それだけで、鉄が下手人だと決めつけてんのか?」

「いや、首をへし折って殺すなんざ、鉄くらいのもんだろうが。それにだ、龍牙会には鉄を嫌ってる奴も少なくねえ」

 秀次はそこで言葉を止め、くすくす笑った。この事態が、愉快でならないらしい。ひょっとしたら過去に、鉄と秀次との間で何かいざこざがあったのかもしれない。

「市、お前だって分かるだろう。龍牙会にとっちゃあ、鉄が下手人だろうと無かろうと、んなことはどうでもいいんだ。肝心なのは、龍牙会の面子を潰した奴がいる……そこんとこだからな」

「つまり、鉄は殺られるってことか?」

「まあ、そうなるだろうな。本当の下手人を連れて来ない限り、見せしめに鉄を殺さなきゃならねえ。それが組織ってもんだ」

「なるほどな」

 冷めた口調で、市は返事をした。もとより彼は、鉄がどうなろうと知ったことではない。この世界では、同業者の死は珍しくないのだ。

「ところで……もし、その件が原因で始末屋と龍牙会が揉めたら、お前はどうするんだ?」

 言いながら、秀次は市の顔を覗きこむ。まるで、彼の考えを見透かそうとでもしているかのようだ。
 だが、市の態度は素っ気ないものだった。

「どうもしねえよ。始末屋は気楽だが、わざわざ運命を共にするほどの義理はねえ。もし始末屋が龍牙会に喧嘩を売るようなら、俺はさっさと抜けるよ」

「そうかい。まあ、それが賢い生き方だ」

 秀次は、にやりと笑って見せた。

 ・・・

「鉄、これはどういう訳だ?」

 厳しい口調で尋ねるお勢に、鉄は慌てて答えた。

「だから、あれは俺じゃねえんだよ。その日、俺は家で寝てたんだ」

「その証拠はあるのか? 証人はいるのか?」

 お勢は、なおも問いただす。鉄は、苦り切った表情で下を向いた。

「いや、それは……くそう、こんなことなら女でも買っとけば良かったぜ。そうすりゃ、証人に出来たのによ」



 龍牙会の集まりに、半ば強制的に参加させられた鉄。
 お勢と用心棒の死門は、いつもより険しい表情を浮かべている。さらに、周囲にいる龍牙会の幹部たちの鋭い視線が、容赦なく鉄に突き刺さる。この中で鉄の味方となるのは、呪道だけであった。

「元締、どうなさるんです? このままじゃ、他の連中に示しが付きませんぜ」

 そう言ったのは、龍牙会の幹部・夜桜の達二だ。小柄ではあるが、がっちりした体格の中年男である。細い目で、お勢をじっと見据えていた。

「おい達二さんよう、そいつを決めるのは元締だ。あんたじゃねえよ」

 呪道が鋭い口調で言葉を返す。すると、達二はじろりと睨んだ。

「呪道、お前には聞いてないんだよ。俺は、元締に聞いてんだ」

「あんた、誰に向かって言ってんだ?」

 呪道も負けていない。低い声で凄む。だが、お勢が口を開いた。

「達二、お前の言うことももっともだ。このままでは、龍牙会の名誉に関わる。どうするか、皆の意見を聞きたい」

「元締、簡単な話じゃないですか。鉄を殺せばいいんですよ。鉄以外にいますか? 首をへし折るような殺しが出来る奴が……そうは思わねえかい、みんな?」

 言いながら、周りの者を見回す達二。皆の同意を促すかのような視線だ。
 しかし、皆は押し黙っている。各々が何を考えているのかは不明だが、乗り気でないのは一致しているらしい。かと言って、達二に積極的に反論しようという気もないらしいが。
 つまりは、黙って高見の見物を決め込むつもりなのだろう。鉄と呪道は苦り切った顔をしているが、今は何も言えない。

「みんな、何か意見はねえのか? だったら――」

「まあ、ちょっと待って下さいよ」
 達二の言葉を遮ったのは、遠山小次郎とおやま こじろうという名の若者だ。最近、幹部になったばかりの侍くずれである。花形役者のように綺麗な顔をしているが、人を斬るのが三度の飯より好きという噂もある。

「何だよ遠山……俺の言ってることが間違ってると、そう言いてえのか?」

 達二は、鋭い視線を遠山に向ける。だが、遠山は薄ら笑いを浮かべてかぶりを振った。

「いや、そう言ってるんじゃないんですよ。ただね、鉄さんが殺ったっていう証拠も無い訳じゃないですか?  何も、そこまで急がなくてもいいんじゃないですかね」

「はあ? お前はわかってんのか? こいつはな、龍牙会の面子がかかってんだよ。鉄をこのまま放っておいたら、龍牙会が舐められるんだぞ――」

「そこまでだ」

 お勢の一声で、達二と遠山は口を閉じた。次いで、お勢は皆の顔をひとりひとり見渡す。
 最後に、その視線を鉄に合わせた。

「鉄、三日間の猶予をやろう。その三日の間に、下手人を探し出せ。もし、下手人が見つからなかった場合、改めて皆に集まってもらう。その時に、お前の処分を決める」

「はあ!? ちょっと待ってくれよ! たった三日で何が出来るって――」

「黙れ」

 言うと同時に、死門が動いた。奇妙な形の細身の剣を抜き、鉄の前に立つ。さすがの鉄も、身の危険を感じて口を閉じた。

「達二、それで構わないな?」

 お勢の言葉に、達二は頭を下げる。

「わかりやした。三日後には、元締がきちんと裁いてくれるんですよね?」

「無論だ」



 幹部たちが引き上げた後、道場には鉄と呪道のふたりが残っている。鉄はあぐらをかいた姿勢で下を向き、その横で呪道が突っ立っている。

「ったく、あと三日で何が出来るっていうんだよ。事実上の死刑宣告じゃねえか」

 吐き捨てるような口調で、鉄は言った。すると、呪道が肩を叩く。

「泣き言いっても始まらねえよ。こうなったら、下手人を探し出すしかねえだろうが」

「どうやって探せって言うんだよ?」

「まずは、しらみ潰しに当たってみるよ。あちこちの裏の連中に聞いてみる。まあ、元気出しなよ」

 口ではそう言ったものの、呪道の表情は明るくは無かった。たった三日で、黒木源兵衛を殺した下手人を見つける……どう考えても厄介だ。
 その時、鉄が立ち上がった。

「すまねえな呪道。お前に借りてた二両、返せなくなりそうだ」

「貸してたのは、二両と二分だよ。どさくさ紛れにごまかすなよ。下手人を挙げたら、絶対に返してもらうからな」





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