殺し屋夫婦と人狼と異界人が遭遇した奇妙な事件

グレイ、仕事を求める

　その夜、空には妖しいくらいに綺麗な満月が出ていた。ひょっとしたら、神の起こした気まぐれだったのかも知れない。



　城塞都市バーレンにて、夜の見廻りを担当していた上級衛兵のキャラモン。彼はひとりで持ち場を離れ、裏路地でパイプをくわえてサボってた。どうせ大した犯罪は起きやしないだろう、と高をくくっていた。
　このバーレンは、国内でも有数の商業都市である。地面にはレンガが敷き詰められ、昼間は多くの馬車が行き交う。衛兵たちの主な仕事と言えば、馬車の交通整理と商人たちの道案内である。犯罪などは滅多に起きない。衛兵たちが街のあちこちで常に目を光らせているからだ。
　キャラモンもまた、目を光らせている衛兵だ。もっとも、彼には仕事というものに傾ける情熱などない。この男は仕事より、サボることと賄賂を受けとることに御執心である。

「あんた、衛兵だな」

　裏路地の暗がりで座り込み、綺麗な月を見ながらパイプ煙草を吸っていたキャラモン。だが、不意に聞こえてきた声に反応し立ち上がった。

「それがどうした」

　腰の長剣に手を添えながら答える。声の方向にゆっくりと向き直った。
　そこに居たのは、顔を真っ白く塗った奇妙な者だった。背はやや高め、奇怪なデザインのだぶだぶの服を着ている。夜の裏路地に立つその姿は、地獄から現れた道化師のようだ。普通なら、こんな者に夜道で出くわした、魔物の類いと勘違いし一目散に逃げ出すだろう。
　だが、キャラモンは違っていた。その奇妙な者には見覚えがある。

「何だてめえ、旅芸人じゃねえか。何の用だ？」

　二日ほど前だろうか。バーレンには、奇妙な旅芸人が来ていた。顔を真っ白く塗った二人組だ。ナイフを投げたり、逆立ちのまま歩いたり、果ては殴られ屋のようなことまでしている。客の放つパンチを、砂時計が空になるまでひたすら避け続けるというものだ。
　キャラモンも、通りで何度か彼らを見かけたことはある。しかし話したことはなかったし、名前も知らない。

「なあ、衛兵のキャラモンって奴を知ってるか？」

　旅芸人は、低い声を発した。明らかに男の声だ。キャラモンは眉をひそめる。

「知らねえなあ。そいつがどうした？」

「知らねえか。知らねえならそれでいい。なあ、金貸してくれ」

「はあ！？」

　キャラモンは呆れた声を出す。この街の安全を守り、犯罪を取り締まる衛兵から金を脅し取ろうというのか。愚かとしか言い様のない行為だ。
　だが、旅芸人はなおも言葉を続ける。

「衛兵だったら、賄賂を貰ってさぞかし貯め込んでんだろうが。少しぐらいこっちに分けてくれても、バチは当たらないぜ」

「てめえ酔っぱらってんのか。さっさと失せろ。でねえと、捕まえて牢屋にぶちこむぞ」

　言いながら、キャラモンは胸から下げている笛に左手を伸ばす。同時に、右手で腰の長剣の柄を握る。まさかとは思うが、食いつめた挙げ句にトチ狂った真似をしてこないとも限らないのだ。
　その時だった突然、旅芸人が動く。地面を転がり瞬時に間合いを詰める。キャラモンは完全に意表を突かれ、反応が遅れた。
　銀色の光が一閃する──
　気がつくと、キャラモンの首に刃が突きつけられていた。銀色に輝く、細身の刀身。どこから取り出したのか、旅芸人は片手に細身の刀剣を握っていた。地面に片膝を着いた姿勢で、キャラモンを見上げる。
　その目には、本物の殺意があった。

「ま、待て。俺がキャラモンだ。お前、俺に何の用だ？」

　キャラモンは、震える声で尋ねる。だが、その時に気づいた。もし、旅芸人が自分の殺害を依頼されていたとしたら、まごうことなき好機ではないか──
　しかし、刃は首から離れた。旅芸人は立ち上がる。

「やっぱりな。あんた、竹細工師のウッドって男を知ってるな。そいつから聞いたんだが……あんたは、金になる裏の仕事を紹介してくれるそうだな？」

　旅芸人の言葉を聞き、キャラモンの表情が変わる。

「ウッドを知ってるのか。それならそうと先に言えよ。おい芸人、お前の名前は？」

「グレイだ」

「グレイ、か。仕事はないこともない。お前、ちょいと旅に出る気はあるか？ここから歩いて三、四日くらいかかる場所だが」

「何をすればいい？」

　グレイが尋ねると、キャラモンは辺りをちらりと見る。人影がないのを確かめると、耳元に顔を近づける。

「殺しだ」

「何人だ？」

　表情ひとつ変えず、さらに聞いてくる。なかなかの度胸だ。

「ひとりだが、周りには子分が大勢いる。しかも、そいつが居るのは山奥にある城だ。さらに、報酬はたったの金貨十枚だ。どうするんだよ？」

　尋ねるキャラモンに対し、グレイは手のひらを突き出した。

「今朝から何も食ってねえ。引き受けるから、前払いでよこせ」

「はあ！？　んなこと出来るか！」

　キャラモンは、思わず怒鳴りつけていた。しかし、グレイの目が凶悪な光を放っていることに気づく。身の危険を察し、突き出された手のひらに金貨を一枚乗せた。

「しばらくは、これで我慢しろ。残りは、仕事を終わらせてからだ。明日の夜、もう一度ここに来い。その時に打ち合わせだ。わかったな？」

「ああ。だがな、妙な真似しやがったら、てめえも地獄の道連れだ。忘れるなよ」