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チャック、廃村で絡まれる

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 城塞都市バーレンから、街道沿いに北に進むと小さな村がある。
 いや、村だった場所がある、と言った方が正しいだろう。今はもう、誰も住んでいない廃村だ。かつて、この辺り一帯を飢饉が襲った。数十年に一度の大きな災害であり、小さな村などひとたまりもない。村人たちは生まれ育った村を捨て、豊かな土地を求め旅立つ。
 今では、野犬や小動物たち……さらには、長髪を後ろで束ねた奇妙な若者の仮の宿となっている。

「今夜は月が綺麗だねえ。そうは思わねえか、お前ら?」

 そう言いながら、若者は干し肉をちぎって投げた。
 少し離れた場所にいた数匹の野良猫が、恐る恐る近寄って来る。慎重に匂いを嗅ぎ、食べ始めた。若者は人懐こい顔に笑みを浮かべ、猫たちの様子を見守っていた。
 猫たちは、美味しそうに干し肉を食べている。しかし、無粋な者が乱入してきた。

「誰かと思えばチャックか。貴様、ここで何をやっている?」

 その声と、突然あらわれた男の姿に驚き、野良猫たちは一斉に逃げて行った。
 チャックと呼ばれた若者は、眉をひそめて乱入してきた者を見る。毛皮の服を着た目付きの鋭い男だ。

「んだよ。せっかく猫と仲良くなれそうだったのによう」

「そんなことはどうでもいい。貴様は、こんな所で何をやっている?」

 言いながら、男は睨んできた。だがチャックはヘラヘラ笑いながら、その視線を受け止める。

「んなこと、いちいちあんたに言う必要があるのかなあ。ま、別にいいけど。秘密でもなんでもないし。この先にあるバーレンって街なら、仕事にありつけるかと思ってさ」

「仕事、だと?」

 男の表情が、一気に険しくなった。

「そう、仕事だよウォリック。バーレンは人が多い。飢饉の影響も受けていない豊かな街だ。何かあるんじゃないかと思ってね」

「貴様……ライカンの誇りを失ったのか!」

 罵声と同時に、ウォリックの拳が飛ぶ。しかし、チャックはそれをかわした。と同時に後ろに飛び退き、間合いを離す。
 次の瞬間、ウォリックの身体は変化していった。狼を力ずくで擬人化させたような顔。鈎爪かぎつめの生えた長い両腕。獣毛に覆われた逞しい上半身。そこに現れたのは、人狼と呼ばれる呪われし怪物であった。
 しかし、チャックは平然としている。

「ちょっと待てよ。ライカン同士で殺り合おうってのか? だいたい、あんたこそ何しに来たんだよ? どうせ長老に言われて、尻尾ふりながら任務とやらを遂行しに来たんだろうが」

「何だと……」

 人狼と化したウォリックは低く唸る。だが、チャックはなだめるように両手を突き出した。

「まあまあ。あんたにはあんたの任務、俺には俺の生き方があるってことで、さ。だいたい、その姿を人間たちに見つかったらどうすんだよ。狩り殺されるぞ」

 軽い口調だ。殺気を剥きだしにした人狼に対し、真剣さが欠片も感じられない。
 その態度に、やる気が失せたのだろうか。ウォリックは低く唸りながら、再び人間の姿へと戻っていく。チャックを睨みつつ口を開いた。

「ああ、俺は貴様に構っている暇などない。重要な任務がある。貴様がどこで何をしようと知ったことではないが、俺の邪魔はだけはするな。でないと、貴様を殺す」

 低い声で言い放ち、ウォリックは背中を向ける。その時、チャックが声をかけた。

「なあ、何をする気かは知らねえが、北の方は通行止めになってるぞ」

 ウォリックは立ち止まり、振り返った。

「何だと? どういうことだ?」

「俺が知るかよ。知ってるのは、このまま街道沿いに北に進んで行くと……山を治める領主が、街道を通行止めにしてるらしいってことだけさ」

「人間共が……いずれ、どちらが本物の強者なのか、わからせないといかんようだな」

 吐き捨てるような口調で言うと、ウォリックは去って行った。
 その後ろ姿を見ながら、ため息をつくチャック。

「あいつは、底無しの馬鹿だな」

 そう、ウォリックは何もわかっていないのだ。時代はどんどん変わっている。人間の文明は発展し続けているのだ。鉄製の武器、圧倒的な人数
それと魔法による力で、至るところに勢力を拡げていっている。ドワーフやエルフなどの一部の亜人たちは、人間と同盟を結ぶことで生き残りを図っている。しかし、ゴブリンやオークといった人間と敵対する種族は、住む場所を追われている。その数は激減し、あと百年もしないうちに滅びることになるだろう。
 このままいくと、ライカンもまた同じ運命を辿ることになる。ライカンは、人間から見れば怪物そのものなのだから。
 かつて、チャックは長老に直訴した。人間と話し合い、同盟を結ぶべきだと。しかし、長老は反対した。結果、長老に暴言を吐いたチャックは、ライカンの村を去る羽目になってしまったのだ。
 今なら、チャックにも理解できる。長老は間違っていなかった。人間とライカンは、理解し合うことなど不可能なのだ。
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