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ジョウジ、心の痛みを覚える
しおりを挟む「この辺りに、人の住む村はあるのか?」
ジョウジが尋ねると、ココナは首を振った。
「わからないですニャ。この辺りには、人間は住んでいないみたいですニャ」
「そうか……わかったよ。ありがとうな」
そう言うと、ジョウジはその場に座りこんだ。彼らは昨日と同じく、湖のほとりにて泊まっている。周囲を少しずつ探索してはいるが、はかどっているとは言えない。
いずれは、この山をきちんと探索してみるとしよう。人の住んでいる場所を見つけたら、そこにココナを預ける──
「人間の村に、何か御用があるのですニャ?」
不意に、ココナが聞いてきた。ジョウジが答えようとして顔を向けると、不安そうな表情で、こちらを見ている。
そういえば、この少女は探索に乗り気でない様子だった。
「ああ。いつまでも山の中にいるわけにもいかないからな」
「そうですかニャ……」
ココナは浮かない表情をして答える。ジョウジは引っかかるものを感じた。昨日の楽しそうな表情が消えているのだ。
「どうかしたのか?」
尋ねると、ココナはためらうような素振りを見せつつも、おずおずと口を開く。
「ジョウジさんは……ココナを……誰かに売るのですかニャ?」
その問いにはギクリとなった。無論、ココナを売る気などない。
だが結果的には、誰かに預けることになる。
「何を言ってるんだ。俺は、お前を売ったりはしない」
「では、村で何をするのですニャ? 人間は怖いですニャ。人間は嫌いですニャ。だから、人間のいっぱいいる村には、行きたくないですニャ……」
ココナはうつむきながらも、言葉を振り絞る。これは、彼女の偽らざる本音なのだろう。ジョウジは複雑な思いを押し殺し、微笑んでみせた。
「ココナ、俺も一応は人間だ。俺のことも嫌いなのか?」
「ニャニャ!? 嫌いじゃないですニャ!」
慌てた様子で叫んだ。ジョウジは手を伸ばし、ココナの頭を撫でる。
ココナは今、何歳なのだろうか。今までは、山の中にひとりで暮らしていたようだが、まだ幼い少女なのだ。不安なことも多いのだろう。
まして、人間に罠にかけられ、縛られて見知らぬ場所に連れて来られてしまったのだ。しかも、その後は人狼に襲われた。今は、何も信じられない気分なのであろう。
ジョウジのこと以外は──
「ココナ、人間にも色々いる。善い人間も、悪い人間もいるんだ。それに、俺が村に行くのは、帰る道を知りたいからだ。お前がどうしても嫌なら、お前は村の外で待っていればいい。俺はひとりで行って来る」
「だ、大丈夫ですニャ……ココナも、ジョウジさんと一緒に村に行きますニャ」
不安そうな表情で、ココナは言葉を返す。人狼がうろついているかもしれない場所で、ひとりになりたくないのだろう。
ジョウジは、心に痛みを感じた。自分は、この世界の住人ではない。元の世界に帰らなくてはならないのだ。そこには、ココナは連れて行けない。もし連れて行ったら、彼女は確実に不幸になる。ジョウジのいた世界には、存在していない生物なのだから。
だから、この先……優しそうな人間に出会えたなら、ココナを託す。いざとなれば、ココナを置き去りにしてでも元の世界に帰る。
自分は、ユウキ博士の仇をとらなくてはならないのだから。
ジョウジはポケットに手を入れ、小さなコンパスを取り出した。ユウキ博士の研究所から逃げ出す時、とっさに掴み取ってきた物だ。
そのコンパスを、使えるかどうか確かめる。考えてみれば、今までは考えなしに歩き回っていた。出来ることなら、この周辺の地図を作っておきたい。だが、今は紙もペンもないのだ。頭の中で、大まかな地図を作るしかないだろう。
そんなことを思いながら、コンパスと周囲の風景を見比べていた時──
「何をやってますニャ?」
不意に、ココナが興味津々といった表情で聞いてきた。ジョウジはコンパスを見せ、説明しようとした。
だが、先にココナが騒ぎ出した。
「ニャニャ!? 凄く綺麗ですニャ! これは、あほうの道具ですかニャ!?」
コンパスを指差し、瞳を輝かせながら叫んでいる。ジョウジは戸惑った。いきなり何を言い出すのだろう。
「あほう? あほうとは何だ?」
「ニャ? ジョウジさんは、あほうを知らないのですかニャ? ジョウジさんは、あほう使いかと思ってましたニャ」
意味不明なことを言いながらも、ココナの目はコンパスを見つめている。
その時、ジョウジはようやく気づいた。あほうとは、魔法のことではないだろうか。
「ココナ、それは魔法使いのことか? 不思議な力で、敵を蛙に変えたりするような……」
「それですニャ。あほう使いは凄いですニャ。空を飛んだり、火を吹いたり出来ますニャ」
そう言いながらも、ココナの視線はコンパスに釘付けだ。ジョウジは苦笑した。透明の強化プラスチックに覆われ、赤と青の針がふらふらと揺れている。子供の目には、楽しそうな玩具に見えるのだろう。
「これ、欲しいか?」
「ニャニャ!? いいのですかニャ!?」
目を輝かせて答える。さっきまでの不安そうな表情が嘘のようだ。
「ああ。欲しいなら、お前にやるよ」
そう言いながら、コンパスを手渡した。
「ニャニャ! ありがとうございますニャ!」
ココナは叫びながら、コンパスをあちこちに向ける。ジョウジは、その様子を微笑みながら眺めた。ネオ・トーキョーにいる子供なら、こんな物くらいで喜んだりはしないだろう。
もっとも、コンパスを渡したのは……ココナに対する負い目が一番大きな理由である。どこか大きな村にでも到着したら、彼女をそこの人間に預ける。最悪の場合、村に置き去りにするつもりだ。
ココナには悪いが、俺にはやることがある。
村で平和に暮らせ、ココナ。
しかし、この世界には魔法使いがいるのか。
魔法使いなら、ネオ・トーキョーに戻る方法を知っているかもしれんな。
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