殺し屋夫婦と人狼と異界人が遭遇した奇妙な事件

グレイ、村に到着する

グレイとムーランは、アルラト山の中に入って行った。
　セールイ村の大まかな位置はキャラモンから聞いてはいるが、何せ地図にも載っていない場所である。闇雲に進んで行っては、確実に迷ってしまう。
　ふたりは少しずつ、慎重に進んで行った。



「そういや、昨日のチャックとかいう奴、どこに行ったのかねえ」

　山道で座り込み、一息ついていた時だった。ムーランが思い出したように呟く。

「どうだろうな。俺にわかるのは、あいつは変な奴だったってことだけだ」

　そう言うと、グレイはあたりを見回した。周囲には木が生い茂っているが、雑草はさほど伸びていない。徒歩による移動に、支障はなさそうだ。また、周囲には小動物の蠢く気配はあるものの、危険な野獣の気配はない。無論、ゴブリンなど全く見当たらない。

「本当に、妙な話だな。伯爵は、何のために通行止めにしているんだ？」

　もう一度あたりを見回しながら、グレイは呟いた。そう、本当にゴブリンの群れが住み着いたのであるなら、兵士たちを差し向けて山から追い払えばいい。あるいは、冒険者たちに皆殺しにさせるか。その方がよっぽど効率的である。
　そもそも、街道はアルラト山を通り、向こう側の地方に通じている。アルラト山は横に広く木も生い茂ってはいるが、高さそのものは大したことはない。大人の足なら、急げば半日で頂上まで着くことが出来る。
　だからこそ、商人たちは山を突っ切って進んで行くのだ。時間の短縮という点から見れば、この山が通れなくなるのは明らかに痛手だろう。

「まあ、どうでもいいじゃない。伯爵の命も、もう長くないんだし。伯爵さえ死んだら、この山も元通りにみんな行き来できるようになるさ」

　ムーランの言葉に、グレイは頷いた。

「それもそうだな。さっさと仕留めて、後金を貰うとしようぜ」

　そう、ロクスリー伯爵を仕留めたとしても、仕事は終わりではないのだ。追っ手の目をかいくぐり、セールイ村の村長に伯爵を仕留めた証を見せなくてはならない。
　その後は村長から手紙をもらい、バーレンにいるキャラモンにその手紙を渡す。そこで、ようやく仕事は終了だ。

「面倒な話だな。引き受ける奴がいないのも無理はねえ」

　バーレンでキャラモンから説明を受けた時、グレイは吐き捨てるような口調で言った。すると、キャラモンはニヤリと笑う。

「そりゃそうさ。だがな、誰も引き受けなかったお陰で、お前らに廻せるんだぜ」

　そうなのだ。今の自分たちには、こんな仕事くらいしか出来そうにない。



　昼すぎに、ふたりは目指すセールイ村に到着した。村は木でできた柵に囲まれ、その内側には小さな畑らしきものがあるのが見えた。鶏らしきものの声もする。また、そういった動物たちの存在に伴う独特の匂いも、辺りにたちこめている。さらに木造の粗末な造りの家が十件以上あるが、その内の幾つかの煙突からは煙が出ている。

「何者だ、お前ら……」

　村の入り口でふたりを迎えたのは、険しい表情をした中年の男だった。がっしりした体格で、髪の毛と髭が長い。粗末な皮の服を着ていて、右手に頑丈そうな棒を握りしめている。恐らく、五十歳は過ぎているだろう。この村の門番なのだろうか。

「俺たちは、村長に会いに来た。城塞都市バーレンにいる、キャラモンという男の使いだ。村長に会わせてくれ。手紙を預かっている」

　グレイが答えると、門番も頷く。

「お前らか。付いて来い。村長から話は聞いている」

　グレイとムーランは、男の後から村の中に入って行った。
　奇妙な雰囲気だった。往々にして、こうした山の中の村はよそ者を歓迎しないものだ。しかし、この村に漂う空気には……それとはまた違うものも感じる。

「この村は普通じゃないよ。何か、奇妙な力を感じるね」

　囁いたムーランに、グレイも頷いた。この村は、あまりにも妙だ。しんと静まり返り、誰ひとりとして外に出ようとしていない。家の中に閉じこもっているらしいが……まだ明るい時間帯だというのに、一体何をやっているのだろう。そもそも、村人たちはどうやって生計を立てているのか。それが全く見えないのだ。



　やがて男は、ひときわ大きな家の前で立ち止まる。

「村長は用事があってな、夜にならないと戻らない。ここは客人を泊めるための家だ。大したもてなしは出来ないが、ゆっくりしていってくれ。では失礼する」

　無愛想な口調で言うと、男は去っていった。客人をもてなす態度からは程遠いものだ。グレイはため息をつき、中に入る。ムーランが後から続いた。

　殺風景。
　家の中の様子を説明するには、その一言で充分だった。ただ広いだけで、何もない。中央に暖炉のようなもの、部屋の隅には毛布と大きな壺がある。壺の中には、水が入っていた。飲み水なのか、それとも洗うための水か。

「大したもてなしだねえ。ま、山の中の村じゃあ、仕方ないか」

　ムーランが呟くような口調で言い、グレイは苦笑しながら頷いた。