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「おいおい、またかよ」
郁紀は、面倒くさそうに呟いた。
二十メートルほど先には、巨大な男が立っていた。坊主刈りで、顔には幾重にも包帯が巻かれている。背は高く、がっちりした体格をしている。胸板は分厚く、腕は丸太のように太い。確実に百キロは超えているだろう。グレーのジャージ上下に、サンダルを履いている。
顔に包帯が巻かれている上に髪型が変わっているが、郁紀には男が何者かはっきりとわかった。先日、叩きのめした黒人だ。その目は、真っすぐ郁紀を捉えていた。
今の時刻は、午後五時を過ぎたところである。しかも、郁紀がいるのは駅前の商店街なのだ。当然ながら人通りも多い。にもかかわらず、黒人は殺気に満ちた表情である。この巨体と、顔に包帯を巻いた姿は、黙っていても目立つ。しかも、殺気に満ちた様子で郁紀をじっと睨んでいるのだ。これを見て、何も感じない人間などいないだろう。
当然、周囲を歩く人々は、何か始まりそうなことに気づいていた。その場を足早に離れる者がいるかと思えば、好奇心に満ちた目でじっと見つめる者もいる。さらには、スマホを取りだし何か起これば録画しよう……という者までいる始末だ。
郁紀はというと、思わずため息を吐いていた。あの大男は、果てしないバカのようだ。こんな場所でも、お構い無しに仕掛けて来る気らしい。しかも、怪我も癒えていない状態で……。
ならば、こちらにも考えがある。郁紀は向きを変え、早足で歩き出した。黒人は、当然のごとく後をつけて来る。
ならば……と、走り出した。すると、黒人も走り出す。巨体ゆえ、足はさほど速いないだろうと思いきや、意外と速い。逃げられなことはないが、そうしたらまた追い回されるだろう。かといって、殺すのも面倒だ。
ならば、もうしばらく入院させるとしよう。
郁紀は、工事現場へと逃げ込んだ。その後を、凄まじい形相でリロイが追いかけていく。
このリロイ、日本人とアフリカ系アメリカ人のハーフである。身長は百八十五センチあり、体重も百二十キロという堂々たる体格だ。
裏の世界に身を落とす前は、陸上部にて砲丸投げの選手をしていた。高校の時は、インターハイ出場も決まっていたのだ。ところが、同じ学校の陸上部員の不祥事により、高校は大会出場を辞退することを決めてしまった。
以来、彼の転落人生が始まる。目標がなくなったリロイは、夜の街で喧嘩に明け暮れた。やがて逮捕され、少年刑務所へと送られる。
少年刑務所では、受刑者の更生など宝くじの当選確率よりも低いとされている。更生する前に、悪い連中の中でさらなる悪い知識を詰め込んでいくだけなのだ。出所した後、リロイは完全に裏社会の住人と化していた。
そんなリロイだが、今もジム通いだけは続けていた。現役の時ほどではないにしろ、腕力ならばそこいらのチンピラとは比べものにならない。脂肪の量は多めだが、筋肉の量も多い。事実、素手での喧嘩なら負けたことはなかった。格闘技の経験などなくても、圧倒的な体格差と腕力とで、あっさり勝つことが出来ていた。
ところが先日、郁紀にいとも簡単に叩きのめされたのだ。リロイはプライドをズタズタにされ、復讐の念に憑かれていた。もはや、上からの命令などどうでもいい。郁紀を殺さない限り気がすまない。
でなければ、これから裏の世界では生きていけない。こんなガキに、何も出来ずボコられたとあっては──
「おらぁ! 待てクソガキ!」
逃げていく青年を追いかけ、リロイは現場内へと入っていく。と、郁紀は足を止めた。
ゆっくりと振り返る。
「ここなら邪魔は入らない。来なよ」
「はあ? てめえ、なめてんのか?」
詰め寄るリロイ。彼は今まで、人を殺したことなどない。心のどこかに、殺人という行為に対する忌避感があった。
だが、今日こそは郁紀を殺すつもりだった。その結果、懲役に行っても構わない……とさえ思っていたのだ。
このままでは、生きていけない──
「てめえは殺す。絶対に殺す」
憑かれたような形相で呟きながら、ポケットから何かを取り出す。
それは、ダガーナイフだった。刃渡りは短いが、殺傷力は充分にある。人を殺すだけなら、全く問題ないだろう。僅かに入ってくる街灯の光の下で、刃は銀色に光っている。
言うまでもなく、ナイフは危険な武器である。仮に、ナイフで腹を刺されたとしよう。刃が内臓を傷つけた場合、それだけで死亡する可能性がある。それも、決して低くはない可能性だ。また内臓を傷つけなかったとしても、傷口からばい菌が入り化膿するケースもある。それは、一生残るダメージになるかもしれないのだ。
腹を刺されなかったとしても、手足の動脈を切られようものなら、確実に命にかかわるケガになる。さらに、手足の腱が切られたら一生残るダメージを負う。
つまり、ナイフがあるだけで状況は劇的に変わるのだ。ひ弱な人間に、格闘家をも上回る殺傷能力を与える武器……それがナイフである。
郁紀とて、それは充分に理解していた。にもかかわらず、恐怖心はない。自分でも、不思議なくらい落ち着いていた。目の前にいるナイフを持った大男に対し、恐れの感情はない。侮っているわけでもない。相手の危険度を冷静に判断しつつ、どう対処すべきか頭の中で計算を巡らせていた。
そう、あいつに比べれば……目の前にいる大男など雑魚以下だ。
落ち着き払った郁紀の態度を目の当たりにし、リロイの方が動揺していた。この男、自分が怖くないのか。
いや、刺せないだろうと思っているのか……その考えに思い至った時、リロイの体は震え出す。これ以上、ナメられてはいけないのだ。ナメられたら、自分は生きていけない──
「この野郎……ブッ殺してやる!」
リロイは、ナイフを振り上げ突っ込んで行った。百キロを超える男が、ナイフ片手に突進してくる……一般人から見れば、恐ろしい光景だろう。が、郁紀から見れば隙だらけだ。すかさず間合いを詰め、同時に顔面にパンチを放つ。ワンツーからの左フック。基本通りのコンビネーションを顎めがけて叩き込む──
普段のリロイならば、顔に二~三発のパンチを食らおうが耐えられたかもしれない。彼の体格はプロレスラー並である。首も太く、頭蓋骨も厚い。常人とは比較にならない打たれ強さだ。今までは、その打たれ強さと圧倒的な腕力こそがリロイの強みであった。
ところが今は、彼の鼻は砕けている。前回、郁紀にやられた傷が癒えていない状態である。その鼻に、またしてもパンチを喰らったのだ。左のジャブが当たっただけで、リロイの顔面から涙と鼻血が吹き出る。その痛みたるや、脳を直接ドリルで削られるかのごときものだ。当然、戦意など持ち続けていられない。
しかも、続けざまに右のストレートが顔面を襲い、さらに顎への左フックを食らったのだ。タフなリロイといえど、耐えられるはずがなかった──
左フックの衝撃で、リロイの脳は揺れた。直後、その巨体も揺れる。脳震盪により、意識が途切れてしまったのだ。ナイフを振り上げた姿勢のまま、バタリと倒れた。
冷酷な表情で、郁紀は倒れた大男を見下ろす。鼓動は多少早くなっている。呼吸も少し荒い。だが、動くのに問題はない。
さて、この男をどうしてくれようか……と思った時、突然スマホが震えた。思わず、ビクリと反応する。今の自分に電話をかけて来る者など、たったひとりしかいない。
スマホを耳に当ててみた。
(今すぐ、そこを離れたまえ)
聞こえてきたのは、やはりペドロの声だった。
「どういう意味だ──」
(ここで詳しく話している暇はない。早く、そこを離れて家に戻ってみるんだ)
それきり、通話は途切れた。
・・・
その頃、桑原徳馬は車で移動していた。運転席にてハンドルを握っているのが池野清悟、桑原の隣でタブレット片手に今後の予定を話しているのが佐藤隆司である。
「実はですね、伊達恭介《ダテ キョウスケ》が桑原さんと仕事がしたいと言っているそうです」
隆司の言葉に、桑原は首を捻る。
「伊達? 知らねえな。どこの馬鹿の骨だ?」
「最近、売り出し中の半グレらしいです。若いですが、なかなかのやり手だと専らの評判です」
「そうか。なら一度くらい会ってみるか」
桑原がそう答えた時、池野がためらいがちに声をかけてきた。
「お話し中にすみません。さっき連絡が入ったんですが、リロイの奴が病院から消えたそうです」
「んだと……あの野郎、逃げたのか?」
「ひょっとしたら、山木を探しているのかも知れません。病院でも、山木をぶっ殺すとか吠えてたらしいですから」
池野が、恐る恐る答えた。すると、桑原の目が吊り上がる。
「池野、お前はちゃんと伝えたんだよな……今回のミスに関しては問わねえと。おとなしく入院して、ケガを治してから復帰しろ……とも言ったんだよな?」
「も、もちろんです!」
「あのバカ……図体はでかいが、本当に使えねえな。逃げただけなら、落し前は金だけで済ませてやる。だがな、もし山木を殺していたなら、奴はマグロ船行きだ」
マグロ船行き……それは、単に標的をマグロ漁船の作業員にするという意味ではない。マグロ漁船に乗せた後、海外に連れて行き内蔵をそっくり取り去り金に替えるのだ。しかも標的になった者は、海の上の事故死で処理される。当然、乗船前は生命保険にも加入させられているのだ。桑原興行のシノギのひとつである。
「わ、わかりました。リロイは、必ず探し出します」
慌てた様子で答える池野。すると桑原は、頷いた後にちらりと外を見た。何か、思いついたことがあったらしい。
一瞬の間を置き、口を開く。
「だがな、その前に……池野にはやってもらいたいことがある。山木とかいうガキを、大至急連れてこい。使えそうなのを二~三人連れて、出来るだけ早く山木の身柄を押さえろ。金の回収は、後回しでいい」
「は、はい」
「こいつは俺の勘だがな、山木はそこらのチンピラがどうこう出来る男じゃねえ。雑魚を何人向かわせようが、時間と人員の無駄だ。池野、お前じゃないと駄目だ。わかったな?」
「わかりました」
郁紀は、面倒くさそうに呟いた。
二十メートルほど先には、巨大な男が立っていた。坊主刈りで、顔には幾重にも包帯が巻かれている。背は高く、がっちりした体格をしている。胸板は分厚く、腕は丸太のように太い。確実に百キロは超えているだろう。グレーのジャージ上下に、サンダルを履いている。
顔に包帯が巻かれている上に髪型が変わっているが、郁紀には男が何者かはっきりとわかった。先日、叩きのめした黒人だ。その目は、真っすぐ郁紀を捉えていた。
今の時刻は、午後五時を過ぎたところである。しかも、郁紀がいるのは駅前の商店街なのだ。当然ながら人通りも多い。にもかかわらず、黒人は殺気に満ちた表情である。この巨体と、顔に包帯を巻いた姿は、黙っていても目立つ。しかも、殺気に満ちた様子で郁紀をじっと睨んでいるのだ。これを見て、何も感じない人間などいないだろう。
当然、周囲を歩く人々は、何か始まりそうなことに気づいていた。その場を足早に離れる者がいるかと思えば、好奇心に満ちた目でじっと見つめる者もいる。さらには、スマホを取りだし何か起これば録画しよう……という者までいる始末だ。
郁紀はというと、思わずため息を吐いていた。あの大男は、果てしないバカのようだ。こんな場所でも、お構い無しに仕掛けて来る気らしい。しかも、怪我も癒えていない状態で……。
ならば、こちらにも考えがある。郁紀は向きを変え、早足で歩き出した。黒人は、当然のごとく後をつけて来る。
ならば……と、走り出した。すると、黒人も走り出す。巨体ゆえ、足はさほど速いないだろうと思いきや、意外と速い。逃げられなことはないが、そうしたらまた追い回されるだろう。かといって、殺すのも面倒だ。
ならば、もうしばらく入院させるとしよう。
郁紀は、工事現場へと逃げ込んだ。その後を、凄まじい形相でリロイが追いかけていく。
このリロイ、日本人とアフリカ系アメリカ人のハーフである。身長は百八十五センチあり、体重も百二十キロという堂々たる体格だ。
裏の世界に身を落とす前は、陸上部にて砲丸投げの選手をしていた。高校の時は、インターハイ出場も決まっていたのだ。ところが、同じ学校の陸上部員の不祥事により、高校は大会出場を辞退することを決めてしまった。
以来、彼の転落人生が始まる。目標がなくなったリロイは、夜の街で喧嘩に明け暮れた。やがて逮捕され、少年刑務所へと送られる。
少年刑務所では、受刑者の更生など宝くじの当選確率よりも低いとされている。更生する前に、悪い連中の中でさらなる悪い知識を詰め込んでいくだけなのだ。出所した後、リロイは完全に裏社会の住人と化していた。
そんなリロイだが、今もジム通いだけは続けていた。現役の時ほどではないにしろ、腕力ならばそこいらのチンピラとは比べものにならない。脂肪の量は多めだが、筋肉の量も多い。事実、素手での喧嘩なら負けたことはなかった。格闘技の経験などなくても、圧倒的な体格差と腕力とで、あっさり勝つことが出来ていた。
ところが先日、郁紀にいとも簡単に叩きのめされたのだ。リロイはプライドをズタズタにされ、復讐の念に憑かれていた。もはや、上からの命令などどうでもいい。郁紀を殺さない限り気がすまない。
でなければ、これから裏の世界では生きていけない。こんなガキに、何も出来ずボコられたとあっては──
「おらぁ! 待てクソガキ!」
逃げていく青年を追いかけ、リロイは現場内へと入っていく。と、郁紀は足を止めた。
ゆっくりと振り返る。
「ここなら邪魔は入らない。来なよ」
「はあ? てめえ、なめてんのか?」
詰め寄るリロイ。彼は今まで、人を殺したことなどない。心のどこかに、殺人という行為に対する忌避感があった。
だが、今日こそは郁紀を殺すつもりだった。その結果、懲役に行っても構わない……とさえ思っていたのだ。
このままでは、生きていけない──
「てめえは殺す。絶対に殺す」
憑かれたような形相で呟きながら、ポケットから何かを取り出す。
それは、ダガーナイフだった。刃渡りは短いが、殺傷力は充分にある。人を殺すだけなら、全く問題ないだろう。僅かに入ってくる街灯の光の下で、刃は銀色に光っている。
言うまでもなく、ナイフは危険な武器である。仮に、ナイフで腹を刺されたとしよう。刃が内臓を傷つけた場合、それだけで死亡する可能性がある。それも、決して低くはない可能性だ。また内臓を傷つけなかったとしても、傷口からばい菌が入り化膿するケースもある。それは、一生残るダメージになるかもしれないのだ。
腹を刺されなかったとしても、手足の動脈を切られようものなら、確実に命にかかわるケガになる。さらに、手足の腱が切られたら一生残るダメージを負う。
つまり、ナイフがあるだけで状況は劇的に変わるのだ。ひ弱な人間に、格闘家をも上回る殺傷能力を与える武器……それがナイフである。
郁紀とて、それは充分に理解していた。にもかかわらず、恐怖心はない。自分でも、不思議なくらい落ち着いていた。目の前にいるナイフを持った大男に対し、恐れの感情はない。侮っているわけでもない。相手の危険度を冷静に判断しつつ、どう対処すべきか頭の中で計算を巡らせていた。
そう、あいつに比べれば……目の前にいる大男など雑魚以下だ。
落ち着き払った郁紀の態度を目の当たりにし、リロイの方が動揺していた。この男、自分が怖くないのか。
いや、刺せないだろうと思っているのか……その考えに思い至った時、リロイの体は震え出す。これ以上、ナメられてはいけないのだ。ナメられたら、自分は生きていけない──
「この野郎……ブッ殺してやる!」
リロイは、ナイフを振り上げ突っ込んで行った。百キロを超える男が、ナイフ片手に突進してくる……一般人から見れば、恐ろしい光景だろう。が、郁紀から見れば隙だらけだ。すかさず間合いを詰め、同時に顔面にパンチを放つ。ワンツーからの左フック。基本通りのコンビネーションを顎めがけて叩き込む──
普段のリロイならば、顔に二~三発のパンチを食らおうが耐えられたかもしれない。彼の体格はプロレスラー並である。首も太く、頭蓋骨も厚い。常人とは比較にならない打たれ強さだ。今までは、その打たれ強さと圧倒的な腕力こそがリロイの強みであった。
ところが今は、彼の鼻は砕けている。前回、郁紀にやられた傷が癒えていない状態である。その鼻に、またしてもパンチを喰らったのだ。左のジャブが当たっただけで、リロイの顔面から涙と鼻血が吹き出る。その痛みたるや、脳を直接ドリルで削られるかのごときものだ。当然、戦意など持ち続けていられない。
しかも、続けざまに右のストレートが顔面を襲い、さらに顎への左フックを食らったのだ。タフなリロイといえど、耐えられるはずがなかった──
左フックの衝撃で、リロイの脳は揺れた。直後、その巨体も揺れる。脳震盪により、意識が途切れてしまったのだ。ナイフを振り上げた姿勢のまま、バタリと倒れた。
冷酷な表情で、郁紀は倒れた大男を見下ろす。鼓動は多少早くなっている。呼吸も少し荒い。だが、動くのに問題はない。
さて、この男をどうしてくれようか……と思った時、突然スマホが震えた。思わず、ビクリと反応する。今の自分に電話をかけて来る者など、たったひとりしかいない。
スマホを耳に当ててみた。
(今すぐ、そこを離れたまえ)
聞こえてきたのは、やはりペドロの声だった。
「どういう意味だ──」
(ここで詳しく話している暇はない。早く、そこを離れて家に戻ってみるんだ)
それきり、通話は途切れた。
・・・
その頃、桑原徳馬は車で移動していた。運転席にてハンドルを握っているのが池野清悟、桑原の隣でタブレット片手に今後の予定を話しているのが佐藤隆司である。
「実はですね、伊達恭介《ダテ キョウスケ》が桑原さんと仕事がしたいと言っているそうです」
隆司の言葉に、桑原は首を捻る。
「伊達? 知らねえな。どこの馬鹿の骨だ?」
「最近、売り出し中の半グレらしいです。若いですが、なかなかのやり手だと専らの評判です」
「そうか。なら一度くらい会ってみるか」
桑原がそう答えた時、池野がためらいがちに声をかけてきた。
「お話し中にすみません。さっき連絡が入ったんですが、リロイの奴が病院から消えたそうです」
「んだと……あの野郎、逃げたのか?」
「ひょっとしたら、山木を探しているのかも知れません。病院でも、山木をぶっ殺すとか吠えてたらしいですから」
池野が、恐る恐る答えた。すると、桑原の目が吊り上がる。
「池野、お前はちゃんと伝えたんだよな……今回のミスに関しては問わねえと。おとなしく入院して、ケガを治してから復帰しろ……とも言ったんだよな?」
「も、もちろんです!」
「あのバカ……図体はでかいが、本当に使えねえな。逃げただけなら、落し前は金だけで済ませてやる。だがな、もし山木を殺していたなら、奴はマグロ船行きだ」
マグロ船行き……それは、単に標的をマグロ漁船の作業員にするという意味ではない。マグロ漁船に乗せた後、海外に連れて行き内蔵をそっくり取り去り金に替えるのだ。しかも標的になった者は、海の上の事故死で処理される。当然、乗船前は生命保険にも加入させられているのだ。桑原興行のシノギのひとつである。
「わ、わかりました。リロイは、必ず探し出します」
慌てた様子で答える池野。すると桑原は、頷いた後にちらりと外を見た。何か、思いついたことがあったらしい。
一瞬の間を置き、口を開く。
「だがな、その前に……池野にはやってもらいたいことがある。山木とかいうガキを、大至急連れてこい。使えそうなのを二~三人連れて、出来るだけ早く山木の身柄を押さえろ。金の回収は、後回しでいい」
「は、はい」
「こいつは俺の勘だがな、山木はそこらのチンピラがどうこう出来る男じゃねえ。雑魚を何人向かわせようが、時間と人員の無駄だ。池野、お前じゃないと駄目だ。わかったな?」
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