最強の除霊師・上野信次

板倉恭司

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俺さまに首はない(2)

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 翌日、上野は八時に目を覚ました。
 起き上がると、まずは深呼吸をした。ついで、ルーティーンの土下座キスとラジオ体操を行う。ちなみに、今回はジャージ姿である。
 当然ながら、首なしも部屋の隅にいた。上野の奇怪な動きを、じっと見つめている。
 ラジオ体操を終えた上野は、朝食を作り始めた。作るとはいっても、カップ焼きそばにお湯を注ぐだけである。蓋を閉めると、またしても超スローな速さの突きや蹴りを放ちつつ時間の経過を待つ。
 時間が経ち、流しでお湯を捨てた。かと思うと、スーツケースから瓶詰めのキャビアを取り出す。
 焼きそばにソースをかけ、さらにキャビアを振りかけた。匂いを嗅ぎ満足げにウンウン頷き、一口食べてみる。
 その途端、悲しげな表情になった。

「まずくはない。だが、微妙だな。近所のめちゃくちゃマッチョで怖そうなオヤジが、パンツ泥棒で逮捕されたことを知った時のような、なんとも言えない気分だ」

 訳のわからないことを呟きながら、上野はカップ焼きそばを食べていた。そんなおかしなオッサンを、首なしは部屋の隅から眺めている。
 食べ終えると、上野は容器を捨てた。しばしボーッとしていたかと思いきや、またしてもゲーム機の電源を入れる。
 昨日と同じように、古いドット絵のキャラたちが野球の試合にいそしむ姿を楽しそうに見ている。
 そんな上野を、体育座りで見ている首なし。なんともシュールな光景である。
 試合が終わると、上野はすっと立ち上がる。服を着替え、外に出た。すると、首なしも彼の後に付いて来たのだ。
 上野が歩くと、首なしも歩く。上野が止まると、首なしも止まる。

「なんだ、付いて来る気か」

 ボソッと呟くと、上野は再び歩き出した。首なしも、後を追う。
 国道に出ると、上野はタクシーを拾った。ところが、奇妙なことが起きる。乗り込んで五分も経たないタイミングで、ドライバーが車を停めたのだ。少しの間を置き、恐る恐る振り向いた。

「お、お客さま、申し訳ありませんが、ここで降りてください。私、ちょっと気分が悪くなって来まして……もちろん、お代は結構です」

 その顔は真っ青になっており声も震えている。本当に気分が悪そうだ。
 もっとも、上野にはその理由はわかっていた。彼は、そっと千円札を手渡す。
 
「すまんな。少なくて申し訳ないが、ここまでの代金と迷惑をかけた分だ」

「い、いえ、受け取れません。私の体調のせいで、お客さまに迷惑をかけてしまったのですから……」

 ドライバーは、慌ててかぶりを振る。すると、上野の眉間に皺が寄る。

「受け取れないというなら、こいつを置いていくぞ。いいのか?」

 聞きながら、隣の席に座っている首なしを指さした。途端に、ドライバーの顔が引き攣る。

「えっ!? あっ、いや、その、それは……」

 しどろもどろになっているドライバーに、上野はニヤリと笑いかける。不気味な笑顔だ。

「やっぱり見えてるんだな。だったら受け取りなさい。では、失礼する」



 すぐに別のタクシーを拾った上野は、二十分ほど車に揺られて目的地に到着した。当然ながら、首なしも後ろに控えている。
 上野は、後ろにいる者を完全に無視して目的地へと入っていく。
 そこは、コンビニであった──
 
「いらっしゃいませ……あっ、上野さん」

 店の隅で商品をチェックしていた入来宗太郎が、引き攣った笑顔で会釈する。

「上野さん、じゃないだろう。まったく、プロ意識のない奴だな」

 じろりと睨む上野に、入来は仕方なく頭を下げる。

「すみません。ところで──」

 言葉の途中、いきなり上野が顔を近づけてきた。カツアゲするヤンキーのごとき勢いである。

「おい、あのニューハーフとはどんな関係だ? 今度も、ただの友達だ……などと言う気か?」

「は、はい、ただの友達です」

 その瞬間、上野の目に凶暴な光が宿った。

「お前、ふざけるなよ。ただの友達の依頼を俺にさせる気か?」

「そう言わないでくださいよ。あの人、いろいろ大変だったんですから」

「何が大変なんだ。顔は綺麗だし、体はボンキュッボンだ。予備知識がなかったら、俺だってナンパしてるぞ」

「何言ってるんですか。ナンパなんかしたことないくせに。いやね、あの人には息子さんがいるんですよ」

 入来の言葉に、さすがの上野も飛び上がる。

「息子だとお!? 元が男でも、子供産めるのか?」

「いや違うんですよ。あの人、十代の頃は凄く悩んでたみたいです。自分はどっちなんだろう、って。僕なんかにはわからない悩みですけどね。そんな時、告白してきた女の子がいて、付き合ったらデキちゃったんですよ。それが、息子の健一くんです」

「そうか……」

「で、大東さんは男性として生きようとしてみたんですが、やっぱり上手くいかなかったみたいです。そんな時、彼女が姿を消しちゃって……それを期に、大東さんは女性として生きる決意をしたんですよ」

「なんか凄いな」

 上野は、思わずかぶりを振っていた。なんとも濃い人生である。自分のように独身でお気楽に生きている者には、想像もつかない苦労があったのだろう。
 だが、話は終わりではなかった。

「凄いのはこれからですよ。大東恵司さんは、恵子さんになりました。そしたら、息子の健一くんがイジメられるようになって……ひどかったらしいですよ。ボコボコに殴られ蹴られ、さらに服を脱がされ裸で河原に放置されてたそうですから。しかも、教師もイジメを黙認してたとか──」

 それ以上、続けることは出来なかった。上野が、憤怒の形相で入来の肩を掴んだのだ。 

「おい、イジメた奴らは今どこにいるんだ? 俺が、そいつら全員に地獄を見せてやる」

「ちょっと落ち着いてくださいよ。上野さんは、まだ仕事の途中じゃないですか」

 慌ててなだめる入来。そう、上野はインドア派の偏屈な変人だ。しかし、甘くみてはいけない。スイッチが入ると、とんでもないことをやらかす男なのだ。

「ま、まあ、そうだな」

「話を続けますと、健一くんはしばらく不登校になってたそうです。恵子さんとも、口をきかなかったとか。こっちに引っ越してきて、やっと普通の生活が営めるようになったんですよ」

「そうだったのか……あの人、大変だったんだな」

 呟きながら、大東の明るい表情を思い出していた。何も考えていない脳天気なオネエに見えたが、その裏では苦労をしていたのだ。
 しかし、話は終わりではなかった。

「そうなんですよね。でも、今は幸せみたいですよ。健一くんとも、普通話せるようになったし、鈴本くんという若い彼氏もいるし──」

「ちょっと待て。鈴本って、あの鈴本龍平か?」

 話の途中で、またしても入来の肩を掴む上野。

「ええ、そうですよ」

「ほ、本当か……」

 上野は唖然となっていた。話題に上っている鈴本龍平とは、共通の友人である。上野に比べ身長は低いが、筋肉量は上という現在十八歳の若者だ。頭は悪いが、裏表がなく気が優しい男である。偏屈な変人の上野も、この鈴本のことは気に入っていた。

「そんな話を聞かされては、さすがに捨て置けぬな」

 そんな時代がかったセリフを呟くと、カゴを手にする。目に付いたものを、片っ端からカゴに放り込んでいった。





 部屋に帰ると、とりあえずは腹ごしらえにかかった。コンビニで買ってきた蕎麦を、一気に平らげる。
 食べ終えると、またゲーム機のスイッチを入れた、先ほどと同じく、ドット絵のキャラの野球ゲームだ。

 しかし、今までと違う点もあった。上野は、片方のコントローラーをしっかりと持っている。
 そして、首なしの方を向き口を開く。 

「さあ、勝負だ。かかって来い」

 首なしに向けた言葉であるのは明白だ。だが、首なしは動かない。隅で体育座りの姿勢のまま、固まっている。
 その態度に、上野は苛立った。

「かかって来い、と言っているのが聞こえんのか? 俺がチームを作成し長い時間をかけて育成したニャンコスターズは、今や最強の布陣を揃えている。さあ、好きなチームを選べ。俺と勝負だ」

 言いながら、上野はくいっくいっと手招きする。その挑発的な動きを見て、首なしもようやくその気になったらしい。すーっと近づいて来たかと思うと、上野の横に座り込んだ。コントローラーを手にする。

「やっとその気になったか。よし、勝負だ!」

 画面では、一進一退の攻防が繰り広げられていた。
 上野の豪快極まりないブンブン振っていく戦法に対し、首なしは送りバントや盗塁などで確実に点を取りにいく。対照的なふたりの戦いは、終盤までほぼ互角であった。
 しかし、最後に勝ったのは上野だった。

「はっはっはっは! 俺の勝ちだ! やはり、代打ニャワトウの犠牲フライが最大の勝因だな!」

 叫びながら立ち上がる。直後、またしても奇怪な動きで踊り出した。手足を交互に振り上げ、同時に腰を前後に振る。品性など欠片ほども感じさせない下品な動きである。
 首なしは、しばらくの間その勝利の舞を見つめていた。
 だが、突然立ち上がる。すたすたと歩いていき、スーツケースを開けた。
 中に入っているカセットを、全て取り出す。うち一本を手に取り、上野の前に突き出す。
 上野の動きが止まった。

「ほう、次は格ゲーで勝負というわけか。面白い、相手になってやる」

 言うなり、カセットをゲーム機に差し込む。今度は、格ゲーによる闘いが始まったのだ。
 ゲームをスタートさせると、キャラ選択画面になった。首なしが選んだのは、カンフー服のようなものを着た中国人風のキャラである。

「ブルース・ローで来るか。だがな、俺のキャラは人間核弾頭の異名を持つルドルフ・ラングレンだ。かかって来なさい」

 そう言う上野が選んだのは、長身で冷酷な表情のマッチョな白人だった。ちょっとだけ上野にも似ている気がする。
 ふたりは睨み合い、画面に視線を移す。
 直後、試合が始まった──

 長い手足を利用した後ろ回し蹴りや踵落としといった豪快な技を繰り出していくのが、上野の操作するラングレンだ。一方、首なしの操作するローは、リーチは短いものの速い動きと打撃連打で応戦する。
 しばらくして、上野が吠えた。

「うおおおお! 負けてしまったぞ!」

 そう、上野が操作するラングレンが放ったのは、一撃必倒の後ろ回し蹴り。しかし、首なし操るローは紙一重の差で見切り、懐に入り込んでの正中線四連撃コンボを決め勝利したのである。

「ぐやじい! 負けた負けた!」

 喚きながら、その場に仰向けになりバタバタ手足を振り回す。いい歳のオッサンが負けて悔しがる姿を、首なしは無言で見下ろしている。
 だが、それは数秒で終わる。上野は、いきなり起き上がった。

「ふざけるな! 勝ち逃げは、この俺が許さない!」

 言い放ち、再び勝負が始まった──



 どのくらいの時間が経っただろうか。
 不意に、首なしはコントローラーを置いた。上野に、そっと右手を差し出す。握手を求めるかのように……。
 すると、上野も頷いた。

「そうか。もう、逝くんだな。今回の勝負、お前が勝ち越している。勝ち逃げされるのはしゃくだが、これも仕方ない。生まれ変わったら、もう一度勝負だ」

 そう言うと、ニッコリと微笑んだ。目の前に差し出された手を、しっかりと握る。
 やがて、首なしの体が白い光に包まれる。彼の姿は、徐々に薄れていった。やがて、体が消えていく。
 最後に消えたのは、握手していた手だった。上野は複雑な表情で、首なしのいた場所をじっと見つめていた。



 翌日の昼、大東恵子が部屋を訪れる。上野からの連絡を受け来たのだ。

「本当に、もう大丈夫なんでしょうか?」

 恐る恐る尋ねる大東に、上野は自信たっぷりな顔で頷いた。

「これで、もう安心です。ここに住み着いていた霊は、本来いるべき場所に旅立って行きました」

 その途端、彼女の表情がパッと明るくなる。

「本当ですか!? ありがとうございます!」

 頭を下げる大東に、上野はニヤニヤしながら口を開いた。

「ところで、あなたは鈴本龍平くんと大変に親しい間柄だそうですね」

「えっ!? りゅ、龍平を知ってるんですか?」

 驚く大東に、上野はウンウンと頷く。

「もちろん知っています。彼は少々天然ですが、気は優しくて力持ちの若者ですね」

「えっ、ええ、まあ」

 何やら照れたような顔の大東に、上野は優しい表情で語りかける。

「入来くんだけでなく、鈴本くんとも親しいとなれば、あなたはもう他人ではない。もし除霊が必要と思われる時には、いつでも連絡ください。ただ、報酬の方を安くする気はありません。俺は仕事は完璧ですが、他の者に比べ少々高くつきますからね。その店を考慮した上で、雇うかどうか決めてください」






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