最強の除霊師・上野信次

板倉恭司

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キャンディマン(2)

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「おいコラ、大丈夫なのか?」

 上野信次が尋ねると、入来宗太郎は苦笑いしながら頷いた。

「ええ、まあ。肋骨が二本折れましたが、後は大丈夫です」

 言いながら、上体を起こそうとする。その瞬間、体に痛みが走った。思わず顔をしかめた。
 見かねた上野が声をかける。

「いいから寝ていろ。まったく、運のいい奴だ。これも、日頃の行い故かも知れんな」

 そう、入来は本当に運が良かった。
 町をうろつく少年たちの間で噂になっている、ヤンキー狩りのキャンディマン。そのキャンディマンと間違われ、入来は少年たちの襲撃を受けたのだ。
 殺気に満ちた少年たちから不意打ちを受け、入来はその場に倒れる。反撃はもちろん、逃げることも出来なかった。運が悪ければ、そのまま殺されていた可能性もあっただろう。
 ところが、たまたまパトロール中の警官が現場を通り掛かった。さすがの少年たちも、警官に見つかっては退散するしかない。おかげで、肋骨の骨折と顔の痣だけで済んだ。明日には退院である。もっとも、怪我が治るまでは店に出られないが、それは仕方ないだろう。
 そんなわけで、今はまだ病室で寝ている状態だ。そこに、上野がお見舞いと称して押しかけたのである。もっとも、お見舞いにつきものの、フルーツの詰め合わせのような品は持っていない。それでも、入来はペこりと頭を下げた。

「あの、お見舞いに来てくれてありがとうございます」

 礼の言葉に、上野はフンと鼻を鳴らす。

「俺も、今は暇だからな。たまには、病院なる場所に来てみるのも悪くない。まあ、しばらくはおとなしくしていろ」

 そう言って、上野は病室を出て行った。
 足早に廊下を歩き、病院を出ていく。その表情は険しく、そこらのチンピラだったら目を逸らして道を開けるだろう。もともと、上野の顔は彫りが深く怖そうに見られがちだ。普通にしていても、怒っているように見えてしまう。
 しかし、今の彼は本気で怒っていた。病院を出るなり、すぐにスマホを取りだした。あちこちに連絡する。



 それから数日後。
 
「おい、本当にここなのかよ」

「間違いないよ。キャンディマンの居場所知ってる奴が、ここにいるらしいぜ」

 口々に言いながら、少年たちが入って行こうとしているのは……織田病院の跡地である。
 ここは、かつて全国でも十本の指に入るような大病院であった。ところが、医療ミスの発覚をきっかけに、親族による放漫経営がもたらした様々な問題を暴かれてしまう。結果、病院は潰れてしまった。今では、巨大な建物が廃墟と化し、取り壊されるのを待っている状態だ。
 そんな場所に入って行こうとしているのは、五人の少年たちだ。彼らは最近、キャンディマン狩りと称して夜の街を徘徊していたのである。
 今朝、彼らのスマホにこんなメールが来た。

(キャンディマン狩りの皆さん。私の友人は、キャンディマンに襲われて入院しました。許せないと思い調べていたのですが、最近になって居場所が分かりました。しかし、私ではキャンディマンに勝てません。そこで相談です。皆さんで、キャンディマンを病院送りにしてください。居場所を教えますので、今夜の二時に織田病院に来て下さい。お待ちしています。もしキャンディマンを仕留めてくれたら、ひとりに十万円ずつお支払いします)

 宛先に心当たりはない。メールを送って見たが、返信はない。
 ならば、試しに行ってみよう……ということになり、彼らは廃墟に乗り込んだのである。



 廃墟に乗り込んだ少年たちは、懐中電灯をつけ進んでいく。すると、闇の中から声が聞こえてきた。

「諸君、よく来てくれた。礼を言おう。まあ、来なかったら来なかったで、やり方はあったがね」

 言いながら、姿を現した者……上野信次であった。
 少年たちは、ギョッとなっていた。百八十センチを超える長身で、やたら濃い顔の男が廃墟の奥から姿を現したのだ。暴力慣れした彼らも、得体の知れない感覚に襲われていた。

「オ、オッサン。あんたが、俺たち呼び出したのか。で、キャンディマンはどこにいんのよ?」

 ひとりの少年が、顔を引き攣らせながらも尋ねる。声は上擦っており、足も震えていた。
 一方、上野は冷たい表情で少年たちを見下ろしている。

「キャンディマンは、今さがしているところだ。その前に、お前らに罰を与える」

「は、はあ? 何言ってんの?」

「お前らが何しようが、俺の知ったことではない。俺は町の保安官でも、何とかレンジャーでもない。だから、お前らが町で何しようが、かかわる気などない」

 そこで、上野の表情が変わる。

「だがな、この件は別だ。お前らは、俺のテリトリーにまで踏み込んで来た。俺の周囲にいる者を傷つけた。こうなった以上、放ってはおけない。お前らに、この世の地獄を見せてやる」

 すると、少年たちの顔つきも変わる。ようやく場の雰囲気に慣れてきたのだ。相手は背が高いが、たったひとりだ。こんなオヤジに、俺たちが負けるはずがない。

「何言ってんだオッサン。キャンディマンがいないなら、代わりにお前が死ね」

 その言葉に、上野はフッと笑った。

「死ぬのは、果たしてどちらかな。目を凝らして見てみろ。お前らの周りに、何がいるかをな」

 言ったかと思うと、上野は右手を挙げる。直後、中の様子は一変した──

「な、なんだこれ……」

 ひとりの少年が、そう呟く。
 彼らの周りに、何かが出現したのだ。目には見えず、音も聞こえない。だが、そこには確実に何かがいる。床を這いながら、こちらに近づいて来ている。

「お前らにも、感じ取れるだろう。闇にひそむ悪霊だ。この世に未練を残し、死んでからも現世に留まり続け、己が何者であったかも忘れ、挙げ句に悪霊と化した連中だ。こいつらは今も、生者に羨望と嫉妬の眼差しを向けている。現世にある全てを呪い、闇にうごめいている。お前らには、お似合いだよ」

 上野は、楽しそうに語っている。だが、少年たちの耳に、彼の声は聞こえていなかった。
 足元に、何かが動いている。何かが足首を掴み、太股へと手を伸ばしている。それも、一匹や二匹ではない。目に見えないものが、足を伝って体を登って来ようとしている。
 彼らは、必死でもがいた。手足をバタバタさせ、登って来ようとしている何かを振り落とそうと試みる。だが、離れない──

「もう、お前らは逃げられない。悪霊たちの恨みの念を、ここで受け続けるんだ。この世の地獄を味わえ」

 その言葉を残し、上野は去っていった。

 ・・・

 一時間後、廃墟に警官たちが踏み込んで来た。周囲の住人たちから、通報が来たのである。廃墟にて、奇声を発している若者の集団がいる。何とかしてくれ……という内容の苦情だ。
 通報を受け、近くの交番からふたりの警官が訪れた。どうせ、馬鹿な若者が酒でも飲んで騒いでいるのだろう。注意すれば、すぐに引きあげるだろうと軽く考えていた。
 だが、そんな生易しい状況ではなかった。廃墟の中では、恐ろしい光景が繰り広げられていたのである。
 警官たちは、近づいていた時点で異変に気づいた。異様な匂いが漂っているのだ。何なのか、具体的にはわからない。ただ、汚物の匂いであるのは確かだ。
 ふたりの警官は、顔を見合わせた。それでも、通報があった以上行かなくてはならない。懐中電灯をつけ、廃墟の中へと入っていく。
 その時だった。

「ヒギャー!」

 紛れもなく、人の声だ。まともな状態の人間が発する声ではない。ふたりの警官は、直ちに応援を要請した。さらに、奥へと進んでいく。
 異臭はますます激しくなり、バタバタという音も聞こえてくる。ふたりは、この仕事に就いて初めて拳銃を抜いた。そっと進んでいく。
 そこで見たものは、彼らの想像を超えていた。
 数人の少年が、仰向けで倒れていた。床の上で、ピクピクと痙攣しながらのたうち回っている。時おり、意味不明の奇声を発しつつ手足をバタバタさせているのだ。
 しかも、少年たちの吐き戻したらしい汚物が、あちこちに撒き散らされていた。さらに、彼らの下半身には大量の染みが付着している。それが何であるかは、考えるまでもなかった。
 やがて救急車が到着し、少年たちは病院へと運び込まれた。彼らは全員、錯乱状態にあり鎮静剤を打たねばならなかった。警察は、彼らは廃墟に入り込み薬物を乱用した結果こうなった、と発表する。
 翌日になっても、少年たちの症状は改善しなかった。彼らが退院できるまで、実に半年近くの治療を要した。












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