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おかしなふたり
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いずれ、この世の全てにさよならするのが人生だ。だとすれば、人と人との関係もいずれは終わる。
どうせ終わるのならば、最初から出会わなければいいんじゃねえのかな……なんて思うこともあるよ。わざわざ、てめえから余計な荷物を背負い込む必要がどこにある。俺なんざ、かかあとばばあの相手だけで手一杯だよ。わざわざ、他の女と深い関係になろうとは思わないぜ。まあ、好き好んで俺と深い仲になりたがる女なんざ、いやしないのも確かだけどな。
ところがだ、妙なふたりが江戸の片隅で、偶然にも出会っちまった。傍から見れば、水と油……いや、それ以上に相性の悪そうな男と女なのに、話してみれば馬が合うってこともあるんだよな。まさに「馬には乗ってみよ。人には添うてみよ」だな。
・・・
捨丸は、足を止めた。
この男、左門から用事を言いつかり無人街に入り込んだ。目的地に向かい歩いていたところ、えらく威勢のいい声が耳に飛び込んで来たのだ。その声には、聞き覚えがあるような気もする。彼は首を捻り、辺りを見回してみた。
その途端、とんでもない光景を見てしまう。
「待ちな! 何をやってるんだい!」
恰幅のいい中年女が、幼い子供を怒鳴り付けている。子供は、怯えた様子で女の顔を見上げていた。逃げたいのだろうが、後ろは壁である。逃げられないまま、背中をぴたっとつけている。
傍目には、子供のいたずらを叱る母親に見えるだろう。だが、その女はお七だ。彼女に子供はいない。つまり、他人の子供を中年女が叱りつけている、ということになる。
「さあ、あんた! 盗ったものを出しな!」
お七は、なおも怒鳴りつける。
すると、子供は渋々ながら手を前に出した。何かを握りしめている。お七は、その手を無理やり広げた。その途端、握っていた一文銭が落ちる。
お七は、それを拾いあげた。子供の手首を掴んだまま、じっと睨みつける。
ややあって、その一文銭を再び子供の手のひらに乗せた。
唖然となる子供に向かい、お七は神妙な顔つきで口を開く。
「あんたも、事情があったんだろ。今回だけは見逃す。その代わり、次に見つけたら許さないよ。いいね!」
凄まれた子供は、うんうんと頷く。もっとも、未だに何が起きているか把握できていないようだ。
見ていた捨丸は、そっと近づいていった。後ろから声をかける。
「ちょっと姐さん、何やってんのさ」
途端に、お七は振り返った。捨丸をじろりと睨む。
「ああ、あんた。ええと、その、あれだよね」
しどろもどろになっている。とうやら、名前を覚えられていないらしい。捨丸は、大袈裟に顔をしかめた。
「ひでえな姐さん。俺は捨丸だよ。名前くらい覚えて欲しいな」
「ああ、そうだった。ごめんよ、つい忘れちまった」
「まあ、それはいいんだけどさ……今の、どしたの?」
言いながら、捨丸は走っていく子供を指差した。既に遠く離れており、もう追いつけないだろう。
「あの子が、あたしの落とした一文銭を横からかっさらって行ったのさ。だから、取っ捕まえたんだよ」
「でもさ、逃がしちゃったじゃん。しかも、金まで渡してさ。何やってんのよう」
とぼけた口調の捨丸に、お七は苦笑しつつ答える。
「あの子もさ、たぶん大変なんだよ。一文銭くらいなら、くれてやってもいいしね」
「俺さ、それ良くないと思うよ。あの餓鬼、また同じこと繰り返すだけじゃん」
真顔の捨丸に、お七はうつむいた。
少しの間を置き、口を開く。
「そうかもしれないね。でもさ、あの子にとって大事なのは、目の前の飢えを何とかすること。だったら今、あたしがしてやれるのは金を取られてやることだけ。それで、いいんじゃないかな。あたしは神さまじゃないし、金持ちの大名でもない。その時に出来ることをやるだけだよ」
「ふうん、そんなもんかな」
「それより、あんたの用って何なのさ」
尋ねると、捨丸ははっとなった。
「ああ、忘れるとこだった。あのさ、左門ちゃんから預かってきたんだよ」
言うと同時に、懐から預かった手紙を出した。お七に手渡すと、彼女はきょとんとした顔で聞いてくる。
「えっ? 何これ?」
「お京さんの仇の名前と居場所が書いてあるんだって」
捨丸の言葉を聞いた途端、お七の顔が険しくなった。
「ちょっと! 大事なものじゃないか! 忘れられちゃあ困るんだよ!」
怒鳴りつけると、捨丸はたじたじとなり後ずさる。ぺこりと頭を下げた。
「そうだよね、ごめん」
「まったく、しっかりしなよ」
呆れた顔で言いながら、捨丸の頭を優しく小突く。すると、相手は照れた顔で頭を掻いた。
「へへへ、ごめんなさい」
・・・・
その頃、江戸の片隅にある材木置場では、数人の男たちが集まっていた。うちふたりは、明らかに場違いな格好をしている。
その場違いな格好をした男が、鋭い表情で口を開いた。
「そいつは、尾仁之村の生き残りだと言ったのか?」
「はい。そいつが、猿蔵さんを殺したんですよ。ですから、あっしは犬飼の旦那さんのお耳に入れておこうかと思いまして……」
「どんな奴だ?」
「へえ、車に乗った女です。でも、甘く見ちゃいけません。鞭の腕が凄い。この顔の傷も、そいつにやられたんです」
言いながら、顔の傷を指すのは仁助だ。かつて猿蔵の手下だった凶状持ちである。
「そうか。で、お前は目の前で乳母車みてえなのに乗った女に親分の猿蔵を殺された。挙げ句、おめおめと逃げて来たってわけか?」
その仁助に尋ねたのは、犬飼弧十郎である。右目は刀傷で塞がれており、もともとの厳つい風貌を、さらに際立たせていた。背は五尺八寸(約百七十四センチ)ほどあり、肩幅広く筋骨逞しい体つきだ。
服装もまた異様であった。袖を切り落とした真っ黒な着物姿で、逞しい肩と入れ墨の入った腕が剥き出しだ。しかも、干した人間の耳たぶを幾つも繋げた首飾りを首から下げている。腰には刀をぶら下げており、両腕を組み冷ややかな目で仁助を見下ろしていた。
「えっ、あっ、はあ……でも仕方ないんですよ! あいつは、本当に強くて──」
仁助が言えたのは、そこまでだった。突然、首根っこを掴まれる。同時に、ぐいっと持ち上げられた。
「強くて、じゃねえんだよ。女ひとりにやられて、おめおめ逃げて来たのか。情けねえ奴だな」
仁助を持ち上げ、低い声で凄んだのは犬飼剛蔵だ。この男は弧十郎の弟であり、背丈は六尺(約百八十センチ)を超えている。目方の方も三十貫(約百十二キロ)あり、下手な相撲取りよりも巨大な体格だ。
完全に剃りこまれ髪の毛は一本もない坊主頭であるが、そんな頭に犬の入れ墨が入っている。片手に六尺棒を握り、もう片方の手で仁助を持ち上げているのだ。剛蔵はいきなり手を離した。仁助は、どさりと地面に落ちる。
「兄者、こいつどうすんだ? 面倒くせえから殺すか?」
言いながら、剛蔵は棒を振り上げた。だが、弧十郎はその手を押さえる。
「よせ。こんな奴、殺す価値もない」
直後、弧十郎は仁助めがけ小銭を放った。
「くれてやる。さっさと失せろ」
冷酷に言い放った。仁助は慌てて小銭を拾うと、一目散に逃げていく。
弧十郎は、汚いものでも見るかのような目で、逃げていく様を眺めていた。
やがて仁助の姿が完全に見えなくなると、剛蔵の方を向いた。
「三郎丸はどうしてる?」
「恐らく女郎のところだ」
「そうか。結局、奴の尻拭いをすることになるのだな」
弧十郎の言葉に、剛蔵は苦笑しつつ頷いた。
「そうらしいな」
「困った奴だ。だが、今さら言っても仕方ない。それより、そのお京とかいう女だが……せっかく江戸まで来たのだ。我ら犬飼三兄弟で、手厚く葬ってやるとしよう」
犬飼三兄弟。
彼らは、もともと上州の弧月村にて生を受ける。長男の米助は体が丈夫で気が荒く、たちまち村の餓鬼大将となる。やがて生まれた弟の麦太は、兄よりも大きな体と強い腕力の持ち主である。しかし、兄には逆らえなかった。
ふたりは、村でも評判の悪童として成長していく。三男の稗蔵は、そんな兄の影響をまともに受け成長していった。父親も母親も、この三兄弟には何も言えなくなってしまう。
やがて、この三兄弟はとんでもないことをやらかした。次男の麦太が村役人の息子らとちょっとしたことで言い合いになり、挙げ句に殴り殺してしまったのだ。兄の米助、弟の稗蔵も、その場にいたため全員が人殺しとして追われることとなる。
三兄弟は、凶状持ちの無宿者として旅をする。江戸に来るまで、あちこちで悪名を轟かせる。やがて三兄弟は、道中で叩き殺した浪人・犬飼の姓を名乗るようになった。名前も、長男が弧十郎、次男が剛蔵、三男が三郎丸などと改名してしまったのだ。
そして犬飼兄弟は、知り合いのすすめにより江戸に来る。兄弟は裏社会にて、みるみるうちにのし上がっていった。弧十郎にしても剛蔵にしても、腕は立つ上に度胸もある。しかも、弧十郎は腕のみならず頭の方も切れる。裏の世界でも、知られた存在となっていった。
ところが、三男の三郎丸は「強い兄の威を借る愚弟」という情けない評判の持ち主であった。実際、腕は剛蔵に遠く及ばず、頭も弧十郎には及ばない。
三郎丸は焦った。自分でも、やれるというところを見せたい……そんな時に、桃助と名乗る男が妙な話を持ってくる。
「山奥の尾仁之村にて、一万両の値打ちがある宝を隠しているらしい。皆で奪いに行こう。邪魔する奴らは、全員殺しても構わん。まずは、仕度金として十両払う。旅費も、全て俺が持つ。どうだ?」
深く考えもせず、三郎丸は話に乗った。食い詰め浪人から安くせしめた刀を腰に下げ、意気揚々と尾仁ヶ村に向かう。
結果はといえば、宝など見つからず村の人間を十人ほど斬り殺しただけである。だが、三郎丸は満足していた。仕度金の十両の他にも、詫び賃としてさらに十両をもらえたのだ。それに、ようやく自分にも他人に誇れる武勇伝が出来たのだ。村の人間を二十人斬り殺した……などという話を、あちこちで吹聴する。さらに、返り血を浴びた着物を女たちに見せびらかしたりした。そのためか、強い兄の威を借る愚弟……という陰口も聞かれなくなる。
三郎丸は、裏社会の住人たちに対して、ようやく臆せず接することが出来るようになったのだ。
しかし、その代償はあまりにも大きい。お京という最強の女と戦うことになってしまったのだから……。
どうせ終わるのならば、最初から出会わなければいいんじゃねえのかな……なんて思うこともあるよ。わざわざ、てめえから余計な荷物を背負い込む必要がどこにある。俺なんざ、かかあとばばあの相手だけで手一杯だよ。わざわざ、他の女と深い関係になろうとは思わないぜ。まあ、好き好んで俺と深い仲になりたがる女なんざ、いやしないのも確かだけどな。
ところがだ、妙なふたりが江戸の片隅で、偶然にも出会っちまった。傍から見れば、水と油……いや、それ以上に相性の悪そうな男と女なのに、話してみれば馬が合うってこともあるんだよな。まさに「馬には乗ってみよ。人には添うてみよ」だな。
・・・
捨丸は、足を止めた。
この男、左門から用事を言いつかり無人街に入り込んだ。目的地に向かい歩いていたところ、えらく威勢のいい声が耳に飛び込んで来たのだ。その声には、聞き覚えがあるような気もする。彼は首を捻り、辺りを見回してみた。
その途端、とんでもない光景を見てしまう。
「待ちな! 何をやってるんだい!」
恰幅のいい中年女が、幼い子供を怒鳴り付けている。子供は、怯えた様子で女の顔を見上げていた。逃げたいのだろうが、後ろは壁である。逃げられないまま、背中をぴたっとつけている。
傍目には、子供のいたずらを叱る母親に見えるだろう。だが、その女はお七だ。彼女に子供はいない。つまり、他人の子供を中年女が叱りつけている、ということになる。
「さあ、あんた! 盗ったものを出しな!」
お七は、なおも怒鳴りつける。
すると、子供は渋々ながら手を前に出した。何かを握りしめている。お七は、その手を無理やり広げた。その途端、握っていた一文銭が落ちる。
お七は、それを拾いあげた。子供の手首を掴んだまま、じっと睨みつける。
ややあって、その一文銭を再び子供の手のひらに乗せた。
唖然となる子供に向かい、お七は神妙な顔つきで口を開く。
「あんたも、事情があったんだろ。今回だけは見逃す。その代わり、次に見つけたら許さないよ。いいね!」
凄まれた子供は、うんうんと頷く。もっとも、未だに何が起きているか把握できていないようだ。
見ていた捨丸は、そっと近づいていった。後ろから声をかける。
「ちょっと姐さん、何やってんのさ」
途端に、お七は振り返った。捨丸をじろりと睨む。
「ああ、あんた。ええと、その、あれだよね」
しどろもどろになっている。とうやら、名前を覚えられていないらしい。捨丸は、大袈裟に顔をしかめた。
「ひでえな姐さん。俺は捨丸だよ。名前くらい覚えて欲しいな」
「ああ、そうだった。ごめんよ、つい忘れちまった」
「まあ、それはいいんだけどさ……今の、どしたの?」
言いながら、捨丸は走っていく子供を指差した。既に遠く離れており、もう追いつけないだろう。
「あの子が、あたしの落とした一文銭を横からかっさらって行ったのさ。だから、取っ捕まえたんだよ」
「でもさ、逃がしちゃったじゃん。しかも、金まで渡してさ。何やってんのよう」
とぼけた口調の捨丸に、お七は苦笑しつつ答える。
「あの子もさ、たぶん大変なんだよ。一文銭くらいなら、くれてやってもいいしね」
「俺さ、それ良くないと思うよ。あの餓鬼、また同じこと繰り返すだけじゃん」
真顔の捨丸に、お七はうつむいた。
少しの間を置き、口を開く。
「そうかもしれないね。でもさ、あの子にとって大事なのは、目の前の飢えを何とかすること。だったら今、あたしがしてやれるのは金を取られてやることだけ。それで、いいんじゃないかな。あたしは神さまじゃないし、金持ちの大名でもない。その時に出来ることをやるだけだよ」
「ふうん、そんなもんかな」
「それより、あんたの用って何なのさ」
尋ねると、捨丸ははっとなった。
「ああ、忘れるとこだった。あのさ、左門ちゃんから預かってきたんだよ」
言うと同時に、懐から預かった手紙を出した。お七に手渡すと、彼女はきょとんとした顔で聞いてくる。
「えっ? 何これ?」
「お京さんの仇の名前と居場所が書いてあるんだって」
捨丸の言葉を聞いた途端、お七の顔が険しくなった。
「ちょっと! 大事なものじゃないか! 忘れられちゃあ困るんだよ!」
怒鳴りつけると、捨丸はたじたじとなり後ずさる。ぺこりと頭を下げた。
「そうだよね、ごめん」
「まったく、しっかりしなよ」
呆れた顔で言いながら、捨丸の頭を優しく小突く。すると、相手は照れた顔で頭を掻いた。
「へへへ、ごめんなさい」
・・・・
その頃、江戸の片隅にある材木置場では、数人の男たちが集まっていた。うちふたりは、明らかに場違いな格好をしている。
その場違いな格好をした男が、鋭い表情で口を開いた。
「そいつは、尾仁之村の生き残りだと言ったのか?」
「はい。そいつが、猿蔵さんを殺したんですよ。ですから、あっしは犬飼の旦那さんのお耳に入れておこうかと思いまして……」
「どんな奴だ?」
「へえ、車に乗った女です。でも、甘く見ちゃいけません。鞭の腕が凄い。この顔の傷も、そいつにやられたんです」
言いながら、顔の傷を指すのは仁助だ。かつて猿蔵の手下だった凶状持ちである。
「そうか。で、お前は目の前で乳母車みてえなのに乗った女に親分の猿蔵を殺された。挙げ句、おめおめと逃げて来たってわけか?」
その仁助に尋ねたのは、犬飼弧十郎である。右目は刀傷で塞がれており、もともとの厳つい風貌を、さらに際立たせていた。背は五尺八寸(約百七十四センチ)ほどあり、肩幅広く筋骨逞しい体つきだ。
服装もまた異様であった。袖を切り落とした真っ黒な着物姿で、逞しい肩と入れ墨の入った腕が剥き出しだ。しかも、干した人間の耳たぶを幾つも繋げた首飾りを首から下げている。腰には刀をぶら下げており、両腕を組み冷ややかな目で仁助を見下ろしていた。
「えっ、あっ、はあ……でも仕方ないんですよ! あいつは、本当に強くて──」
仁助が言えたのは、そこまでだった。突然、首根っこを掴まれる。同時に、ぐいっと持ち上げられた。
「強くて、じゃねえんだよ。女ひとりにやられて、おめおめ逃げて来たのか。情けねえ奴だな」
仁助を持ち上げ、低い声で凄んだのは犬飼剛蔵だ。この男は弧十郎の弟であり、背丈は六尺(約百八十センチ)を超えている。目方の方も三十貫(約百十二キロ)あり、下手な相撲取りよりも巨大な体格だ。
完全に剃りこまれ髪の毛は一本もない坊主頭であるが、そんな頭に犬の入れ墨が入っている。片手に六尺棒を握り、もう片方の手で仁助を持ち上げているのだ。剛蔵はいきなり手を離した。仁助は、どさりと地面に落ちる。
「兄者、こいつどうすんだ? 面倒くせえから殺すか?」
言いながら、剛蔵は棒を振り上げた。だが、弧十郎はその手を押さえる。
「よせ。こんな奴、殺す価値もない」
直後、弧十郎は仁助めがけ小銭を放った。
「くれてやる。さっさと失せろ」
冷酷に言い放った。仁助は慌てて小銭を拾うと、一目散に逃げていく。
弧十郎は、汚いものでも見るかのような目で、逃げていく様を眺めていた。
やがて仁助の姿が完全に見えなくなると、剛蔵の方を向いた。
「三郎丸はどうしてる?」
「恐らく女郎のところだ」
「そうか。結局、奴の尻拭いをすることになるのだな」
弧十郎の言葉に、剛蔵は苦笑しつつ頷いた。
「そうらしいな」
「困った奴だ。だが、今さら言っても仕方ない。それより、そのお京とかいう女だが……せっかく江戸まで来たのだ。我ら犬飼三兄弟で、手厚く葬ってやるとしよう」
犬飼三兄弟。
彼らは、もともと上州の弧月村にて生を受ける。長男の米助は体が丈夫で気が荒く、たちまち村の餓鬼大将となる。やがて生まれた弟の麦太は、兄よりも大きな体と強い腕力の持ち主である。しかし、兄には逆らえなかった。
ふたりは、村でも評判の悪童として成長していく。三男の稗蔵は、そんな兄の影響をまともに受け成長していった。父親も母親も、この三兄弟には何も言えなくなってしまう。
やがて、この三兄弟はとんでもないことをやらかした。次男の麦太が村役人の息子らとちょっとしたことで言い合いになり、挙げ句に殴り殺してしまったのだ。兄の米助、弟の稗蔵も、その場にいたため全員が人殺しとして追われることとなる。
三兄弟は、凶状持ちの無宿者として旅をする。江戸に来るまで、あちこちで悪名を轟かせる。やがて三兄弟は、道中で叩き殺した浪人・犬飼の姓を名乗るようになった。名前も、長男が弧十郎、次男が剛蔵、三男が三郎丸などと改名してしまったのだ。
そして犬飼兄弟は、知り合いのすすめにより江戸に来る。兄弟は裏社会にて、みるみるうちにのし上がっていった。弧十郎にしても剛蔵にしても、腕は立つ上に度胸もある。しかも、弧十郎は腕のみならず頭の方も切れる。裏の世界でも、知られた存在となっていった。
ところが、三男の三郎丸は「強い兄の威を借る愚弟」という情けない評判の持ち主であった。実際、腕は剛蔵に遠く及ばず、頭も弧十郎には及ばない。
三郎丸は焦った。自分でも、やれるというところを見せたい……そんな時に、桃助と名乗る男が妙な話を持ってくる。
「山奥の尾仁之村にて、一万両の値打ちがある宝を隠しているらしい。皆で奪いに行こう。邪魔する奴らは、全員殺しても構わん。まずは、仕度金として十両払う。旅費も、全て俺が持つ。どうだ?」
深く考えもせず、三郎丸は話に乗った。食い詰め浪人から安くせしめた刀を腰に下げ、意気揚々と尾仁ヶ村に向かう。
結果はといえば、宝など見つからず村の人間を十人ほど斬り殺しただけである。だが、三郎丸は満足していた。仕度金の十両の他にも、詫び賃としてさらに十両をもらえたのだ。それに、ようやく自分にも他人に誇れる武勇伝が出来たのだ。村の人間を二十人斬り殺した……などという話を、あちこちで吹聴する。さらに、返り血を浴びた着物を女たちに見せびらかしたりした。そのためか、強い兄の威を借る愚弟……という陰口も聞かれなくなる。
三郎丸は、裏社会の住人たちに対して、ようやく臆せず接することが出来るようになったのだ。
しかし、その代償はあまりにも大きい。お京という最強の女と戦うことになってしまったのだから……。
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