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桃助
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お京、やっとここまで来たか。あとは桃助さえ殺せば、あんたの復讐も完遂だな。
この桃助、一応の身分は侍らしいが……本業は、偉い奴の太鼓持ちみたいなもんだ。腕の方は、からっきしだとも聞いている。まあ、雉間や犬飼兄弟に比べりゃ楽なもんだろう。今回は、あっけなく終わりそうだな。
しかし、ひとつ妙なことがある。奴らが尾仁之村を襲った理由……そいつが、今ひとつはっきりしねえ。一万両のお宝が村に眠っているって噂に騙されたそうだが、桃助はしょせん道化侍だ。そんな大それた話を持ち込まれるような器量はないんだよ。
こいつには、どでかい裏があるんじゃねえか……そんな気がするぜ。ま、どんな裏があろうと俺には関係ないけどな。
・・・
森の中、かたかたと音を立て箱車が進んでいく。乗っているのはお京で、車を押すのはお花だ。傍らには、藤村左門が付いて歩く。
まだ日は高く、頭上に生い茂る枝葉の隙間から陽の光が射している。地面はでこぼこだが、どうにか進むことは出来た。
「その桃助とやらは、どんな奴なのです?」
不意に、お花が聞いて来た。
「俺もよくはわからんが、侍くずれの傾奇者らしいぜ。まあ、実際のところは旦那衆に取り入っては小遣いを貰ってる道化者だけどな」
「なんだい、そりゃあ……そんな奴が、村のみんなを殺したっていうのかい」
怒りの表情を向けるお京に、左門は頷いた。
「そうだよ。念のため聞くが……お前の村には、御大層な宝物が隠されていたとか、そういうことはなかったんだな?」
「当たり前だよ。みんな貧乏だったし、宝物があるなんて話も聞いたことない」
「となると、馬鹿な奴らが馬鹿な噂を真に受けて、わざわざ山奥の村を襲った。挙げ句に、住民を皆殺しか……なんとも救いようのねえ話だな」
呆れた様子で、かぶりを振った左門。直後、憐れむような目でお京を見た。
「お前も、つくづく運の悪い女だな」
「運が悪いじゃ済まされないんだよ。桃助は、あたしが殺す」
進んでいく三人の視界に、一軒のあばら家が入ってきた。長いこと手入れをされていなかったらしく、壁には穴が空いている。
やがて、小屋の前で車は停まった。左門が、十手で戸を叩きながら声を出す。
「おーい、ちょっと出て来てくれよ。聞きてえことがある」
少しの間を置き、ひとりの男が顔を出した。一応は髷を結ってはいるが、頭には鉢巻を巻いており耳には飾りを付けている。着物は虎縞柄だ。なんとも統一感のない出で立ちである。
そんな桃助だが、左門を見るなりぺこぺこ頭を下げた。
「お、お役人さま……どうかしなさったんですか?」
かつて侍だったとは思えぬ卑屈な態度だ。左門は、にこにこしながら語りかけた。
「いやあ、大した用じゃないんだけどよ、ちょっと出てきてくれや」
言いながら、半ば強引に桃助を連れ出す。桃助は、何が何だかわからぬまま外に出た。
しかし、待っていた者に気づいた途端、顔面が蒼白になる──
「よう桃助、久しぶりだね。会いに来てやったよ」
その台詞で充分だった。ひっと声をあげ、逃げ出そうとした。
同時に、お京が独楽を放つ。強烈な一撃が膝を襲い、桃助は無様に転倒した。独楽が当たった衝撃で、膝の皿が砕けてしまったのだ。両手で膝を押さえ、呻き声をあげる。
だが、すぐさま両の手のひらを前に突き出した。助けてくれ、と懇願する体勢だ。
「ちょっと待ってくれ。まずは、落ち着こう。な? ちょっとだけ話を聴いてくれ」
「なんだい? 言いたいことがあるなら聞いてやるよ」
「俺は、確かにひどいことをしたよ。だがな、俺は命令されてやったんだよ」
「命令? 誰に?」
「そ、それはだな……」
桃助は言いよどみ、目線をあちこちに動かす。どうやって丸め込むか、必死で考えを巡らせているのだろう。
そんな桃助に、お京は冷たく言い放つ。
「言えないのかい。どうせ嘘なんだろうが」
すると、桃助はかぶりを振った。
「あのな、俺は悪くないんだよ。殺ったのは、全部あいつらだ。俺は、ひとりも殺してない」
「ても。お前が殺らせたことに変わりはないよね」
「えっ? いや、あの、その……」
「何も言えないなら。さっさと死にな」
直後、お京は短刀を抜いた──
・・・・
その頃。
お七は、住処にしている掘っ立て小屋で、ひとり物思いにふけっていた。
今、お京とお花が何をしているかはわかっている。これで、全てが終わるのだ。本来なら、喜ぶべきことのはずだった。しかし、お七の表情は冴えない。
果たして、これで終わりになるのだろうか。これから、お京とお花は果てのない修羅道を歩むのではないか……そんな予感がするのだ。
その時、外から声が聞こえてきた。
「お七さん、いる?」
聞き覚えのある声だ。お七は、面倒くさそうに答える。
「いるよ」
直後、ひょいと顔を見せた男がいる。捨丸だ。
「あんたかい。何しに来たのさ?」
彼の顔を一瞥し、尋ねるお七。その表情は、どこか虚ろだ。
すると、捨丸は不満そうな表情になった。
「何しに来たって、ちょっとひどい言い方じゃない? 用がなきゃ、来ちゃいけないの?」
「気に障ったなら謝るよ。ごめん」
お七は、少しも気持ちのこもっていない口調で謝った。心ここにあらず、という感じだ。
すると、捨丸は小屋の中に入ってきた。彼女の隣にしゃがみ込んだ。
「やっぱり、ふたりのことが心配?」
「まあね。今頃、お京とお花は桃助の奴と戦ってる……あの子が負けることはないだろうけどさ」
そこで、お七は溜息を吐いた。少しの間を置き、話を続ける。
「そうしたら、復讐も終わりだよ。そしたら、あのふたりは何をするつもりなんだろうね」
「人のことよりさ、自分はどうすんのよう。お七さんは、これから何すんの?」
「本音を言うなら、さっさと江戸を出ていきたいよ。江戸には、嫌な思い出が多すぎる。桃助を片付けたら、ふたりと一緒に江戸を出たいよ」
途端に、捨丸の表情が曇る。
「んなこと言わないでよ。せっかく仲良くなれたのにさ、これでお別れなんて切なすぎるじゃない」
「へっ、からかうんじゃないよ」
吐き捨てるような口調で言ったお七だったが、次の瞬間、予想もしなかった言葉を吐かれる──
「からかってなんかいないよ。俺、お七さんのことが好きだ」
「は、はあ!? な、何を言ってるんだい!?」
顔を真っ赤に染めながらも、どうにか怖そうな目で睨みつける。だが、捨丸は怯まない。
「何を言ってるって、そのまんまだよ。俺は、お七さんのことが好きだ」
「ふ、ふざけんじゃないよ! あたしを馬鹿にしやがって! 怒るよ!」
「俺、馬鹿にしてなんかいないよ。本気だから。あんたのことが、本当に好きなんだ」
いつもと違い、その表情は真剣だ。お七を見る目には、真っ直ぐな感情がこもっている。その純粋さがあまりにも眩しく、彼女は思わず目を逸らし俯いた。
そんなお七に向かい、捨丸はなおもにじり寄っていく。
「ねえ、俺と一緒にならない? そしてさ、ここで医者やればいいじゃん。俺、何でも手伝うよ。医者の仕事も、ちゃんと覚えるからさ」
言いながら、手を伸ばした。お七の手を、そっと握る。しかし、彼女はその手を振り払った。直後、立ち上がり捨丸を睨む。
「い、いい加減におし! さっさと失せな!」
怒鳴ったが、その声は上擦っている。
「わかったよう。でもさ、俺は本気だからね。今の話、考えといてよ」
そう言うと、捨丸は立ち上がった。くるりと向きを変える。
「じゃあ、また来るからね」
その声とともに去っていった。
直後、お七はしゃがみ込んだ。胸の高鳴りは、まだ続いている。
しばらくの間、彼女は動くことが出来なかった。ただ、ぼろぼろの床板をじっと見つめるだけだった。
・・・・・
翌日──
「ほほほうぅ、桃助ちゃん死んだのぅ。そりゃもう、いとをかしだねぇ」
「はい」
「英吉利じゃあさぁ、こんな時なんて言ったっけなぁ。わんだふおぉだっけなぁ、びゅうてぃふおぉだっけなぁ」
「は、はい?」
「じゃあさぁ、桃助を殺ったの誰か調べてよぅ」
この桃助、一応の身分は侍らしいが……本業は、偉い奴の太鼓持ちみたいなもんだ。腕の方は、からっきしだとも聞いている。まあ、雉間や犬飼兄弟に比べりゃ楽なもんだろう。今回は、あっけなく終わりそうだな。
しかし、ひとつ妙なことがある。奴らが尾仁之村を襲った理由……そいつが、今ひとつはっきりしねえ。一万両のお宝が村に眠っているって噂に騙されたそうだが、桃助はしょせん道化侍だ。そんな大それた話を持ち込まれるような器量はないんだよ。
こいつには、どでかい裏があるんじゃねえか……そんな気がするぜ。ま、どんな裏があろうと俺には関係ないけどな。
・・・
森の中、かたかたと音を立て箱車が進んでいく。乗っているのはお京で、車を押すのはお花だ。傍らには、藤村左門が付いて歩く。
まだ日は高く、頭上に生い茂る枝葉の隙間から陽の光が射している。地面はでこぼこだが、どうにか進むことは出来た。
「その桃助とやらは、どんな奴なのです?」
不意に、お花が聞いて来た。
「俺もよくはわからんが、侍くずれの傾奇者らしいぜ。まあ、実際のところは旦那衆に取り入っては小遣いを貰ってる道化者だけどな」
「なんだい、そりゃあ……そんな奴が、村のみんなを殺したっていうのかい」
怒りの表情を向けるお京に、左門は頷いた。
「そうだよ。念のため聞くが……お前の村には、御大層な宝物が隠されていたとか、そういうことはなかったんだな?」
「当たり前だよ。みんな貧乏だったし、宝物があるなんて話も聞いたことない」
「となると、馬鹿な奴らが馬鹿な噂を真に受けて、わざわざ山奥の村を襲った。挙げ句に、住民を皆殺しか……なんとも救いようのねえ話だな」
呆れた様子で、かぶりを振った左門。直後、憐れむような目でお京を見た。
「お前も、つくづく運の悪い女だな」
「運が悪いじゃ済まされないんだよ。桃助は、あたしが殺す」
進んでいく三人の視界に、一軒のあばら家が入ってきた。長いこと手入れをされていなかったらしく、壁には穴が空いている。
やがて、小屋の前で車は停まった。左門が、十手で戸を叩きながら声を出す。
「おーい、ちょっと出て来てくれよ。聞きてえことがある」
少しの間を置き、ひとりの男が顔を出した。一応は髷を結ってはいるが、頭には鉢巻を巻いており耳には飾りを付けている。着物は虎縞柄だ。なんとも統一感のない出で立ちである。
そんな桃助だが、左門を見るなりぺこぺこ頭を下げた。
「お、お役人さま……どうかしなさったんですか?」
かつて侍だったとは思えぬ卑屈な態度だ。左門は、にこにこしながら語りかけた。
「いやあ、大した用じゃないんだけどよ、ちょっと出てきてくれや」
言いながら、半ば強引に桃助を連れ出す。桃助は、何が何だかわからぬまま外に出た。
しかし、待っていた者に気づいた途端、顔面が蒼白になる──
「よう桃助、久しぶりだね。会いに来てやったよ」
その台詞で充分だった。ひっと声をあげ、逃げ出そうとした。
同時に、お京が独楽を放つ。強烈な一撃が膝を襲い、桃助は無様に転倒した。独楽が当たった衝撃で、膝の皿が砕けてしまったのだ。両手で膝を押さえ、呻き声をあげる。
だが、すぐさま両の手のひらを前に突き出した。助けてくれ、と懇願する体勢だ。
「ちょっと待ってくれ。まずは、落ち着こう。な? ちょっとだけ話を聴いてくれ」
「なんだい? 言いたいことがあるなら聞いてやるよ」
「俺は、確かにひどいことをしたよ。だがな、俺は命令されてやったんだよ」
「命令? 誰に?」
「そ、それはだな……」
桃助は言いよどみ、目線をあちこちに動かす。どうやって丸め込むか、必死で考えを巡らせているのだろう。
そんな桃助に、お京は冷たく言い放つ。
「言えないのかい。どうせ嘘なんだろうが」
すると、桃助はかぶりを振った。
「あのな、俺は悪くないんだよ。殺ったのは、全部あいつらだ。俺は、ひとりも殺してない」
「ても。お前が殺らせたことに変わりはないよね」
「えっ? いや、あの、その……」
「何も言えないなら。さっさと死にな」
直後、お京は短刀を抜いた──
・・・・
その頃。
お七は、住処にしている掘っ立て小屋で、ひとり物思いにふけっていた。
今、お京とお花が何をしているかはわかっている。これで、全てが終わるのだ。本来なら、喜ぶべきことのはずだった。しかし、お七の表情は冴えない。
果たして、これで終わりになるのだろうか。これから、お京とお花は果てのない修羅道を歩むのではないか……そんな予感がするのだ。
その時、外から声が聞こえてきた。
「お七さん、いる?」
聞き覚えのある声だ。お七は、面倒くさそうに答える。
「いるよ」
直後、ひょいと顔を見せた男がいる。捨丸だ。
「あんたかい。何しに来たのさ?」
彼の顔を一瞥し、尋ねるお七。その表情は、どこか虚ろだ。
すると、捨丸は不満そうな表情になった。
「何しに来たって、ちょっとひどい言い方じゃない? 用がなきゃ、来ちゃいけないの?」
「気に障ったなら謝るよ。ごめん」
お七は、少しも気持ちのこもっていない口調で謝った。心ここにあらず、という感じだ。
すると、捨丸は小屋の中に入ってきた。彼女の隣にしゃがみ込んだ。
「やっぱり、ふたりのことが心配?」
「まあね。今頃、お京とお花は桃助の奴と戦ってる……あの子が負けることはないだろうけどさ」
そこで、お七は溜息を吐いた。少しの間を置き、話を続ける。
「そうしたら、復讐も終わりだよ。そしたら、あのふたりは何をするつもりなんだろうね」
「人のことよりさ、自分はどうすんのよう。お七さんは、これから何すんの?」
「本音を言うなら、さっさと江戸を出ていきたいよ。江戸には、嫌な思い出が多すぎる。桃助を片付けたら、ふたりと一緒に江戸を出たいよ」
途端に、捨丸の表情が曇る。
「んなこと言わないでよ。せっかく仲良くなれたのにさ、これでお別れなんて切なすぎるじゃない」
「へっ、からかうんじゃないよ」
吐き捨てるような口調で言ったお七だったが、次の瞬間、予想もしなかった言葉を吐かれる──
「からかってなんかいないよ。俺、お七さんのことが好きだ」
「は、はあ!? な、何を言ってるんだい!?」
顔を真っ赤に染めながらも、どうにか怖そうな目で睨みつける。だが、捨丸は怯まない。
「何を言ってるって、そのまんまだよ。俺は、お七さんのことが好きだ」
「ふ、ふざけんじゃないよ! あたしを馬鹿にしやがって! 怒るよ!」
「俺、馬鹿にしてなんかいないよ。本気だから。あんたのことが、本当に好きなんだ」
いつもと違い、その表情は真剣だ。お七を見る目には、真っ直ぐな感情がこもっている。その純粋さがあまりにも眩しく、彼女は思わず目を逸らし俯いた。
そんなお七に向かい、捨丸はなおもにじり寄っていく。
「ねえ、俺と一緒にならない? そしてさ、ここで医者やればいいじゃん。俺、何でも手伝うよ。医者の仕事も、ちゃんと覚えるからさ」
言いながら、手を伸ばした。お七の手を、そっと握る。しかし、彼女はその手を振り払った。直後、立ち上がり捨丸を睨む。
「い、いい加減におし! さっさと失せな!」
怒鳴ったが、その声は上擦っている。
「わかったよう。でもさ、俺は本気だからね。今の話、考えといてよ」
そう言うと、捨丸は立ち上がった。くるりと向きを変える。
「じゃあ、また来るからね」
その声とともに去っていった。
直後、お七はしゃがみ込んだ。胸の高鳴りは、まだ続いている。
しばらくの間、彼女は動くことが出来なかった。ただ、ぼろぼろの床板をじっと見つめるだけだった。
・・・・・
翌日──
「ほほほうぅ、桃助ちゃん死んだのぅ。そりゃもう、いとをかしだねぇ」
「はい」
「英吉利じゃあさぁ、こんな時なんて言ったっけなぁ。わんだふおぉだっけなぁ、びゅうてぃふおぉだっけなぁ」
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