鬼人たちの挽歌

板倉恭司

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八月二十日 ナタリーの告白

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「ちょっと、トイレ行ってきます」

 重苦しい空気に包まれていた室内で、不意に声を発した者がいる。草野だ。彼女は立ち上がり、恥ずかしそうにナタリーに頭を下げた。

「わかった。気をつけてな」

 ナタリーは、落ち着いた声で答える。草野は皆に軽く頭を下げ、教室を出て行った。と、そのやり取りが引き金になったかのように、大翔が口を開いた。

「あ、あの、桐山さん。遅くなりましたが、さっきはありがとうございました」 

 いきなり話しかけられ、譲治はきょとんとした。

「へっ? 何が?」 

「僕をおぶって、ここまで連れてきてくれて……お礼を、まだ言ってなかったですよね」 

 そこで大翔は、深々と頭を下げた。

「本当に、ありがとうございます」 

「いいからいいから、気にすんなってばよう。んなもん余裕だから。野犬の群れの前で、ビーフジャーキー食った時の方がよっぽど不気味だったのん」

 言葉そのものは意味不明だが、彼なりに気を遣っているのは伝わってくる。皆、思わず微笑んでいた。先ほどまでの殺伐とした空気が和んでいく。
 次に大翔は、ナタリーの方を向いた。

「ナタリーさんも、ありがとうございます。あ、あの……」

「どうかしたのか?」

「あの、マフィアだったって本当ですか?」

 聞いた瞬間、ナタリーの表情が険しくなる。さすがの大翔も、危険を察したのだろう。慌てて頭を下げた。

「い、いや、すみません! 僕、空気読むのが苦手で、いっつも余計なこと言って相手を怒らせちゃうんですよ。でも、お二人とも凄いですよね。うらやましいです」

 しどろもどろになりながら、もう一度頭を下げる。すると、ナタリーの顔つきが変わった。

「うらやましい? 何がだ?」

 怪訝な表情を浮かべる彼女に、大翔は自嘲の笑みを浮かべつつ語り出す。

「僕は、中学生の時にずっといじめられてたんです。きっかけは、何かしょうもないことでした。でも、どんどんエスカレートしていって、挙げ句に学校に行くのが怖くなって……もし僕が、あなたたちみたいに強ければ、いじめられたりしなかったでしょうね。僕も、強くなりたいです」

 その時、ナタリーが溜息を吐いた。大翔はビクリと反応し、口を閉じた。そして、恐る恐る彼女の顔を見る。だが、ナタリーは機嫌を損ねたわけではなさそうだった。
 ややあって、彼女は口を開く。

「どうしても知りたいのなら教えるよ。譲治には簡単に言っておいたが、皆にも詳しく教えておく。そう、私はかつてマフィアの構成員だった。ギャングたちの命令で、汚ない仕事をしていたよ。始まりは、とある国の貧民街からだ」

 静かな声で語り出したナタリーを、皆は緊張の面持ちで注視していた。譲治ですら、真面目な顔で聞いていた。

「幼い頃、私と妹は両親に捨てられ、貧民街で育った。日本で育った君たちには、想像も出来ないくらい貧しいところさ。治安も最悪だったよ。油断していると、人間が野犬に食われるような町だった。そこで、私たち姉妹はゴミ箱を漁りながら成長したのさ。ある日、私たちは警察に捕まり孤児院に入れられた。そこも、酷い場所だった。いじめが横行していたのに、職員たちは知らん顔さ。弱い子供は、食べることすら満足に出来ないような所だった。私は、妹を守るため必死で戦った」

 そこで、ナタリーはくすりと笑った。無論、おかしくて笑ったのではないだろう。むしろ、その笑顔は悲しそうである。先ほどの譲治の笑みに似ていた。

「だがね、そんな弱肉強食の孤児院でも、後に待っているものに比べればマシだった。やがて、私と妹は別々の里親の元に行くこととなった。妹の里親は、真っ当な仕事をしているごく普通の夫婦だった。だが私の里親は、マフィアの幹部だったのさ」

 ナタリーの表情が歪む。彼女にとって、思い出したくない記憶のようだった。

「私は、義理の父親と母親から様々なことを仕込まれた。格闘技、ナイフ、拳銃、毒物、その他もろもろ……その中には、語学や女の武器の使い方も含まれていた。やがて、私は親の命令で人を殺した。十五の時だ。それからは、ずっとマフィアの仕事を請け負ってきたよ」

 そこで、ナタリーは譲治の方を向いた。

「さっき、君が言ったことは正しい。私は、大勢の人間を殺してきた。その数は、確実に君より多いだろう。人の生きる道を偉そうに語れる資格はない」

「で、そんな恐ろしいマフィアさんが、何で日本にいるのよ。まさか、任務で日本に来たわけじゃないよね」

 口を挟む譲治。言葉そのものはいつもと同じ調子だったが、ふざけた雰囲気はなかった。むしろ、真剣さの方が強く感じられた。
 そして、ナタリーの答えは、場の空気をさらに重くした。

「妹が、死んだ」

 聞いた途端、伽耶が譲治を睨みつけた。当の譲治はというと、さすがに何かを感じたらしく下を向く。もっとも、ナタリーはさほど気にも留めていないらしい。淡々とした口調で話を続けた。

「私の妹が、別の組織に属するマフィアに殺されたんだ。私は復讐のため、その組織にかかわる大勢の人間を殺した。結果、組織に追われることとなった。私は、知人のつてを頼り日本に逃げて来た。今までとは、違う生き方をしたかった。だから、静かに暮らしていたのにな」

 そこでナタリーは、また歪んだ笑みを浮かべた。

「私は、仕事の傍らボランティア活動もしていた。今までの血塗られた生き方とは、完全に決別したかったからだ。そんなある日、鬼灯村に行ってイベントの運営を手伝ってくれ、という打診がきた。私は、何の疑問もなくここに来たよ。まさか、こんな事件に巻き込まれるとはね。私という人間は、トラブルに遭うように定められているらしい」

 ナタリーは言葉を止め、大翔の方を向いた。その瞳には、沈痛な思いがあった。

「君はさっき、私や譲治を強くてうらやましいと言った。だがね、私は強くなりたくてなったわけじゃない。強くならざるを得なかったんだ。強くなければ、生きられなかった。私から見れば、君の方がうらやましいよ。この日本は、本当にいい国だ。少なくとも、女が夜にひとり歩きをしても無事な国など、そうそうあるものではない。私も、こんな平和な国で生まれたかったよ」

「じゃ、じゃあ、ナタリーさんは本当に偶然に、ここに来たんですか?」

 ためらいがちな様子で、大翔が尋ねる。すると、ナタリーはかぶりを振った。

「いや、偶然とも言いきれないんだ。奴らは、私の過去を知らない。だが、私が普通の人間でないことには気づいていただろう。何せ、書類一枚を書かせただけで採用したのだからな。恐らく連中は、私が罪を犯して母国にいられなくなり、日本に逃げてきたのだと判断したのだと思う。罪を犯した人間なら、罪を被せても問題ない。そう判断したから、私を鬼灯村に雇い入れたわけだ。全く、ふざけた話だよ」

「そういえば、職員の人がみんなの前で言ってました。ボランティアの人が、鍵を閉め忘れたと」

 伽耶の言葉に、ナタリーは口元を歪めて頷いた。

「ああ、そうさ。奴らは、私と譲治に全てを押し付けるつもりだった。全く、社団福祉法人が聞いて呆れるよ」

 その時、何者かが部屋に入ってくる。皆はビクリとなったが、それは草野だった。

「あ、どうもすみません」

 申し訳なさそうに頭を下げつつ、彼女は部屋の隅に座った。と、それが合図だったかのように譲治が立ち上がった。首を傾げながら、窓から外を見る。
 ややあって、ナタリーの方を向いた。

「ちょいちょいちょい。なんか変な感じだよ」

「どうした? ここが気付かれたのか?」

「いや、ちゃうねえ。村の方で、大勢が騒いでるみたい。あの柔道のオッサンたち、やけになって男同士で乱交パーティーでも始めたのかにい」

「なんだと?」

 ナタリーは、窓から外を見た。村の方向に目を凝らすが、何も見えなかったらしい。ややあって、譲治の方を向く。

「今のところ、何も見えない。だが、注意した方がいいな」

「ど、どうなっているんですか?」

 大翔が、慌てた様子で尋ねる。

「わからん。とにかく、今はここを離れない方がいい。こんな夜中に、下手に山中を進むのは自殺行為だ。山を下りるのは、明るくなってからにしよう」

 ・・・

 その頃、闇に包まれた鬼灯村では、異様な光景が繰り広げられていた──

(クソ、どうなってやがるんだ? このバカ、自分をヤクザだとか言ってたぞ)

(わけがわからねえよ。こいつら、宗教団体じゃなかったのかい)

(今となっては、どうでもいい。早いうちにナタリーの身柄を押さえねえと、面倒なことになるぞ)

 数人の男たちが、闇の中で話している。英語とスペイン語が入り混じったような、奇妙な言葉で会話する彼らの足元には、死体が転がっていた。それも、ひとりやふたりではない。数十人にも及ぶしかばねが、土の上に無造作に放置されている。さらに、その屍から流れ出る大量の血液が周囲の土へと染み込み、不気味な色へと変えていく。
 それは、さながら戦国時代の合戦地の様であった──

(奴から連絡が来た。近くにある学校に逃げ込んだそうだ。とりあえず、死体はいつも通り燃やそう。山火事ってことでごまかすんだ。何かあっても、全部こいつらの責任になる)

 スーツ姿の白人が言いながら、近くに転がっているものを面倒くさそうに蹴飛ばす。それは、死体と化した若田だった。
 サモア系の大男が彼に頷くと、掴んでいた死体を面倒くさそうにに放り投げる。死体は軽々と飛んでいき、ぐちゃりと嫌な音をたて地面に落ちた。
 一方、白人から数メートル離れた位置にいるドレッドヘアの黒人トリオは、足元の死体を完全に無視していた。彼らは、白人と言葉を交わしつつも注射器を手に持ち、己の肩へと針を当てている。
 隆起した三角筋に、針が刺さった。直後、注射器に入った薬が体内に注入される。
 次の瞬間、その目つきが変わった。歯を剥きだし、体をブルブル震わせる。心なしか、筋肉が僅かに膨れ上がったように見える。
 やがて彼らは、白人をじろりと睨む。

(そのナタリーって女を捕まえればいいんだろ。さっさと終わらせて、さっさと帰ろうぜ)

 黒人のひとりが、白人に言った。だが、白人は首を横に振りつつ答える。

(ナタリーは、こいつらとは違う。簡単な相手じゃねえ。しかも、なるべく傷を付けず生きたまま連れてこいってのが、向こうさんの希望だ。だから、銃は使えない。慎重にいかねえとな。いいか、腕の一本くらいなら引きちぎっても構わないが、絶対に殺すなよ)

(わかった。俺らに任せとけ。あんたは、パスタでも食ってエロ動画でも見ながら待っててくれ)

(そうもいかねえんだよ。一緒に逃げたガキの中に、とんでもねえ奴がいるらしい。チビだが、猿みてえに身軽に動くんだってよ。しかも十二の時、同級生の首をへし折ったんだと。ったく面倒な話だよ。こんだけ殺すことになるんだったら、もっとふっかけときゃよかったぜ)

 白人は不快そうに言いながら、若田の死体をまた蹴飛ばした。すると、黒人たちはニヤリと笑う

(面白いじゃねえか。そのガキは、俺らに殺らせてくれや)

 黒人の言葉に、白人は苦笑する。

(しょうがねえなあ。遊び過ぎるなよ)






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