鬼人たちの挽歌

板倉恭司

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八月二十日 襲撃開始

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「す、すみません。ちょっと、トイレ行ってきます」

 不意に草野が声を発した。
 ナタリーの話の後、室内は重苦しい空気に支配されていた。皆、一言も口を聞こうとはしなかった。しかし、草野がその沈黙を破る。皆、一斉に彼女の方を向いた。

「ああ。気をつけてな。奴らはまだここには来ていないだろうが、遅かれ早かれ我々の居場所に気付くだろう」

 答えたナタリーに、草野は少し引き攣った笑みを浮かべて頭を下げる。申し訳なさそうに、そっと部屋を出て行った。直後、ボソッと呟くような声を発した者がいた。

「あいつ、またトイレかい」

 声の主は譲治だった。彼は口元を歪めつつ、ナタリーに視線を向ける。

「姐御、俺の思い過ごしかも知れんけどさ、あいつ何か変じゃね?」

「変? どういうことだ?」

 ナタリーの顔つきも変化した。鋭い目で尋ねると、譲治は肩をすくめる。

「いやさ、姐御のオーラがあまりにも強すぎて気付くの遅れたけどさ、あいつも変だよ。ここに来るまでの動きがさ、ちょっと普通じゃない感じなんだよね。あいつさ、何かやってたの?」

「草野亜美がか? 彼女は不登校で引きこもりだったと聞いている。書類にも、特筆すべき点はないと書かれていた」

「そうなの? 引きこもりにしちゃ、ピンピンしてて妙に元気だったような気がすんだよね。村のドンパチん時も、すぐ反応して伏せてたし。あんなん、普通できないっしょ。なのに、さっきまでは疲れてる風の演技をしてたんよ」

「演技だと? 本当か?」

 凄むような口調のナタリーに、譲治は困った顔で答える。

「本当か、って怖い顔で言われると困っちゃうね。まあ、俺の思い過ごしかもわからんけどにゃ」

「ちょっと見て来る」

 すっと立ち上がるナタリー。合わせるかのように、譲治も立ち上がった。

「だったら、俺がいくよ。やっぱり、姐御はここにいてくれんと」

「いや、私が行こう。君が行くと面倒なことになる。ここの構造も知っておきたいしな。君は、ここを動かないでくれ。他の者もだ」

「オッケー牧場」

 譲治のとぼけた返事に、ナタリーは無言のまま出て行った。
 一瞬の間の後、伽耶が怯えた表情で口を開く。

「ねえ、どういうこと? 草野さんって、そんなに怪しかった?」

 尋ねるが、譲治は首を傾げるばかりだ。

「うーん、俺にもよくわからんのよね。勘違いかもしんないしさ。ま、とりあえずは姐御が帰って来るまで待とうよ」

 譲治が答えると、今度は大翔が口を開く。

「あの、桐山さん。聞いていいですか?」

「あん、何?」

「格闘技か何か、やってたんですか?」

 尋ねる大翔の顔には、奇妙な感情がある。好奇心と憧れ……その二つが入り混じった感情が、彼の目に浮かんでいた。

「いんや、やってないよ」

「じゃあ、どうやったら、あんなに強くなれたんですか?」

「さあ、わかんないのよね。俺も、知らんうちにこんなこと出来るようになってたし」

 そこで、譲治は笑った。ただし、それは自嘲の笑みだった。

「昔、高岡先生って人が言ってたんよ。俺はさ、飛行機の事故で脳に傷がついた。でも、その傷のせいで体のどっかが変化した可能性があるんだってさ。だから、普通の人より力が強いんだって」

「体が変化したんですか。凄いなあ」

 恐らく大翔は、何の気なしに言ったのだろう。しかし、その言葉は譲治の顔つきを一変させた。

「はあ? 凄い? 全然、凄くねえよ」

 吐き捨てるように言った譲治の顔には、凶暴な表情がある。室内の雰囲気は、一瞬で凍りついた。 

「さっきも言ったけどさ、俺の脳はドリルでぶっ刺されるみたいな痛みがちょいちょい襲ってくるのよ。これ味わうくらいなら人殺して死刑になった方がマシだ、ってな痛みがね。お前にわかんのかい。お前と体を入れ替えられるなら、いつでも変えてやんよ」

「す、すみません」

 怯えた大翔は、どうにかそれだけ言って頭を下げる。その時、伽耶の声が割って入った。

「あのね、三村くんの今の言葉は、ちょっと考え足らずだったかも知れないよ。でもね、譲治も腕力の弱い人の気持ちはわからないでしょ。いじめられた経験のある人はね、強い力に憧れるもんだよ。私も、その気持ちはわかる。三村くんはさ、純粋に譲治が凄いと思って言っただけだから」

 その途端、譲治は下を向いた。凶暴そうな表情は、すぐに消え去る。

「ふーん、そんなもんかい。だったら悪かったにゃ」

 あまりの素直さに、大翔は面食らいつつも返事をする。

「い、いえ、こちらこそ」

「んでよう、君はいじめられっ子だったんかい。どんなことされてたん?」

「えっ、まあ、はい……」

 言葉を濁す大翔。すると、伽耶が睨みつけた。

「ちょっと! 人にはさ、言いたくないことだってあるんだから!」

「あ、そういやそうね。ごめんちゃい」

「いえ、そんな大したことではないので」

 愛想笑いを浮かべつつ、大翔は答えた。すると、譲治が再び語り出す。

「世の中って、おかしな具合になってるんだな。ここに来た理由はさ、多分みんな違ってたんよ。共通してるのは、一週間くらい我慢すりゃいいやみたいなノリだった、てことくらいじゃないのかにゃ。ところがさ、全員でこんなわけわからんことに巻き込まれちまう。こんなん、宇宙人にさらわれるくらいの確率じゃね? 挙げ句、二人が死んじまったのん。人生ってのは、思いもしないことがいきなり起きるよう出来てるんだな。俺なんか、そもそも鬼灯村に何しに来たのか忘れちまったよ」

「本当ですね。こんな嘘みたいなことが起こるなんて……」

 頷く大翔に向かい、譲治は語り続ける。

「そゆこと。つまり人生には、嘘だろ! って怒鳴りながら飛び跳ねたくなることも起きるんよ。けどさ、チャハハハ! なんて叫びながら全裸でダッシュしちまうような嬉しいこともあるかもしれないのよね。君だって、この先に何が待ってるかわからんのよね。ひょっとしたら、一年後にはいじめっ子を皆殺しに出来るくらいになってるかもしれないのん」

 その時、ナタリーが入って来る。険しい表情で口を開いた。

「草野がいない」

「へっ? どゆこと?」

 聞き返す譲治に、ナタリーは顔をしかめた。

「言葉の通りだ。校舎内を一通り探してみたが、見当たらない。私たちの経歴に恐怖を感じ、ひとりで逃げようと外に出て行ったのか。あるいは、どこかに隠れているのかもしれないがな」

「ひょっとして、あの人は鬼灯村の連中の仲間なんですかね?」

 大翔が口を挟む。だが、ナタリーは首を横に振った。

「いや、その可能性は低いだろう。連中の仲間ならば、我々と一緒に逃げる必要はないからな」

 答えた時だった。不意に外から、外国語の喚くような声が聞こえてきた。どこの国の言葉か、何を言っているのか、ほとんどの者にはわからない。わけがわからず、困惑した表情を浮かべるだけだ。
 ただし、ナタリーだけは別だった。彼女の表情が、一気に変わる。神をも殺してしまいそうな顔つきで、窓を睨んだ。
 その数秒後、今度は日本語が聞こえてきた。

「おい日本人ども! ここにいるのはわかってんだ。お前らは見逃してやる。だから、俺たちの邪魔はするな。さっさと消えろ!」

 皆、顔を見合わせた。

「ちょいちょいちょい。何すかアレ?」

「鬼灯村の奴らですか?」

 ほぼ同時に声を発した譲治と大翔に、ナタリーは静かな声で答える。

「いや、違うよ。あんな連中など、比較にならん怪物どもだ。奴らの目当ては、私だよ。だが、居合わせてしまった君たちのことも、間違いなく消しに来る。目撃者を残さないからな。奴らの仕事は、痕跡を全て消し去る。イナゴの大群みたいな連中だよ」

 皆の表情が、一斉に引き攣った。譲治が、口元を歪めつつ尋ねる。

「何それ。じゃあ、マフィアかなんかなの?」

「正確には、マフィアが外注した裏社会の仕事師だ。私も、噂には聞いている。君たちには、すまないことをしたな。私がここに来たせいで、奴らを呼び寄せてしまったのだろう。まさか、日本にまで来るとはな」

「そんなに危険な連中なんですか?」

 伽耶が、怯えた表情で聞いた。

「間違いなく、鬼灯村の連中より危険だ。ここにいる全員が殺されるかもしれないな。客観的に見て、その可能性は高い」

「えっ! どういうことですか!? 僕たち殺されるんですか!?」

 今にもパニックに陥りそうな大翔に、ナタリーは冷静に言葉を返す。

「その可能性が高い、というだけだ。確実ではない」

「なるほどにゃ。てことは、勝ち目はないわけじゃないってことなのん。だったら、返り討ちにするしかないでしょ」

 譲治の口調は、普段とあまり変わっていない。だが、言っていることは正解だ。ナタリーは頷く。

「ああ、その通りだ。原因を作った私が言うべきことではないが、こうなったら取るべき手段はひとつだ。連中を皆殺しにするしかない」

「ちょっと待ってください! 勝ち目あるんですか!?」

 なおも聞いてくる大翔を、譲治は面倒くさそうに見つめた。

「今、姐御が言ったでしょうが。連中を皆殺しにするしかないって。それが出来なきゃ、俺たちはここでくたばるだけなのん。勝ち目が薄いからって何もせず、死ぬのを受け入れるのんかい。俺は、そんなの嫌なのよにゃ」

「そうだ。勝つ可能性の低さなど気にするな。我々は今、やるべきことをやるしかない」

 そう言うと、ナタリーは大翔の手を握る。こんな状況にもかかわらず、大翔は頬を赤くし俯いた。
 そんな大翔に向かい、ナタリーは語り続ける。

「こんな時は、強い者だけが必ずしも生き延びるわけではない。大切なのは、生き延びる理由があるかどうかだ。大翔、君には生き延びる理由がある。なぜ、君が狙われたのかを知らなくてはならないのだろう」

 次に彼女は、伽耶の方を向いた。

「伽耶、君にも生き延びる理由がある。譲治が、人を殺さなくて済む方法を、一緒に探すのだったな」

 そしてナタリーは、譲治の方を見た。

「譲治、君には何も言う必要はないだろうが、強いて言うなら……一度、腎臓のアップルソースかけを食べてみたいのだろう」

 ナタリーらしからぬセリフだった。譲治は、思わずくすりと笑う。他の二人ですら、表情が緩んだ。ひょっとしたら、リラックスさせることを狙ったものか。
 その緩んだムードは、一瞬にして消え去る。譲治の顔つきが一変した。

「ヤバいね。奴ら、仕掛けて来るよ。壁よじ登って来てるみたいなのん。俺たち、猿の軍団とでもり合うんかい」

 言った直後、窓ガラスが割れる。何かが投げ込まれたらしい。見ると、野球のボールほどの大きさの石だった。

「扉から廊下に避難だ!」

 ナタリーが怒鳴る。一瞬遅れて、何かが教室内に飛び込んで来た。石により穴が空いた窓ガラスを、完全に破壊して教室へと降り立つ。
 黒い悪魔のごとき者が、そこに立っていた。




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