動物帝国

板倉恭司

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地下の戦い

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 都内の某所に建てられている、巨大なタワーマンション。
 ここでは月に一度、秘密のイベントが行われていた。ごく限られた人間のみが開催を知らされ、参加を許される特別なものだ。参加と言っても、直接なにかをする訳ではない。マンションの地下二階に集まり、めいめい好きなものを飲み食いしながら、二人の男たちの闘いを観戦するのだ。さらに、どちらが勝つかを予想し、大金を賭けることも可能である。彼らはいわゆる「勝ち組」に属する人間なのだ。
 通常、タワーマンションでは上階に行くほど人としてのランクも上、とされている。しかし、ここでは地下に行ける人間こそランクが上なのであった。

 そんな場所に、ひとりの男が訪れた。年齢は二十五歳。身長は百八十五センチ、体重は百十キロ。分厚い筋肉の上に、うっすらと脂肪が覆っている体つきである。手足は長く肩幅は広く、拳にはタコがある。目つきは鋭く、野獣のようにワイルドな顔つきをしており、黒髪は肩まで伸びている。
 彼こそは、この地下闘技場で闘うことになっているファイター・剛田郡司《ゴウダ グンジ》である。



 やがて郡司は、巨大な檻の中へ入って行った。黒いトランクスだけを身に付けた姿だ。逞しい肉体には、大小の傷が数多く刻まれている。これまで潜ってきた修羅場の数を物語っていた。
 少し遅れて、スキンヘッドの白人が入って来る。郡司より大きな体格だ。身長は二メートル近く、体重は百二十キロはあるだろう。アナボリック・ステロイドの常用者に特有の、丸みを帯びた顔をしている。全身を覆う筋肉の量は尋常ではないが、ボディービルダーのように動きの邪魔になるような付き方はしていない。
 この男こそ、郡司の対戦相手のゴールマンだ。
 檻の周囲には、二十人ほどの男女がいる。全員、年齢も服装もバラバラだ。ただし、その顔つきにはどこか共通する部分がある。彼らは檻の中を見つめながら、にこやかな表情を浮かべていた。時おり、隣にいる者と言葉を交わしたりもしている。
 やがて、サングラスをかけスーツを着た小柄な男が進み出てきた。大広間の中央部分に立ち、マイクを片手に、皆に呼び掛ける。

「ベットの受付は終了いたしました。では、これより試合を開始します」

 檻の中で、郡司とゴールマンは向かい合った。

「ファイト!」

 司会者の声が、場内に響き渡る。と同時に、試合が始まった──

 ゴールマンは半身に構え、じりじりと間合いを詰めていく。郡司に対し、怯えているような様子はない。また、侮るような表情でもない。落ち着き払った態度である。このようなルールの無い闘いの場で、ああまで落ち着いていられるとは。
 この大男、巨大なだけではない。掛け値なしに強い。
 しかし、郡司は負けられない。彼には、勝たなくてはならない事情があるのだ。
 郡司も、落ち着いてゴールマンの動きを見ている。小刻みに両拳を振りながら、少しずつ動いていく。
 両者の間合いは、少しずつ狭まっていった。

 先に仕掛けたのは、ゴールマンの方だ。速く鋭い左ジャブを放っていく。牽制のためのパンチだ。
 しかし、郡司はそのパンチを簡単に見切った。手を素早く動かし、放たれたジャブを払いのける。と同時に、鞭のようにしなる左のミドルキックを叩き込んだ。メガトン級の威力を持つ強烈な蹴りが、ゴールマンの右脇腹に炸裂する。
 直後、ゴールマンの顔が僅かに歪む。
 普通の人間なら、この一発で致命傷を負っていたはずだ。鍛え抜かれた大男の肉体にも、少なからずダメージを与えた。
 郡司は、その隙を逃さなかった。もう一発、左のミドルキックを放つ。
 だが、ゴールマンも並みのファイターではない。続けざまの郡司のミドルキックを食らいながらも、蹴り足をキャッチしたのだ。
 さらに左蹴り足を脇に抱えたまま、右の軸足を刈った。そのまま一気に引き倒す──
 これは、レスリングにおける片足タックルと同じ形だ。ゴールマンのパワーは凄まじく、またレスリングのテクニックに関しても卓越したものを持っていた。郡司は抵抗すら出来ず、一瞬にして床に転がされる。
 倒れた郡司に対し、馬乗りになるゴールマン。そのまま、郡司の顔面めがけパンチを浴びせる──

 客たちは歓声を上げた。ゴールマンに賭けた者たちは、勝利を確信し騒ぎ出す。
 しかし、郡司の目は死んでいない。彼はパンチをもらいながらも、致命的なダメージは受けないよう動いていた。頭の中は冷静に、反撃のチャンスを窺う。
 馬乗りのまま、さらにパンチを落としていくゴールマン。しかし、郡司はその腕を掴んだ。
 さらにゴールマンの首も掴み、力任せに強引に引き寄せる。
 と同時に、横殴りの肘打ちを叩きこんだ。郡司の右肘は、ゴールマンの額に命中する。
 顔をしかめるゴールマン。同時に、彼の左目の上がパックリと開く。そこから血が流れた。
 一瞬、左目をつぶるゴールマン。郡司は、その隙を逃さなかった。自身の体をくねらせると同時に、両手でゴールマンの体を押す。
 ゴールマンは、バランスを崩した。その瞬間、郡司は地を這うような動きで下のポジションから脱出する。
 と同時に、ゴールマンの体を蹴って間合いを突き放した。再び、立ち技の攻防へと戻す。

 郡司はゴールマンめがけ、軽く左足を上げて見せる。すると、相手は素早く反応した。左のミドルキックをガードすべく構える。
 だが、それはフェイントであった。左足をすぐに着地させると同時に、今度は右足が動いた。
 郡司の右のハイキックが、ゴールマンの顔面に向けて放たれる──
 通常なら、ゴールマンはそのハイキックを避けることが出来たかもしれない。しかし、ゴールマンの左目の上は、肘打ちにより流血していた。血液が目に入り、視界が塞がれている状態である。郡司の、鞭のように速いハイキックを見切ることなど不可能であった。
 郡司の右足が、ゴールマンの側頭部に炸裂する。その威力は、野球選手のバットによるフルスイングと同等のものだろう。
 さすがのゴールマンも、これには耐えられなかった。巨体がぐらりと揺れ、切り倒された大木のように横倒しに倒れる。
 倒れたゴールマンに、冷酷な表情を浮かべ近づいて行く郡司。室内は、しんと静まりかえっていた。
 が、歓声が上がる──

「郡司! とどめを刺せ!」

 檻の外から、観客の誰かが怒鳴った。郡司はその声を無視し、倒れた男を見下ろしている。既に意識はない。気絶しているのだ。
 もう、勝負はついた。これ以上、痛め付ける必要はない。
 郡司は顔を上げた。檻の中で、唖然としたまま突っ立っていた司会の男を見つめる。
 一方、司会の男は口を開けたまま、郡司とゴールマンを交互に見た。
 直後、ハッと我に返ったような表情で郡司の手を挙げる。

「勝者、剛田郡司!」

 その声と同時に、一斉に騒ぎ出す観客。しかし、郡司の表情は冷めきっていた。司会の勝利宣言を聞いた直後、さっさと檻から出て行く。

 ・・・

 試合の後、郡司は地下三階に来ていた。今回の勝利の報酬を受けとるためだ。試合の直後、シャワーも浴びず服も着ないで直行したのである。
 慌ただしい勢いで階段を降りて、頑丈そうな金属製のドアを叩く。
 ややあって、金属音とともにドアが開かれた。中から、美しい女が顔を出す。年齢は二十代の半ばだろうか。背は高く、モデル並のスタイルである。肌もあらわな黒いドレスを着ており、妖艶な笑みを浮かべていた。

「あらグンちゃん、いらっしゃい……って、なんて格好で来てんの。せめてシャツくらい着てきなさい」

 馴れ馴れしい口調で言いながら、郡司の厚い胸板に手を這わせる。だが、彼はその手を払いのけた。

「気安く触るんじゃねえ。ファイトマネーは?」

「つれないのね。ちゃんと振り込んでおくから大丈夫」

「で、あれの用意は出来てるか?」

 その言葉に、女はクスリと笑った。

「もう、グンちゃんも好きね。ちゃんと用意してあるよ」

 そう言って、奥のドアを指差す。郡司は彼女の横を通り抜け、奥のドアを開けた。
 中へと入っていく。



 それは、異様な光景であった──

 室内には、家具らしきものは置かれていない。白い壁に囲まれており、床にはベージュ色の絨毯が敷かれている。その絨毯の上に、郡司は仰向けで寝ていた。両手両足を広げた、大の字の体勢である。
 そんな彼の周りにいるのは、十匹を超える仔猫であった。ロシアンブルー、シャム、ペルシャ、マンチカン、アメリカンショートヘアーなどなど……可愛らしい仔猫たちが郡司の周りに集まり、彼の体に肉球を押し当て小刻みに動かしている。いわゆる「ふみふみ」だ。目を細めて、喉をゴロゴロ鳴らしながら夢中で前足を動かしているのだ。まるで、マッサージしているかのようである。
 そんな仔猫たちに囲まれている郡司の顔には、恍惚とした表情が浮かんでいた。
 そう、彼はこのために闘い、そして勝ったのである。







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