動物帝国

板倉恭司

文字の大きさ
12 / 24

ボスは眠れない

しおりを挟む
 俺の名はアレクサンダー、通称アレク。ここいらをシメるボス猫だ。
 これまで、数多くの闘いを経験してきた。ボスの座を狙い、俺に挑戦して来た若いバカ猫は数知れなかった。もっとも、その全員を俺は必殺の猫パンチと猫キックで叩きのめしてやったがな。そう、俺に勝てる奴なんかいやしないのさ。
 それだけじゃないぜ。今まで俺は、数多くの修羅場を潜ってきた。隣町のニャー丸をボスとするニャー丸組との抗争、カラスに襲われた子猫の救助などなど……俺の人生いや猫生は、常に戦いと隣り合わせだった。
 俺は、その全てに勝ち抜いてきたのだ。俺のような百戦錬磨の強者でなければ、この町のボス猫は務まらないだろうな。

 だが、勘違いされては困るぜ。俺がなぜ、ボスの地位にいられるのか……それはただ、喧嘩が強いからだけじゃない。ボスになった以上、いろいろとやらなくてはならないこともあるのだ。
 今日はお前ら人間に、俺様のボスとしての仕事を教えてやるぜ。これを聞けば、ボス猫がいかに大変か分かってもらえるだろう。



「兄貴! ちょっと兄貴!」

 真幌公園にて、日射しの感触を楽しむ俺。そこに、子分のニャンゴロウがやって来た。でかい図体で、ドタドタ走って来る。何やら、えらく慌てた様子だ。

「いったい何の用だ、ニャンゴロウ?」

 俺が尋ねると、ニャンゴロウは困った顔つきで話し出す。

「兄貴、聞いてくれよ。最近、変な婆さんが俺にご飯をくれるようになったんだよ」

「なるほど。ただで飯が食えて、実にいいことじゃねえか。何が困るんだ?」

「俺、婆さんのご飯を食べていいのか? 俺は野良猫なんだぞ? 飼われてもいないのに、人間にご飯をもらっていいのかな?」

 でかい図体を縮ませながら、恐る恐る聞いてきたニャンゴロウ。俺は、あまりのアホらしさに呆れてしまった。

「食べていいんだよ! もりもり食べろ! 腹いっぱい食べろ! 皿が空になるまで食べろ!」

「で、でもさ、俺は野良猫だぜ……飼い主でもない人間から、ご飯をもらっていいのか?」

「バカ野郎、んなこと気にするな。いいか、人間からご飯をもらえるのも、お前の実力のうちだ。お前の存在感が婆さんの心を動かし、ご飯をあげたいという気持ちを呼び起こしたんだからな」

「そ、そうなのか?」

「そうだ。だから、気にせず食べろ」

「わ、分かったよ兄貴!」

 スッキリした表情で、去っていくニャンゴロウ。こいつは体がデカく、喧嘩も恐ろしく強い。この町では、俺の次に強い猫だ。隣町のニャー丸組との抗争では、切り込み隊長として大活躍してくれている。俺の片腕として、なくてはならない存在だ。他の若い猫たちからの信頼も厚い。
 しかし、性格的に不器用というか……世渡りが、致命的に下手なのだ。野良猫とは、かくあるべきだ! という概念に縛られ過ぎており、人間からご飯をもらっても食べようとしなかった。
 まあ、いい。これからはニャンゴロウも、上手くやることを覚えていくだろう。
 去っていくニャンゴロウの後ろ姿を見送った後、俺は再び昼寝を楽しむことにした。
 目をつぶり体を丸める。日射しが、とても気持ちいい……俺はうとうとしていた。



「ボスー! ボスー!」

 またしても、俺を呼ぶアホがいる。いったい誰なんだ。俺は目を開けた。

「ボス、困ったことが起きてさ……ちょっと聞いてくれよ」

 やって来たのは、茶トラの茶太郎だった。神社を縄張りにしてる野良猫である。こいつは太ったオッサン猫なのだが、人間の若い娘に媚びを売るのが非常に上手い。実際、いんすたとかいうものに茶太郎の画像を載せている女も、かなりの数いるらしいのだ。

「どうしたんだ、茶太郎?」

「実はさ、俺の縄張りに最近、人間のオッサンが来るんだよ。そいつが、ちょいちょい煮干しをくれるんだけど」

「いいことじゃねえか。どこが困るんだ?」

 俺が聞いたら、茶太郎は首のあたりを後ろ足で掻き始めた。

「それがさ、そのオッサンは見た目が怖いんだよ。頭は坊主で、厳つい顔しててさ。オッサンが来ると、若い女の子がビビって近づいて来ないんだよ。やっぱり俺、オッサンは相手にしない方がいいのかな?」

 茶太郎の話を聞き、俺は呆れ返った。こいつは猫であるにも関わらず、人間の若い娘が本当に大好きなのだ。

「お前はアホなのか? いいか、若い娘なんざ気まぐれなもんだよ。いつ、お前に飽きて他に行くか分かりゃあしねえんだ。お前、ペットショップにいる生まれたての仔猫に可愛さで勝てるのか?」

「い、いやあ、そりゃあ無理だよなあ」

「だろうが。ならば、色んな奴と仲良くしておけ。保険を掛けておくんだよ。いざとなったら、オッサンが飯をくれるようにな」

「そうかあ。じゃあ、オッサンにも愛想良くしなきゃならないのかあ」

 とぼけた声で言う茶太郎。俺はめんどくさくなってきた。こいつは悪い奴ではないのだが、のほほんとした態度で今ひとつ覇気に欠ける。せっかくのアドバイスも、ちゃんと聞いているのかも分からん。
 だが、俺はボスである。悩みには、最後まできちんと答えなくてはならない。

「そうだよ。オッサンの相手もちゃんとしてやれ。若い娘の気持ちは、移ろいやすいもんだからな。分かったか?」

「分かったよ、ボス。俺、オッサンとも仲良くするから」

 茶太郎は納得したらしい。のほほんとした態度で、縄張りである神社へと帰っていく。まったく、とぼけた奴だよ。人間の若い娘なんざ、どこがいいのか俺には分からない。
 うちに遊びに来る若い娘ときたら……キャーキャー言いながら、俺の腹を撫でようとしやがる。困ったもんだぜ。俺の子分であるマコト(本人は飼い主のつもりらしいが、とんだ勘違いだ)の友だちでなけれは、必殺ハイパー猫キックを食らわしてやるところだ。



 俺は、再び公園の日射しを楽しんでいた。すると、またしても現れた奴がいる。

「ボス、ちょっとあたしの愚痴を聞いてよ」

 今度は、白黒のブチ模様がセクシーなベルだ。しななかな足取りで、俺のそばにやって来た。

「どうしたんだ、ベル?」

 俺が尋ねると、ベルは前足で顔をこすりながら語り出した。

「最近ね、うちに若い男が来るのよ」

「若い男、だと……つきまとわれてるのか? どこのどいつだ? 俺が話をつけてやる」

 毛を逆立てる俺に、ベルはクスリと笑った。

「違うの。人間の若い男が来るのよ……ヤスナに会いにね」

「ああ、そっちか」

 俺は納得した。ちなみにヤスナとは、ベルの飼い主である。確か三十歳くらいだったはず。

「そ、ヤスナに彼氏が出来たの。それも、二十歳くらいの若い男」

「いいことじゃないか……もしかして、悪い奴なのか?」

「いいえ、とても真面目で感じのいい男よ。見た目は少しチャラいけど、純粋にヤスナを愛してくれてる。あたしには分かるの」

「だったら、何が不満なんだ?」

 尋ねる俺に、ベルは目を細めて上を向く。
 少しの間を置き、口を開いた。

「ちょっとだけ、寂しいな……って」

「寂しい? どういうことだ?」

 俺の問いに、ベルは顔を洗いながら答えた。

「あのね、ヤスナは……若い男と話してる時、凄く嬉しそうに笑うんだよ。あたしといる時より、楽しそうな顔するんだよ」

 ベルはそこで言葉を止め、俺の顔をまっすぐ見つめる。

「複雑なんだよね。ヤスナが幸せなのは嬉しい、でもあたしを見てくれないのは悲しい……」

 ベルの声には、複雑な思いが込もっている。俺はため息を吐いた。これは、厄介な問題なのだ。

「その若い男は、お前を嫌ってるのか?」

「嫌ってない。むしろ、猫好きらしいの……うちに来ると、ニコニコしながらあたしを呼ぶわ」

「だったら、いいじゃねえか」

 俺の言葉に、ベルは不満そうな顔をした。

「そんな単純な話じゃないの。あたしは、ヤスナに幸せになって欲しい。でも、あいつとは仲良くしたくないの。嫌いじゃないんだけど……なんか悔しいの。だから、あいつには体を触らせないようにしてる」

 そこまで言うと、ベルは今度は尻尾を舐め始める。

「あたし、意地悪猫だよね……」

「仕方ないだろ。俺だって、マコトに彼女が出来た時は悔しかったよ」

「えっ、本当に? アレクも、そんな時があったの?」

 意外そうな顔のベルに、俺はうんうんと頷いた。

「ああ、俺はマコトの彼女が家に来るたび、知らん顔をしてやったよ。マコトの奴、嬉しそうな顔をしてやがってな。ムカついたから、女の手に猫キックをしてやったよ」

 大嘘である。俺が女の手に猫キックをしたのは確かだ。しかし、ムカついたからではない。二人を仲良くさせるため、痛くない猫キックをしてやったのだ。結果、マコトは彼女と仲良くなれたのである。そう、俺はマコトが誰と仲良くしようが、特に気にしたことはない。
 だが、それでは話が進まない。今は、ベルの気持ちに共感してあげること……それが、ボスとしての仕事だ。

「そう、アレクにもそんな時があったんだね」

「ああ。だがな、彼女が出来たからといって、マコトは俺の世話をおろそかにはしなかった。そのうちに、俺も彼女の存在に慣れることが出来たのさ」

「ふーん。じゃあ、あたしもいつか慣れるかな?」

「慣れるさ。今は無理でも、時間が解決してくれるはずだ。だから、今は無理する必要はない。いつか、男の存在が気にならなくなる日が来るよ」

「本当に?」

「ああ、俺が保証する。いつかは、お前の心のモヤモヤも消えてくれる。だから、今はヤスナを信じて待つんだ」

「うん、わかった」

 そう言うと、ベルは大きく伸びをした。晴れ晴れとした表情で、俺を見る。

「アレク、ありがとう。ちょっとだけ、気分がすっとしたよ。あたし、あいつを好きになるよう頑張ってみるね」

 ベルは、長い尻尾をくねらせながら去って行く。仕方ない奴だ。もっとも、ベルの悩みは飼い猫なら誰しもが経験するものだからな。自分なりの解決法を見つけるしかない。
 ちなみに勘違いされては困るが、俺は本当に悩まなかったからな。ぜんぜん悩んでない。マコトが誰と仲良くしようが、ほんのひとかけらも気にしないぞ……負け惜しみじゃねえからな!



 俺はふたたび、草の中でまどろむ。すると、またしても誰かが来やがった。
 誰かと思えば、隣の家の三毛子じゃねえか。

「何だ三毛子、お前も何か相談か?」

 俺が顔を上げると、三毛子はすました様子で近づいて来た。
 そっと俺の背中の毛を舐め始める。

「アレク、お疲れ様。ボスは大変ね。こんなことくらいしか出来ないけど、あたしからのプレゼントよ」

 言いながら、俺に毛繕いをしてくれる三毛子。こいつの毛繕いの腕は、絶妙なのだ。俺は思わず目を閉じる。

「いつもお疲れ様。あんたがいるから、この町の猫は平和でいられるのよ。これからも、町のために頑張ってね。あたし、応援してるから」

 毛繕いをしながら、優しく語りかけてくる三毛子。俺は眠気に襲われ、いつの間にか眠りこんでいた。

 どんなにボスが偉くても、女の癒しにゃ敵わないんだぜ……。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています

空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。 『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。 「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」 「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」 そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。 ◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。

織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。 父であるアーヴェント大公に疎まれている―― 噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...