動物帝国

板倉恭司

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ウォーカーを見つけろ

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「あれ、こいつ……」

 徳光和義トクミツ カズヨシは、思わず首を捻る。
 目の前には、一冊の本があった。タイトルは『番想ばんそう高校の歩み』である。彼の通う高校の、これまでの歴史を記したものだ。どこの学校にも、一冊は必ずあるだろう。
 放課後、彼は図書室にて、この本を開いていた。授業をサボっていたのがバレて叱られ、罰として番想高校の歴史に関するレポートを書かされることになったのである。
 その過程で、思わぬ発見をしてしまったのだ。

 こいつ、さっきの写真にも写ってなかったか?

 和義は、もう一度ページを戻してみた。集合写真の端に、妙な猫が写っている。全身を白い毛に覆われているが、額の一部だけが黒い。尻尾は長く、痩せすぎず太りすぎない体格である。
 この猫だが、別のページの写真にも写っていたのだ。
 同じ猫が、二枚の写真に偶然写ってしまった……それだけなら、首を捻るほどのことではないだろう。
 しかし、どうしても見逃せない点があった。二枚の写真は、撮られた日が十年近く違うのだ。片方は一九八七年、もう片方は一九九五年である。
 では、この猫は学校に住み着いているのだろうか。和義は、じっくりと二枚の写真を見比べてみた。彼の目には、同じ猫に見える。
 その時、和義の頭にひとつの記憶が蘇る。

 幼い頃、家に奇妙な絵本があった。タイトルは『ウォーカーを探せ』。大勢の人間が集まっている町の絵の中に、ウォーカーというキャラが紛れ込んでいる。そのキャラは、とぼけた見た目の少年であり、囚人のようなしましまの服を着ていた。実在すれば、町の中ではかなり目立つ姿だろう。
 絵本のひとつのページには、必ずウォーカーがひとり紛れている。そのキャラを、全て見つけ出すのが目的……という、パズルゲームのような絵本だった。ウォーカーは比較的目立つ外見ではあるが、絵本の中では実に巧妙に、周囲に溶け込んでいるのだ。和義は絵本に夢中になり、食事の時間も惜しんでウォーカーを探したものだった。
 ページを穴の空くほど見つめ、さんざん苦労した挙げ句、見つけ出せた時の嬉しさは、成長した今も忘れられない。ただし、絵本に隠れているウォーカーを全て見つけ出した時には……嬉しさよりも、祭の後の寂しさのような感覚に襲われたのを覚えている。

「まさか、な」

 和義は、自分の頭に浮かんだ妄想に苦笑していた。この猫が、他の写真にも写っているのではないだろうか……というものだ。
 バカバカしいと思いながらも、気がつくと本を最初から読み直していた。写真の掲載されているページを発見すると、隅から隅までじっくりとチェックする。
 彼が探しているのは、もちろん白い猫だ。 



 三十分後、和義は呆けた表情で天井を向いていた。

「嘘だろ……ウォーカーは妖怪なのか?」

 思わず独り言を呟く。この白猫のウォーカー(和義が猫に勝手に付けた名前である)は、ほとんどの写真に写っていたのだ。ばらばらの年に撮影された写真の端に、小さく写りこんでいる。ご丁寧にも、全てカメラ目線だ。
 このウォーカー、生きていれば七十近い年齢のはず。にもかかわらず、一年前の写真にも小さく写りこんでいたのだ。
 猫は、七十年も生きられるのか? 和義は動物の生態には詳しくないが、それはありえないことはわかっていた。

 その時だった。
 背後で、カタリという音がした。和義が振り向くと、そこにいたものは──

「は、はあ!?」

 和義は、思わず間の抜けた声を発していた。
 目の前には、白い猫がいる。写真に写っていたウォーカーと、寸分違わぬ姿だ。

「お、おい」

 思わず、目の前の猫に声をかけていた。校内にて、こんな猫を見たのは初めてである。
 しかも和義は、本の中のウォーカーを全て探し出したのだ。直後に、本物と出会えるとは……あまりにも異常な事態だ
 当のウォーカーは、何かいいたげな様子でこちらをじっと見ている。
 次の瞬間、音も無く歩き出した。滑るような動きで、図書室の外に出る──

「お、おい、ちょっと待てよ!」

 叫ぶと同時に、和義は立ち上がった。慌てて後を追う。
 意外なことに、ウォーカーは廊下にて立ち止まっていた。無言のまま、和義をじっと見つめている。早く来い、とでも言わんばかりに。
 首を捻りながらも、和義はいったん図書室に戻った。カバンを手に、ふたたび廊下に出る。
 予想通り、ウォーカーはそこにいた。やはり、自分を待っていたのだ。和義は、勢いこんで話しかける。

「あ、あのさ、お前何だよ!?」

 だが、ウォーカーはそれを無視した。向きを変え、歩き出す。
 和義は、どうしようか迷った。だが、彼は好奇心旺盛な少年である。動き始めてしまった好奇心を、今さら止めることなど出来なかった。
 そっと、ウォーカーの後を付いて歩いた。

 ウォーカーは、学校を出て行った。尻尾をピンと立て、しなやかな動きで歩いていく。その後を、和義はどうにか付いていった。



 十分ほど歩き、ウォーカーは一軒家の前で立ち止まる。古い木造の一戸建てであり、周囲は木の塀に囲まれていた。庭は広いが、雑草が伸び放題だ。木も生い茂り、ちょっとした林のようである。
 和義も立ち止まり、じっと猫の様子を見ていた。ここが、奴の家なのだろうか。

「なあ、ちょっといいか?」

 ためらいながらも、和義は声をかけた。しかし、ウォーカーは無反応だ。
 その時、いきなりドアが開いた。猫は和義には目もくれず、家の中に入って行く──

「だから、ちょっと待てって! 聞いてんのかよ!」

 怒鳴りながら、和義は後を追って家に入って行く。これは不法侵入だが、それよりもウォーカーが何なのか知りたいという気持ちの方がつよかった。
 その先に何が待つのか、彼は知らなかったし、知るはずもなかった。



 その日、和義は家に帰らなかった。
 次の日も、また次の日も……彼の姿は、この世界から完全に消えていた。
  
 ・・・

「あれ? こいつら、さっきもいなかったか?」

 伊藤孝明《イトウ タカアキ》は、首を傾げ呟いた。
 彼は今、図書室にいる。机に置かれているのは『番想高校の歩み』という本だ。
 大勢の生徒を写した集合写真に、奇妙なものが写っている。片方は白い猫だ。もう片方は、ヤンチャな雰囲気で好奇心旺盛な感じの顔つきである。学生服を着て、クールな感じで写っていた。
 猫とヤンチャそうな生徒が、並んで写っているだけでも変だ。しかも、このコンビは別のページの写真にも写っていたのだ。見比べてみたが、間違いない。
 
「おいおい、マジかよ」

 苦笑する孝明。その時、彼の頭におかしな考えが浮かぶ。

「もしかして、これって……」

 孝明の頭に、幼い頃の記憶が蘇る。『ウォーカーを探せ』という絵本だ。大勢の人間が描かれた町の風景の中に紛れ込んだ、ウォーカーというキャラを探しだす。小さかった頃、夢中で読みふけったものだ。

「ひょっとして、他の写真にも隠れてたりしてな」

 ひとり呟きながら、孝明は本のページをめくる。
 そんな孝明を、図書室の隅でじっと見つめている者がいた。ヤンチャそうな雰囲気の少年である。その足元には、白い猫がいた。
 少年の顔には、不気味な笑みが浮かんでいた。
 




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