必滅・仕上屋稼業

板倉恭司

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仕留めて仕上げて、日が暮れます(三)

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 ある日のこと。
 剣呑横町の長屋にて、二人の男が向かい合って座っていた。まだ陽は高く、堅気の人間はせっせと働いている時間帯である。
 もっとも、部屋の主である権太は堅気ではない。客人の蘭二にしても、真っ当な勤め人とは程遠い存在であった。


 口火を切ったのは、権太だった。

「蘭二、大事な話って何だ? 俺は暇だから構わんが、店は大丈夫なのか?」

 訝しげな表情の権太に、蘭二は静かな表情で語り始めた。

「この日本を流れる川が、どこに通じているか知ってるかい?」

「どこって、そりゃ海だろ」

「そうさ。外に流れている川を辿っていけば、やがて海に出る。海の向こうには様々な国があるんだ。日本よりも、進んだ文明の国が幾つもあるんだよ。この日本は、早急に国を開かなくてはならないんだ。いつまでも、国を閉じたままではいられないんだよ。変わらなくちゃならない」

 淡々と語る蘭二に、権太は異様なものを感じていた。この男、何を考えている?

「お前は、何が言いたいんだ? わかるように言ってくれ」

 ぶっきらぼうな口調で尋ねた。すると、蘭二の顔に感情らしきものが浮かぶ。

「そんな時代に、我々は何をしているのかって言いたいんだよ。私たちのしたことで、世の中は少しでも良くなったか? 殺された悪党にだって、妻や子がいたかもしれない。好きな奴があったかもしれないんだ」

「そんなのは、当たり前の話だ。それを承知の上で、俺たちはこの稼業を始めたんじゃないのか」

 言いながら、権太は蘭二を睨みつけた。
 しかし、蘭二は怯まず言葉を続ける。

「なるほど、確かに私は甘いのかもしれない。だがね、この稼業はそもそも法で裁けぬ悪党を殺すために存在しているはずだ。晴らせぬ恨みを晴らし、許せぬ人でなしを消す……そうじゃなかったかい?」

 その問いに、権太は複雑な表情を浮かべて頷く。

「ああ、そのはずだ」

「法で裁けぬ悪党を殺す事により、旧態依然とした日本は変わるのではないか……私は、そんな淡い期待を持っていたんだよ。この国を、底辺から変えられるんじゃないかとね。ところが、近ごろは弁天の小五郎や蛇次の仕事ばかりを嬉々として受けている」

「もう一度言うぞ。お前が何を言いたいのか、俺にはわからん。わかるように言ってくれ」

 尋ねる権太に、蘭二は顔を歪めた。

「仕上屋もしょせんは、私たちが殺してきた屑共くずどもとなんら変わりないんじゃないかってことだよ。弁天の正五郎や蛇次のような大物に尻尾を振り、餌をもらうだけの飼い犬さ」

 吐き捨てるような口調で言い放った。
 権太は何も言えなかった。蘭二の言葉の裏にある、積もり積もった想いは大きかった。その大きさの前に、完全に圧倒されていた。
 そんな権太に、蘭二はなおも語り続ける。

「私たちが人を殺すことで得をするのは……結局、小五郎や蛇次のような大悪党だ。世の中の底辺で踏みにじられ、泣き寝入りしている弱者の役には立ってない。仕上屋は、しょせん巨悪の飼い犬じゃないのかい? でなけりゃ、金額で仕事を選り好みするなんておかしいだろうが。巨悪を太らせるためだけに、我々は存在しているんじゃないのか?」

 息を荒げ、問うてきた。それに対し、権太は即座に答えることが出来なかった。
 蘭二の言葉は重い。権太とて、今まで考えたことがなかった……といえば嘘になる。だが、彼にはナナイがいた。人の血を啜らねば、生きていけぬ女。
 海の上で、この世の地獄を見た。かろうじて生き延び、幽鬼のごとき顔で海岸をさ迷っていた時……彼は出会ってしまった。洞窟の中で、人の血を飲んでいる女に。
 さらに、その女を殺そうとしている異国の男たちに。
 ナナイと出会っていなかったら、自分はどうなっていただろう。
 生きる理由すら失い、野垂れ死んでいたかも知れない。

 沈黙する権太の前で、蘭二は語り続ける。彼の表情は熱を帯びていた。群衆を前に語る宗教家のようであった。

「私は、医師の佐島章軒をこの手で殺した。さらに、親友である栗栖を自害に追い込んだ。私のやってきたことは、日本の夜明けを遠ざけ、親友を死に追いやっただけだ。しかも、世の中は何も変わっていない。今まで、本当に無意味な殺しをしてきたもんだよ。救いたい人間を救えず、悪党の私腹を肥やすためだけに働いていただけだ」

 その時、権太は顔を上げた。

「お前の言いたいことはわかった。人には、それぞれ考え方がある。生き方もある。それを否定するつもりはない。だがな、お前は何がしたいんだ? 今さら、嫌になったから足を洗おうとでも言うのか? だったら、俺は止めない。好きにしろ」

 すると、蘭二の顔が歪む。

「そんなつもりはないよ。それが出来れば、とっくにやってる。だが、出来ないんだ」

「お禄さんのため、か」

 権太は、静かな声で言い放つ。
 今度は、蘭二が困惑する番だった。先ほどまでの勢いが消え失せ、あちこちに視線を泳がせる。仕上屋でも一番学識のある男が、言葉を失い完全にうろたえていた。しどろもどろになりつつ口を開く。

「えっ? な、何を馬鹿なことを言っているんだ──」

「ごまかさくていい。このことは誰にも言わないよ。お前が、お禄さんに惚れてるのはわかってる。だから、この稼業から足を洗えない……そうじゃないのか?」

 その言葉に、蘭二は苦笑した。頭をぽりぽりと掻く。

「みっともない話だな。まさか、あんたに気づかれていたとはね。そうさ、私はお禄さんが好きだ。あの人のそばにいて、守りたいと思っている。夢も希望も失った今、残っているのはこの気持ちだけだよ。だから、この稼業を続けていくしかないんだよ」

「だったら、何のために国だの巨悪なんて話をしたんだ? 腹を括っているなら、俺にそんな話をする必要はなかっただろう」

「そんな単純に割り切れる話なら、苦労しないよ。まあ、正直に言うと……私はね、あんたに愚痴を聞いて欲しかったんだよ」

「愚痴、か」

 権太には、何となく気持ちが理解できた。
 己の理想を追い求めつつ、いつのまにか全く違う場所に来ていた蘭二。さらに、かつての親友まで死なせてしまった。彼は、今の自分を嫌悪している。出来ることなら、すぐに辞めてしまいたいと思っている。
 にもかかわらず、抜けられない理由……それは、ひとりの女のためだった。その葛藤を、誰かにぶつけずにはいられなかったのだろう。
 微かな哀れみと、共感とを覚えた。自分もまた、ひとりの女のために人を殺さざるを得ないのだから──

「そうさ、ただの愚痴だよ。すまなかったね、つまらない話をしてしまって。そろそろ引き上げるよ。今日はありがとう」

 そう言うと、蘭二は立ち上がった。戸に向かい、歩いて行く。

「いいや。俺でよければ、愚痴くらい聞いてやる」

 去り行く背中に、権太はそう言った。

 ・・・

 その頃、店の裏口でも二人の女が話をしていた。お禄と、女掏摸のお丁である。
 先ほど、店先でうろうろしていたお丁を目ざとく見つけたお禄は、目で裏口に来るよう合図したのだ。
 そして今、ここで人目を忍びつつ話している。まるで逢い引きする男女のようだが、話の内容は色気とは真逆のものであった。

「この忙しい時に、何の用だい?」

 仏頂面で尋ねるお禄に、お丁は神妙な面持ちで口を開いた。

「こないだ、太助とかいうごろつきが死体で見つかったんですよ。その太助ですが、俺は仕上屋の一員だ……なんて、あちこちで吹聴していたそうですよ」

「何だって? そんな奴、入れた覚えはないよ」

 さらに表情が険しくなるお禄に、お丁は慌てて頭を下げた。

「は、はい。それはわかりますから。ただ、気になることがもうひとつあるんですよ。昨日は五助ってのが死体で見つかったんですが、そいつも仕上屋だと吹聴してたそうです」

「はあ? そんな奴知らないよ!」

「ええ、もちろんわかってます。姐さんが、あんな三下を仲間に入れるはずはないですから。ただね、どうもひっかかるんですよ。仕上屋の一員だと吹聴してた馬鹿が二人、立て続けに死人になった……これ、妙だと思いませんか?」

 確かに、偶然とは言いきれないものを感じる。お禄は頷いた。

「ああ、そうだね」

「あたしは、この件を調べてみます。ですから、姐さんも気をつけてください」

「わかった。頼んだよ」




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