必滅・仕上屋稼業

板倉恭司

文字の大きさ
上 下
72 / 81

終わりは、殺陣で仕上げます(一)

しおりを挟む
「権太さん、ここらで大丈夫ですよ。いつも済まないですね」

 壱助が、ペこりと頭を下げる。

「気にするな。どうせ暇だ」

 ぶっきらぼうな口調だが、権太の優しさはよくわかっている。実際、朝から夕暮れまで壱助の仕事に付いていてくれているのに、三文ほどの銭しか受けとらないのだから。
 そんな権太に頭を下げ、壱助は寝ぐらに向かい歩いて行こうとした。が、すぐに足を止める。

「あっ、そういえば……前から聞こうと思ってたんですが、あんたの女って、どんな人なんです?」

「えっ、どんな人って言われても……」

 言葉を濁し、言いにくそうに下を向く。壱助は、慌てて言い添えた。

「すみません。言いたくなけりゃ、言わなくて大丈夫ですよ」

「いや、そうじゃないんだ。なんて言うか、普通じゃないんだよ」

「普通じゃない、ですか。まあ、あっしらみんな普通じゃありませんけどね。そんなことより、あっしなんかに構ってて大丈夫なんですか? たまには、綺麗な着物やかんざしでも買ってあげたらどうです?」

「そういうのには、興味がないんだ。あいつは、外に出るのも好きじゃないしな」

「へえ、外に出るのが嫌いなんですか。お美代と一緒ですね」

「えっ、お美代さんが?」

「そうなんですよ。お美代は、暗くならないと外に出ないんでさあ」

 壱助の表情は、いつしか曇っている。
 聞いている権太は、ふとナナイのことを思った。彼女も、暗くならないと外に出ない。
 もっとも、ナナイの場合は日光に当たると肌が火傷してしまうのだが──

 少しの間を置き、壱助は再び語り出した。

「お美代はね、江戸に来たばかりの頃、昼間に道を歩いていただけで、餓鬼がきに石を投げられたそうなんですよ。化け物、なんて言われてね。ですから、仕事以外では外に出ないんです。まあ、気持ちはわかりますけどね。あっしも、たまに石を投げられたりしますから」

 子供は、本当に残酷だ。権太は、聞いていて気の毒な気持ちになった。
 もっとも、同じ化け物じみた姿でも、権太のような大柄な大人には絶対に石を投げて来ない。それが、子供という生き物である。 

「大変だな」

「でも、今は石を投げられることもなくなりました。あなたのおかげですよ」

「そうか。なら、明日も付き合おう」

「そうしてもらえると、あっしとしても助かります。ただ、無理はしないでください」



 権太に挨拶し、壱助は寝ぐらにしている廃寺に向かい歩いていた。
 だが、そんな彼に声をかけた者がいた。

「壱助さん。申し訳ないが、私と一緒に来てもらえないかな?」

 その声に、壱助は動きを止める。
 声の主は、若い同心だ。名前は渡辺正太郎であり、壱助とは顔見知りである。

「その声は、渡辺さんですか。どうかしなさったんですか?」

 さりげなく聞いた。この同心は、手抜きの仕事をやることで有名である。そんな渡辺が、何用で壱助のような座頭に接触してきたのだろうか。

「いやな、大したことじゃないんだよ。ただ、ここらで妙なことが起きてな。何か見ていないかどうか、お前に聞きたいと思ったんだよ。ただ、それだけだ。すまないが、ちょっと来てくれ」

「申し訳ないですが、あっしはめくらなんですよ。何も見えやしませんぜ」

 そう返したが、渡辺に引く気配はない。

「ああ、そうだったな。だったら、何か聞いてないかどうか、ちょっと聞かせてもらたいんだよ。なあ、頼む。すぐ終わるからさ」

 言いながら、壱助の肩を軽く叩いた。
 どうもおかしい。渡辺は、昼行灯ひるあんどんの異名を持つお気楽同心だ。お世辞にも、仕事熱心とは言えない。それなのに、今日のしつこさは何なのだろう。
 考えているうちに、壱助は面倒くさくなってきた。何を調べているかはわからないが、どうせ大した事件ではないだろう。いざとなれば、袖の下を掴ませれば済む話だ。一朱か二朱も渡せば、すぐに帰らせてもらえるだろう。
 出来れば、したくない出費ではあるが。

「わかりました。話だけで済むなら、行きましょう」

「いや、助かるよ。なに、すぐに終わるから」

 渡辺は穏やかな表情で頷き、歩いていく。少し遅れて、壱助も付いて行った。

 ・・・

 その翌日。
 江戸の町外れにある古い廃寺に、堂々と入っていく者がいた。周囲は雑草が伸び放題であり、時おり鼠や蛇などが横切る姿も見える。昼間でも人が近づかない、いわくつきの場所だ。
 そんな場所に、権太はずかずか入って行った。ただでさえ大柄な体格である。足音も大きい。
 やがて、彼は廃寺の前で立ち止まった。

「お美代さん、いるか?」

 周囲を窺いつつ、そっと声を出してみた。
 ややあって、中から不機嫌そうな声が聞こえてきた。

「誰だい?」

「俺だ、権太だよ。今朝、壱助さんと会うはずだったんだが、いつまで経っても姿を現さない。だから、来てみたんだ──」

 言い終わる前に、お美代が姿を現した。布を巻き付けた顔とみすぼらしい着物姿で、出てくるなり喋り出した。

「実はね、昨日から帰って来ないんだよ。あんたも知らないのかい?」

「いや、俺は知らない。昨日の夕方には、家に帰ると言ってたんだぞ。こんなことは、前にもあったのか?」

「いいや、初めてだよ。ただ、近頃はあんたと一緒に仕事してるって聞いてたからね。てっきり、あんたと二人で飲んだくれているんじゃないかって……」

「俺は酒は飲まない。さっきも言った通り、昨日の夕方には家に帰ったんだ。明日も、また会おうって言ってな。どうなってるんだ」

 権太は、強い不安感を覚えた。壱助の身に、何か起きたのだろうか。やはり、家に帰るまで付いているべきだったか。

「どこをほっつき歩いてんだろうね、あの人は……」

 言葉は乱暴だが、お美代の声は微かに震えている。彼女も、心配しているのだ。
 権太は顔を歪めた。もしかして、また壱助を狙う馬鹿が出てきたのだろうか。

「やっぱり、帰るまで俺が付いているべきだった。今から、ひとっ走り行って探してみる。あんたは、ここで待っててくれ」







しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

最強の除霊師・上野信次

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:4

悪魔との取り引き

ミステリー / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:5

ぼくたちは異世界に行った

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:73

阿修羅の道の十字路で

ホラー / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:27

凶気の呼び声~狭間の世界にうごめく者~

ミステリー / 完結 24h.ポイント:85pt お気に入り:4

白き死の仮面

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:398pt お気に入り:2

大門大介は番長である!

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:13

外道猟姫・釣り独楽お京

歴史・時代 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:3

奴らの誇り

大衆娯楽 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:7

七人の勇者たち

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:21

処理中です...