灰色のエッセイ

板倉恭司

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ウィル・スミスだからあれで済んでるよ、な話

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 先日、ウィル・スミスがアカデミー賞の壇上にて司会者クリス・ロックを殴り問題となりました。どうも、ウィル・スミスの妻に対しクリス・ロックの放った侮辱的な発言がきっかけのようです。 
 ネットなど見ていると「ウィル・スミスは男を上げた」「侮辱された奥さんのために殴るなんてカッコいい」「ウィル・スミスの行動を指示する」といった意見が少なからず目に付きました。 
 私は、なるほどと思いました。この方たちは、暴力の怖さをまるでわかっていないのだな、と。 



 私の知人ゴッツ(仮名です)は、男気のある人でした。彼はとある会社に勤めておりましたが、ある日数人のパートの女性たちから相談を受けました。聞けば、上司であるキノ氏からのセクハラがひどいとか。すれ違いざまに「オッパイでかくなってないか? 彼氏できたか?」「おばさん、いっぺん俺がボランティアで蜘蛛の巣を掃除したろか?」などというものです。しかも、胸や尻を撫でながらです。ちなみに蜘蛛の巣は聞いたままですが、それが何を表すスラングなのかは想像に任せます。
 令和となった今では信じられない話ですが、昭和から平成にかけての時代には、こんなセクハラがまかり通っていたのですよ。
 それはともかく、相手のキノ氏はゴッツさんより立場が上です。ゴッツさんは板挟みになっていたのですが、ある日目の前でパート女性がセクハラを受けているのを見て、我慢が限界を超えキノ氏の顔面を殴りました。 
 これが何をもたらしたかといいますと、ゴッツさんは傷害罪で訴えられ、逮捕されました。一応、パートの人たちも情状証人として証言をしたらしいのですが、最終的には執行猶予付きの有罪判決を受けました。つまり、ゴッツさんは前科一犯になってしまったのです。当然ながら、仕事はクビですね。

 別のケースもあります。私の知人のセトピー(これまた仮名です)は、会社の社長でした。とはいっても、社員四人の小さな会社ですが……社員のひとりが、とんでもない奴だったのです。
 この社員のジロン(いうまでもなく仮名です)はかつて少年院にいたそうですが、無断欠勤は多いは仕事はサボるは客と揉めるは口を開けば悪口しか言わないは、とにかく最悪でした。セトピーは彼を更生させようと口をすっぱくして注意していたそうですが、いっこうに改める気配がありません。
 やがて、決定的なことが起きました。ジロンが、事務所から金品をくすねていることが判明したのです。
 普通なら、ここでクビでしょう。いや、普通ならこうなる前にクビにしていると思います。ところが、セトピーはクビにしなかったのです。警察にもいわず、代わりに腹を一発殴って収めようと考えました。
 で、セトピーはジロンの腹を殴りました。しかし、セトピーのパンチが強すぎたのでしょうね。ジロンは内臓のどこかが破裂してしまったのです。
 結果、セトピーは傷害罪で刑務所に入りました。二年近く入っていたそうです。



 暴力を行使すると、最終的には法の番人である警察が動きます。いかなる理由があれど、暴力を振るった方が悪い……これは、法律で定められているのですよ。これは、むしろ当然のことです。そうすることで、我々は平和に生きていけるのですよ。
 今回のウイル・スミスのケースが、この先どうなるかはわかりません。ただ、ウイル・スミスは仕事を失うことはないでしょう。彼は、これからも映画に出て巨万の富を稼ぎ出すものと思います。そんなウイル・スミスにとって、クリス・ロックを殴ったなどという話はさしたる傷にはならないでしょう。
 ところが、我々のような一般人は違うのですよ。我々が他人に暴力を振るえば、逮捕されるのです。逮捕されれば、何もかも失う可能性があるのですよ。まだ未成年のうちなら、ダメージも少なく済むかもしれません。が、社会人になってからの逮捕は本当にキツイです。不愉快な取り調べを受け、拘禁生活を余儀なくされます。前科も付きます。職も失います。
 この件について「奥さんを侮辱され殴るなんて、妻の立場としてはカッコイイと思う」などと言った女性タレントがいましたが、殴ったことで夫が仕事を失っても同じことが言えるのでしょうか。
 ですから、ウイル・スミスを英雄視する方々は、現実の暴力の怖さを全く知らないのでしょうね。彼らにとって、人を殴って逮捕されるという事態は異世界ファンタジーにおける魔法と同じくらい縁遠いものなのでしょう。つくづく、日本は平和な国なのだあなあと感じました。







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