地獄の渡し守

板倉恭司

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ボリス編

ニコライ、ユーラックのシマに乗り込む

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「ボリス、すまないが明日も店を頼むよ。ひょっとしたら、遅くまで帰れないかもしれない」

 帰ってくるなり、ニコライは真剣な表情でそう言った。彼のただならぬ様子に、ボリスは眉をひそめる。

「いったい何事です?」

「さっき、ビリーが襲われた。まあ傷ひとつ負わず返り討ちにしたけど、あれはマズイな」

 そう前置きして、ニコライはこれまでの経緯を話した。



 だが、話を聞き終えたボリスの反応は意外なものだった。

「なるほど、事情はわかりました。何はともあれ、あなたに怪我がなくて良かったです。しかし、ニコライさんが介入する必要はあるのですか?」

「えっ? いや、必要というか……俺が動かないと、マズイことになるかもしれないし──」

「勝手にやらせておけばいいのでは? これは、あなたが首を突っ込むべき問題ではないように思われます。二つの組織が、互いに潰し合い弱体化していくだけです。放っておくべきでしょう」

 ボリスの口調は、いつになく冷たいものだった。ニコライは、戸惑いながらも言葉を続ける。

「いや、そうもいかないんだよ。そりゃあ、俺だって、こんなことに首突っ込みたくないけどさ──」

「あなたの仕事は何ですか? 死者の無念を晴らし、安らかな気分で旅だってもらうこと……それが、あなたの仕事のはずです。いつから、街のごろつき共の手先になったのですか?」

 彼の辛辣な問い掛けに、ニコライは下を向いた。
 以前から、ボリスは言っていたのだ……トライブのような連中は嫌いだ、と。ビリーからの、薬を調べてくれという依頼にも、ほとんど手を付けていない。だが、ニコライは敢えて口を出さずにいた。
 ボリスの知能は高いし、知識も豊富だ。しかし、実のところ彼は、誕生してから十年ほどしか経っていないのだ。つまり、実際の年齢は十歳前後である。しかも、ほとんどの時間をひとりで過ごしている。
 そのため、世事にうとい部分があった。ボリスから見れば、トライブは圧倒的な暴力を背景に、市民から搾取している悪の集団である。ユーラックもまた、同じなのだ。
 確かに、その考えも間違いではない。トライブもユーラックも、弱者から搾取している悪の組織である。だが同時に、弱者を守る役目を果たしている。彼らがいなくては、ゴーダムは秩序を維持できない。

「ボリス、その死者の無念を晴らすためには、金がいる。金を稼ぐには、やりたくないこともやらなきゃならないのさ。それにな、このゴーダムで生きていくには、トライブとも上手くやっていかなきゃならないんだ。だから、俺はやるよ」

 ニコライの言葉にも、ボリスは未だ不服そうな表情を浮かべている。納得していないのは明白だ。
 それでも、これ以上逆らうことは出来ないと判断したらしい。少しの間を置き、首を縦に振った。

「わかりました。では、お気をつけて」



 翌日、ニコライはユーラックの縄張りへと出かけた。
 この辺りは、トライブの縄張りに比べると、ゆるい雰囲気が漂っている。通りには屋台が並んでおり、若者の数も多い。いろんな人種が、道端で好き勝手なことをしているという印象だ。

「なあ、ダチ公。ここ、なかなか面白そうだな。俺、このへんに住もうかな」

 周囲を見回しながら、ジェイクが言った。そう、今日のニコライの横にはジェイクがいる。相も変わらず、飄々ひょうひょうとした態度だ。その脱力感が、ニコライの緊張を少しばかり和らげてくれていた。

「やめた方がいいよ。ここは、ユーラックの連中の|縄張り(シマ)だからな。ここで暮らすとなると、奴らに気を遣わなきゃならなくなる。お前、そういうの苦手だろ」

「ああ、そういうのはヤだな。気ぃ遣ってると、何か耳の裏が痒くなるんだよ」

 ジェイクは、いかにも残念そうに首を振った。
 彼は、中立地帯にてフィオナと暮らしている。中立地帯といえば聞こえはいいが、要は縄張りにする価値もない場所なのである。したがって、組織に属していないチンピラも多い。かつて、トライブに所属していた者もいる。昼間からゴブリンが闊歩し、夜になるとバンパイアが徘徊する。治安は、監獄都市の異名を持つゴーダムの中でも、トップクラスの悪さだろう。だが、そんな中でも……ジェイクとフィオナは、いたって呑気に暮らしている。彼らに喧嘩を売るようなバカはいない。
 事実、ジェイクとフィオナが散歩するだけで、近所の住人は避けて通るほどだ。このバカップルは、街でも知る人ぞ知る存在なのである。だが悲しいことに、本人たちにその自覚はまるでなかった。



 やがて二人は、目指す目的地へと辿り着いた。
 そこは、ユーラックのリーダーであるグレンの住居……のはずだった。しかし、ニコライとジェイクの前にあるのは、みすぼらしい掘っ立て小屋である。太い針金と木の杭で作られた冊に囲まれた広い草むらの中に、ぽつんと小さな小屋が建っていた。その小屋も、そこいらの廃材を集めて建てたような造りである。強い風が吹いたら、一瞬で崩れてしまいそうだ。

「なあダチ公、本当にここなのか? ここ、俺の家よりボロいぜ。グレンてのは、ボロ家が好きなのか?」

 首を傾げながら、ジェイクは聞いてきた。

「いや、ここで間違いないはずだけどな……とりあえず、行ってみようぜ」

 そう言うと、ニコライは空き地の中に入って行った。ジェイクも後から続く。
 すると、こちらの動きを見ていたかのように、小屋からひとりの少年が出てきた。金髪で背は高く、すらりとした体型で手足は長い。ツナギのような服を着て、右手にはチェーンのような物を持っている。

「お前ら、誰だよ?」

 チェーンをびゅんびゅん振りながら、少年は言った。まだ十六か十七歳くらいか。だが、その目には殺意がある。ニコライは、穏やかな表情で答えた。

「渡し屋のニコライだよ。グレンに会いに来た」

「グレンに? ざけんなよ……会わせるわけねえだろ! 殺っちまうぞゴラァ!」

 言いながら、少年はチェーンを振り回す。その時、小屋の中から声がした。

「ポール、やめとけ。通してやれ」

 その声に、少年は不満そうな表情を浮かべながらも脇にどいた。ニコライは、少年の敵意に満ちた視線を感じつつも、小屋の中に入って行く。続いて、ジェイクも入って行った。
 小屋の中には、古びたテーブルと椅子以外には何もない。椅子には、パイプを咥えた男が座っている。年齢は三十前後、凶悪そうな面構えだ。革の服と鎖編みのベストを着ており、体は大きくガッチリしている。邪眼草を吸っているわりには、体格がいい。
 そう、小屋の中には邪眼草の匂いがたちこめていた。男は、とろんとした目で床を指差す。

「ニコライ、あんたのことは聞いてる。グレンは、この下にいるぜ。階段を降りて真っすぐ行った先だ。一本道だから、迷うことはない。ただし、暗いから気をつけな。壁に思いきりぶち当たって怪我するかもしれねえぜ」

 言った直後、男はゲラゲラ笑い出した。どうやら、自分の発言が笑いのツボに入ったらしい。ちょっとしたことでもおかしくなるのが、邪眼草の効果のひとつだ。
 ニコライとジェイクが顔を見合わせる中、男は立ち上がると、床板を外した。そこは、下に続く階段がある。男は、その階段を指差した。

「ほら、通りな」

「ありがとう。じゃあ、通らせてもらうよ」

 そう言って、ニコライは階段を降りる。顔をしかめたジェイクが、後から続いた……が、階段の手前で立ち止まると、パイプを咥えた男を見つめる。

「お前なあ、昼間から邪眼草ばっか吸ってたら、頭イカレちまうぞ」

 ジェイクのごくまともなアドバイスに、男はプッと吹き出した。

「もう、イカレちまってるよ」

 ニヤリと笑い、自身の頭を指差す男。直後、またしてもゲラゲラ笑い出した。

「そうか、もうイカレてるのか。だったら、今さらやめても遅いわな。わかったよ、好きなだけ吸え」

 ジェイクは納得したような表情でうんうん頷くと、ニコライの後を付いて行った。

  ・・・

 ニコライとジェイクが、ユーラックの縄張りに出かけていた頃……ボリスの方も、予想外の事件に遭遇していた。


 不意に、扉が開いた。店の奥で本を読んでいたボリスは、顔を上げる。

「いらっしゃいませ……」

 言葉は、そこで止まった。ボリスは、驚愕の表情で来訪者を凝視する。
 店に現れたのは、巨大な男であった。身長は二メートルほど、肩幅が広くがっちりした体格だ。全身を黒いマントで覆い、頭からすっぽりフードを被っている。
 ボリスは異様なものを感じ、反射的に立ち上がっていた。目の前にいるのは、明らかに普通の人間ではない。
 これまでにボリスは、自分よりも大きなオーガーや灰色熊などを打ち倒してきた。また、数十人の盗賊をひとりで撃退したこともある。正直、闘いで負けることなど、今まで考えたこともない。
 だが、この来訪者は……ボリスが倒してきた者たちなど、比較にならない強さだ。その体から醸し出される迫力は、周囲の空気を侵食している。

「あなたは誰です? 何の用ですか?」

 緊張のあまり声を上擦らせながら、ボリスは尋ねた。すると来訪者は、顔を覆っているフードを上げた。
 ボリスは、思わず息を呑んだ。
 目の前には、ひどく醜い顔の男がいる。ギザギザの傷痕が数本付いており、皮膚の色はところどころで異なっている。さながら地図のようであった。
 そう、ボリスにそっくりなのだ……微妙に違う点はあるものの、両者は驚くほど似ている。
 言うまでもなく、こんな者を見たのは初めてだ。呆然となっているボリスに向かい、来訪者は口を開いた。

「我が兄弟よ、やっと会えたな」

 

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