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プロローグ
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四方を山に囲まれた町・白土市。
ここは豊かな自然が特徴的であり、美しい川や森が名所として知られている。また、周辺の山はなだらかな形で登りやすく、登山の初心者にはうってつけだ。
そんな山のひとつに、奇妙な施設が建てられていた。森の中を抜けると、突然コンクリートの高い塀が出現するのだ。上には監視カメラが設置されており、鉄製の扉が付いているものの、常に施錠されており開けることは出来ない。塀に隙間はなく、中に何があるのか外からは見ることは出来ない構造になっている。
実のところ、塀の内側には三階建ての建物があるのだが、建物もまた異様な外観であった。一階を除いては、窓らしきものがない。外から見えるのは、灰色の壁だけだ。非常階段が設置されている以外には、何もない。さながら刑務所のような外観である。とある企業が管理しているらしいが、白土市の住民たちも詳しいことは知らなかった。
八月三十一日、蒸し暑い夏の日の夜。この塀の内側にて、恐ろしいことが起きようとしていた──
「お前、そこで止まれ!」
突き刺すような声が、廊下内に響き渡る。
この声の主は、異様な格好をしていた。屋内にもかかわらず、頭にフルフェイスのヘルメットを被っており、特殊な素材のシャツと防弾ベストを着ている。両手にはめているのは、硬い繊維であるケブラー製の防刃グローブだ。下半身には、これまた特殊素材のズボンとブーツである。外の気温はまだ三十度近いというのに、見ているだけでも汗が吹きでてきそうな格好だ。
それだけでも充分に異様だが、両手には大きな筒を携えているのだ。一見すると、子供向け番組に登場する玩具の銃のようだが、実は海外にて暴徒鎮圧のため用いられるものである。ゴム製の弾丸を、高速で撃ち出せる仕掛けになっていた。その衝撃力は凄まじく、当たれば骨折くらいは覚悟せねばならないほどだ。当たり所によっては、殺人も可能なほどの威力を秘めている。
そんな物騒な物を持った男が五人、薄暗く殺風景な廊下にて、ひとりの外国人男性と向き合っている。
「その提案には、承服しかねるな。こちらにも、果たさねばならない用事がある。申し訳ないが、そこをどいてもらえるとありがたい」
殺伐とした空気が漂う中、外国人はすました表情で言葉を返した。男たちとは対照的に、Tシャツとデニムパンツという軽装だ。
この外国人、見た目はさほど大きくない。身長は百六十センチ台だろう。しかし、体つきはガッチリしていた。何より、Tシャツから覗く二の腕には、瘤のような筋肉がうごめいている。
顔は彫りが深く、肌の色は浅黒い。よく日焼けしたヒスパニック系の中年男、といった雰囲気である。にもかかわらず、発した言葉は流暢な日本語であった。滑舌はよく発音も完璧であり、訛りはない。態度は落ち着いたものであり、佇まいからは知性と気品のようなものすら感じさせる。
何より、武装した男五人と向かい合っているというのに、怯えた様子が全く感じられないのだ。むしろ、男たちの方が動揺していた。
「お、お前! ふざけてるのか!」
男たちのひとりが、銃口を外国人に向ける。すると、外国人はニヤリと笑った。
「仕方ないな。時間には限りがある。すまないが、力ずくで行かせてもらう」
言うと同時に、外国人は動く──
零コンマ数秒遅れて、男たちも反応した。ひとりが銃口を外国人に向け、ゴム弾を発射する。火薬により鉛の弾丸を発射する実銃に比べれば弾丸速度は遅いが、至近距離で撃たれれば躱すことなど出来ない。
外国人はゴム弾を受け、痛みのあまり悶絶する……はずだった。
しかし、男たちにとって予想外のことが起きる。ゴム弾が発射された直後、外国人は右手をぶんと振った。動きは無造作で、群がる虫を払うようなものだ。
ほぼ同時に、発射されたゴム弾が壁にぶつかり空しく音を立てる。この外国人は、弾丸を素手で払いのけたのだ。高速で飛んできたゴム弾は、肉眼で捉えることなど不可能なはずだった。ましてや、それを素手で払いのけるなど……もはや神域の技である。
もっとも、男たちにゴム弾の行方を見ている余裕などなかった。接近した外国人は、手近な男の防弾ベストを掴む。
次の瞬間、男はくるりと一回転した。体操選手がバク宙するように空中で宙返りし、そのまま床に倒れたのだ。
他の四人は、既に迎撃体勢に入っている。彼らとてプロのガードマンだ。それも、特殊なケースのみ担当する者たちである。体は鍛え抜かれており、格闘技の腕も相当なものだ。様々な状況下での訓練も受けている。
そんな彼らの目の前にいるのは、侵入者らしき外国人だ。しかも、仲間のひとりが一瞬で倒されてしまった。ここまで接近されたら、ゴム弾を撃っても仲間に当たる可能性が高い。
ならば、四人がかりの格闘戦でいく。この場で即座に取り押さえなくてはならない。男たちは、一斉に襲いかかった。
確かに、彼らはプロだった。全員、身長百八十センチオーバーで体重も八十キロを超えており、筋骨隆々とした体格である。ただ大きいだけでなく、徒手格闘の腕も高いレベルに達している者たちばかりだ。さらに、着ている服とヘルメットは打撃や刃物などに対する高い防御効果がある。いかに強いとはいえ、ひとりの外国人男性を取り押さえることなど造作もないはずだった。
ところが、ここにいる侵入者は桁が違っていたのだ。男たちの常識では、計り知れない怪物であった──
けたたましいサイレンの音が鳴り響く中、外国人は廊下を進んでいた。傷ひとつ負っておらず、息も乱れていない。Tシャツには血痕が付いているが、それは返り血のようだ。
彼の通った後には、五つの死体が転がっている。外国人とガードマンの部隊が接触してから、三分ほどしか経っていない。にもかかわらず、男たちは全滅させられたのだ。
ただし、彼らも最低限の仕事は果たした。非常ベルを鳴らし、館内に危機を知らせたのである。外にまで聞こえるであろう音量のサイレンが、今も鳴り響いていた。
そんな中、外国人は階段を上がっていった。しかし、上の階に到着するなり表情が一変する。
「はて、いったい何が起きたのだろうね。この惨劇は、三番とやらのしでかしたことなのかな」
ひとり呟きながら、外国人は廊下を見回した。
異様な光景だった。階段から廊下を数メートル進むと、片側の壁がガラスになっている。ガラスの内側には、ベッドやテーブルなどが置かれていた。どうやら、人が住んでいたらしい。もっとも今は、生きた人間などひとりもいない。
廊下では、白衣らしきものを着た男が数人、床に倒れている。全員、手足や首が奇妙な方向に曲がっており、砕けた骨が飛び出ていた。かつて白衣だった衣装は、今や血で真っ赤に染まっている。大量の血は床も真っ赤に染めており、倒れている者たち全員が死んでいるのは明白だった。
そんな血の色で染められた廊下には、裸足の足跡が付いている。サイズは小さく、女性か子供の足により付けられたものであろう。その足跡は、長い廊下に点々と付着していた。外国人は、足跡を慎重に追っていく。
やがて、廊下の突き当たりに到着した。足跡は、開け放たれた扉のところで途絶えている。扉を出ると、外の非常階段へと通じていた。外国人は、扉から外に出て行った。
いつから天気が変わったのだろう。大粒の雨が降っていた。空も暗くなっている。
雨の勢いは強く、外国人の頭や体を容赦なく打っていく。風も強く、建物に容赦なく吹き付ける。まるで、この地に潜む超自然的な何かが、外国人に対し警告を発しているかのようだった。
外国人は、階段から地上を見回してみた。だが、敷地内に人影はない。足跡の主は、どこかに消えてしまったようだ。
外国人は、不敵な笑みを浮かべ空を見上げる。
次の瞬間、ひょいと飛び降りた──
三階の非常階段から、男は何のためらいもなく無造作に飛び降りたのだ。彼は地面に落ちると同時に、くるりと一回転した。受け身をとるような体勢からスッと立ち上がり、何事もなかったかのように敷地を歩いていく。この男、単に時間短縮のため三階から地上に飛び降りたのだ。
やがて、高い塀の前に出た。外国人は、塀を見上げる。
次の瞬間、塀に飛びついた──
まるでヤモリのように、ほぼ水平な塀にへばり付き、すいすいと登っていく。ボルダリングと違い、手がかり足がかりになるような箇所はほとんどないのだ。しかも、強い雨が降り続いており滑りやすくなっている。登ることなど、不可能なはずだった。
この外国人には、そうした諸々の条件が障害になりえていないらしい。あっという間に、塀の頂上までたどり着く。
そこから、無造作な動きで飛び降りた──
ここは豊かな自然が特徴的であり、美しい川や森が名所として知られている。また、周辺の山はなだらかな形で登りやすく、登山の初心者にはうってつけだ。
そんな山のひとつに、奇妙な施設が建てられていた。森の中を抜けると、突然コンクリートの高い塀が出現するのだ。上には監視カメラが設置されており、鉄製の扉が付いているものの、常に施錠されており開けることは出来ない。塀に隙間はなく、中に何があるのか外からは見ることは出来ない構造になっている。
実のところ、塀の内側には三階建ての建物があるのだが、建物もまた異様な外観であった。一階を除いては、窓らしきものがない。外から見えるのは、灰色の壁だけだ。非常階段が設置されている以外には、何もない。さながら刑務所のような外観である。とある企業が管理しているらしいが、白土市の住民たちも詳しいことは知らなかった。
八月三十一日、蒸し暑い夏の日の夜。この塀の内側にて、恐ろしいことが起きようとしていた──
「お前、そこで止まれ!」
突き刺すような声が、廊下内に響き渡る。
この声の主は、異様な格好をしていた。屋内にもかかわらず、頭にフルフェイスのヘルメットを被っており、特殊な素材のシャツと防弾ベストを着ている。両手にはめているのは、硬い繊維であるケブラー製の防刃グローブだ。下半身には、これまた特殊素材のズボンとブーツである。外の気温はまだ三十度近いというのに、見ているだけでも汗が吹きでてきそうな格好だ。
それだけでも充分に異様だが、両手には大きな筒を携えているのだ。一見すると、子供向け番組に登場する玩具の銃のようだが、実は海外にて暴徒鎮圧のため用いられるものである。ゴム製の弾丸を、高速で撃ち出せる仕掛けになっていた。その衝撃力は凄まじく、当たれば骨折くらいは覚悟せねばならないほどだ。当たり所によっては、殺人も可能なほどの威力を秘めている。
そんな物騒な物を持った男が五人、薄暗く殺風景な廊下にて、ひとりの外国人男性と向き合っている。
「その提案には、承服しかねるな。こちらにも、果たさねばならない用事がある。申し訳ないが、そこをどいてもらえるとありがたい」
殺伐とした空気が漂う中、外国人はすました表情で言葉を返した。男たちとは対照的に、Tシャツとデニムパンツという軽装だ。
この外国人、見た目はさほど大きくない。身長は百六十センチ台だろう。しかし、体つきはガッチリしていた。何より、Tシャツから覗く二の腕には、瘤のような筋肉がうごめいている。
顔は彫りが深く、肌の色は浅黒い。よく日焼けしたヒスパニック系の中年男、といった雰囲気である。にもかかわらず、発した言葉は流暢な日本語であった。滑舌はよく発音も完璧であり、訛りはない。態度は落ち着いたものであり、佇まいからは知性と気品のようなものすら感じさせる。
何より、武装した男五人と向かい合っているというのに、怯えた様子が全く感じられないのだ。むしろ、男たちの方が動揺していた。
「お、お前! ふざけてるのか!」
男たちのひとりが、銃口を外国人に向ける。すると、外国人はニヤリと笑った。
「仕方ないな。時間には限りがある。すまないが、力ずくで行かせてもらう」
言うと同時に、外国人は動く──
零コンマ数秒遅れて、男たちも反応した。ひとりが銃口を外国人に向け、ゴム弾を発射する。火薬により鉛の弾丸を発射する実銃に比べれば弾丸速度は遅いが、至近距離で撃たれれば躱すことなど出来ない。
外国人はゴム弾を受け、痛みのあまり悶絶する……はずだった。
しかし、男たちにとって予想外のことが起きる。ゴム弾が発射された直後、外国人は右手をぶんと振った。動きは無造作で、群がる虫を払うようなものだ。
ほぼ同時に、発射されたゴム弾が壁にぶつかり空しく音を立てる。この外国人は、弾丸を素手で払いのけたのだ。高速で飛んできたゴム弾は、肉眼で捉えることなど不可能なはずだった。ましてや、それを素手で払いのけるなど……もはや神域の技である。
もっとも、男たちにゴム弾の行方を見ている余裕などなかった。接近した外国人は、手近な男の防弾ベストを掴む。
次の瞬間、男はくるりと一回転した。体操選手がバク宙するように空中で宙返りし、そのまま床に倒れたのだ。
他の四人は、既に迎撃体勢に入っている。彼らとてプロのガードマンだ。それも、特殊なケースのみ担当する者たちである。体は鍛え抜かれており、格闘技の腕も相当なものだ。様々な状況下での訓練も受けている。
そんな彼らの目の前にいるのは、侵入者らしき外国人だ。しかも、仲間のひとりが一瞬で倒されてしまった。ここまで接近されたら、ゴム弾を撃っても仲間に当たる可能性が高い。
ならば、四人がかりの格闘戦でいく。この場で即座に取り押さえなくてはならない。男たちは、一斉に襲いかかった。
確かに、彼らはプロだった。全員、身長百八十センチオーバーで体重も八十キロを超えており、筋骨隆々とした体格である。ただ大きいだけでなく、徒手格闘の腕も高いレベルに達している者たちばかりだ。さらに、着ている服とヘルメットは打撃や刃物などに対する高い防御効果がある。いかに強いとはいえ、ひとりの外国人男性を取り押さえることなど造作もないはずだった。
ところが、ここにいる侵入者は桁が違っていたのだ。男たちの常識では、計り知れない怪物であった──
けたたましいサイレンの音が鳴り響く中、外国人は廊下を進んでいた。傷ひとつ負っておらず、息も乱れていない。Tシャツには血痕が付いているが、それは返り血のようだ。
彼の通った後には、五つの死体が転がっている。外国人とガードマンの部隊が接触してから、三分ほどしか経っていない。にもかかわらず、男たちは全滅させられたのだ。
ただし、彼らも最低限の仕事は果たした。非常ベルを鳴らし、館内に危機を知らせたのである。外にまで聞こえるであろう音量のサイレンが、今も鳴り響いていた。
そんな中、外国人は階段を上がっていった。しかし、上の階に到着するなり表情が一変する。
「はて、いったい何が起きたのだろうね。この惨劇は、三番とやらのしでかしたことなのかな」
ひとり呟きながら、外国人は廊下を見回した。
異様な光景だった。階段から廊下を数メートル進むと、片側の壁がガラスになっている。ガラスの内側には、ベッドやテーブルなどが置かれていた。どうやら、人が住んでいたらしい。もっとも今は、生きた人間などひとりもいない。
廊下では、白衣らしきものを着た男が数人、床に倒れている。全員、手足や首が奇妙な方向に曲がっており、砕けた骨が飛び出ていた。かつて白衣だった衣装は、今や血で真っ赤に染まっている。大量の血は床も真っ赤に染めており、倒れている者たち全員が死んでいるのは明白だった。
そんな血の色で染められた廊下には、裸足の足跡が付いている。サイズは小さく、女性か子供の足により付けられたものであろう。その足跡は、長い廊下に点々と付着していた。外国人は、足跡を慎重に追っていく。
やがて、廊下の突き当たりに到着した。足跡は、開け放たれた扉のところで途絶えている。扉を出ると、外の非常階段へと通じていた。外国人は、扉から外に出て行った。
いつから天気が変わったのだろう。大粒の雨が降っていた。空も暗くなっている。
雨の勢いは強く、外国人の頭や体を容赦なく打っていく。風も強く、建物に容赦なく吹き付ける。まるで、この地に潜む超自然的な何かが、外国人に対し警告を発しているかのようだった。
外国人は、階段から地上を見回してみた。だが、敷地内に人影はない。足跡の主は、どこかに消えてしまったようだ。
外国人は、不敵な笑みを浮かべ空を見上げる。
次の瞬間、ひょいと飛び降りた──
三階の非常階段から、男は何のためらいもなく無造作に飛び降りたのだ。彼は地面に落ちると同時に、くるりと一回転した。受け身をとるような体勢からスッと立ち上がり、何事もなかったかのように敷地を歩いていく。この男、単に時間短縮のため三階から地上に飛び降りたのだ。
やがて、高い塀の前に出た。外国人は、塀を見上げる。
次の瞬間、塀に飛びついた──
まるでヤモリのように、ほぼ水平な塀にへばり付き、すいすいと登っていく。ボルダリングと違い、手がかり足がかりになるような箇所はほとんどないのだ。しかも、強い雨が降り続いており滑りやすくなっている。登ることなど、不可能なはずだった。
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