22 / 34
九月十一日 徳郁、サンの異変に戸惑う
しおりを挟む
テレビの音が聞こえてきた。
ゲラゲラという、いかにもな笑い声だ。不快な感情すら起こさせる声である。吉良徳郁は、気だるさを感じながら目を開けた。いつの間にか、ぐっすりと眠ってしまっていたようだ。
上体を起こし、辺りを見回す。テレビがつけっぱなしになったままだった。昨日、サンと狂ったように求め合ったまでは覚えている。恐らく、そのまま眠ってしまったのであろう。
思わず苦笑していた。自分は何をしているのだろうか。これでは、さかりのついた年頃の男子学生のようではないか。思わず口元を歪めていた。もっとも、徳郁にとって初めての体験であったのも事実だ。
辺りを見回した時、少し離れた場所で寝そべっているクロベエと目が合う。さらにはシロスケとも……二匹は寄り添い、徳郁をじっと見つめている。
いや、正確に言うと徳郁とサンを見つめているのだ。昨日から、自分たちはずっと見られていたのだろうか。
なぜか顔が赤くなる。
「何見てんだよ、お前ら。見世物じゃねえんだぞ」
ぶっきらぼうな口調で言うと、隣で眠っているサンに視線を移した。
サンは、無邪気な表情で寝息を立てていた。一糸まとわぬ姿だ。徳郁は微笑みながら、彼女の頭を撫でる。
だが、ぴくりともしなかった。目を覚ます気配はない。まだ熟睡しているようだ。
まあいい。しばらく寝かせておこう。
徳郁は立ち上がった。昨日は、ほとんど食事もとらず、狂ったようにお互いを求め合った。お陰で、ひどく喉が渇いている。キッチンに歩いていき、水をがぶがぶ飲んだ。
やがて徳郁は顔を上げ、サンの方を見てみる。だが、まだ目を覚ます様子がない。よほど疲れているのだろう。あどけない表情で眠っているが、昨日の乱れっぷりには凄まじいものがあった。普段のサンからは、想像もつかないくらいに。
その時、クロベエとシロスケが起き上がる。サンの傍らに行き、彼女に寄り添うように寝そべった。それでも起きる気配がない。
徳郁は首を傾げた。
「おいサン、お腹空いてないか? ごはん食べないのか?」
声をかけてみた。だが、返事はない。ずっと眠ったままだ。何の反応もない。不安を覚えた徳郁は近づいた。手を伸ばし、サンをそっと揺すってみる。
「おいサン、起きろよ。カップラーメン食べようぜ。お前、好きだろ?」
それでも、何の反応もない。言いようのない不安に襲われた。
「大丈夫か? どこか痛いのか?」
すると、彼女はようやく目を開けた。
「だいじょうぶ、いたくないよ。いたく、ないから……さん、ねむらなくちゃ、いけない。きら、あいしてる……きらを、まもる。くろべえも、しろすけも、みんなも、まもるから……さん、つよくなるよ。だから、ねむる」
いきなり意味のわからないことを言ったかと思うと、またしても目を瞑る。そのまま寝息をたて始めた。
「サン、お前は何を言ってるんだよ……」
徳郁は一抹の不安を覚えた。サンは何を言っているのだろうか。全く意味不明だ。
本当に大丈夫なのだろうか? ひょっとしたら、高熱で浮かされているのだろうか?
だが、今の自分に出来ることは限られている。徳郁はサンの体に毛布をかけ、その横に座る。彼女の額に手を当ててみたが、熱はなさそうだ。
眠っているサンを見ながら、徳郁は思った。自分は今まで、ずっとひとりで暮らしていた。この家に、他人を入れたことはない。唯一の友人と呼べる存在である正人でさえ、例外ではなかったのだ。
今まで、ずっとひとりで暮らしてきたが、寂しいと思ったことはない。他の人間など、自分の生活に必要ないはずだった。
もし、サンの身に何かあったら……そう思うだけで、徳郁の心はおかしくなりそうになる。
万が一、明日になっても眠り続けているようなら──
その時は、正人を呼ぶしかない。
奴に助けてもらおう。
そう思いながら、徳郁は携帯電話を取り出す。だが、その時に初めて気づいた。
携帯電話に、正人からの着信が数件あることに。さらに、メッセージもきている。
(見ているなら、電話くれ)
たった一行の簡潔な文章である。これを見る限り、仕事の話と思われた。
正人という男、かなり慎重な性格である。メールやLINEなどで、仕事の話をしたりしない。しかも、昨日から何度もかけてきていたのだ。ほぼ間違いなく仕事に関する話だろう。
いや、待てよ。
(そっちで、立て続けに妙なことが起きてるからさ)
数日前に聞いた言葉を思い出す。ひょっとしたら、その妙なことの続報かもしれない。となると、サンにかかわることだろうか。
徳郁は首を振った。考えていても仕方ない。ひとまず、今日一日は様子を見よう。正人からの電話は無視する。仕事など受けられる状態ではないし、この白土市でどんな事件が起こっていようが知ったことではない。
今は、サンの方が重要だ。
ゲラゲラという、いかにもな笑い声だ。不快な感情すら起こさせる声である。吉良徳郁は、気だるさを感じながら目を開けた。いつの間にか、ぐっすりと眠ってしまっていたようだ。
上体を起こし、辺りを見回す。テレビがつけっぱなしになったままだった。昨日、サンと狂ったように求め合ったまでは覚えている。恐らく、そのまま眠ってしまったのであろう。
思わず苦笑していた。自分は何をしているのだろうか。これでは、さかりのついた年頃の男子学生のようではないか。思わず口元を歪めていた。もっとも、徳郁にとって初めての体験であったのも事実だ。
辺りを見回した時、少し離れた場所で寝そべっているクロベエと目が合う。さらにはシロスケとも……二匹は寄り添い、徳郁をじっと見つめている。
いや、正確に言うと徳郁とサンを見つめているのだ。昨日から、自分たちはずっと見られていたのだろうか。
なぜか顔が赤くなる。
「何見てんだよ、お前ら。見世物じゃねえんだぞ」
ぶっきらぼうな口調で言うと、隣で眠っているサンに視線を移した。
サンは、無邪気な表情で寝息を立てていた。一糸まとわぬ姿だ。徳郁は微笑みながら、彼女の頭を撫でる。
だが、ぴくりともしなかった。目を覚ます気配はない。まだ熟睡しているようだ。
まあいい。しばらく寝かせておこう。
徳郁は立ち上がった。昨日は、ほとんど食事もとらず、狂ったようにお互いを求め合った。お陰で、ひどく喉が渇いている。キッチンに歩いていき、水をがぶがぶ飲んだ。
やがて徳郁は顔を上げ、サンの方を見てみる。だが、まだ目を覚ます様子がない。よほど疲れているのだろう。あどけない表情で眠っているが、昨日の乱れっぷりには凄まじいものがあった。普段のサンからは、想像もつかないくらいに。
その時、クロベエとシロスケが起き上がる。サンの傍らに行き、彼女に寄り添うように寝そべった。それでも起きる気配がない。
徳郁は首を傾げた。
「おいサン、お腹空いてないか? ごはん食べないのか?」
声をかけてみた。だが、返事はない。ずっと眠ったままだ。何の反応もない。不安を覚えた徳郁は近づいた。手を伸ばし、サンをそっと揺すってみる。
「おいサン、起きろよ。カップラーメン食べようぜ。お前、好きだろ?」
それでも、何の反応もない。言いようのない不安に襲われた。
「大丈夫か? どこか痛いのか?」
すると、彼女はようやく目を開けた。
「だいじょうぶ、いたくないよ。いたく、ないから……さん、ねむらなくちゃ、いけない。きら、あいしてる……きらを、まもる。くろべえも、しろすけも、みんなも、まもるから……さん、つよくなるよ。だから、ねむる」
いきなり意味のわからないことを言ったかと思うと、またしても目を瞑る。そのまま寝息をたて始めた。
「サン、お前は何を言ってるんだよ……」
徳郁は一抹の不安を覚えた。サンは何を言っているのだろうか。全く意味不明だ。
本当に大丈夫なのだろうか? ひょっとしたら、高熱で浮かされているのだろうか?
だが、今の自分に出来ることは限られている。徳郁はサンの体に毛布をかけ、その横に座る。彼女の額に手を当ててみたが、熱はなさそうだ。
眠っているサンを見ながら、徳郁は思った。自分は今まで、ずっとひとりで暮らしていた。この家に、他人を入れたことはない。唯一の友人と呼べる存在である正人でさえ、例外ではなかったのだ。
今まで、ずっとひとりで暮らしてきたが、寂しいと思ったことはない。他の人間など、自分の生活に必要ないはずだった。
もし、サンの身に何かあったら……そう思うだけで、徳郁の心はおかしくなりそうになる。
万が一、明日になっても眠り続けているようなら──
その時は、正人を呼ぶしかない。
奴に助けてもらおう。
そう思いながら、徳郁は携帯電話を取り出す。だが、その時に初めて気づいた。
携帯電話に、正人からの着信が数件あることに。さらに、メッセージもきている。
(見ているなら、電話くれ)
たった一行の簡潔な文章である。これを見る限り、仕事の話と思われた。
正人という男、かなり慎重な性格である。メールやLINEなどで、仕事の話をしたりしない。しかも、昨日から何度もかけてきていたのだ。ほぼ間違いなく仕事に関する話だろう。
いや、待てよ。
(そっちで、立て続けに妙なことが起きてるからさ)
数日前に聞いた言葉を思い出す。ひょっとしたら、その妙なことの続報かもしれない。となると、サンにかかわることだろうか。
徳郁は首を振った。考えていても仕方ない。ひとまず、今日一日は様子を見よう。正人からの電話は無視する。仕事など受けられる状態ではないし、この白土市でどんな事件が起こっていようが知ったことではない。
今は、サンの方が重要だ。
0
あなたにおすすめの小説
離婚した彼女は死ぬことにした
はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる