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ポカパマズ村
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「いよう! セルゲイ! セルゲイじゃないか! 久しぶりだな!」
いきなり投げかけられた言葉に、オレッグはきょとんとなった。そもそも、過去にこの村に来たことなどないはずなのだが。
しかし今、目の前にいる村人は、いかにも親しげに話しかけてくる。まるで、古くからの知り合いのように。
オレッグは、勇者ロットンの血を引く者である。大魔王ベルトサタンを倒すため、最強の剣であるバルムンクを手に故郷の村を旅立った。
しかし、度重なるモンスターとの戦いにより、体のあちこちに傷を負わされていた。さらに、肉体の疲労も限界にまで達している。どこかできちんと静養しなくては、旅を続けられないだろう。
そんな時、オレッグは不思議な村を発見した。密林の中にある、奇妙なポカパマズ村を……。
ポカパマズ村は豊かな自然に囲まれており、人々はいつもニコニコしている。取れる農作物も豊富で、気候も暖かい。若い女性の数も多く、みな美しい顔の持ち主である。
そんなポカパマズ村で、オレッグは一週間ほど療養しようと思ったのだ。戦いの傷を癒し、肉体の疲れを取り去り、完璧な状態に戻ったら旅を再開するつもりでいた。
ところが、想像もしていなかったことが起きる。
「い、いや……俺の名はオレッグだ。セルゲイじゃない」
オレッグの言葉に、村人はきょとんとした表情になる。
「あれ、違うのか? でも、似てるなあ」
首を傾げながら、去って行く村人。オレッグも首を傾げていた。そのセルゲイとは、いったい何者なのだろうか。
狐につままれたような気分で宿屋に行くオレッグ。だが、ここでも同じような言葉を投げ掛けられた。
「おや、セルゲイさんじゃないか! 今まで、どこ行ってたんだい!?」
ニコニコしながら、話しかけてきたのは宿屋の主人だ。オレッグは苦笑しながら首を振った。
「悪いけど、俺はセルゲイじゃない。オレッグだ」
その言葉に、主人は不思議そうに首を傾げた。
「あれ、違うの? でも、似てるなあ」
翌日、村の周辺をのんびりと歩くオレッグ。すると、小さな男の子がパタパタと駆けて来た。
「セルゲイさん! 帰って来たんだね!」
言いながら、オレッグに抱きついてきた。
またかよ……そう思いながら、オレッグは昨日と同じようなセリフを返す。
「人違いだよ。俺はセルゲイじゃない」
「あれ、違うの? でも、似てるなあ……」
子供は、不思議そうにオレッグの顔を覗きこむ。オレッグは不思議な気分になった。そのセルゲイとは、いったい何者なのだろう。
「ねえ君、俺とセルゲイさんは、そんなに似てるのかい?」
「うん、そっくりだよ」
無邪気な表情で、子供は語った。それを聞き、オレッグの中に好奇心が生まれた。自分にそっくりなセルゲイとは、一体どんな人物なのだろうか。
「そうか……ところで、セルゲイさんはどんな人だったの?」
「セルゲイさんはね、すっごく良い人だったよ。気は優しくて力持ちで……お兄さんにそっくりだった」
子供は昔を懐かしむように、しみじみと語る。
だが、不意にその顔が輝いた。
「そうだ! おじさんのこと、セルゲイさんって呼んでいい?」
「えっ?」
さすがのオレッグも、返答に詰まる。そのセルゲイなる人物が何者かは知らないが、違う名前で呼ばれるのは、さすがにいい気分はしない。
だが、オレッグを見つめる子供の瞳はキラキラしていた。そんな瞳で見つめられたら、嫌だとは言えない。
「いいよ」
答えるオレッグ。どうせ、ここにいるのもあと数日だ。アダ名だと思って、好きなように呼ばせておこう。
翌日、オレッグの泊まっている宿に、大きな魚を担いだ男が訪ねて来た。
「さっき湖で釣れたんだよ。セルゲイさん、よかったら食ってくれ」
「えっ……」
断るわけにもいかず、オレッグは愛想笑いを浮かべて受け取った。宿の主人に調理を頼むと、主人はニコニコしながら頷く。
「ほう! こりゃいい魚たね! さすがセルゲイさんだ!」
「あ、ああ」
仕方なく、オレッグは頷いた。こうなってしまったら、いちいち訂正するのも面倒だ。セルゲイというアダ名を受け入れるしかあるまい。
「セルゲイさん、今日もいい天気だね」
「セルゲイさん、さっき山で採れたキノコだよ。よかったら食べな」
「セルゲイさん、どこに行くんだい」
オレッグが村を歩くと、みんなが声をかけてくる。ポカパマズ村は、さほど広くはない。そんな村の中で、誰もが彼をセルゲイと呼ぶ。いつしか、その呼び名にも違和感を覚えなくなっていた。しかも、みんながオレッグに対し暖かい態度で接してくれている。様々な土産物を、ほぼ毎日のように宿屋まで持ってきてくれるのだ。
幾多の修羅場を潜り抜け、数多くのモンスターを葬ってきたオレッグ。だが戦いに疲れていた彼にとって、村はとても心地よい場所だった。
オレッグが村に来てから、一月たった。セルゲイと呼ばれることにも、すっかり慣れている。
「セルゲイさん、遊ぼうよ!」
いたずらっ子のポポロが、宿屋に遊びに来た。オレッグは笑顔で応じる。
「おし! 行こうか!」
さらに、三年が過ぎた。
セルゲイは、すっかりポカパマズ村の住人となってしまっていた。畑を耕し、魚を獲り、夜は村人たちと酒を酌み交わす……その生活に、どっぷりと浸っていた。
オレッグの名は、とうの昔に捨てた。最強の剣バルムンクも、海に沈めてしまった。
もう、戦うのは嫌だ。
このポカパマズ村で、セルゲイとして平和に暮らそう。
・・・
「上手くいったようだな、キノッピーよ」
魔王ベルトサタンは、愉快そうに笑う。すると、ポカパマズ村の村長であるキノッピーは、笑みを浮かべて頷いた。
「人間という生き物は、他人との接触により自己を確認します。あの勇者オレッグとて、例外ではないのです。接触してくる人間がみな、お前は村人セルゲイだと言えば、それに逆らう術はありません。今後、オレッグはセルゲイとして、ポカパマズ村で生きていくこととなるでしょう」
「戦わずして、勇者は死んだわけか……キノッピーよ、お前も悪だな」
「いえいえ、ベルトサタン様にはかないませんよ」
いきなり投げかけられた言葉に、オレッグはきょとんとなった。そもそも、過去にこの村に来たことなどないはずなのだが。
しかし今、目の前にいる村人は、いかにも親しげに話しかけてくる。まるで、古くからの知り合いのように。
オレッグは、勇者ロットンの血を引く者である。大魔王ベルトサタンを倒すため、最強の剣であるバルムンクを手に故郷の村を旅立った。
しかし、度重なるモンスターとの戦いにより、体のあちこちに傷を負わされていた。さらに、肉体の疲労も限界にまで達している。どこかできちんと静養しなくては、旅を続けられないだろう。
そんな時、オレッグは不思議な村を発見した。密林の中にある、奇妙なポカパマズ村を……。
ポカパマズ村は豊かな自然に囲まれており、人々はいつもニコニコしている。取れる農作物も豊富で、気候も暖かい。若い女性の数も多く、みな美しい顔の持ち主である。
そんなポカパマズ村で、オレッグは一週間ほど療養しようと思ったのだ。戦いの傷を癒し、肉体の疲れを取り去り、完璧な状態に戻ったら旅を再開するつもりでいた。
ところが、想像もしていなかったことが起きる。
「い、いや……俺の名はオレッグだ。セルゲイじゃない」
オレッグの言葉に、村人はきょとんとした表情になる。
「あれ、違うのか? でも、似てるなあ」
首を傾げながら、去って行く村人。オレッグも首を傾げていた。そのセルゲイとは、いったい何者なのだろうか。
狐につままれたような気分で宿屋に行くオレッグ。だが、ここでも同じような言葉を投げ掛けられた。
「おや、セルゲイさんじゃないか! 今まで、どこ行ってたんだい!?」
ニコニコしながら、話しかけてきたのは宿屋の主人だ。オレッグは苦笑しながら首を振った。
「悪いけど、俺はセルゲイじゃない。オレッグだ」
その言葉に、主人は不思議そうに首を傾げた。
「あれ、違うの? でも、似てるなあ」
翌日、村の周辺をのんびりと歩くオレッグ。すると、小さな男の子がパタパタと駆けて来た。
「セルゲイさん! 帰って来たんだね!」
言いながら、オレッグに抱きついてきた。
またかよ……そう思いながら、オレッグは昨日と同じようなセリフを返す。
「人違いだよ。俺はセルゲイじゃない」
「あれ、違うの? でも、似てるなあ……」
子供は、不思議そうにオレッグの顔を覗きこむ。オレッグは不思議な気分になった。そのセルゲイとは、いったい何者なのだろう。
「ねえ君、俺とセルゲイさんは、そんなに似てるのかい?」
「うん、そっくりだよ」
無邪気な表情で、子供は語った。それを聞き、オレッグの中に好奇心が生まれた。自分にそっくりなセルゲイとは、一体どんな人物なのだろうか。
「そうか……ところで、セルゲイさんはどんな人だったの?」
「セルゲイさんはね、すっごく良い人だったよ。気は優しくて力持ちで……お兄さんにそっくりだった」
子供は昔を懐かしむように、しみじみと語る。
だが、不意にその顔が輝いた。
「そうだ! おじさんのこと、セルゲイさんって呼んでいい?」
「えっ?」
さすがのオレッグも、返答に詰まる。そのセルゲイなる人物が何者かは知らないが、違う名前で呼ばれるのは、さすがにいい気分はしない。
だが、オレッグを見つめる子供の瞳はキラキラしていた。そんな瞳で見つめられたら、嫌だとは言えない。
「いいよ」
答えるオレッグ。どうせ、ここにいるのもあと数日だ。アダ名だと思って、好きなように呼ばせておこう。
翌日、オレッグの泊まっている宿に、大きな魚を担いだ男が訪ねて来た。
「さっき湖で釣れたんだよ。セルゲイさん、よかったら食ってくれ」
「えっ……」
断るわけにもいかず、オレッグは愛想笑いを浮かべて受け取った。宿の主人に調理を頼むと、主人はニコニコしながら頷く。
「ほう! こりゃいい魚たね! さすがセルゲイさんだ!」
「あ、ああ」
仕方なく、オレッグは頷いた。こうなってしまったら、いちいち訂正するのも面倒だ。セルゲイというアダ名を受け入れるしかあるまい。
「セルゲイさん、今日もいい天気だね」
「セルゲイさん、さっき山で採れたキノコだよ。よかったら食べな」
「セルゲイさん、どこに行くんだい」
オレッグが村を歩くと、みんなが声をかけてくる。ポカパマズ村は、さほど広くはない。そんな村の中で、誰もが彼をセルゲイと呼ぶ。いつしか、その呼び名にも違和感を覚えなくなっていた。しかも、みんながオレッグに対し暖かい態度で接してくれている。様々な土産物を、ほぼ毎日のように宿屋まで持ってきてくれるのだ。
幾多の修羅場を潜り抜け、数多くのモンスターを葬ってきたオレッグ。だが戦いに疲れていた彼にとって、村はとても心地よい場所だった。
オレッグが村に来てから、一月たった。セルゲイと呼ばれることにも、すっかり慣れている。
「セルゲイさん、遊ぼうよ!」
いたずらっ子のポポロが、宿屋に遊びに来た。オレッグは笑顔で応じる。
「おし! 行こうか!」
さらに、三年が過ぎた。
セルゲイは、すっかりポカパマズ村の住人となってしまっていた。畑を耕し、魚を獲り、夜は村人たちと酒を酌み交わす……その生活に、どっぷりと浸っていた。
オレッグの名は、とうの昔に捨てた。最強の剣バルムンクも、海に沈めてしまった。
もう、戦うのは嫌だ。
このポカパマズ村で、セルゲイとして平和に暮らそう。
・・・
「上手くいったようだな、キノッピーよ」
魔王ベルトサタンは、愉快そうに笑う。すると、ポカパマズ村の村長であるキノッピーは、笑みを浮かべて頷いた。
「人間という生き物は、他人との接触により自己を確認します。あの勇者オレッグとて、例外ではないのです。接触してくる人間がみな、お前は村人セルゲイだと言えば、それに逆らう術はありません。今後、オレッグはセルゲイとして、ポカパマズ村で生きていくこととなるでしょう」
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