ぼくたちは異世界に行った

板倉恭司

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秘策・平田銀士

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「ギンジさん、あんた本気なのか? 本当に、そんなことをやる気なのか?」

「それしか手がないんだ。とにかく、オレとヒロユキが魔王の祭壇に行く。フリントが運んでくれるそうだ。カツミ、お前は今のうちにガイに確認してくれ。この世界に残るつもりはないのかを、な。そしてタカシ、お前はニーナに計画を説明してやってくれ。それと……子供の件は、まだ内緒にしておいてくれ。ここでガイに、妙なことをされたらマズい」

「わかりました。ただ、ニーナちゃんは……やってくれますかね?」

「ニーナだって助かりたいだろうからな。わかってくれるよ」

「なあギンジさん、オレが行くよ。オレがヒロユキと行く。あんたが祭壇に行くことはねえ」

「カツミ、オレにはお前の代わりは出来ない。お前の戦闘能力は最強なんだ。お前が戦うから、オレの計画は成り立つんだよ。門番に計画を気づかれたら終わりだ。それに……ヒロユキには、オレが引導を渡す。オレが渡さなきゃならないんだ」

 ・・・

 目覚めたヒロユキの耳に飛び込んできたもの、それは騒がしい声だった。

「にゃはははは! リンは可愛いにゃ! チャムが逆立ち歩きを教えてあげるにゃ!」

「うわ! チャム姉さん凄いですにゃ!」

 楽しそうに遊んでいる二人のニャントロ人、その光景は微笑ましいものだった。ニーナもニコニコしながら、その遊びに加わっている。横でナイフをいじっているガイですら、二人を見て目尻を下げていた。



 その時、扉が開いた。ギンジとカツミ、続いてタカシが部屋に入って来る。

「よう、お前ら楽しそうだな。ヒロユキ、具合はどうだ?」

 ギンジは優しげな表情でヒロユキに話しかける。ヒロユキも笑みを浮かべた。

「だいぶ良くなりました。迷惑をかけてすみません。ぼくのせいで、余計な時間を――」

「いや、それはいい。なあヒロユキ、部屋に閉じこもってばかりだと気が滅入るだろう。一緒にこの辺りを散歩しないか? 体も慣らさないといけないし」

「えっ?」

 ヒロユキは困惑し、ギンジの顔を見つめる。ヒロユキの知る限り、ギンジは無駄な動きをしない男だ。それが何故?

「ヒロユキ、行こうぜ。たまには、おっさんに付き合ってくれよ」

 その時、ヒロユキはギンジの意図に気づいた。彼は自分に、何か話があるらしい……他の人間には、聞かせたくはないであろう話が。それが何かはわからないが、ヒロユキに聞かせなくてはならない話なのだ。
 ギンジがそう判断したのなら、自分は聞かなくてはならない。

「わかりました。行きましょう」

 ヒロユキは立ち上がる。すると、ニーナが心配そうな表情で駆け寄って来た。だが、タカシがニーナの肩を掴む。

「ニーナちゃん、すまないが私に魔法のことを教えてくれないかな。お願いだよ……駄目かい?」

 タカシの懇願するような表情を見たニーナは、困った顔をしながらも頷いた。

「じゃあ、行くとしようぜ」

 ギンジに連れられ、ヒロユキは部屋を出て行った。



「ガイ、あいつらは楽しそうだな」

 床に座り、ナイフを研いでいたガイ。その隣にカツミがしゃがみこんだ。
 ガイがそちらを見ると、カツミはチャムとリンを見ている。確かに、二人とも楽しそうだ。しかし、時おり覗くリンの焼き印は痛々しいものだった。

「そういやカツミさん、ドラゴンは上手く逃がせたのか?」

 尋ねるガイに、カツミは笑みを浮かべる。

「ああ、タカシが得意のマシンガントークでドラゴンを説得しやがったんだ。あれは凄かったよ」

「本当かよ。まあ、タカシさんならやりかねないな」

 可笑しそうに笑い、ガイはタカシに視線を移す。だが、そのタカシはニーナに向かい、ひそひそと話していた。ガイはその光景に違和感を覚え、眉をひそめる。

「カツミさんよう、あれ見てくれよ。タカシさん何やってんだ──」

「ガイ……お前、チャムと一緒にこの世界に残らないか?」

「はあ!?」

 カツミの意外な言葉に反応し、ガイは表情を一変させた。凄まじい形相で、カツミを睨み付ける。

「カツミさん……それは、どういう意味だ? オレとチャムは邪魔だってことなのかよ?」

 ガイの声は静かなものだった。しかし、その奥には押さえきれない怒りがある。すると、カツミも冷静な言葉を返した。

「まあ聞けよ、チャムとリンはニャントロ人だぜ。このままオレたちの世界に行ったら、あいつらは不幸になるかもしれねえ。だから……いっそ、奴らと一緒にお前も残った方がいいんじゃないかと思ってな」

 そう言ったカツミの表情は、いつもと同じくいかついものだ。だが、その目の奥には優しい光がある。ガイは、思わず目を逸らしていた。

「カツミさん、そいつはオレも考えたよ。でも……やっぱり、この世界には居たくない」

「それはそうだが──」

「いや、オレの話を聞いてくれ。確かに、この世界ではニャントロ人は普通に暮らせるかもしれねえよ。でもな、この世界は命が安すぎる。オレは今まで、何人の死体を見てきたか。そして、何人殺してきたか……病気になったって、薬があるかどうかもわからねえ。しかも、人を平気で物扱いする奴らがいる。見ろよ、アレを」

 そう言うと、ガイはリンに視線を移す。
 リンは、丁度こちらに背中を向けていた。首に焼き印が押された姿で、チャムと無邪気に遊んでいる。その姿を見て、ガイの表情が歪んだ。

「あんな小さな子供に、奴隷の焼き印を押すんだぜ。ニーナだって、声を出せないように喉を切られてる。オレはこんな世界で、チャムと一緒に暮らしたくない。それにな、リンはあの焼き印がある限り、この世界には安住の地はないんだ」

「そうか。確かに、その通りだな」

「オレたちの世界は、何のかんの言っても恵まれてるよ。食い物には困らないし、病気や、怪我にも対処できるし……いざとなれば、誰もいない無人島で、チャムとリンと三人で暮らしてもいいしな。それに、こっちの世界に残ったら……みんなと会えなくなる。オレもチャムも、そんなのは嫌だよ。オレはみんなと離れたくない。ヒロユキ、ニーナ、ギンジさん、タカシさん……オレにとって初めてできた本当の仲間だよ。みんなとは別れたくないんだ。チャムも、そう言ってたしな」

「ガイ……お前は今、オレの名前を言わなかったな。じゃあ、オレは仲間じゃないってことか」

「えっ? あ、いや、それは……」

 何故か顔を赤くし、口ごもるガイ。すると、カツミは悲しそうな表情になった。

「そうか。お前にとって、オレは仲間じゃないのか。なんて切ない話だろうな。ガイ、お前の本当の気持ちがわかったよ」

「あのなあ! 子供みたいなこと言うなよ! 仲間に決まってんだろうが! いちいち言わなくてもわかんだろ! 恥ずかしいだろうが!」

 ・・・

 その頃、ギンジとヒロユキは街中を歩いていた。

「そんな事があったんですか……それにしても、不思議ですね。御神体のドラゴンが逃げたってのに、街は平和そのものですよ」

 ヒロユキは、街を見回して首を傾げる。そう、街は平和そのものなのだ。厳戒態勢が敷かれている訳ではない。
 すると、ギンジはニヤリと笑った。

「当たり前だ。奴らにとって、ドラゴンは金づるだぜ。その金づるがいなくなった、なんて絶対に口にしないよ。今ごろ、お偉いさんが集まって会議してるんじゃないか……どうやって誤魔化すかを、な」

「なるほど」

 納得するヒロユキ。その時、もうひとつの疑問を思い出した。
 ずっと、胸につかえていた疑問を。

「ところで、もうひとつ分からないことがあるんです」

「なんだ?」

「ホープ村のことです。ダークエルフの秘薬があれば、村にいた病人たちを治せたんじゃないですか?」

 ヒロユキは言葉を止め、ギンジを真っ直ぐ見つめる。だが、ギンジは平然としていた。

「ああ、治せたかもしれない」

「今さら言っても仕方ないですが、なぜ彼らに秘薬をあげなかったんです?」

「まず、確実に治るという保証がない。次に、村人全員に行き渡るほど薬の量がなかった。その二つの理由から、オレは薬を使わなかったんだよ」

 そう言うと、ギンジはヒロユキの肩を叩いた。

「いいか、仮に薬が効いたとしよう。だがな、病人の中の誰に薬を渡せばいいんだ? その判断は誰がする? 薬の量は限られてるし、作る手段もない。下手をすれば、薬のために村人同士が争うことになるかもしれない。そう判断したから、オレは薬の存在を言わなかったんだよ」

 淡々とした口調で、ギンジは答えた。ヒロユキは、思わずため息を吐く。やはりギンジは、自分とは違う。先の先まで考えているのだ。

「やっぱり、ギンジさんは凄いですね。どんな状況であっても、正解を見つけ出す……ぼくなんかとは、比べ物にならないですね」

「正解、か」

 不意にギンジは立ち止まった。その顔には、複雑な表情が浮かんでいる。

「ヒロユキ……前にも言ったが、オレは以前にハザマと会ったことがある。奴に有り金を奪われ、子分を皆殺しにされた」

「えっ?」

 ヒロユキは二の句が継げなかった。いきなり何を言い出すのだろうか。
 だが、ギンジは言葉を続ける。

「オレは子分たちを見捨てて、真っ先に逃げ出したよ。奴を見た瞬間、こいつは化け物だと思ってな。勝ち目がない時は逃げる……結果、オレは生き延びた。二十人近くいた子分は、全員死んだがな」

「……」

 ヒロユキは、何と言っていいのかわからなかった。黙ったまま、ギンジの顔を見つめる事しかできなかった。ギンジの表情は暗い。その顔には、様々な感情が浮かんでは消えていく。屈辱感や敗北感のような負の感情も……普段のギンジからは想像もつかない。ヒロユキが初めて見た、ギンジの闇だった。

「オレは、あの時の判断は間違っていたとは思わない。勝ち目のない戦いはしない、いわば戦略的撤退さ。判断そのものは正解だよ。だがな、オレは自分自身を許せないんだ。たったひとり、生き延びてしまった自分をな。オレはどんな手段を使っても、どんな犠牲を払おうとも、奴を殺す。でないと……オレは死んだ後、あの世で子分たちに合わせる顔がねえ。このままじゃ、オレは地獄にも行けやしねえよ」

 そう言いながら、顔を歪めるギンジ。ヒロユキもまた、暗い表情になっていた。常に自信に満ちた態度で、どのような状況においても的確な判断を下してきたギンジ。ガイやカツミのような最強の武闘派や、タカシのような常識の通じない男ですら一目置かせてしまうギンジ。だが、そんなギンジもまた、敗北というものを知っていたのだ。
 そして……敗北の辛さ、惨めさを知っているからこそ、ギンジはいかなる時でも、異常とも思える観察力や集中力を発揮し、一行のピンチを未然に防いできたのではないか。
 そう、ギンジの強さの一因は……敗北を知っているという事だ。敗北の怖さ、辛さ、惨めさを知りつくしており、それを自らの強さに変えた。二度と敗北したくないという気持ちが、ギンジをさらに強くしたのだ。
 いじめられた経験を、トラウマなどという下らないものにしか変えられなかった自分とは……完全に真逆なのだ。
 いや、そもそも比べること自体が馬鹿馬鹿しい。人知を超えた怪物と化したハザマ。そのハザマに敗れ、圧倒的な強さを見せつけられながら、それでも復讐を誓うギンジ。
 ヒロユキのような凡人には、想像もつかない次元だ。

「ギンジさんは、やっぱり凄いな」

 ぽつりと呟くヒロユキ。ギンジは顔を上げ、ヒロユキを見た。

「ぼくは、そんな化け物とは絶対に戦えない。ハザマの力は、レイさんに聞いただけでも……人知を超えてる。なのにギンジさんは、そんな化け物と戦うつもりなんですね」

 ヒロユキの言葉には、力がなかった。ギンジは、そんなヒロユキをじっと見つめる。
 ややあって、口を開いた。

「ヒロユキ、オックスとラーグを覚えているか?」

「えっ?」

 ギンジの意外な言葉に、ヒロユキは戸惑った。オックスとラーグといえば、かつて訪れたホンチョー村を支配していた山賊たちである。だが、あの二人がどうしたというのだろうか。
 だが、続いて発せられたギンジの言葉は、ヒロユキの想定外のものだった。

「あいつらは今、逃げ出した奴隷を助けているらしいぜ」

「えっ!?」

「それだけじゃない。あいつらは森に隠れて、権力者たちにゲリラ戦を挑んでいるらしい。逃げ出した奴隷たちをどんどん吸収し、今や無視できない一大勢力になってるとも聞いたぜ」

「ほ、本当ですか!?」

 思わず、すっとんきょうな声を出す。オックスとラーグは……自分に初めて、この中世ヨーロッパ風異世界の厳しさを教えてくれた存在だったのだ。
 彼らの歩んできた地獄を知り、ヒロユキは初めて本気で怒った。

(あんたの殴る相手は他にいるはずだ! その拳は権力者に向けるべきじゃないのか! ぼくたちの世界では、かつて奴隷だった種族の子孫が大国の大統領……いや、王様になってるんだぞ! あなたのやることは山賊なんかじゃない! 奴隷を助けるために戦うことじゃないのか!)

「ヒロユキ……今のあいつらは、ただの山賊じゃねえぜ。この世界のシステムそのものに、喧嘩を売るような存在になりつつあるんだよ。いずれは革命を起こすんじゃないか……いや、もう起こしてるか」

「……」

 ギンジの言葉に対し、ヒロユキは初め無言のままだったが……やがて、体を震わせ始める。

「おい、どうしたんだよ?」

「嬉しいです。オックスが、この世界の理不尽さと戦ってくれていて……やっぱり、あいつは凄いですね」

 ヒロユキの目から、涙がこぼれる。オックスとラーグは……魔術により生み出された、人と怪物の混血児のような存在だった。狂った貴族の歪んだ好奇心によって造り出された、哀れな存在だったのだ。ヒロユキは二人の出自の秘密を知って、心の底から同情した。そして、権力者の残忍さに本気で怒った……。
 その呪われし存在である二人が、この世界を変えようとしているのだ。ヒロユキは感動の涙をこらえられなかった。彼は久しぶりに、嬉しさゆえの涙を流していたのだ。
 そんなヒロユキを、じっと見つめるギンジ……その表情もまた変化していた。とても寂しそうであり、かつ悲しげでもある複雑な表情に。
 ややあって、ギンジは口を開いた。

「ヒロユキ、お前はこの世界を変えたんだ。お前がいなかったら、お前の言葉がなかったら……オックスとラーグは、今もただの山賊だったろうよ。お前は凄い奴だよ。オレなんかよりもずっと、な。オレはしょせん、人の生き血をすすってきた男……まぎれもないクズだ。しかしな、お前はオレとは違う。お前ならば、オレなんかには想像もつかないような高みにたどり着けるよ」













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