夏休みの終わり

板倉恭司

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悪魔の教え(3)

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 零士が語り終えた時、ペドロは大きく頷く。

「なるほど。そういうことか」

 納得した様子だった。零士は、固唾を飲んで次の言葉を待つ。
 しかし、彼の口から出てきたのは、またしても想像もしていなかった話だった。

「かつて、日本でも指折りのヤクザ組織であった士想会と沢田組。このふたつの団体が抗争状態になり、挙げ句に多数の死者が出た。未だに、ネットでも話題になることがあるらしい」

「は、はい?」

 またしても、話題が違う方向に飛んだ。意味がわからない。今度は、ヤクザの抗争ときた。妖怪と、どんな関係があるというのか。
 唖然となっている零士に対し、ペドロは静かな口調で語っていく。

「やがて、抗争は終結した。その直接のきっかけになったのは、両団体の組員同士が町外れの巨大な倉庫に集まり、派手に殺り合った事件なのさ。銃声が派手に鳴り響き、死者が百人近く出たという話だ。事件は大々的に報道され、さすがの両団体も休戦協定を結ばざるを得なかった。しかしね、これがまた実に奇妙な話なんだよ」

 ようやく零士にも、ペドロが何を言わんとしているのかわかってきた。この外国人、話が回りくどいのは確かだ。しかし、関係ない話をしたりはしない。

「俺の調べた情報によれば、亡くなった者のうち五十人近くが、バラバラ死体にされていたということだ。首をちぎられていたり、胴体を真っぷたつにされたりしていたのだよ。そんな殺し方が出来るのは、明確な殺意を持った北極熊くらいのものだろう。ひ弱な日本のヤクザには不可能だ」
 
 やはりそうだった。
 首が引きちぎられていたり、胴体が真っ二つにされていた死体……零士が悪夢で見たものと似ている。

「もうひとつ、この事件には明かされなかった事実がある。現場付近にて、ひとりの少女が目撃されていた。体は小さいが、瞳は紅く光っていたそうだ」

「ひょっとして、その少女が妖怪で……ヤクザたちを殺したんですか?」

 ようやく零士が口を挟むと、ペドロは笑みを浮かべ答える。

「よくわかったね。真相は不明だが、その可能性が高いと俺は思っている。そもそも、ヤクザ同士の抗争でありながら、双方が身を隠す場所のない倉庫に集合し殺し合う……こんな愚かな話はないんだよ。それ以前に、彼らの争う目的は縄張りだ。ひいては、金だよ。殺し合いなど、出来ることなら避けたい。殺せば刑務所、殺されれば地獄だからね。何の得にもならない」

 またしても、零士はなるほどと思わせられてしまった。
 漫画や映画などに出てくるヤクザは、ほとんどがカッコよく描かれていた。仁義のためなどと称し、悪人と戦ったりしている。
 しかし、現実はペドロの言う通りなのだろう。誰も、好きこのんで戦ったりなどしない。ヤクザといえど刑務所には行きたくないし、死ぬのは怖いはずだ。
 
「さて、君が見たという夢だが……この少女と同じ種族の者が、君の母親を殺した可能性は高い」

 そこで、零士は尋ねる。

「そんな怪物が、現実にいるんですか?」

 その時、ペドロの表情が僅かに歪んだ。 

「君は、あまりにも世の中のことを知らなさ過ぎるね。学校で学べることなど、世の中のごくごく一部でしかない。その学校で学んだことを基準にして、物事を判断している。だがね、それでは真実は見えて来ないよ」

「は、はあ」

「今、話した事件にしてもそうさ。ふたつの団体の百人近い構成員が、倉庫で死んでいた。警察は、抗争によるものと判断した。しかしね、そんなことは不可能なんだよ。妖怪が現れ、ヤクザを皆殺しにした。そちらの方が、まだ合理的だ。ところが、警察はそちらの意見を却下した。彼らは合理的な判断よりも、己の乏しい知識を土台とした常識なるものに基づいた判断を優先したのさ。何とも愚かな話だよ」

「そうみたいですね」

 零士は相づちを打ったが、直後にまたしても混乱させられる。

「唐突で申し訳ないが、ここで質問だ。君が望むならば、ここで降りることも可能だよ。君は、このゲームを最後まで続ける気なのかい?」

「は、はい? どういうことですか?」

「いずれ、この島で恐ろしいことが起こる可能性がある……今は、それしか言えない。そうなると、君は否応なく島の秘密を知ることになる。真実というものは、時に信じられないくらい残酷な一面を見せることもあるからね。知らない方が幸せなこともある」

 零士は、思わず息を呑んだ。
 このペドロ自体が、殺人鬼の脱獄犯なのだ、しかも、島で人ひとりを殺している。そんな男が、恐ろしいことが起きる……などと言っているのだ。間違いはないだろう。

「十三歳の少年には、あまりにも過酷な体験を強いられることになる。これまでの優しき日々には、もう二度と戻れない。だがね、今すぐ島を離れれば、普通の人間として生きていられるかもしれないよ」

「島を離れるんですか?」

「そうさ。なんだかんだ理由をつけて、夜禍島を離れることは難しくないはずだ。どうしても無理なら、俺が船のチケットを手配しても構わないよ。さあ、どうする?」

 問われた零士は、目を逸らして下を向く。どうすればいいのだろう。
 その時、かつてのペドロのアドバイスが頭をよぎる。選択は即断即決が基本、というものだ。ならば、早く決めなくてはならない。
 そう思った瞬間、答えは自然と出ていた。

「残ります。残って、島の秘密を知りたいです」

「わかった。その結果、君は知りたくもない真実を知ることになる。真実は、時に残酷なものだ。その覚悟だけは、しておくことだね」

 その時、ひとつの疑問が零士の頭に浮かぶ。

「最後に、ひとつだけ聞かせてください」

「何だね」

「あなたは、なぜ僕を……その、殺さないのですか?」

「ほう、面白いことを聞くね」

 ペドロの表情が、僅かながら変化した。少しの間を置き、口を開く。

「質問に質問で返す、これは褒められた態度ではないと俺は言ったね。だが、今回は非礼を承知の上で敢えて聞かせてもらおう。君は、なぜそんなことを聞くのかね?」

「僕は、あなたが何者か知っています。あなたが恐ろしい人であることも、あなたが夜禍島で何かをしようとしていることも知っています。そんな人間を生かしておいたら……あの、計画の邪魔になるんじゃないか、とか思いますよね?」

「なるほど。確かに君の言う通りだ。犯罪者が目撃者を殺す、これはセオリーだ。ましてや、君は知らなくてもいい情報を知ってしまった。本来なら、確実に殺しているだろうね」

 言った後、ペドロはにやりと笑った。直後、ポケットから何かを取り出す。
 零士はビクリとなったが、不思議と恐怖は感じなかった。なぜか、今はまだ殺されることはない……という確信めいた思いがあった。だからこそ、この疑問をぶつける気になったのだ。
 その思いは、間違いではなかったらしい。ペドロが取り出したのは、タバコの箱だった。一本抜き取り、口に咥える。マッチで火をつけ、うまそうに煙を吸い込む。
 零士は、紙巻きタバコを吸っている大人を間近で見るのは初めてである。正直、煙の匂いは不快ではあった。だが、不快さなど大した問題ではない。今はそれよりも、話の続きを聞きたかった。
 一方、ペドロは楽しそうな様子で再び口を開く。
 
「ところが、俺は君を殺さないよ。なぜかといえば、そうせざるを得ない事情があるからだ」

「その事情って、何なんですか?」

「それもまた、今は言えない。ただ、約束しておこう。君は、いずれ俺の事情をも知ることになる。そして、この島の秘密もね。ただし、その秘密を知った時、君を取り巻く世界は一変する。先ほども言った通り、もう二度と元の優しい世界には帰れない」




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