復讐するは彼にあり~超獣戦線~

板倉恭司

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賢一の選択(2)

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 その青年は、賢一より少しだけ年上に見える。二十代の前半、といったところか。背はやや高く、とても綺麗な顔の持ち主だった。肌は舞い落ちてくる雪のように白く、黒い髪は美しくつやがあった。目鼻立ちは、ギリシャ彫刻のように整っている。ハリウッドの美形俳優ですら、この男の前に出れば霞んで見えるだろう。
 もっとも青年の服装は、その美貌を台なしにしてしまうほどの破壊力を持っていた。頭には美しい装飾の施された黄金の冠を被り、紺色のマントを羽織っている。しかしマントの下は、白いパンツを履いているだけなのだ。ちなみに彼の履いているのは白ブリーフである。今時、バラエティー番組における罰ゲームでも見られないふざけた格好だ。
 それだけではない。この奇怪な格好をした青年の周囲には、不思議な空気が流れていた。妖気とでも言おうか、不気味な何かが色濃く漂っている。
 青年の醸し出す異様な迫力に、賢一は思わず後ずさっていた。この男からは、先ほどの神と名乗る老人と同じ何かを感じるのだ──

「お、お前誰だ? もしかして、お前も神なのか?」

 震える声で尋ねると、青年はクスリと笑った。

「いやいや、違うよ。あんなのと一緒にしないでくれたまえ。僕の名は、アマクサ・シローラモだよ。わかりやすく言うと、悪魔……いや、魔王といったところかな」

「ま、魔王?」

 唖然となる賢一に、シローラモと名乗る青年は頷いた。

「そうだよ。いきなりで申し訳ないんだが、君に会いたがっている者がいる。だから、連れてきたんだよ」

 そう言うと、シローラモはさっと手を振った。
 次の瞬間、賢一は愕然となる──

「お、お前たち……」

 そう言うのがやっとだった。目の前に突然、白猫のシェリーと九官鳥のエリックが現れたのだ。どちらも地面に座り、彼の顔を見上げている。
 しかも、金魚のジョーズまでいるのだ。水もないのに、空中で楽しそうにひらひら泳いでいた──
 目の前の不思議な光景に圧倒されている賢一に、シローラモは静かな口調で語り出した。

「今の君には、三つの選択肢がある。ひとつは、このまま死ぬ。そうすれば、人間として元いた世界に生まれ変われる。もっとも、今の記憶や人格は全て消え去ることになるけどね。もうひとつは、神の指示の通りに異世界に転生する。これが、普通の人間にとって、一番楽で楽しい選択じゃないかな。異世界にて、神にも悪魔にもなれるのだからね」

 その二つは、先ほど神を名乗る老人から聞いた。だが、残る最後の選択肢は何なのだろうか。賢一は、固唾を飲んで耳を傾けていた。

「最後のひとつは、今の記憶や人格を残したまま、元の世界に生き返る。そうなれば、君の父親と母親の仇を討てるんだよ」

「えっ、そんなことが出来るのか!?」

 詰め寄る賢一に、シローラモはニヤリと笑った。

「うん、出来るよ。ただし、生き返るには魂の容器となる肉体が必要だね。そのためには、彼らの協力が必要だ」

 言いながら、ある方向を指差した。そこには、親友の三匹がいる。

「ど、どういうことだよ?」

 困惑の表情を浮かべ、賢一は尋ねる。だが、返ってきた答えは衝撃的なものだった。

「つまりね、彼ら三匹を生け贄にすれば、君の魂を容《い》れられる肉体が出来上がる。君は人も獣も超えた生物……超獣になるんだよ」

「おい、ちょっと待てよ……生け贄ってなんだよ? あいつら、どうなるんだ?」

「彼らは死に、君の肉体の一部となる」

 その瞬間、賢一の顔つきが変わる──

「ふざけるな! そんなこと、出来るわけねえだろ!」

 相手の言葉を遮り、凄まじい形相で怒鳴りつけた。あの三匹は、疲れた心を癒してくれた親友だ。辛い時も、悲しい時も、三匹は常にそばにいてくれた。いつも、無償の愛を捧げてくれていたのだ。
 彼らを生け贄にするくらいなら、死んだ方がマシだ。
 すると、シローラモは首を横に振った。

「君は、何か勘違いしているようだね。これはね、単純な君と僕との取り引きじゃない。彼らの願いなんだよ。僕を魔界から召喚したのは、彼らの祈りなのさ」

 その言葉に、賢一はハッとなった。

「う、嘘だろ」

「いいえ、本当よ。あたしたちが、彼を呼び出したの」

 答えたのはシローラモではなく、猫のシェリーだった。開いた口からは、日本語が出ている。賢一は唖然となり、シェリーを見つめる。
 だが、驚くのはまだ早かった。

「俺とシェリーは、いずれ保健所で殺処分になる運命なんだ。年をとりすぎて、もらってくれる人がいないんだって職員が言ってたよ。まあ、俺も見知らぬどっかの人間に飼われるなんて、ゴメンだからな。どうせ長く生きられないなら、俺の命を役立ててくれよ」

 今度は、エリックが喋った。いつもの甲高い声とは違う、渋い中年男の声だ。言葉遣いも流暢である。

「今は池で暮らしてるけど、僕も長く生きられそうにないよ。いずれ、他の魚の餌になるだけさ。だったら、残された命を君のために使って欲しいんだ。僕の、最高の友だちでいてくれた君のためにね」

 そう言ったのはジョーズだ。こちらは、少年のような声である。軽快な動きで、ひらひらと賢一の周りを泳いでいた。水槽の中にいた時と同じように、いかにも楽しそうだった。

「そ、そんな……」 

 賢一の目に、涙が浮かぶ。自分たちが死んだことにより、動物たちの命まで奪うことになろうとは。そんなことになるとは、想像もしていなかった。
 運命は、どこまで残酷なのだろうか──

「クソがぁ!」

 喚くと同時に、拳を地面に叩きつける。あまりにも理不尽だ。理由もわからぬまま両親を殺され、さらには親友たちまで死なせることになろうとは──
 賢一は、我を忘れ地面を殴りつける。拳の皮膚が裂け、血が流れ出す。それでも、賢一は殴り続けた。痛みを無視し、拳を白い地面に打ち付ける。いや、むしろ痛みを感じたかった。親友を守れない不甲斐ない自分に、罰を与えたかったのだ。白い地面は、みるみるうちに血で赤く色づけられていく。
 その時、柔らかいものが彼の手に触れる。猫の肉球だ。

「賢一、もうやめて。そんなことしても、手が痛いだけでしょ」

 たしなめるような口調で言ったのは、シェリーだった。喉をゴロゴロ鳴らし、いとおしそうに頬擦りしてくる。
 賢一の動きが止まった。白猫を、じっと見下ろす。
 こちらを見上げるシェリーの目には、溢れんばかりの親愛の情があった。

「あたしね、賢一と出会えた幸運に感謝してるんだよ。あんたと家族になれて、本当に幸せだった。素敵な思い出も、いっぱいもらったしね。こんな思い出をくれた賢一に、恩返しをさせてちょうだい」

 言った後、ざらざらする舌で拳の傷を舐める。まるで、治療しようとするかのようだった。

「シェリー……」

 賢一は、思わず呟く。ふと、シェリーが初めて家に来た日の思い出が脳裏に蘇っていた。手のひらに乗るくらい小さな体でミイミイ鳴きながら、不安そうに周囲を見回していたのだ。賢一は震える体を優しく抱き上げ、そっと撫でてあげたのだ。
 シェリーを見つめる賢一のそばに、今度はエリックが飛んで来る。彼の肩に止まり、髪の毛を優しくつついた。

「俺だってさ、晋三さんと静江さんには凄く世話になった。だから、あの二人を殺した奴らは許せないんだ。賢一、お願いだよ。晋三さんと静江さんの仇を討ってくれ。これは、俺たちの願いでもあるんだ」

「エリック……」

 声を詰まらせながら、賢一は呟いた。
 シェリーと、ほぼ同じ時期にもらわれて来たエリック。「コノヤロウ」「バカヤロウ」という言葉を真っ先に覚えてしまい、賢一は静江に叱られたのだ。それでも、彼はエリックが好きだった。いろんな言葉を教えたが、一番多く使っていたのは「コノヤロウ」「バカヤロウ」そして「ケンイチ」だった。
 最後にジョーズが、賢一の顔の周りを舞うように泳ぐ。

「僕たちは、死ぬわけじゃないよ。賢一の中で、生き続けるんだ。君の体の一部となってね。僕たちは、ずっとずっと一緒だよ」

「ジョーズ……」

 この金魚にジョーズと名付けたのは、他ならぬ賢一だった。強そうな名前がいいと考えて付けた名前であり、晋三と静江は笑っていた。が、彼は構わなかった。本で飼い方を調べ、まめに世話をした。その甲斐あって、十年も生き続けてくれたのだ。

「みんな。本当にいいんだな?」

 念を押す賢一に、三匹は何も言わなかった。ただ、こちらを見る目には暖かいものが感じられる。それが何を意味するか、考えるまでもなかった。

「わかったよ……お前たち、今まで本当にありがとう」

 賢一は、深々と頭を下げる。
 顔を上げた時、その瞳には涙が浮かんでいた──

「みんなの命、俺が預かる。俺と一緒に、奴らへ復讐するんだ。これからは、俺と共に生きてくれ」

 涙に濡れた目で、賢一は三匹の顔を順番に見つめる。
 ややあって、賢一はシローラモの方を向いた。

「俺を、元いた世界に復活させてくれ。母さんと父さんの仇を討たせてくれ」

「うん、それは構わないよ。ただね、もうひとつ条件があるんだ。君を復活させるとなると、契約を結ばなくてはならない。君はこれから、僕と同じ悪魔族になるんだよ。そうなると、人間として生まれ変わることは不可能になる。天国に行くことも不可能だ。それでもいいのかい?」

 そう言うと、シローラモは笑みを浮かべる。美しい顔であった。もはや、人のレベルを完全に超越している。この美しさは、絵に書き残すことも文章で書き表すことも出来ないだろう。
 もっとも、その瞳には妖しい光が宿っていた。しかも、周囲に漂う妖気は、いっそう濃く強くなっていく。
 賢一は、ようやく理解した。目の前にいる者は、太古の時代の人間たちには神として祀られていた存在なのだ。いや、そもそも神だの悪魔だの、そんな人間の都合による分け方が通用する相手ではない。
 しかも、彼の周囲に立ち込めている妖気は尋常な量ではなかった。今や、手で触れることが出来るのではないかと思えるくらいに濃い。並の人間ならば、呼吸困難に陥るのではないだろうか。
 だが、賢一は怯まなかった。その妖気を、思い切り吸い込んで見せる。

「そういう大事な話を、この状況で言ってくれるとはね。あんたはやっぱり、悪魔と呼ぶ方が相応しいんだな」

 言いながら、賢一は大きく頷く。

「ああ、上等だよ。地獄に落ちても構わねえ。奴らに復讐できれば、どうなってもいい」

 そう言うと、賢一も笑みを浮かべた。その目には、凶気の光が宿っている。シローラモの瞳に宿るものと、同種の光だ──

「母さんと父さんの仇を討てるなら、後のことなんか知らねえ。やってやるよ」





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