魔法少女EXTRA-ABYSS-

浅野舞

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プロローグ

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 そこは言ってしまえば真っ白な世界だった。
 あたり一面には何もない。
 建築物も生い茂る木々も、何もかもがその世界にはなかった。
 只あるのは、果ての見えない無限の白。それだけだ。

「――異世界を救ってほしい?」
「はい」

 白で塗られた純白の世界。
 その中心に二人はいた。
 椅子も机もなければ、なにか腰を下ろせるものもない。
 それゆえに、二人の少女――正確には一人と一体は面と向き合い立っていた。

 ――異世界。

 その単語を聞いて、少女――星川亜久里は僅かに首を傾げた。
 異世界とはどういう世界なのだろうか。
 顎に手を当てて幾分か思考を回す。
 だが想像力に欠ける彼女は精々、文字からそれが異なる世界だとしか認識できなかった。

「異世界。そうですね、言ってしまえば貴女の住む世界とは全くの別物。科学の代わりに魔法と呼ばれる力が発展した別世界。人間は勿論、亜人や魔物。果ては悪魔や天使もいる。そんな世界です」

 亜久里の疑問を察してか、目の前の女性が不意に口を開いた。
 時折見せる蠱惑的な表情は、同性の亜久里から見ても妖艶だ。
 もっとも、亜久里にとってそんなことはどうでもいいが。

「――その世界がどんな世界かは本当に大雑把だけど理解したわ。それで、なんで私が異世界とやらを救う必要があるのよ?」

 訝しい表情で亜久里は女性を見据えた。
 一方の女性は「やれやれ」と言わんばかりに、肩を竦めた。

「星川亜久里さん、貴女は魔法少女として何度も世界を救ったそうで――」
「随分と懐かしい話ね、もう四年は前のことよ」

 魔法少女、その言葉を聞いて僅かに亜久里の顔が曇る。
 しかし、女性はそんな彼女の様子など気にも留めずに話を続けた。

「現役時代を懐かしむのは結構です。しかし、貴女は何も魔法少女ではなくなった……わけではないですよね?」

 まるで侮蔑の笑みが如し、その笑顔に思わず亜久里は舌を打った。

「何が言いたいわけ?」
「いえ、何も。ただ、その力を貸していただきたい。そういったお願いです」
「異世界とやらを救うために?」
「ええ、その通りです」
「拒否権は――」
「ありませんよ。そもそも、神である私からの懇願を拒否できるとでも?」

 女性、否、神はそう言ってクスクスとやはり蠱惑的に笑った。
 背に生えた四重の翼は呼応するように動きだし、僅かな風を亜久里へと靡かせた。
 わざとらしく、それでいてあからさまに――神である女性は亜久里に威光を放つ。
 一介の少女、いや、人間であれば正気を保つことすら不可能な圧倒的な尊厳。
 それを前に未だ正気を保つ亜久里は、何が可笑しいのか不敵に口角を上げた。

「――でもまあ、既に死んだ私に頼むってことは意外と切羽詰まってるんでしょ?」
「……認めたくはありませんけどお話が早くて助かりますわ」

 生前の記憶。そう呼ぶには余りにも新しい軌跡が亜久里の脳裏に過った。
 星川亜久里は魔法少女であった。数多の外敵から世界を守ってきた正義の味方。
 それが彼女の生前の姿だった。
 とはいえ、彼女自身は決して正義の味方になったつもりはない。
 亜久里はあくまで、自分自身の為に魔法少女として戦ってきた。
 結果として世界を救うことがあっても、亜久里自身がその為に動いたことは一度もない。

「でも私には無理よ。無関係の世界を救うなんて」

 だからこそ、亜久里はそう答えた。

「理由をお聞きしても?」
「神なら聞かなくてもわかるでしょ? 私には救えない。それが事実よ」
「守るものがないから、ですか?」
「――ええ、そうね。異世界……その世界には私の家族も友人もいない。私が好きだったなんてことはない、馬鹿な日常もない。私が魔法少女として戦ってきた理由は何一つない」

 彼女には戦う理由があった。
 何かを守るため、何かを得るため。全てが亜久里にとっての理由だった。
 しかし、異世界にはそれらがない。
 だからこそ救えないし、救う気にもなれない。

「存外に冷たいお人なのですね」
「元々、こういう性格なのよ。まあ、そういうわけだから……悪いけど他を当たってくれる? というか死人を簡単にこんな所に――」
「では、理由があるとしたら?」

 神の言葉を聞いて亜久里の声が止まる。
 理由? それが何を意味するのか、亜久里が理解するよりも早く神が言葉を紡いだ。

「例えば、異世界では近いうちに邪神と呼ばれる存在が復活しようとしています」
「それがなによ?」
「いえ、ただ私の様な一介の神でさえこうして死者に干渉できる程度の力があるわけですから……邪神ともなれば果たしてその力はどれほどのものなのでしょう」

 不意に亜久里の額に汗が流れた。
 目の前の神が言わんとしていることが容易に理解出来たが故の悪寒。
 そうであってほしくないと願いつつも、亜久里は震える声で神へと問うた。

「……私達の世界にも干渉できるってこと?」
「確証はありませんが、可能性としては十分に考えられるとだけ言うべきですかね」
「――……っ!」

 唇を噛み締める亜久里を他所に、神は煽る様に話を続けた。

「仮に邪神が復活して貴方達の世界に干渉ができたとして――誰が世界を守るのでしょうか? 軍隊? 化学兵器? いいえ、その程度では神には全く通用しません。では、いったいだれが? これまで世界を救ってきた魔法少女は既に亡くなっていますし、こうなってしまっては成すすべがありませんね」

 そう言うと、神は一幕置いて亜久里に問いかけた。

「――では、こうなるまえに邪神を討伐するにはどうすればいいのかしら?」

 亜久里は僅かに考えた後、ゆっくりと重たい口調で答えた。

「……復活する前にそれを阻止する。もしくは復活した直後に倒す」
「つまりは?」
「異世界で邪神を倒す必要があるってこと」

 そこまで言って、ようやく亜久里は神がなぜ自分をこの世界に呼んだのか理解した。

「……アンタは私なら絶対にこの頼みごとを承諾すると思って呼んだのね」
「貴女のことはずっと見てきましたから。星川亜久里という女性がどれほど家族、友人を大事に思っているかは理解しているつもりです。だからこそ――」
「だからこそ、私ってわけ」

 邪神を放置すればやがては自身の守ってきた者達が壊されてしまう。
 それだけは絶対に避けたかった。
 深く、深く、亜久里は息を吐いた。

「――……」

 ここに来たとき、初めて彼女は「死」というものを実感した。
 目の前に立つ神を名乗る女性を見たときは、言い知れぬ感情が胸に渦巻いたものだ。
 なぜ、命を落としたのか。
 そんな些細な記憶は気が付けば何処かに溶けていた。
 亜久里の脳裏に焼き付くは、生前の賑やかな記憶と辛い過去。
 今となっては、そのどれもが温かくすら思えてしまう。
 この記憶は彼女にとっての宝であり、唯一無二の財産。
 それがどこぞの馬の骨かも分からない邪神とやらに壊されるなど真っ平御免だった。

「……こちとら何回も命はって守った世界よ。ポッとでの邪神なんかに私の大事な人達を奪われるとか冗談が過ぎるわよ、まったく」

 一歩、また一歩と、神へと近付き。

「――いいわよ、その邪神とやらをぶっ倒して異世界も私達の世界も守ってみせようじゃない」

 亜久里はかつてないほどの力強い目を見せて宣言した。
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