魔法少女EXTRA-ABYSS-

浅野舞

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1-1 出会い

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 ――ここは薄暗い洞窟の中。
 あたりを包む腐臭は果たして誰が発信源か。
 それを知る者はいないし、知りたいと思う者もいない。
 虚ろな瞳は焦点などなく、只ひたすらに虚空に目線を泳がせていた。

『――……! ――……‼』

 唸り声が辺りに響き渡る。
 人間の体格など軽々しく超えた巨体を持つ魔獣。
 鋭い牙からは鮮血の入り混じった唾液が滴っている。
 三つの顔を持つ魔獣の足元には、最早原形すら留めていない肉塊が散らばっていた。

「――……ぁ……がっ――……っ!」

 苦し気な男の声が耳に入った。
 また一人、仲間が食われた。
 しかし、それを彼等は見ることしかできない。
 己の無力を恥じる者も、僅かな勇気を振り絞る者も、涙を流す者もいない。
 ただそこにいるのは絶望すらも泡沫に消し去った死を待つ者のみ。
 誰一人として、その場から動くこともなければ、行動を起こす者もいない。

『――……! ……‼』
「――ッぁ」

 一人。

『――……! ――……!』
「……ぁ、ごッ――」

 さらに一人。

『――……! ――……!』

 やがて乱雑な咀嚼を終えた魔獣は遂に最後の一人となった冒険者へと食欲を向けた。
 憐れみをください、慈悲をどうか。
 そんな言葉を紡げたら、それが通じたらどれほどいいか。
 少女――リリア・アイリ―は無意識に自身の半生を振り返った。
 今にしてみればなんてことはない有り触れた人生だったと思う。
 憧れの冒険者に成る為に魔法を学んだ。
 初めて魔法が使えたときは夜も眠れないほどに興奮した。
 魔法学校を卒業して、晴れて冒険者に成れた時は、やっぱり興奮して眠れなかった。
 出会ってきた冒険者達は只の無頼漢から英雄の様な人達と様々だった。
 そして彼らと出会った。

『――……! ――……!』

 今となっては声すら発してくれない彼ら。
 馬鹿みたいな笑い声も、少しだけ下品な会話も――全てが食われてしまった。
 在るのは只の血肉の破片。
 どれが誰のか。男か女か。何も分からない。
 誰かが言っていた。
 曰く、「冒険者なんてなるものではない」と。
 確かにそうかもしれない。
 冒険者は何時だって死と隣り合わせだ。
 今を生きたものが次には死ぬことなんて日常茶飯事。
 現に今の有様がそれを肯定していた。

「――ははっ」

 リリアは不思議と笑った。
 どうして笑みを零したのかなど、彼女自身にも分からない。
 引き攣る表情からは絶望も悲しみも受け取れなかった。
 終わりなんて誰もが思うより呆気ないものだ、とただそんな考えだけが頭を過った。

『――……! ――……!』

 クリーム色の髪に魔獣の唾液が流れ落ちる。
 頭上を覆う巨大な影に一瞬、リリアは身体を震わせた。
 ――怖い。何が? 食われるのが? 痛いのが?
 ――いや、違う。

「や……嫌だ――死にたくない……――死にたくない!!」

 怖い。死ぬことが怖い。
 まだ、やり残したことはある。
 母にも父にも立派になった姿を見せていない。
 使いたい魔法だってまだある。
 食べたい食べ物も、着てみたい服もある。
 恋愛だってしたい。
 ――まだ、死にたくない。

「死にたくない! 死にたくない死にたくない死にたくない!!」

 リリアは覚醒した意識の中、強く地面を蹴った。
 力なく座り込んでいたせいで足は痺れている。
 目に映る光景は真っ暗で、時折、足元には赤い破片が散っていた。

『――……!! ――……!!』

 突然と駆け出したリリアに遅れて数秒、魔獣が雄叫びを轟かせた。
 空気すら揺らす咆哮に思わずリリアは悲鳴を上げた。
 だが、それでも彼女は足を止めない。
 走るのを止めれば最後、自分は呆気なく死ぬだろう。

「――ごめんなさい、ごめんなさい!」

 仲間が食われていた時、自分は何もしなかった。
 そのくせ、いざ自身が獲物になると一目散に逃げだす。
 なんとも醜いのだろうと、リリアは嫌悪した。
 既に亡くなった仲間達に謝罪の言葉を吐き出しながら、リリアは走る。
 背後に迫りくる魔獣から逃れるために。

『――……!!』

 刹那、魔獣が今までに発した事のない鳴き声を洞窟に響かせた。
 リリアがそれに気が付いた瞬間、己の腹部に激痛が駆け巡った。

「――ッ、ぁ……なん……で……!? 魔法――っ」

 ドプリ、と泥のように口から血を吐き出す。
 身体を貫いたのは魔法による閃光の槍。
 ――三つの顔を持ち魔法を使う魔獣。
 リリアは、ここにきてようやく魔獣の正体を理解した。

「き、キマイラ……!」

 ――上級モンスターキマイラ。
 それがその魔獣の名前だった。

「……ぁ、やっぱり無理だったかな……」
『――……! ……‼』

 激痛に顔を歪ませて、リリアは地面へと倒れこむ。
 王都で手に入れた値の張った防具も、彼の魔獣には紙切れも同然。
 意図も容易く突かれた腹部からは鮮血が止めどなく流れていた。
 最早、逃げることなど不可能。
 いや、そもそも洞窟に迷い込んだ時には既に死は確定していたのかもしれない。

「……もう少し、生きたかったな」

 それが冒険者リリア・アイリ―の唯一の絞り出した言葉だった。
 しかし、そんな言葉はキマイラには届かない。
 届いても意味は微塵もありはしない。
 なんてことはない、これは普通の光景なのだ。
 冒険者は常に死と隣り合わせ。
 何時だって、誰だって、簡単に死んでしまう。
 ゆえに、この悲惨な結末も冒険者にとっては当たり前。
 そして勿論、それはリリアにも適応させる――はずだった。

「――スタイル『エインフェリア』」

 偉く響いた声だった。
 酷く平坦な口調だった。
 聞こえた声音は女性のもので――。

『――……ッ⁉ ――……!』

 次に耳に入ったのはキマイラの叫び声。
 しかし、それは今まで聞いたことのない程に苦しみに満ちた雄叫びだった。
 何が起きたのか。リリアは恐る恐る後ろを見た。

「――な……に?」

 金の髪が激しく揺れていた。
 何処となく可愛げのある赤いドレスが踊っていた。
 舞うように、されど無駄のない動きで、女性は――星川亜久里はキマイラを殴った。

「――血生臭いったらありゃしない」
『――ッ!?』

 さも当たり前の様に亜久里はキマイラを殴り飛ばす。
 状況が呑み込めていないのか、キマイラは酷く歪な声を上げた。

『――‼』

 鈍痛を覚えてキマイラは壁に激突する。
 巨大な体が意図も簡単に吹き飛ばされた事実にリリアは目を見開かせる。

『――……! ……‼‼』

 突然、キマイラが咆哮を上げた。
 胴に三重からなる魔法陣が浮かんだ瞬間、リリアが叫んだ。

「あれは――三重魔法!?」
「……?」

 訝しい表情で亜久里はキマイラを見据えた。
 赤、黄、青からなる魔法陣が怪しげに展開されていく。
 それがどれほどの異常なのかはリリアの反応を見れば一目瞭然だった。
 亜久里は一度、息を吐くと、手でハートの形を作りキマイラに向けた。

「なっ!? なにしてるの!? 早く逃げて!!」

 リリアが叫ぶ。
 目の前の女性が誰かは知らないが、キマイラの――しかも三重魔法から逃げないなど、正気の沙汰とは思えなかった。
 しかし、亜久里は一切反応しない。
 ただ、その目に映るのは唯一の魔獣キマイラのみ。

『――……‼ ――……‼‼』

 やがて放たれたキマイラの魔法。
 炎、水、雷の入り混じった破壊の渦が亜久里を標的に空を掛けた。

「――ハートティアミレイユ」

 亜久里が言葉を紡ぐ。
 同時に、ハートを模った両手から解き放たれたのはピンクの巨大な光線。
 光り輝くそれはキマイラの閃光を突き抜け、キマイラ本体を飲み込んだ。

『――……! ……!』

 キマイラの断末魔が辺り一面に響き渡る。
 亜久里の放った光線からキマイラは脱出することも叶わない。
 洞窟を明るく照らすほどの眩い閃光。
やがては激しく蜷局を巻き、キマイラを容易く消滅させた。

「――うそ……」

 一瞬の静寂。
 先程までの圧倒的な存在が嘘に思えるほど静か。
 リリアの掠れた声が僅かに木霊した。

「アンタ、大丈夫?」

 辺りに散乱する血肉を横目に亜久里は、倒れるリリアに手を差し出した。

「――ぁ、はい」

 リリアが力なく手を取る。
 金色の髪に青い瞳――リリアの目に映った女性はそんな容姿を持っていた。
 やがて視界は暗転し、リリアの意識は静かに溶け落ちた。

「……本当嫌な世界ね」

 独りでに亜久里はぽつりと、そう呟いた。
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みんなの感想(1件)

Jack_Knave
2019.05.11 Jack_Knave

1コメ
面白そう

浅野舞
2019.05.12 浅野舞

ありがとうございます!

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