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開拓編

32.生活環境を整える

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里での2日目の朝である。

朝食は相変わらず鹿肉と粥になった。そもそも俺はさほど食のレパートリーが豊かではなかった。しかし小夜にはしっかり食べさせてあげたいものだ。

今日は井戸を掘ることにしている。
元の世界では、家の北側に井戸があり、生活用水はその井戸を使っていた。

青と一緒に地下水脈を辿る。
案の定、家の裏にも水脈はあった。深さは約10m、自噴するかは掘ってみてのお楽しみだ。

土の精霊の力を借りて、井戸予定地を中心に平らな岩を据える。表土が崩れるのを防ぐためだ。

岩の中心部に直径10cmの垂直な穴を開け、白が切り出してきて節を抜いた竹筒を差し込んで行く。

土の精霊の力を借りると、面白いように竹筒が土中に潜り込んで行く。竹筒の中の土はどんどん手元側から排出される。

台地分の約3mは、表土の下に砂礫層と粘土層があり、更にその下は砂礫層と粘土層が交互に現れた。

長さ3mの竹筒を延長すること3本目で、出てくる土の湿り気が増え始め、4本目で水が出てきた。深さ約10mの地点だ。

竹筒の残りはおよそ2m、竹筒の中を通って、水が湧き出してくる。水量は1分間でバケツ2杯といったところか。
更に竹筒を1m押し込み、水量が変わらない事を確認する。

吹き出す水が透明になったのを確認し、一口飲んでみる。特に変な味はない。いわゆる普通のミネラルウォーターの味だ。

小夜が浴びるように飲んでいる。そういえば小夜と会った夜以降、飲み水は水の精霊に頼っていた。無味無臭の蒸留水的な味わいが、小夜の口には合わなかったのかもしれない。

水がもったいないので、キャップ状に加工した竹の節で蓋をすると、水はピタリと止まった。

水は出たので、次は濾過と水道への接続だ。

じいさんの納屋にあった大きな漬物樽を黒に見せ、複製を依頼する。
紅と青の年長組に、竹炭を作成してもらう。

若干手持ち無沙汰になった小夜が、面白い発見をしていた。切り出したばかりの竹や木は、接合面を合わせて緑の精霊で覆うとくっ付いてしまうというのだ。

恐らく傷口が再生しているのだろう。

いろいろなパターンで試してみると、竹同士なら問題なく再生できるが、違う木ではダメだった。同じ木から切り出した板は問題なく再生できる。僅かなDNAの違いが影響するのだろう。

いずれにせよ、これで水道管の問題は解決する。

同じ竹から切り出した竹筒をL字型に組み合わせ、接合面を再生する。
同じ杉材から切り出した柱で櫓やぐらを組み、接合面を再生する。俺や青が乗ってもビクともしない台座が出来上がった。

基礎石を家の北側に据え、出来上がった櫓を置き、黒が複製した杉材の樽を乗せる。

樽の底と腹に穴を開け、竹筒を差し込む。
樽の中には竹炭を詰めた。下層は大きな竹炭、上層に行くにつれて竹炭の粒を小さくしていき、最上層はまた大きな竹炭にした。
これで濾過装置の完成だ。

濾過装置の出口の竹筒を、水道管が繋がっていた金属管に被せ、竹筒を再生するとピッタリと嵌った。

最後に井戸の出口と濾過装置の入り口を竹筒で繋ぐ。
濾過装置に水が溜まった頃合いを見計らい、台所と風呂場の蛇口を開くと、水が出始めた。

「うわあ!タケル兄さんすごいね!もう川や井戸に水汲みに行かなくていいんだ!」

小夜が嬉しそうだ。白も一緒になって喜んでいる。

「この濾過装置?の目的が知りたい。なぜ炭に通す必要がある?」

「ああ…竹炭は多孔質だから、水の中の不純物を吸着して取り除く効果があるんだ。効果は有限だから、定期的に交換しなきゃいけないけどな」

黒が分かったようなわからないような顔をしている。

「試しに飲んでみろ?」

そう言って全員に飲ませる。

「さっき飲んだ井戸水より美味しい!」これは小夜。

「井戸水の角が取れた。これが濾過の効果?」これは黒の感想。
そう、それが濾過(イオン除去)の効果だ。

「水の中の土の成分が減っていますね。里の井戸水はもともと土の成分が少ないほうですが、濾過をするともっと少なくなっています」これは水の大御所である青の感想。
青姉さんのお墨付きなら、皆で頑張った甲斐もあったというものだ。

井戸掘りで午前中を使ってしまった。
この美味しい水を使い、米を炊く。
おかずは相変わらず鹿肉しかないので、梅干しを添えてみる。
真っ赤な梅干しを一口で口に放り込んだ小夜が、めちゃくちゃ酸っぱそうにしている。

「小夜ちゃん顔がくちゃくちゃだよお!」と揶揄っていた白が、直後に同じ顔をする。

青と紅、黒はそんな2人から学習したようだ。少しずつ箸でつまんで食べている。

少々遅い昼飯も終わったところで、午後の予定を話し合う。やはり台地の上にぽつんと家があるのは寂しいので、板塀で囲うべきだろうか。

「どうせ囲うなら、台地の縁に沿ってぐるっと一周したらいいんじゃないか?木材は黒が作れるだろ?合わせ面を再生してしまえば、悪党どもが攻めてきても簡単には破れなくなるぜ?その外に竹を植えれば、火矢も防げて安心だな!」とは、護衛隊長の紅の意見。

「当面の食料生産を台地の上で行うのなら、灌漑用の水路が必要です。小川の水を引き込みましょう」これは青の意見。

年長組の話し合いを余所に、小夜、白、黒の年少組は眠くなってきた様子だ。

「黒、この台地を囲うように板塀を建てたい。木材を複製できそうか?」

黒はしばらく考え、答える。

「可能。ただ、垂直に立てて地面に打ち込み、接合面を再生するには、タケルがずっと張り付いていなきゃいけない。たぶん小夜は再生はできるけど、土の精霊を扱うには荷が重い」

よし、やっぱり板塀で囲おう。安心なのが1番だ。

麻袋から取り出した紙とシャーペンで構想図を書き、皆に説明する。
板塀には樹皮を残した杉材を使う。長さ4mに切りそろえた直径30cmほどの杉の木。杉の木の3面を削り、1/4だけ樹皮を残した1辺15cmの柱を作る。
柱を基礎石の上に垂直に立てる。樹皮を残した割板は、樹皮面を外にして地面に1m打ち込み。隣り合った割板と接合する。

これでだいたい1本あたり1m弱の板塀が出来上がるはずだ。この作業をざっくり500回ほども繰り返せば、台地の縁に沿った板塀ができる。
台地の南面を里への入り口としたいので、南北の通りの道幅だけは塀を立てないことにする。

構想の説明は終わった。特に異論もないようなので、早速作業に取り掛かる。手近な北側の崖沿いから始めることにした。

黒が約1mごとに材料を置いていく。
俺がその後を追いかけ、基礎石を据える。
青と紅、白が柱を垂直に立て、そのすぐ横に俺が土の精霊の力を借りて割板を差し込み、小夜が柱と割板の接合面を再生する。
この作業を延々と繰り返す。

1箇所およそ5分。500箇所として、2500分、41時間あれば台地を一周できる。

結論から言うと、完成までにほぼ一週間かかった。

途中気分転換のために、中心部の井戸を掘ったり、畑を作ったり水路を引いたりしたからだ。

中心部の井戸は自噴しなかった。恐らく水脈が多少浅くなっているのだろう。仕方ないので穴の大きさを直径1mほどにして、内壁の土を固め、地上には櫓やぐらを組み釣瓶を垂らす。

畑は家から通りを一本挟んだ南側に作った。
畝を起こし、とりあえず麦とサツマイモ、キャベツを植えた。緑の精霊で畑全体を包むと、植えた作物が一気に育った。これで食糧事情は改善しそうだ。

水路は難航した。

山から降りてきた小川が台地の手前で北に蛇行していたのは、そこに大きな岩盤があったからだ。
その岩盤を躱かわすために、少し上流に「ため池」を作り、そこから小川の水を水路に引き込んだ。水路は真っ直ぐ西に向かい、畑の北側を通る。台地の中心部の広場を越え、もう一条分西に向かってから北に向きを変え、北側の崖から崖下に注ぐ。

小川の水量を半分にした結果、台地に幅1m×深さ30cmほどの水路が完成した。

台地の南面、里の入り口にした崖には、幅5mほどで盛り土を行い、崖に沿ったスロープを作った。
門は外開きで作り、内側に閂を付けた。
北側と東側には、水路沿いに通用口を作った。

板塀の内側、高さ2~2.5mの位置に犬走りを作り、板塀の内側から顔だけ出して外を見ることができるようにした。これは板塀の補強の意味もある。
ちなみに紅の提案どおり、板塀の外側には竹を密集して植え付け、更に外側には笹を茂らせた。これで板塀に取り付くのは至難の業となったはずだ。

一方で、山林側は竹や笹を植えず、木々と塀の間を5mほど取った。
山林に潜んで迂回してくる外敵を発見しやすくするためだ。

その結果、台地は遠目から見ると竹の茂った山林にしか見えなくなった。
内側から見ると、さながら中世ヨーロッパの都市のようだ。
こうして俺達の里の原形が出来上がった。


◇◇◇
基本一人称視点なので、どうしても会話が少なくなっています。独り言のようなものを皆が拾ってくれていると、生暖かい目で見ていただければ幸いです。
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