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事後処理

78.死者を弔う

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翌朝、俺達は弔いの手伝いに佐伯の下へと向かう。

同行者は青、小夜、桜、梅、椿の留守番組だった者と、紅、黒だ。
皆の留守中は白が里の護りを担う。
昨日は揃いのBDUだったが、今日は銘々が自由な服装をしている。

「佐伯、手伝いにきたぞ」

声を掛けると、若干疲れた表情の佐伯が振り返った。

「おお、斎藤殿。本当に来てくださったか。さて、そちらの方々は昨日はいなかったな」

「ああ。留守番組にも合わせておきたいと思ってな。年齢順に、青、桜、梅、小夜、椿だ」

それぞれが挨拶していく。

「しかし斎藤殿の下には女しかおらんのか?相当女好きか?」

佐伯が少し目を細めて俺を見遣る。

「失礼な奴だな。ちゃんと男もいるぞ。まあガキだがな」

「そうか……儂にも娘が二人おる。ちょうど小夜殿や椿殿と同い年ぐらいだ。そうだ!儂の娘を一人貰ってくれ。我が一族の友好の証だ!」

こらこら……何を言っている。娘を差し出しておいて、何が友好の証だ。

「せっかくだが要らん。俺の里はただでさえ女のほうが多い。これ以上女が増えたら、俺の肩身が狭くなる」

「まあそう言うな。主従間で姻戚を結ぶのは普通のことだろう。今日明日のことでもないのだし、考えておいてくれ」

そう言って佐伯が仲間たちの下に向かう。

俺達も後を追う。

遺体は既に集められ、一体ずつ土中の穴の中に安置されていた。
佐伯達生き残った者達が、穴に土を入れ埋め戻していった。

埋葬が終わると、皆が佐伯に連れられて俺の前に集まってきた。
佐伯が俺の横に立ち、皆に語り掛けた。

「皆ご苦労だった。皆の兄弟、父親、息子が今回の戦で亡くなった。その哀しみに耐え、よくぞ埋葬までやり切ってくれた。感謝する。儂らは、この地方を荒らしまわる悪辣な悪党どもを根絶やしせよとの少弐様の命令でこの地に赴いた。そのために3日間戦った。しかしこの地にいたのは、この斎藤殿と子供達だった。悪辣な悪党どもではなく、この辺りでは神の遣いとも呼ばれているお方だった。儂らはその方に挑み、そして敗れた。儂らの家族が、親兄弟や息子が死んだのは、儂ら自身と、そして儂らにこの方を攻め滅ぼすよう命じた少弐様のせいだ。少なくとも儂はそう思う」

ちらほらとすすり泣く声が聞こえる。
佐伯は皆を見渡し、続ける。

「故に、儂は一族を挙げてこの方に仕えると決めた。もし皆の中で不服な者がいるなら、どうか我慢せず家族を連れて博多か宰府に逃げよ。儂は引き留めも恨みもせん」

「佐伯の旦那!俺は兄貴を亡くした。だが、兄貴は立派に戦って死んだんだ。別に怨んじゃいねえ」

「そうだ!俺達は立派に戦った!怨むとすれば俺達を嗾けしかけた少弐様だ!」

口々に皆が叫ぶ。

「では皆儂についてきてくれるか?」

『おう!!』

「斎藤殿。では儂らをよろしく頼む」

そう言って佐伯が俺にバトンタッチする。
佐伯……この男を殺さずに済んで本当によかった。扇動者アジテーターとしても、リーダーとしても極めて優秀だ。

次に俺が皆に語りかける。

「皆ありがとう。斎藤健だ。いくつかの不幸な思い込みと間違った指示で戦になってしまったが、今日からは皆仲間だ。俺は自分の里と、そして自分の手が届く範囲の者達を幸せにしようと今までやってきた。これからもそうするだろう。俺に賛同してくれる者は、是非俺を手伝ってくれ」

いつの間にかすすり泣きは聞こえなくなっている。皆が顔をあげ、俺の顔をじっと見る。

「斎藤様!俺はあんたに従うぜ!あんたの強さの秘密も知りたいしな」

「俺もだ!別に斎藤様を怨んじゃいねえ。むしろ助けていただいたお礼をしなきゃなんねえ」

皆ポジティブに反応してくれた。

「ありがとう。そろそろ陽も中天を過ぎた。皆腹が減っただろう。ささやかだが昼食を準備した。準備したのは里の子供達だ。皆こっちで食べてくれ」

そういって皆を連れてぞろぞろと丘を下る。

丘の麓では青達が食事の支度を済ませていた。
イノシシ肉の鍋と焼いたソーセージ、トウモロコシ入りご飯に濁酒。2つの釜を使い10Kgの米を炊き上げていた。里の一回の食事よりだいぶ多いが、黒と小夜、桜や梅も手伝いきっちり仕上げてくれていた。
ちなみに葬式の日に精進料理という習慣がないことは、事前に弥太郎に確認した。

太い竹から切り出した器によそおい、皆に配る。
初めて見るソーセージに皆興味津々のようだ。

皆が受け取り車座に座った頃合いを見て、佐伯が立ち上がる。

「皆、死者のために泣く時間は終わった。生き残った儂らは今日を、そして明日からを生きていかねばならん。それこそが死者への本当の弔いになる。今日は儂らの一族が生まれ変わった記念すべき日だ。斎藤殿、そしてその子供達に感謝して、盛大に喰らえ!」

そこからはどんちゃん騒ぎが始まった。
皆始めて食べる味に驚き、そして大騒ぎを始めた。

酔った勢いだろう。若い男が桜や梅にちょっかいを出している。
栄養状態が良くなったからか、桜も梅も急に色気のようなものを出すようになった。
いわゆるヒトヅマの色気というやつだろうか。

と見る間に若い男が投げ飛ばされた。他の男達が投げ飛ばされた若い男を囃し立てる。

「いやあ斎藤殿の女子おなご達はみなお強いですなあ!」

「こんな旨いもの食べてりゃ、そりゃ美しく強くなるだろうて!いや羨ましい。俺の女房もこっちで育ててもらえばよかったのに」

「そうだ!その手があった!斎藤殿!うちの女房を預かってもらえませんか?」

「馬鹿言え!お前のとこは嫁に来てまだ何年も経ってねえだろうが!!それよりうちの娘を預かってくれ!どこかいいところに嫁がせたい!」

お前ら俺をなんだと思っている……

とにかく、里の皆と佐伯一族は仲良くやれそうだ。
こうして宴は日が暮れるまで続いた。
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