上 下
121 / 175
海外買い付け編

120.豚と村人を助ける

しおりを挟む
豚を囲んでいた男達が、一斉に声がした方向を見る。

そこには、長い金髪の若い女がいた。

白っぽい長袖のシャツに茶色のチュニック、カーキ色のスカート。足元は木靴のようだ。手には長い棍棒を持ち、大地に突き立てている。

女の後ろには、手に棍棒や草刈り用の長柄鎌や農作業用の大きなフォークを持った男が4人立っている。
男達は怯えたような表情を浮かべているが、女のほうは勝気な目で豚泥棒達を睨みつけている。

「最近豚の数が減ってたり、血溜まりが見つかったりしていたのはあなた達の仕業ね!」

女が豚泥棒達に棍棒を突き付ける。

「あ゛?お前誰だ?近くの村の連中か?」

そう答えた男が、恐らく豚泥棒達のリーダーなのだろう。
身長160㎝ぐらいか。ウェーブのかかった茶色い長髪に引き締まった顔、冷たい目は軍人のようにも見える。
この男は厚手の茶色っぽいシャツの上から裾の長い袖なしのチュニックを身に着け、腰に巻いたベルトに直剣を刺している。チュニックは色褪せ擦り切れているが、右上と左下が青、左上と右下が黄色に染め分けられている。

「兄貴!ちょうどいいや!こいつらの村も襲っちまいましょうぜ!」

「そうだ!俺達なら村の連中の50人や100人ぐらい一捻りだ!」

他の男達が気勢を上げて詰め寄る。
他の男達もリーダーと似たり寄ったりの服装をしているが、中にはチュニックの下に鎖帷子くさりかたびらを着ている者もいる。鎖帷子を着ていない者も、革鎧ぐらいは身に着けていそうだ。

「あなた達!豚を盗み殺しただけでなく、村まで襲うというの!」

女が怒りの声を上げる。

「悪く思うな。我らが生きるためだ。仕方あるまい?」

「生きるためですって!?そのためなら人を殺してもいいというの!?あなた達は悪魔の手先ね!」

女の抗議を聞いて、豚泥棒のリーダーがいきり立つ。

「何を言うか!蛮族どもから解放してやった恩も忘れて、我らを悪魔の手先呼ばわりするか!」

なるほど、こいつらは騎士崩れだ。
味方の軍勢からはぐれたか、戦に負けるかして、故郷にも帰れず盗賊に成り下がったのだろう。

「兄貴!こんな恩知らずな連中皆殺しにしましょうぜ!」

「いや、生かしておいて奴隷にしてしまえ!」

「そうだ!この村も乗っ取って、こいつらに働かせればいい!」

「村には若い女もいるに違げえねえ!久しぶりの女だ!」

騎士崩れの豚泥棒達が口々に己の欲望を叫ぶ。
その声を聴いた村の男達はすっかり腰を抜かしその場に倒れ込んでいる。
若い女は気丈にもまだ立っているが、顔は青ざめ恐怖に震えている。

「それもよかろう。まずは男どもから血祭りに揚げろ!女は生かして捕らえろ!」


「タケル!どうする!」

「仕方ない。村人を助ける。お前達はこの位置から弓で二斉射。奴らは鎖帷子か皮鎧を着ている。狙いは首か目だ。斬り込む際は斬撃は跳ね飛ばされると思え。骨を折るつもりで殴りつけるか、脇の下か首を狙うんだ。まずは俺が突入する」

『了解!』

「お嬢さん!お困りですかな?」

俺はそう言いながらゆっくりと木陰から出て、女の方へ歩み寄る。

「誰だ貴様!見慣れない格好だな」

豚泥棒のリーダーが俺に近寄ってくる。


「通りすがりの買い物客だ。だから豚泥棒のお前さん達には用はない」

「買い物だと?なら俺の斬撃でも買っていけ!釣りはいらねえよ!」

そう言いながらリーダーが直剣を抜き、上段から斬撃を打ち込んでくる。
俺は両腰の小太刀を逆手に抜き、顔の前でクロスさせて斬撃を食い止める。

次の瞬間、紅達の攻撃が始まった。

最初の二斉射で弓を持った男3人と、村人達に詰め寄っていた3人の首や目を射抜く。
流石にこの距離では寸分違わない精度だ。
斉射が終わるのと同時に、紅が風のような速さで突っ込み、男の首を跳ね飛ばす。
門を使った黒が、村人の近くで立ち尽くす男の後ろに回り込み、首を掻き切る。
白の狙撃が別の男の目を射抜く。
ものの数秒で9人の男が地に這った。

「馬鹿な……俺の戦士団が……数多の戦場を駆け抜けた戦友たちが……一瞬だと……」

リーダーが呟く。

「一捻りされたのは、お前達の方だったな!」

リーダーの力が一瞬弱まった隙をついて、リーダーの剣を跳ね上げ、後方に蹴り飛ばす。

リーダーにとって災難なことに、蹴り飛ばされた方向に紅がいた。
蹴り飛ばされてくるリーダーの後頭部に、紅が回し蹴りを叩き込んだ。
リーダーはそのまま俯せに倒れ込み、ピクリとも動かなくなる。

「なんだ、口ほどにもない……数多の戦場を駆け抜けといてこの程度かよ」

紅が不満げに呟く。
いや、お前達が規格外過ぎるだけだ。


「タケル兄さん!豚さんが死んじゃいそう!」

豚泥棒達に痛めつけられていた大きな豚が、今にも息を引き取りそうになっている。
慌てて豚に駆け寄り、緑の精霊で包む。
その光景を呆けたような顔で村人達が見ている。

最近分かったことだが、どうやら癒しに使っている時の緑の精霊だけは精霊が見えない人々にも見えるらしい。見え方は人それぞれで、俺と同じように緑色の光に見える者もいれば、ただ明るい光に包まれているように見える人もいる。

緑の精霊が離れると、豚は閉じていた目をゆっくりと開いた。
周りを見渡し、起き上がると、そのまま白に頭を擦り付けている。

「違う違う!豚さんを助けたのはあの人!タケル兄さんだよ!」

豚は俺の顔をつぶらな瞳で見据え、ブウともグウとも聞こえる低い声で何やら喋っている。

「『助けてくれてありがとう、お主は命の恩人だ』だってさ」

紅が低い声で通訳する。お前豚の言葉がわかるのか?

「え?タケル分からないのか?白~意地悪せずに翻訳してやれって」

「いや、勘弁してくれ。これから獲物が獲れなくなりそうだ」

「大丈夫だろ。ちゃんと会話ができるのはこいつが特別だからだ。俺だって他の生き物じゃこうはいかねえ」

「……わかった。白、よろしく頼む」

「了解!」

直後から、豚の話す声が耳に流れ込んでくる。

「見慣れぬ風体の若者よ。お主どこから何をしに来た」

「遠い東の島国から。お前の同胞を買い取りにきた」

「何故我が同胞を求める。喰うためか」

「ああ。すまないが喰うためだ。ただ先ほどの泥棒どものように痛めつけたりはしない。命を頂くことへの敬意は忘れていないつもりだ」

「……そうか。ならばよかろう。我らは人の手で飼われなければ生きては行けぬ種族故、覚悟はできておる。誰もが我のように野で生きていけるわけではない。そこの荷台に積まれた我が同胞達を連れていくがいい。皆今年生まれた者達ばかりだ。せいぜい肥え太らせ、慈しみながら喰ろうてやってくれ」

「理解していただき感謝する。豚の王よ」

「豚の王か、気に入った。して村人達よ。我らのために立ち上がってくれたことに感謝する」

今度は豚の王が村人達に話しかけた。
話しかけられた女が弾かれたように立ち上がる。

「ふぁ!ふぁい!光栄です!」

「では我は行く。若者よ、もう会うこともないだろうが、達者で暮らせ」

「ああ。お前もな」

挨拶の済んだ豚の王は、そのままゆっくりと森の奥へと消えていった。
お尻でプルプルと震える小さな尻尾がキュートだ。


森に静寂が訪れる。

ふと我に返り、村人の女に話しかける。

「お嬢さん、ご無事ですか?」
しおりを挟む

処理中です...