君を想う

ゆっけ

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婚約者編

ⅩⅩⅨ

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「父上、この方は?」

「ああ、彼女はヴァレンティーナ…だよ。ジルベルトと同い年だ。仲良くして…しなさい」

 先程から言葉を飲み込むナルサスにやはり王族なのかも?と思ったジルベルト。
 おそらく口外できないような素性か事情があるのだろうと察し、敢えて追究するのは止めた。

「はい。父上」

 ナルサスに笑い掛けていると、侍女が四阿の方にお茶の準備ができたとやって来た。

 軍手を脱ぐとそのままズボンの後ろのポケットへと突っ込み、ヴァレンティーナの手を握る。

「ヴァレンティーナ、行こ」

 彼女の手を引いて四阿へと案内する為に移動し出した。ナルサスは息子が小さな少女を強引に引っ張って行くのを苦笑混じりに見送った。

 少し歩き、強引に引っ張ってしまい、痛かったかな?と思い、彼女を見るとやはり作り物めいた綺麗な顔は無表情だった。

 庭園の奥に佇む四阿に着いたジルベルトはヴァレンティーナを隣に座らせる。
 侍女にお茶を淹れて貰い、ヴァレンティーナへと差し出した。

「どうぞ、今日はアッサムなんだけど大丈夫かな?」

「飲めます」

 そう言って一口口に含んで、無表情に紅茶を流し込んだ。

 ジルベルトはヴァレンティーナが何も言わなかったので、ストレートで出した。

「アッサムは濃い味わいで甘みがあって、ミルクティー向きなんだよ」

 ヴァレンティーナのカップに砂糖とミルクを少し入れてティースプーンで掻き混ぜた。

「美味しい?」

「…」

 無言。そして、何故か飲まない。感情の見えない藍色の瞳は相変わらず光がない。
 気不味くなったのでクッキーを頬張った。サクサクと音をたてながら次々食べていく。
 ふと食べる手を止めて、何処を見ているのか分からない彼女の様子を窺うと紅茶も一口しか口にせず、クッキーすらも食べていない。

 ジルベルトには妹がいる。いつも妹の世話をしている彼の目にはヴァレンティーナが妹のように写っていた。いつもの妹の世話のように彼女の口許へクッキーを差し出す。だが、彼女は一瞥も視線を寄越さず無表情で微動だにしない。

 なんか端から見たらお人形遊びをしているみたいだな、と思った。

 それでも諦めず、ヴァレンティーナの口に強引に捩じ込むようにすると億劫そうに小さな桃色の唇が開き、赤い小さな舌が見えた。
 白くて小さな歯でクッキーを齧り、桃色の唇が閉じられ控え目に咀嚼する。

 そんなヴァレンティーナの唇を食い入るように見つめていたジルベルトだったが、視線を感じ、目を向けるとヴァレンティーナと至近距離で目が合った。

 見詰めているのに集中し過ぎて自分が彼女の方へかなり前のめりになっていたらしい。かなり近かった。

 途端に首まで真っ赤にして仰け反って彼女から離れた。

 藍色の瞳はやはり変わらないが、ジルベルトは薄い困惑と言う感情を読み取ったような気がした。

「どうかな?今、王都で一番人気のチョコチップクッキーなんだけど」

「……」

 無言。
 先程の醜態で未だに顔が赤い。ヴァレンティーナが此方と視線を合わせ無いのを少し安堵してしまう。
 
 顔の赤みが引いた頃にまた話し掛けてみた。『はい』『いいえ』としか、答えは返ってこなかった。ジルベルトの心が折れてしまいそうになる頃、ヴァレンティーナに迎えが来たので、両親と一緒に見送った。

 夕食を終えて、一人自室でベッドの上で寝転がって今日、知り合った。人形の様に整った容姿のヴァレンティーナの事を考えた。

 太陽の下で輝く金の髪、感情の点っていない藍色の瞳、形のいい柳眉、桃色の唇それら全てが、左右対称に配置された顔のパーツは神が作った精巧な人形みたいだと思った。

 何故か彼女の感情は終始希薄だった。環境によるものなのか、元からなのかは分からない。でも、彼女の両親である王と王妃の性格から愛情は溢れる程に注がれている筈だ。

 だとしたから、あの王子に何かしらの原因があるのだろうか。

 結論の出ない思考に耽っていると、ふと昼間の彼女の様子を思い出す。

 紅茶とチョコチップクッキー。まず、紅茶はストレートで出した時は、一口飲んだ。無表情且つ無言で。それが変わったのは、砂糖とミルクを入れてからは、いっさい手をつけなかった。牛乳にアレルギーでもあるのだろうか?

 チョコチップクッキーはどうだろう。これも強引に捩じ込んだ一口しかやはり食べなかった。こちらは小麦粉、バター、卵、砂糖、牛乳、チョコチップ。
 牛乳にアレルギーがあるのならば、食べなかった筈。
 となると、砂糖?砂糖にアレルギーがあるのか?もしくは、苦手なのかな?

 と考えていたら、いつの間にかそのまま寝てしまい、気付いたら朝だった。

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